【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 不老不死が終わる時 9

公開日時: 2024年9月27日(金) 08:34
文字数:4,432

 私は、多分今、アルの心の中にいるんだと思う。

 色々と見られたくないものもあるだろうから、申し訳ないと思うけれど、それは後で、戻ってきたアルに謝る。

 謝る為にも早く、このどこかに閉じ込められているであろうアルを助けないと。

 私は手をぐっと握り直して気合を入れると歩き出した。


 と、その瞬間、真っ暗だった周囲が急に騒がしくなる。

 赤色灯が点滅するようなアラート。唸りを上げるサイレン。

 電気もスピーカーも無いのによくそんなものが、とぼんやり思っているうちに、銀色の何かがわらわらと湧いてくる。


『侵入者発見。排除せよ排除せよ』

「げ!」


 私より小柄な人型。つるんとした顔はのっぺらぼうのお面を被ったみたいだ。

 服も銀色で艶やか。体温を感じさせない見るからに作り物の兵士って感じだ。

 それらが、一斉に、私の方に襲い掛かってくる。


「わっっ! た、助けて!」

「マリカ!」


 私が悲鳴を上げた瞬間、蒼い閃光と共に鳥が舞い降りた。


「リオン!」


 と、同時に兵士?はバタバタと倒れて塵のように消え失せる。

 その隙にリオンは私の手を繋いで飛翔。敵と少し間を開けた。


「あれ、なに!」

「これは『神』の防御プログラム。ぼんやりしていると喰われるぞ」

「防御プログラム?」

「アルの心を奪い返されないように『神』が守りをかけてるんだろ。

『精霊神』か、俺達の視覚が解りやすいように変換しているんだ」

「なるほど」


 さっきのアラートも本当に赤色灯が回っているわけでは無く、侵入者に気付いたぞ、ってていう敵の意思を私に解りやすく見せたのか。

 便利。

 と、そんなことを考えている暇はない。


「助けてくれてありがとう。リオン。

 外は大丈夫?」

「『星』の降臨までに、羽虫は一通り潰した。後はタイミングを見計らって『神』に攻撃をしかけようと思った時に、ラス神に呼ばれたんだ。

 今頃、先生はラス神が入った俺を守りつつ『神』に仕掛けるタイミングを見計らってる」

「了解。とにかく今はアルの救出が最優先ね。アルはどこにいるんだろう。

 消されたりはされてない。

 きっとどこかに封じられているってナハト様はおっしゃってたけど」

「こいつらが警備兵なら話は簡単だ」

「え?」


 なんの指標もない真っ暗闇の中で、次の行く先を悩んでいた私にリオンはこともなげに告げる。


「どういうこと?

 警備兵が邪魔する方向が、行って欲しくない場所。つまりアルのいるところだ」

「なるほど」

「もし、そうでなくても警備システムを全部潰せば、多分アルの所にたどり着ける」


 こういう時、リオンは割と脳筋だ。

 でも意外にそういうものなのかもしれない。


「だから、俺に離れずついてきてくれ」

「うん。あ、ちょっと待って」


 私はリオンの背中に両手をぺたりと、当てて目を閉じた。

 多分、できる気がする。リオンに私の力を送る。

 敵のプログラムを倒しやすくなるように……。


「わっ!」


 驚いた様子のリオンの声に目を開いてみれば、リオンの服装が少し変わっている。

 いつもは動き辛いからって滅多につけない手甲、足甲、ブレストメイル。

 簡略版騎士の装いだ。


「防御力が上がったってことかな? 動き辛くない?」

「大丈夫だ。重さは全く感じない。むしろ羽のように軽い」

「良かった」

「……マリカ」

「リオン?」


 私を見下ろしていたリオンの腕が、なんの前触れも無しに、私の背に回る。

 所謂、ハグ。

 戸惑う私だったけれど、身体にリオンの体温と思いは伝わった。

 さっきのラス様ときっと一緒だ。私が『変わった』ことに気付いて案じてくれている。


「大丈夫、私は私。心配しないで」


 だから、私もその背中に手を回した。


「それにいいことも解った。私、お父様とお母様の本当の子どもだったみたいだよ」

「……マリカ」

「わかってる。とにかく今はアルを早く見つけて助け出そう?」


 私とリオンの登場に少し戸惑って対応を考えていたらしく、 動きを止めていた敵は、また密集形態をとってこっちに迫ってくる。


「そうだな。マリカ。俺から離れるなよ。できるなら、防御壁シールドでも貼っておけ」

「解った」


 私は目を閉じ、自分の周りに光のシャボン玉を作った。エルフィリーネがさっき、見せてくれたような奴。水の護り。エルミュートリウムの全精霊版だ。

 それを確認してリオンは地面を蹴り、敵を駆る。

 軽やかに鮮やかに、暗闇を切り裂く蒼い稲妻のように。



 その後も、これでもか、ってくらい『神』の防御プログラムは襲ってきた。

 落とし穴のようなトラップや、倒されると周囲に状態異常を引き起こすものも。

 アルのトラウマを見せつけて、足止めする場面もあった。

 アルの名誉にかけて言いたくないけど、人間って、大人って愚かで、残酷だ。

 そう思わせる光景の数々。酷い仕打ちに合っていたと知ってる筈のリオンでさえ、唇をかみしめていた。


 ただ『星の管理者代行』になった為だろうか?

 そういう事象にも、私は足を止めずに済んだ。

 知らない事の筈なのに、頭の中にどうすればいいのか解決方法が浮かび、実行できる。

 トラップも解除方法が直ぐに解った。

 本当に私は、今までとは違うな。って否応なしに理解させられて息苦しくなる。

 今は勿論、そんなことを考えている場合じゃないとわかっているけれど。


 やがて私達は多分、最奥にたどり着いた。


「アル!!」


 そこには非常に解りやすく囚われたアルがいた。

 最奥壁赤黒い壁に、半ば埋められて身動きが封じられたアル。

 そして背後からアルを抱きしめるように、最初に見た銀色ののっぺらぼう。

 防御プログラムがアルを取り込んでいるのが解った。

 胸の中央には赤黒い石が埋め込まれて鈍い光を放っている。


「アル!!」


 駆け寄ろうとした瞬間


『サワルナ!』


 バチン!!


「マリカ!」


 トラップ? それとものっぺらぼうの攻撃だろうか?

 私の目の前、0距離で雷光が立ち上がった。


『チカヨルナ。

 コノコハ、ワタシガマモル』


 のっぺらぼうの銀の触手と、壁や足元から波打つ触手が壁を作って、私達を近寄らせてくれない。アルを人質にとられているから、下手に手出しもできない。

 正直八方ふさがりだ。


『コノコハキズダラケ』

『モウ、イタイオモイ、ツライオモイ、サセナイ』

『ズットズット、ココデシアワセナユメヲ……』


 のっぺらぼうはまるで、母親のように手に力を入れてアルを抱きしめる。

 でも


「辛いモノから遠ざけて、自分の思い通りに閉じ込めることは、守ることじゃない!」


 私は思わず叫んでいた。

 気持ちは解らなくも無いけれど、それは完璧毒親の思考だ。

 瞬間、アルの身体がピクリと、動いた気がした。

 意識はある? もしかして聞こえてる?


「アルを離して!」


 我ながら、大きな声が出たと思う。

 あののっぺらぼうに母性があるとは思わないけれど、というか作ったのが『神』なら男だと思うけど、とにかく。

 北村真理香は知っている。

 守りたいと思ってきた。子どもが、自分らしく生きられる可能性を持つ世界を。

 理解してくれる社会を、人々を。

 それは、向こうの世界でもこちらの世界でも変わることなく。


「アルには、ちゃんと自分のやりたいこと、夢がある。

 居場所もある。大事な家族も、仕事も、友達もあるの!

 それを奪わないで!

 もう、絶対に一人になったり、辛い思いをさせたりしないんだから!」

「アルの傷は運命と戦い、生き抜いてきた誇りだ。否定なんてさせない!」

「「アル!!!」」


 私達の声がこの時のアルに聞こえていたかどうかは解らない。

 ただ、私達の声に反応するかのように銀ののっぺらぼうは、逆に拘束を強めている。

 苦し気なアルの呻き。

 その時


「あっ!」


 私の懐から、何かが飛び出していった。

 アルの方に向かって。シャボン玉のようだけれど、ふわふわではなく、一直線に飛んでいく。


「マリカ? あれは?」

「わかんない。ナハト様が持って行けってくれたんだけど」


 シャボン玉は、火花や雷もまったく気にせず壁に向かって飛んでいき、アルを抱えるのっぺらぼうに体当たり(?)していった。


『ぎゃあああああ!!』


 同時に響く絶叫。何があったのか、正直解らないけど、アルを抱える拘束が緩んだ。

 それだけは解った。

 アルを助ける為には……。私の中のワタシが懸命に演算する。


「リオン! あの赤黒い石を壊して! そしてアルを壁からひっぺがして!」

「解った!」


 どうして、なんて問わずにリオンは敵に向かってくれる。

 できるかどうか解らないけど、アルとリオンに全力で攻撃補助バフ、防御補助を願う。

 二人が、光に包まれる。

 特にアルの方は優しい薄桃色の光に。まるで静電気のように飛び散る火花が、銀ののっぺらぼうの腕とアルの間に隙間を作る。


「アル!」

『クルナ!』


 一際強い雷がリオンに叩きつけられる。

 触手もリオンを捕らえようと蠢く。

 けれど


「リオン……兄」

「アル!」


 飛び込んだリオンは薄目を開けた、懸命に伸ばしたであろうアルの腕を掴み、その胸元。

 埋められていた赤黒い精霊石をカレドナイトの短剣で、粉砕した。

 拘束していた力が消え、壁から崩れ落ちるアルをリオンはしっかりと抱き締め私達の側に転移する。


「アル! 大丈夫か? しっかりしろ!」


 頬を叩くリオンの腕の中でアルが薄目を開けた。

 一目で解る。 新緑の柔らかい 緑の瞳。

『神』じゃない。間違いなくアルだ。


「オレ……しんじてた、よ。リオン兄が、マリカが……きっと、助けに来てくれるって……」

「アル!」


 安堵に弛緩した私達とは正反対。周囲の空気はアルが目覚めた瞬間から、不気味に色を変えた。

 完全な敵意に空気が燃えるように染まる。


 多分、アルを奪い返された怒り。返すまいという執着が容を表したのだと感じる。

 これは、結構ヤバい。

 帰り道はどこだろう。


「マリカ!」

「ナハト様!」

「今、アルと奴の接続が切れたのを確認した。ルートをガイドするから今すぐ戻れ!

 お前達が戻れば、いよいよ王手だ!」

「はい! あ、アルは?」

「オレは大丈夫。奴らを止めておくから」


 防御プログラムは、まだ暴走しているように見えるけれど……。

 心配する私に、アルはニッコリ笑って顔を上げる。

 アルの周囲には、さっきの桃色の光が守るように揺れている。

 アルが手を差し伸べる。と同時、ついさっきまで私達に敵意をむき出しにしていた周囲の空気が、まるで怯えたかのように色を失って静かになっていくようだ。


「おー、カッコいい。なんだか、オレも魔術師になった気分で気持ちいな」

「アル……」

「任せて。あいつらを片付けたら奴も追い出しておくから」


 自信満々に笑うアル。気が付けば、服装もリオンを真似たのか、カッコいいチェルケスカ。

 そっか。ここはアルの身体だ。

 拘束が外れればアルが一番強い。


「リオン! 帰ろう」

「解った。アル……向こうで待っている」

「うん。ありがとな。リオン兄、マリカ。すぐ、帰るから」


 空を見上げれば、紫色の星が見える。

 あれが、多分脱出用のガイド。

 リオンは、私の手を取り飛翔する。

 ここはアルの精神の中でイメージの世界。

 だから、幻かもしれないけれど。


 脱出の瞬間、振り返った私は聞こえた気がした。


「オレを産んでくれて、助けに来てくれて、ありがとう。母さん」


 ピンクの光を愛し気に抱きしめた、アルの呟きを。



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