魔王城で一番、朝早起きなのはジョイらしい。
「おはようー」
「あ、おはよう。マリカ姉。あ、今日も全部作って貰っちゃった?」
「ううん。パンを焼いて、ひんやりテアを作っただけ。何を作るつもりだったの?」
「今日はねえ、エナのサラダと、厚焼きベーコン、それから混ぜ混ぜ卵、ミソスープ」
「了解。一緒に作ってもいいかな?」
「うん♪ わーい、マリカ姉とお料理だ~」
「遅くなってすみません。マリカ様、ジョイ兄様」
「ネアちゃん。丁度いい所に。このヴェリココ切って欲しいんだけど」
まだ十歳くらいだというのに毎朝毎晩、魔王城在住、約十人の食事を作ってくれているジョイはもうラールさんも、ザーフトラク様も舌を巻くくらいの料理名人になっている。その助手がネアちゃん。ネアちゃんももうかなりの料理上手だけど
「まだまだ、ジョイ兄さまには叶いません」
と、毎日進んで料理の支度に励んでくれている。二人のおかげでティーナは子ども達の面倒に専念できるので助かっているらしい。
最初は八歳の子どもに料理を任せるのに罪悪感が実はあったんだけれど
「マリカ姉も自分でやってたでしょ? お肉捌いたりは大変だけど、それだけやってあればできるよ」
というので、アルに頼んで、常に材料は用意しておくようにして、後はほぼお任せにしている。
ジョイの得意料理=私が作った料理なので、魔王城の食事は和洋食が主。
特に、和食が上手だ。一度、みんなで味噌作りをした後、その楽しさにハマったみたいで、私が帰ってこれない冬も丁寧に味噌づくりをしてくれた。
味噌は独特の匂いとクセがあるから万人向け、というわけでは無いけれど独特な風味で単調な味わいに飽きてきた王侯貴族には結構人気。
でも作ってから食べるのに半年くらいかかるので、今、ちゃんと作っているのは魔王城だけだ。ザーフトラク様やラールさんが作ったのも、魔王城で預かってる。
秘伝の調味料扱いだね。
ジョイのことはザーフトラク様が特に可愛がってて、王宮で料理人する気は無いか、って誘っているけれど
「魔王城の方が、美味しい料理作れるし、皆に食べて貰えるからいい」
と、断っていた。同じように外で絵師をしないかと誘われているギルと同じで今から、外に出るのはちょっと怖いらしい。
本人が希望しないなら、無理に外に出すことはしないつもりでいる。
現在、魔王城の子ども達の最年長は十一歳になるヨハンだ。
畑と、動物達の管理をして城の食糧運用を一手に引き受けている。
同期のクリスは大聖都でリオンの従者その2を。シュウはアルケディウスの金物工房でどちらも住み込みの修行をしている。
シュウは最初、通い弟子だったんだけれども、親方に見込まれて半養子みたいな感じで住み込むことになった。今は週に一回、戻ってくる感じだ。二年で、並みいる見習いを追い抜いて弟子の上位になったから、親方が見習いのジェラシーから守る意味で住み込ませているらしい。
「今度ね、新しい乗り物の試作品作り、親方と参加することになったんだよ!」
今、アルケディウスだけではなく、世界全体が発明品ラッシュで、腕のいい職人は引っ張りだこ。いずれは通信鏡も作ってみせると張り切っていた。
「美味しいごはん。いただきます!」
「いただきます!」
魔王城では食卓、特に朝はできる限り、みんなで顔を合わせて一緒に食べることを推奨している。
「皆様が揃った、賑やかな食卓は嬉しくなりますわ」
ティーナが顔を綻ばせた。
確かに今日は、久しぶりに魔王城の大所帯が顔をそろえている。
リオン、アル、フェイはいないけど、クラージュさん。私。
ティーナ、リグ、アーサーに、アレクに、エリセ。
クリス、シュウ、ヨハン。ギルにジョイ。
ジャックと、リュウ。
セリーナにファミーちゃん。それにネアちゃん。
約二十人。いつの間にか随分増えたよね。
でも、いつもはこの半分くらいか。
クリスとアーサーはリオンの従者扱いで今も、一緒に暮らしている。
かなり腕も上がってきて、来年は騎士試験に出てみるかという話もある様子だ。
アレクは、大神殿の次席楽師。筆頭楽師さんがアレクを上回る天才楽師兼、作曲家で自学独習だったアレクを弟子として迎えて面倒を見てくれた。そのおかげでアレクの演奏は正しい指導を受けてさらにパワーアップ。凄みを増したともっぱらの評判である。
エリセは、今、私の所に住んでいて通いのゲシュマック商会店員。
「ファミーはね。今、ソレルティア様の弟子、してるの。だいぶ、術も上手くなったんだよ」
「うん。話を聞いてるよ。期待の星だって」
「頑張って、術をいっぱい覚えて、セリーナお姉ちゃんと一緒に働くんだ!」
万能の精霊石の一つと契約したファミーちゃんは、昨年から通いでアルケディウス城に通っている。本人も言った通り、ソレルティア様の弟子扱いで王宮に入り、人間関係や精霊術について学んでいるらしい。
私達が頑張ってきた成果で、アルケディウス王宮は子どもの行動や存在に寛容だ。
可愛らしい、天使のような女の子魔術師は好意をもって受け入れられていると聞いて少しホッとしている。
ファミーちゃんの目標は、セリーナと一緒に働く事。
私の周りに貴重な魔術師が集まりすぎる、という抗議もあるので難しい点は多いのだけれどなんとか頑張ろうと思っている。
「僕らも、王宮にいっちゃダメ?」「ダメかな?」
そう伺うように私を見るのはジャックとリュウだ。
魔王城最年少だった二人も、もう年齢的には八歳。体格的には十歳くらいになっていて小学校中高学年のイメージだろうか?
子どもっぽいところはあるけれど、クラージュさんがみっちりと剣道と礼儀作法を叩き込んだのでこの年にしては、物わかりがいい。
インドア派が多い上とは反対に二人はかなり前から外で仕事をすることを希望している。
正確には、戦士としてリオンや私達と一緒にいること。
「今、私達王宮にいる訳じゃないからね。神殿にいきなり入れるにも理由が……」
「俺も従者四人は面倒見きれないな」
「ちぇー。小さいのってこういう時損だな~」
「ちぇー、早い者勝ちってずるいよな~」
「ごめんね。何とか方法を考えるから」
思わず苦笑というか、顔が引きつる。
確かに、年長組に比べると最初が未満児だった二人は、今も、魔王城の年少扱いで色々我慢させたり、割りを食わせたりしまうことが多い気がする。
でも、まだはっきりとした『能力』も見えてこないし、ちゃんと側で監督できる自信がない状態では外に出すのは怖い。
私の不安を読み取るようにクラージュさんが二人を諫めてくれる。
「気持ちは解りますが、焦りは禁物です。今、じっくりと身体を作っておくことが将来大きな差になりますよ」
「「はーい」」
魔王城の子ども達は、いつか全員外に出し、人と関わる生活に戻す。
それが魔王城で最初に目覚めて以来ずっと持ち続けている私の目標でもある。
勿論、個々の性質などもあるから人との関りが苦手な子を、無理に外に出すつもりはないけれど、それでも少しずつ、その才能を輝かせる場は作っていきたい。
今、魔王城の最年少であるリグだってもう四歳。外から来て、外に帰るフォル君やレヴィーナちゃんを見て、外を意識し始めている様子だ。
こうして、皆で食卓を囲み、笑い合える時間をずっと大切に。
守っていきたいと思っているけれど。
ふと、リオンと目が合った。
昨日のアルとのことなど、無かったように楽し気に笑い、一緒に食事をしているけれど何かを考えている様子が解る。
子ども達が、当たり前のように今日の次により良い明日が来ることを信じ、未来の為に頑張れる日常。
私達が魔王城という場に立った時から望み、願って作り上げてきた幸せの具現だけれども。
だからこそ、感じずにはいられない。
振り返れば、そこにエルフィリーネがいる。
頼もしい笑顔で微笑む魔王城の守護精霊。
でも彼女の姿は、私達に思い知らせる。
この幸せは薄氷の上に成り立っているということを知らせる。
鏡のようなものなのだ。と
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