【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

生きた伝説

公開日時: 2021年2月11日(木) 08:15
更新日時: 2021年2月11日(木) 11:33
文字数:4,203

「どうなさいましたか? 旦那様?」

 ふと、足を止めた俺にリードが声をかける。


「いや、何でもない。気のせいだろう。いくぞ」


 そう誤魔化したが多分、気のせいではないだろう。


 最近、少し派手に動きすぎたかな? と思わなくもない。

 魔王城の島から戻ってからというもの、なんだか常に視線を感じるのだ。




 店に帰りつき、部屋に戻って俺は大きく息を吐き出した。


「やれやれ、貴族連中は相変わらずだな。

 そんなに新しい味が知りたいなら食いにくればいいのに」

「そうもいかないのが、貴族というものでございましょう」

「まったく、プライドばかり高い連中だ」


 今日の呼び出しも新しい味を知りたい、売れ、という話だ。


「おぬしの商売を貴族に広めてやる。だから知識を教えるがいい」


 くだらない。


 この世界において貴族というのは金を持っている者。

 土地を持っている者。地位を持っている者。

 それ以外の意味はあまりない。


 王族は国を統治しており、国に、土地に住む以上税は支払わなくてはならない。

 けれど、税を支払う者に貴族も、王ですらそれ以上の命令はできないのだ。


 今の俺には貴族であろうと、そう簡単に命令はできない。

 奴らよりも金を持っているからだ。




 店に戻って一息ついた後は今後についての検討だ。


「リード、三号店の方はどうだ?」

「今の所、大きな問題は有りません。

 ただ、冬に向けて材料の確保が若干、厳しくなる可能性が」

「それは解っていた事だ。狩人たちに手を回し、できるだけ確保しておくようにしろ。

 二号店の方も、メインをハンバーグからハムやベーコンにして凌ぐことになるだろう。

 秋のうちにできるだけ備蓄を進めておくんだ。

 果物類は甘煮やジャムにして保存を。保冷術が使える精霊術士は高値をつけてもいい。確保しておけ」

「解りました。それから…」

「何かあったか?」

「いえ、本店の方で、パンケーキの需要がうなぎ上りだと。

 材料が足りず、開店から数刻で完売してしまうと。もっと材料を回して欲しいということなのですが…」

「却下だ。今の備蓄で来年まで持たせなくてはならない。一日分の指定分量は厳守しろと伝えろ」

「はい」


 もっと店を出してくれ、という声は大きいが、今の状況で俺がちゃんと目を光らせられるのはあと一店舗がいいところだろう。

 麦もこれ以上ペースを上げると来年まで持たない。


 他にもいくつか報告を受け、指示を終えた頃を見計らう様に


「旦那様。お食事の支度が整いました」

 最近雇った見習いマルコの声がした。


「解った。運んでくれ」

「かしこまりました。それから、旦那様」

「なんだ?」

「ヒュージさんがご報告したいことがあるそうです」

「解った。食事をしながら話を聞こう」


 少しするとマルコが、料理人のヒュージと一緒に二人分の食事を運んでくる。

 新作のエナのシチューだ。肉団子が入れてある。

 それからパウンドケーキ。魔王城で学んできたレシピにオランジュの果汁とジャムを入れた新作だ。


「お味はいかがでしょうか?」

「悪くない。もう少し塩を使ってもいいかもしれないが、良くできている。

 ブイヨンの扱いにもだいぶ慣れてきたようだな」

「ケーキの方も味のバランスが良くなってきましたね。あと少しこなれれば、これも貴族相手の使い物にできるでしょう」

「ありがとうございます」


 ヒュージは嬉しそうに頭を下げた。

 こいつは下町で燻っていた元料理人だった。

 俺が出した屋台での食べ物を食って、もう一度、食に携わりたいと言ってきた熱意を見込んで雇い、今は俺の所でレシピと調理法を学んでいる。

 いずれ出す予定の四店目を任せる予定で、今、一番気に入っている使用人の一人だ。


「それで、報告したいこととは何だ?」

「私を含む、数名が引き抜きに合いました。今出す給料の倍出すからうちに来るつもりはないか? と」

「ほう…そうか? 誰かは聞いたか?」

「旦那様!」


 リードは青ざめているが、俺はそのままヒュージの話を続けさせる。


「はい。貴族のリーデンブルク子爵だそうです。

 よりいい設備で、貴族に出す食事が作れるぞ、と」

「それで?」

「十分な給料も、最新の設備も頂いているし、住居も衣服も支給されている。と断らせて頂きました。

 他の皆も同様だと思います」

「そうか、面倒をかけたな」

「いいえ。特にまだ私は旦那様に拾って頂いた恩を返しておりません。必ずや地獄から救い上げて頂いた恩は必ずお返しいたします」

「期待しているぞ」

「ありがとうございます」


 ヒュージとマルコが外に出てから俺はリードを見て笑った。


「自分から報告して来る、ということはやましいことはしていない、ということだ。

 それに、俺は使用人たちには出来る限り良い環境を与えてやりたいと思い、実行してきたつもりだ。

 その上で、そいつらが俺の所にいるよりもいいと判断して移動するなら仕方ないと思っている」

「それは、十分承知しております。

 以前も旦那様の元は働きやすうございましたが、今は前にも増して従業員にお心を砕いておられる。

 ヒュージのように思う者が殆どでございましょう」

「そうであればいいのだがな」


 これもマリカ様と魔王城から伝えられたことだ。

 人に対してお金と手間と心を惜しむなと。


『どんなに利益を得たところで、人に裏切られたらそこまでです。金を持って墓場には行けません。

 神の世界を潰しても、神の世界の方が良かったと思われたら私達の負け。

 信用を大切に、そして、少しでも人々を笑顔にできるように頑張りましょう』


 ああ、俺はその言葉が、染みる程に解る。

 もし、マリカ様に500年前に出会えていたら…。



「旦那様?」

「何でもない。ただ、断ったことで逆恨みされたり、無理に連れ去られる事の無いように気にかけてやってくれ。

 連中がいないと店がたちいかない。しっかりと守ってやらないといけないからな」

「かしこまりました。手配しておきます」

「お前も気を付けろよ。リード。お前は俺の大事な片腕なんだから」

「ありがとうございます」

 リードは全て解っている、という顔で笑ってくれた。

 いずれ、こいつには全てを話せる日が来るだろう。



 リードに店の手配を任せて、支店の見回りに出た俺にまた、なんとも言えない視線が絡みつく。

 店が軌道に乗り始めてから感じるようになった視線だ。

 多分、俺の資金の出所、知識の大本を知りたくて探っている連中だろう。

 貴族か、それとも食料品扱いに追従しようとする商人か。


 秋に魔王城に行く前のあたりから感じるようになって、戻って来た後から余計に酷くなった気がする。

 監視を撒き、どこかに消え、二週間後に大荷物を抱えて戻って来た。

 どこかに行き、資金と指示を預かって来たと思われても仕方ない。

 事実その通りだし。


「しかし、拙いな…。こんな監視が酷くなると魔王城に行けなくなってしまう」


 冬の間にほとぼりが冷めてくれるといいが、事業が成功するにしたがって注目度が上がってきているのも事実だ。

 魔王城に行けるのは最悪、あと一回くらいかもしれない。


 本当に、マリカ様に王都に来て頂きたいものだが…。


「ん?」

「や、止めて下さい!!!」


 屋台の側まで来た時に、悲鳴が聞こえた。


「なんだ?」


 急ぎ足を進めると、屋台の側に妙な奴がいる。

 料理を欲しがって並ぶ人、ではない。


「なんだと? せっかく来たのに売り切れってどういうことだよ!」

「ですから、今日はここまであるとお伝えしたとおりで。

 品物が無くなったらその日の販売は終わりなんです」

「一本くらいなんとかしろよ」

「無いものは、本当に…申し訳ございません」


 販売員に因縁をつけているごろつきか。それとも…


「どうした?」

「ガルフ様!」

 駆けつけた俺は販売員と、ごろつきの間に入ると販売員を振り返った。


「品物を売り切った後に、並んでいたのだから品物を売れとこの方が…」

「解った。ここは俺に任せて撤去の準備を始めろ」


「なんだよ。文句があるのか? せっかく買ってやろうとしたのに」

「申し訳ありませんが、一店舗の販売数は限りがございます。

 また明日、おいで頂ければ幸いです」


 客に凄まれて、脅されて涙目の販売員を背に庇い、俺は頭を下げる。

 責任者に頭を下げられて、引きさがってくれるならまあ普通の客だ。

 だが…


「だったら作り方を教えろよ。そうすれば許してやる」

 こう来るなら、それは悪意を持って仕掛けて来た敵、ということだ。


「それはできかねます。雇い主にもそうお伝えください。

 暴力に訴えられてもお答えはしかねる、と」

「なんだと!」


 迫って来る男が拳を上げた。

 そいつの手を掴み、足を払う。

 俺も何度か戦場に立たされた。

 この程度の相手くらいならなんとかできなくもない。


 今度は店に護衛が必要か?

 そんなことを考えた時


 ガツン!


 後頭部に衝撃が響いて俺は膝をついた。

 どうやら、男は一人では無かったらしい。

 俺の隙をついて俺が倒した男も立ち上がる。


「どうする? あんまり手荒な真似はするなと言われているだろう?」

「そう言われたって聞く気がねえんだから仕方ねえだろ。とっ捕まえて味の秘密を聞き出すのが一番早い。

 丁度よく店主が出てきてくれたんだ」


 くらくらする頭を押さえながら俺は目の前の二人を見る。

 先の事を考えていない場当たりの犯行は頭が悪いとしか思えない。


「お前達、誰に雇われた? 教えて引くならそいつの倍払ってやるぞ」

「うっ!」


 俺の言葉に揺れたのだろう。動きが止まる。

 その隙に俺は撤去の準備を終えた従業員たちに首で行けと促した。

 奴らの目的は俺の知識なのだから、たいしたことはできない。


「しまった!」

「この野郎!」


 慌てた男達が、俺の胸倉を掴む。

 その時だ。


「止めよ! この王都での狼藉は許さぬ!」

「えっ!」


 声がした。

 一瞬で、場の全ての人間に逆らうを許さぬと告げる、強い強い声。


 と、同時。

「うっ!!」

 胸倉を掴んでいた男が唸り声と共に地面に崩れ落ちた。


「な、なんでこんなところに…」


 もう一人の男の震える声は当然だ。

 俺とてそう思う。


「まったく、俺は噂の串焼きとやらを食いに来ただけなのにこんな騒動に出くわすことになろうとはな」


 鞘に入ったままの剣を肩に担ぎ、その人物は呆れたように肩を竦めて見せる。

 逞しい体躯。

 炎のように燃える赤毛。

 黒曜石のような漆黒の瞳。

 誰がこの人を見間違えるだろうか?


「この件が終ったら、すまんが食事処に招いて貰えるか?

 なに売り切れなら日を改める。こやつらのような狼藉はせぬゆえ」

「…だ、第三皇子 ライオット様」


 王都の生きた伝説。

 騎士団長 ライオット皇子が膝をつく俺の前に、にやりと笑って立っていた。 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート