翌日、フリュッスカイト三日目、水の日。
今日から、私の調理指導の仕事が始まるのだけれどその前に、特別な仕事をさせて貰った。
昨日貰って来たオリーヴァの実のアク抜きと塩漬けだ。
私の料理の師匠、お料理お父さんの本にはなんと、オリーブの実の塩漬けの仕方が載っていた。オリーブの実には強烈な渋み、アクがあるので生食はできない。
「どのような方法でアクを抜くのか?」
「そもそもどうして食べようと思うのだ?」
「良質な油が採れるのに、無駄にするのでは?」
皆さん興味津々の様子だ。
「不老不死前は秘伝の方法でアク抜きがされていたようですよ。
オリーヴァの実、本当に食べた事は無いですか?」
私は農園でのカージュさんの話を思い出す。
カージュさんのお父様はオリーブ、じゃなかったオリーヴァの実を何か、危険なものを使って加工していた。
その結果、美味しいものが生まれた。
というのであるのならやはりそれは薬品を使ったアク抜き、だったのではないかと思う。
ちなみに水だけでアク抜きをしようと思うと2カ月毎日朝夕水を交換する必要があるらしい。重曹があればもう少し安全に作れるけれど、重曹の化合方法は解らない。
とりあえず、苛性ソーダがあるのなら、それを使ってやってみるのが一番だろう。
ちなみにどの方法でも数週間から数か月かかる。苛性ソーダを使っての方法で十日。
滞在期間の間でぎりぎり完成する唯一の方法だったと思う。
「洗ったオリーヴァの実と同じ重さの水を用意します」
大きな鍋に一ルーク(1kgくらい)ずつくらいずつ分けたオリーヴァの実と同じ量の水を入れて、その中に2パーセントくらいのソーダを入れて溶かす。
フリュッスカイトのソーダがどのくらいの濃度なのか解らないから薄めからちょっと濃いめまで何種類か作ってみる。
「姫君、目や手にかからぬように気を付けて」
「はい」
部下にやらせた方がいいのかもしれないけれど、危険だし、今回は私がやっておく。
ちなみに手で直接触れたりすると、ぬるっとして手が溶けたり目に付くと炎症を引き起こすんだって。
手につかない様に皮手袋をして、木べらで水溶液を作り、オリーヴァの実を沈めた。
オリーヴァの実が空気に当たらない様に木で落とし蓋。
「凄いな。あっという間に水が茶色くなったな」
水が茶色くならないという事はアクが抜けていないという事なので、溶液が薄いのだと思う。薄目にしていたものに、アクが抜け出した濃度を合わせておく。
やっぱり実の重さの2パーセントくらいがいいみたいだ。
「このまま半日ほど放置しておきます。その間に普通の料理実習始めましょうか?」
五人の料理人さんは頷いて調理場に向かう。
メルクーリオ様はまだオリーヴァに興味津々のようだけれど、触られたりしたら困るし調理場に来て貰った。
「まずは、基本の調味料の作り方と、その扱い方から……」
『新しい味』と他のものの違いはほぼほぼ調味料なので、まずそこから丁寧に知らせた。
お酢、ケチャップ、マヨネーズ、ウスターソース、ドレッシング、片栗粉、天然酵母。
私が三年間、向こうの世界の記憶をもとに試行錯誤してきたし、色々な国を巡り香辛料を手に入れたりもしたのでかなり、完成されたレシピになってきたと思っている。
特にエルディランドで醤油が手に入るようになったのが大きい。
味に深みがでるようになった。
「ふむ。『新しい食』の料理というのは、正しく正しい理によって生み出されるものなのだな」
「そうですね。計算と技術。そして食材への知識が大事です」
初回は調味料をメインにしたので時間がかかったけれど、天然酵母のパン生地で作ったピザに、トマトソースを塗る。
宴席に出した鳥の骨を取っておいて貰ったのでそれでスープも作った。
マヨネーズを使ったポテトサラダ。
後は鶏むね肉のソテー。片栗粉をまぶすと柔らかみが増す。
デザートは簡単にクレープ。ピザと被っちゃうけどパウンドケーキとかは時間がかかるからね。
で、調理実習の後、オリーヴァの実を確認。
うわー、水が本当に真っ茶色というか真っ黒だ。
「この黒いのがオリーヴァの渋み、か?」
「はい、アクと呼ばれるものだと思います」
大きめのを一個割って見た。
真緑だった実が中までオレンジ色っぽくなっている。多分これで良さそうな感じ。
「これで大凡はアクが抜けましたが、まだ渋みが残っているので三日から一週間程朝昼晩、毎日水を交換します。水が濁らなくなったら少しずつ濃度を濃くした塩水につけてできあがり、です。空気に実が触れると色が変わってしまうので丁寧に」
この世界にはホースが無かったので、アルケディウスの金属加工工房にパイプを作ってもらった。いずれは水道みたいなものも作りたいけれど。
パイプを鍋の下に差し込んで水を入れて、アクの染み込んだ水を零れさせるような感じで水を交換する。
水が完全に入れ替わったら暫く放置。また水が茶色くなるので交換、を濁りがなくなるまで繰り返す。
「随分と手間がかかるな」「ここまで手をかける必要があるのか?」
料理人さん達は怪訝そうな顔だったけれど
「オリーヴァの実は『精霊神の恵み』だ。そのものを大切に味わおうとする精神は失うべきではなかろう」
「公子……」
公子は本当に真剣に、感心した。と言う様子で水に浸ったオリーヴァの実を見つめている。
優しい眼差しは、なんだか懐かしそうでさえある。
「オリーヴァの実を食べられるようにする為に、フリュッスカイトにはこのソーダの作り方が伝わっていたのかもしれんな」
「フリュッスカイトではどのようにソーダを作っておられるのですか?
というのは国家の秘密になります?」
「製法は言えんが、フリュッスカイトの荒れ地に生える灌木を燃やした草木灰から作っている。後は海の中に生える海藻とか」
「多分、草木灰そのものでもアク抜きはできると思います。時間はかかるでしょうけれど」
草木灰で食べ物のアク抜きをするのは昔からの伝統だ。
カリウムが多く入っている植物を使うのがいいらしいから、海藻とか確かにいいと思う。
ん? 海藻?
「メルクーリオ様。フリュッスカイトでは海産物を採る漁とかなさっているのですか?」
「真珠探しの者達が貝を採っている。その貝の裏の虹色の部分を宝飾品や調度品の加工などに使ってるな」
「貝!」
「海藻の漁は月に二、三回。浜辺に流れ着いたものなども買い取りソーダ作りに使っている。
まあ、海藻はシナーン。灌木の代用品。伐採しすぎを防ぐためだが」
そう言えばヴェーネは海の真横だった。
海産物が採れても不思議はない。
「貝の加工場ってどちらに? できれば海藻も見てみたいのですが」
「興味があるのか? まさか、食べるとでも?」
「美味しいんです。とっても! 後、できれば魚も欲しいんですが……」
「魚は……不老不死前に食卓に上がったこともあったが、肉類に比べると滋味や食べごたえに欠けて……」
「調理法次第ですよ。
もし、入手できるなら分けて頂きたいのですが。美味しい料理を作って見せますので」
「解った。手配してみよう」
ちなみに、その日の食事も良い反応を頂いた。
そのご褒美に、明日の朝、海産物を扱っているところから、海藻や貝を分けて頂く約束をする。
フリュッスカイトとアルケディウスでは海に生育する生き物とかの差が出るのだろうか?
この地方だけの魚とかいるのかな?
今まで、アルケディウスのビエイリークでしか入手できなかった海産物が、各国で食べられるようになれば、食の幅は随分と広がる。
私はそれがちょっと楽しみだった。
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