【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 杖と術者と思いと想い

公開日時: 2021年8月3日(火) 06:33
文字数:3,744

「要するに、『精霊石と術者』

 僕達の思うそれと、不老不死世界の現実のそれが違っているのだと推察します」


 土の曜日、王宮魔術師ソレルティア様との会談を終えて戻ってきた私の報告を聞き、フェイはそう結論付けた。




「どういうこと?」


 意味がよく解っていない私達にフェイは、少し顎に手を当て、


「術者が力の限界を迎える、という話を聞いて思ったのですよ」


 考えるような表情を見せた後、説明を始める。


「僕達、魔王城の者にとって精霊石に意思、人格があるのは当然の知識です。

 だから術者と精霊石は名前を呼び、契約することで一心同体となり、互いに力を与え合う協力関係になる。

 僕とシュルーストラム。エリセとエルストラーシェ。

 どちらも精霊の契約で結ばれた横入りのできないものです」


 うん、それは解る。

 互いの石を使う事もできないし、しない。

 自分の精霊が絶対だ。


「でも、外の世界での考え方は、多分違うんですよ。

 僕もそうでしたが、よっぽど…例えばオルジュとアーグストラムのような例外を除き、術者は精霊石に人格があると思っていないんです。

 もしかしたら精霊が宿っているとも思っていないかも。

 精霊石のついた杖や装身具は、術を使う為の媒体、道具にすぎない。

 だから術者の力が衰えて使えなくなるという表現になる」

「え?

 じゃあ、魔術師は石の名前を呼んだりしないし、もしかしたら人格があるって知りもしない? 話もしない?」

「ええ、おそらく」


 フェイは頷いて、自分の手のひらを見た。

 彼の手には契約の紋章があるけれど、そう言えばソレルティア様にはあっただろうか?

 無かった気がする。


「精霊石は気に入った子どもと出会う事で目覚め、その子が術を使おうとすれば助ける。

 不老不死を得るまでは互いに力を供給し合い大きな術を使う事もできる。

 ただ、不老不死になって神の欠片を身体に入れられてしまうとその交感は妨害され、子どもの側から精霊石に供給がなされなくなる。

 精霊石は自らの力だけで、子どもの術の行使を助けるが、やがて力を失い沈黙する。

 それが術者の能力の限界、とされるのだと思います」


 そもそも精霊術士は自らの何かを消費して術を使う訳ではない。

 精霊に力を貸して貰えるか否かが、術を左右するのだから限界など基本無いと言うフェイの言葉にシュルーストラムは頷いている。


『なるほど、な。

 私は主を失って以降、貴様が城に来るまで城から出たことが無かったから知らなかったが。

 外世の精霊石たちは術者の為に随分と苦労してきたとみえる』


 術者の力の限界は=精霊石の限界。

 あれ? ということは…


「じゃあ、もしかしたら精霊石が力を取り戻せば、力の限界、って言われて引退した術者ももう一度術を使えるようになる?」

「おそらくは、眠りにつくなどし力を取り戻せば術者に力を貸せるようになると思います。

 ただ神の欠片による交感妨害はあるので、術者がもう一度術を使えると気付くよりも、新しい子どもが杖を手に入れて使う様になることの方が多いと思いますが」


 それは力を失った、とされて引退していく子ども上がり。

 この世界の術者にとっては、とんでもない福音となるのではないだろうか?


「この王宮魔術師からの召喚状。

 それがマリカが推察した通り、僕の杖を狙ってのことであるのなら『自分の今までの杖よりも高位の杖なら衰えた自分の力に応えてくれるかも』ということかもしれません。

 道具なので譲渡可能、と簡単に思っている可能性も高いですね」


 自分の力が衰えたから杖が使えなくなった。

 より高位の杖なら、自分の力でもまだ使えるかも。

 それが最後の希望…か。


「ねえ、シュルーストラム。

 ソレルティア様の杖に力を分けてあげる事ってできない?」

『できなくもないが、何故そのようなことをしてやらねばならぬ?』

「ソレルティア様の杖、彼女を心配してたみたいなの。姿を見た訳や声を聞いた訳じゃないから、まあカン、みたいなものなんだけど」


 あの杖は多分ソレルティア様の事を気にいっている。

 だからできる全力でサポートしてきたのだと思う。

 三十年、というのはかなり魔術師として長命であると、聞いているから。

 力を殆ど失っているのに、私に見えた、というのは多分に彼女を心配してのことだ。

 あの石なりのSOSだと思う。


 話を聞くにソレルティア様そのものも悪い方ではない。

 精霊を信じて愛している。

 有能で、努力家で、そして周囲にも慕われていた。

 プライドは高そうだけれど。


「それに、王宮魔術師って相当忙しいよ。

 ソレルティア様見てたけど、文官の仕事もしてたけど凄く大変。フェイが後釜になったらきっと、それこそ何もできなくなるくらいに仕事に追われることになっちゃう」

「僕は王宮魔術師になるつもりは無いと言いましたが?」

「試験を受けて合格しちゃったら、多分そんな我が儘通らないって。

 皇王様からの直々の呼び出し、ってことはフェイの試験、ソレルティア様の言い分からしても、実際はかなりの好成績だった可能性高いもの」


 私は二枚の召喚状のうち、もう一枚を見やる。


 本来の試験結果の発表は明後日。

 それに先立って皇王様直々に保護者同伴で呼び出し、ということはただの合格では終わらない何かがある、ということだ。


「それに、試験の時も落ち込んでたでしょ?

 人間関係や、一般常識、範例とかが解らないって。

 ソレルティア様に恩を売って、防波堤になって貰って、ある程度の自由を確保しながらそういう事を学んだ方がいいんじゃないかって思う」


 フェイはほぼ自学独習で知識を学び、術者としての基本や思想や知識を全部ふっ飛ばして最高位の『魔術師』になった。

 教える存在、で言えばシュルーストラムがいるけれど、彼は『師』じゃない。

 先達に基本を学ぶという事は、機会があるならやったほうがいい。

 できれば、失敗してもフォローが効く子どもの内に。




「…それは、そうですが…。

 僕はその王宮魔術師の為人を知りません。何より自分より知識も技術も無い相手を師として仰ぎたいとも思わないのですが」

「…それは違うと思う」

「リオン?」


 今まで黙って私達の会話を聞いていたリオンが、口を挟んで来た。

 随分と真剣な眼をしている。


「師っていうのは、そういうものじゃないんだ。

 知識とか技術もだけど、そういうのとは別の何かを教えてくれる存在、それが師匠ってものだ」

 

 言い聞かせるように、噛み含めるようにリオンが紡ぐ言葉と思いはとても優しい。


「リオンに…師匠っていましたか?」

「俺がまだ、王子と呼ばれていた頃、魔術と剣の師がいた。フェイアルとクラージュ。

 あいつらは俺を徹底的にしごいた。俺は最後の最後まであいつらに一度も叶わなかった」


 そういえば教育係みたいな存在がいた、とリオンは以前言ってたっけ。


「潜在的な能力、とかでいうなら多分、俺はあいつらより上だったと思う。

 俺はそういう風に作られた存在で、あいつらは普通の…フェイアルは変生を受けてたけど…普通の人間だったからな。

 でも、技の使い方や組み合わせ方。俺は長い事届かなかったし、城の中では理解できなかった。

 少しでもそれが解ったと思えたのは外で、連中と旅して経験を重ねてからのことだ。

 転生を繰り返す中でも、時々、助けてくれたり知識を教えてくれた大人と出会った事もある。

 先達の持つ経験に基づく知識って奴は、バカにならないんだ。本当に」

   

 リオンはこう見ても何回も転生を繰り返して生きている。

 人生経験というものは、ある意味私達の中では誰よりも豊富だ。

 フェイもリオンのいう事なら、耳を傾ける。

 ちょっとジェラってしまうくらいに。


 まあ、その辺はいいのだけれど。

 リオンの言うことには私も全く同意だし。



「とりあえず、会って話をしてみない。

 ソレルティア様に」

「マリカ」


 いつまでも話し合っていても事態は進まない。

 だから、私はそう提案してみる事にした。


「せっかくの『お呼び出し』だから。

 フェイ。ソレルティア様に一度会ったんでしょ? 印象は? 悪い人?」

「悪いも何も、試験の内容と術の使い方程度にしか話をしていませんから。

 でも、まあ、市井の魔術師もどきに比べれば、雲泥の差はある、呪文の発音も姿勢もしっかりしているなとは思いましたよ。

 杖がほとんど機能していないのに精霊が動くくらいですから」


 ふむ、気難しいフェイがそう言うのならやっぱり実力は確かなのだと思う。


「会ってみて、用件を聞いて、杖を権力に任せて奪おうっていうような人なら、無理だって思い知らせればいいし、真摯に頼んでくるようなら条件を持ちかけて助けてあげることも考えてみればいいと思う」


 私の言葉に暫く考え悩んでいたであろうフェイは


「………そうですね」


 やがてそう言って頷いた。


「試験結果はどちらにしても聞かなければならないし、皇王陛下や王宮魔術師の呼び出しを子どもが無視して良い筈もありません。

 何を言われるにしても、一度行きます。

 王宮へ」 


 もう一度召喚状を確かめる。

 子どもだから、付き添いは二名まで。

 明日の朝、貴族区画の門に迎えの馬車が来るとのこと。


「ガルフと、ホントならリードさんが良いんだろうけれど、私行って良いかな?」

「ええ、お願いします」


 かくして、フェイは二度目の、王宮の門を潜る。

 彼の運命と、私達のこれからを変える門を。



 まさか、そこで、あんなバトルと結末が待っているとはこの時、思いもしなかったけれど。

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