何故、こうなってしまったのか?
固い漆喰の壁、絨毯もない冷たい床。
埃まみれで光の殆どささない室内。誰も、使用人さえ側にいない軟禁、いや監禁生活。一日に数度運ばれる食事と僅かな水のみが世界との縁だ。
公爵と呼ばれ、シュトルムスルフトの全ての人間に敬愛されていた数日前が夢の様だ。
私は、塔の中で考える。
自分の行動を。過ちとは言いたくはない。
「何が悪いというのだ! 私は何も間違っていない!」
ただ、正当なる者の元に王位を取り戻そうとしただけではないか!
私の声は、主張は残酷な事に誰にも届かない。
微かな鳥の羽と風の音しか聞こえてこない闇の中で私は、自分の行動を顧みていた。
私はキシュヒル公爵。先王の伯父に当たる。
現代、シュトルムスルフトにおいて一番王であり、精霊神の血を強く受け継ぐ直系の男子だ。
正妃を母に持たないという理由だけで、王位を継ぐことが許されなかった私ではあるが、王族として公爵としてシュトルムスルフトの穀倉地を含む肥沃な土地を領土としてもっている。資産だけでいうのなら王家に勝るとも劣らないだろう。
領地を預かる大貴族の中でも最年長。
私には先代王も現王も、表立って逆らう事はできない。
シュトルムスルフトの重鎮と言っても良いだろう。
この国において最高位に近い所に立つ私であるが、一つ不満に思っていることがある。
それは私が『王』になれないという事だ。
シュトルムスルフトの王妃、妃は可能な限り銀の一族、聖なる乙女の血を引く銀の髪の一族から娶るべし。という慣習の為、私の母は側室止まりで妃になることはできなかった。
王位は正妃の子である弟が継ぎ、その子もまた銀の一族を王妃に迎えたので、私が王になる目は完全に失われてしまった。不老不死世が始まったこともあり、私は永き、長き世を王族ではなく、貴族、公爵として生きることになったのだ。
腹立たしかった。
地力も、才能も、財力も。私は弟に何も負けていないのに、ただ、母が正妃でない。
それだけの理由で王になれないことが。
『聖なる乙女』の血筋がそれほどに価値があるのか?
確かに王妃を代々輩出してきた一族の娘は、高い教育を施されているのだろう。
美しくもある。整った容姿はその為に交配されてきたが故に目を見張る者も多い。
銀の髪の娘は黒や茶髪が多いシュトルムスルフトにおいて眩い、憧れそのものと言える。
けれど、所詮は女だ。
このシュトルムスルフトにおいて女は子を産むという穢れを抱く者。
男の下に在る者と定められている。
そんな女に自分の命運を狂わされるのはどうにも腹立たしかった。
甥である国王もまた、妻に対して不満を持っていた。
美しく、賢く、政務に優れ、なおかつ強い王妃と並ぶと劣等感を感じるのだそうだ。
やはり女には教育など不要。
男の為に閨で足を開いていればいいと、その話を聞いて改めて思った。
だから、私は、次期王こそは銀の一族から妻を娶る事の無いように働きかけ、手をまわしてきたつもりだったのだ。
それが、次期王と見込んだ第一王子は廃嫡、王までもが銀の一族と聖なる乙女の陰謀によって廃位されてしまった。
王子と『聖なる乙女』を娶せようとしただけだろう?
まあ、多少強引な手段に出たかもしれないが、国を豊かにする為に何がいけないというのか?
子孫の結婚を決めるのは親の権利であるし、聖なる乙女とはいえ女だ。
素直に男の言うことを聞いていればいい。
あげくの果てに銀の一族の、しかも女が王位についた。
性別を偽っていた事を問題視して異議を申し立てた者もいるにはいたが
「王太子として正式に認可された身。問題は無い筈です」
という詭弁と精霊神と『聖なる乙女』を後見を理由に封じられてしまった。
それからというものシュトルムスルフトはどんどん変わって行っている。
砂漠地帯に緑が戻り、石油とかいう妙な油が採掘されるようになり、南の発言力が高まった。今まで、穀物や農作物は私の領地やその周辺でしか採れなかったのに栽培範囲が広がり、他所でも実りが得られるようになってきた。
しかも転移陣や石油を原料にした道路の整備が進み、国内の流通や他国からの輸入まで拡大している。まったくもって面白くない。
新しい食とやらが重要視されるのはまあ、良いが、他の領地がどんどんと力を付けて行くのは楽しい話では無かった。
不老不死時代、『精霊神』に見放されたこの国を支えてきた我が領地と私の恩恵を忘れて好き勝手歩み始める。
生意気な。私の前に這いつくばり、恵みを乞うていれば良かったのに。
相対的に土地が豊かになり、産業が発達し、流通経路が整いつつあったことで、各地の税収が上がったことで他の貴族達は女王を受け入れ始めているが、私は騙されない。認めない。女王はこの国に災いを齎す。かつての伝説のように。
伝説は冤罪であるという話も聞いたが、信じられるものか!
このままではシュトルムスルフトは変えられてしまう。
私はこの国の未来を憂いたのだ。
だから、この国に正しい王を取り戻そうとした。
何が悪いというのだろう。
そうだ。私は悪くない。
私はまず、女王を退位させようとした。
しかし、上手くはいかなかった。精霊術を良く使う王族魔術師の力を持つ女王は各領地を繋ぐ転移陣を復活させた。
さらには石油によるアスファルト?塗装とやらで国内の主要道路を舗装し流通を整えた。
加え、新しい食に纏わる様々な農作物の栽培も推奨。
『精霊神』が復活したとやらで、豊かになってきた各領地の産物が、転移陣と道路のおかげで他所に流通するようになり、国全体が豊かになった為、領主の多くは女王の統治を認める様になってきた為だ。
だが、騙されるべきではない、と私は訴え続けた。
これは悲劇の女王の再来だと。あの女は国を変え他国に売りはらおうとしているのだと。
そんな私を息子は困り顔で諫める。
「父上、もうお止め下さい。
女王陛下が退位され、転移陣が使え無くなればシュトルムスルフトはまた貧乏国に逆戻りです。それに、女王陛下を退位させたところで、代わりになる方はおられません」
勿論、一蹴し叱りつけてやったが、実際の所第一王子が廃された今、女王に対抗できる王子はいない。王族としての教育を受けておらず臣下に下った者が数名。
彼らを連れ戻し、王に据えようとしても誰も認めないだろう。
私が王になればいいだけのことであるが、流石に前王よりも年上の新王は体裁が悪かろう。各国王はむしろ、若年化。歳若い王への世代交代の傾向にあるのに。
そこで私は思いついたのだった。
発見された新しい王族男児。前『聖なる乙女』の子。フェイの存在を。
永い間行方不明であったこの甥の存在を女王は溺愛している。
証拠も殆ど無いのに王族であることを認知、さらに失われた王の杖の所持者であることも広く公表した。
永く失われていた王の杖の発見に、民も大貴族達も狂乱歓喜したが、彼は『聖なる乙女』の配下であるとし帰国は促さなかった。
後に大神殿の神官長に就任する才を見せたことで、国内はそれを喜ぶ者と、彼に帰国を促す者の二つに分かれている。
これはチャンスだと思ったのだ。フェイをシュトルムスルフトに取り戻し、王座に据えれば文句をつける者は誰もいない。おそらく女王自身でさえ、フェイが王位につくのなら自ら王位を譲る可能性さえある。
その上で未熟な子どもの後見人として私が立てば、実質、私が王になったと同じだ。
私は、賛同者を集めた。
そして、彼が帰国したのを待って行動に出た。
王になれと。彼に促したのだ。
ところが奴は私の厚情を裏切った。
私が差し出した手を振り払ったのだ。
「誰もが王になりたがると思ったら大間違いです」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。
ふざけるな!
王になることを望み、渇望してきた者の前で、お前がそれを言うのか!
こうなれば、もう体面など気にしている時ではない。
正当なる王が必要だ。
この国で最も濃い精霊神の血を持つ私が、王として立つべきなのだ。
そうして私は正しく必殺の手段に手を出した。
私は間違っていない。
数多の王族が為してきたことなのだ。
毒殺は。
そう思って踏み出したのが思えば、今という地獄への階段の最初の一歩だったのだろう。
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