「おそらく嘘でしょうね」
お休みを終え、大聖都に戻り、留守番をしていたフェイにアルケディウスであったことを報告した。ゲシュマック商会との話、アインカウフとの話、大貴族達の話。レオ君の話も含めて話せる全ての事を知らせ、共通理解を仰ぐ。
これは、私達が大神殿に勤めるようになってから心がけている事だった。
一通り聞き終わった後、開口一番フェイがそう言ったので私は一瞬、誰の何が嘘だと言っているのだろうと意味を掴み損ね首を捻ってしまう。
「何が嘘?」
「失礼。インタレーリ男爵ですよ。
盗賊はともかく、魔性が伯爵領に出ることはまず無いと思っています」
そういうとフェイは側にいたクリスを手招きして、何かを指示する。
部屋を出たクリスが戻ってきて、私達の前に広げたものは…
「地図?」
この大陸、というか星の地図だった。
かなり正確なメルカトルタイプの地図。
割と普通に流通しているのだそうだ。
商人していた頃、誰が、どうやって作ったのかなと最初は思っていたのだけれど、不老不死前に『精霊神』様が各国王に授けたのだと聞いた。
『この大陸は七国で一つ、侵略や併合は厳に慎むように』
『精霊神様』の言いつけは段々に忘れられて幾度か侵略戦争なども起きたりした。
力が均衡しているので、本当の意味で国が無くなるような結果にはなかなかならなかったそうだけれど。
そして、後に『神』が降臨してからは中央に大聖都が出来、八国となって新しい国もできず、古い国も滅びず小競り合いなどをしながら変わらない日々を紡いできたという。
話は反れたけれどそんなこの国の地図には、赤でいくつも印がつけられていた。日付や書き込みも。
「これは?」
「魔王の出現、あるいは目撃情報を纏めたものです。
傾向などが掴めないかと思って。リオンは魔王との対決を望んでいますから」
流石、フェイ。
各国の魔王出現情報をそのまま流したりしないで、分析してたのか。
「全体的に見て、出現場所に類似点は殆どありません。大規模穀倉地帯、シュトルムスルフトはオアシスなどが多いようではありますが」
二年間で約数十件。一か月に二~三回ペース。
場所は本当にバラバラ。アルケディウスとエルディランドが一番多くて、シュトルムスルフトとアーヴェントルクはかなり少ない。
人が多い王都や領都などの目撃証言はなく、純粋に精霊の力が強い所をランダムに襲っている感じだ。農地ばかりかと思いきや鉱山が狙われることもあり、一度貴重なカレドナイト鉱山が襲撃された時には、魔王の吸収の能力により、一気にカレドナイトが力と色を失ったという報告もある。
「パターン化して次の襲撃場所が読まれないように気を付けているのかな?」
「可能性はあります。魔王達は大神殿や国からの騎士団などが来ると直ぐに撤退しているそうなので僕達との対決を明確に避けているのでしょう」
不老不死時代前の魔王は、滅多に人の前に出てくることは無かった。
配下の魔性を各地に放ち、その魔性に暴れさせ精霊の力を奪わせ、回収していたようだという。
私は地図を見やった。
この地図には大陸しか描かれていない。
大陸の外海がどうなっているかは解らないという。
七国全てを巡ったけれど、外洋航海船を作って運用している国は無かった。
ここ二年でアルケディウスのビエイリークとフリュッスカイトのヴェーネが共同事業で機帆船を作っているけれど、まだ実用に至ったという報告は受けていない。
魔王城、魔王の島、と呼ばれる場所はあったけれど、そこが実は精霊国エルトゥリア。
精霊の女王『精霊の貴人』が率いる今の私達の島であるのなら、本当の意味で魔王のいる場所は未だに不明ということだ。
「魔王達は、どこにいるのかな?」
「大陸の中ではありえないでしょう。『精霊神』が封じられている状態であったとしても魔王が座する程の拠点を作られていれば、解る筈です」
「……魔王城と同じように、どこかの島にいる筈だ。海洋からの侵入はほぼ不可能。
魔性は転移陣か、転移術、飛行魔性で外に送り出している。おそらく……」
つまり、魔王の居場所に乗り込む為には広大な海のどこにあるか突き止めるか、何処にあるか解らない転移陣を見つけ出すしかないということか。
だから、勇者時代、お父様達は世界中を旅して、転移陣を探した、と。
「島の住人であれば転移術などで、戻るのは簡単ですし、魔性を送り込んだ転移陣を後で壊せば跡を追われることもない。
今の所は魔王達に良いように遊ばれている印象がありますね」
魔王達の目的は精霊の力の回収。その力が彼ら、もしくは彼らの主である『魔王』の必要量に達したら、本格的な攻撃を仕掛けてくる筈だ。
タイムリミットはきっと今年いっぱい。
それが明日になるか、冬になるかは解らない。
「まあ、その辺はさておき、彼らもできる限り効率よくことを進めたいでしょうから、精霊の力の薄い所にはまず来ないと思います。ですから、インターレリ男爵の『魔性』出現の話はおそらく嘘。マリカをなんとしても自領に来させ恵みを齎させるようにしたいのだと思います」
魔王が現れ、暴れているのをいいことに魔王の仕業じゃない事を魔王になすりつけたり、魔王被害を口実に援助を求めたり。
ある意味、人間の方が魔王より怖いよね。と思う事がある。
盗賊が魔性を装って畑の収穫物を奪った事例もある。
飲食により、人々は確実に活気づいたのだけれども悪い方に知恵が回るようになった人も多いよね。きっと。
今よりももっと良い生活を。他人より上に立ちたい。
人々の欲は進歩の原動力ではあるけれど、同時に悪性の温床にもなりうる。
「なので、とりあえずアルケディウスの事はライオット皇子にお任せしましょう。
マリカは明日からの技術会議の方の準備をお願いします」
「あ、そうだね。明日はストウディウム様のおいでになるって言ってたし、アインカウフやアルも参加するって」
月に一度、大聖都で行っている技術会議は各国の技術者や識者が集まって主に科学について話し合う場だ。
精霊古語の本を読み解き、知識を交換しより便利な生活を目指すがテーマだ。
この二年で、向こうの世界で言う所のステンレスやプラスチック素材、化学繊維などが実用化に至った。効果はピンキリだけれど最上級素材は、精霊の力を宿らせたりコーティングしたりすることで向こうの世界のそれよりも上質なものができていると思う。
ゴムのタイヤも実用化したので、現在ドライジーネは向こうの世界にかなり近い自転車として一般の情報伝達や流通に大きく寄与しているし、精霊の力による電気の精製とそれを利用した薬品の開発も進んだ。
特に、チートだと思ったのは水の精霊の力。液体の性質を強化したり、分離したりが可能で、光の精霊術を使うと発電施設無しで電気分解も可能。
さらに一度完成させれば再現もできるということで、炭酸水や自然の硫酸泉から精製した濃硫酸、硝酸などがこの中世異世界に誕生した。
特に重曹や水酸化ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウムの精製は人々の生活にも役立っている。銃の作成は『精霊神』と神殿の名において禁止されているけれど、鉱山用にダイナマイトは完成しているし大砲もある。
科学や薬品技術の発達で解った事だけれど、不老不死者も全ての害を阻止できるわけでは無い。例えば、水の中に沈められて呼吸ができなくなれば意識が喪失して浮き上がれなくなる。毒ガスを吸い込めば体内に吸収されて、本人曰く死にたいくらいの苦しみを味わうことになる。
どちらも体内から悪性物質が除去されて、安静にすれば蘇生、回復可能のようだけれど。
不老不死を良い事に無茶な実験や研究をすることはしないように、今は強く各国で監視しあっている。
ちなみに『精霊神』様は科学の発展に関してはドがつくくらいきっぱりと助言を拒否した。
『僕達は、この件に関して手助けは一切しない。自分達の力で見つけて、研究して育てていくんだね』
だって。
精霊古語と、鉱石などの発掘場所については手を貸して教えて下さったけれど。
以前、少し聞いたけど、地球世界から来た『精霊神』様はこの地に文明を築く基礎を知らしめた時、科学系知識を明らかに意図的にシャットダウン。この世界を精霊と魔法の国にした。
それはおそらく向こうの世界のような争いや資源の奪い合いにならないようにだろう。
私や、クラージュさんのような異世界知識をもつ『星』の転生者は向こうの知識をこちらに伝える為に地球世界から呼ばれたのかもしれないと、今の所、納得している。
「多分、私やマリカ様は異世界に転生させられたのではなく、異世界から呼ばれた魂が転生した肉体に宿って記憶と知識を齎した。という形なのかもしれませんね。
だとしたら、向こうでの私達にこちらの世界の記憶が無い事も理由が付きます」
「地球での、知識がこれからのアースガイアに必要であったからでしょうか?」
クラージュさんの推察は、以前エルフィリーネが言った、私の転生はインストールだ、ということからしてもおそらく間違っていないと思う。それなら、もっと科学に強い人方がを呼んだ方が良かったんじゃないかと思うけど、その辺は何か理由があったのかな?
相性とか。私が知らずに何か力を持っていたとか。
「科学会議はマリカとクラージュ殿が要です。性質を理解しつつ社会の危険が最小限になるように舵を取って頂かないと」
「うん」
船や、望遠鏡、自動車などの科学力は魔王城を探したり、戦ったりする意味でも重要になる。アルも言ってたけれど、ステンレス製の武器とかは魔性にかなり効果があるようだし。
今までの変わらないぬるま湯のような世界に浸る在り方ではこの先に進めない。
少なくとも精霊の力を集めて、何かをしようとする『神』や魔王を止められない。
向こうの世界であったような人の進歩と科学の力が必要であり、その為に私達が呼ばれたのだとしたら、応えないといけないだろう。
そんなことを考えていたから、私が気付かなかったのだ。
フェイと私が話し思う横で、リオンはずっと世界地図を見つめていたことに。
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