私はダンスの後に捧げられた偽勇者 エリクスの求愛をきっぱり断ったつもりだった。
「私は、まだどなたも嫌いではありませんが、好きでもありません。
いきなり見も知らない方に求愛、など言われても困ります」
「知らないのであれば、僕という人間を知って頂きたいと思います。
どうか僕に機会をお与え下さい」
「勇者殿。マリカはまだ、幼い。
貴公もまだお若い。知らぬ者同士が国同士、家同士を繋ぐ為婚姻を行う、などという時代でもない。
マリカを本気で気に入り、好をと願うのであればマリカが申したというとおり、誠実に人と人同士の付き合いから始めるのが良いのではないか?」
ぐいぐいと押し迫るエリクスから庇う様に皇王陛下が助け舟を出して下さった。
けれど、エリクスには届いている様子はない。
「ですが、僕には時間がありません。
僕はまだ大聖都を出る事は出来ず、姫君が大聖都にいるのは五日間だけ。
その間に、できる限り、僕という人物を知って欲しいのです。
そして可能なら婚約を…」
婚約?
エリクスの声に周囲が一斉に騒めいた。
私を庇う様に立つリオンの顔をも気色ばんでいる。
なんで? なんでいきなりそうなるの?
「生憎だが勇者殿」
皇王陛下が呆れたように息を吐き出す。
「これにはこの会議でやるべき仕事がたくさんある。お望みどおりにはいかぬだろう。
それに、私はマリカを早々直ぐに嫁に出すつもりもない。
マリカはアルケディウスに神と精霊が下された宝なのだ」
「仕事? このように幼き乙女に一体アルケディウスは何の仕事を科しておられると…」
「年齢は関係ない。マリカは国を支える皇族としての役割と能力を持っている。
国の為に民の為に、その役割を果たす覚悟を持っているからこそ、皇族としてこの場に立っているのだ」
いきなりの愛孫への求婚に苛立っておられるのだろう。
優しい皇王陛下にしては口調が強い。
「まずは人としての、上に立つ者としての人との付き合い方、心配り、配慮。それらを学んで頂きたいものだ。
でなければ、大事な孫娘の手を預けることはとてもできぬ」
「ですが…」
「引け、エリクス」
なおも食い下がろうとするエリクスを諌めるような声が降った。
ザザッと周囲から床に膝をつく音がする。
立っているのは私と、皇王陛下と皇王妃様、そしてリオンくらいだ。
奥扉が開き、幾人かの小姓と騎士を従えて、一人の男性が現れる。
白地の上布に金の豪奢な刺繍の入った衣装を身に纏い、大きな精霊石の宿った杖を持っている。
一団が現れたのを見た瞬間、リオンの顔色が変わり、目を見開いたのが解った。
あの杖や老人を知っているのだろうか?
フェイはこの舞踏会には入れなかったけれど、後で聞いてみないと。
外見年齢は八十代だろうか?
皇王陛下や大王様よりな年上に見える。
白髪に、白い髭、緑の瞳だけが力強く輝いている。
後ろの子ども達も全員、金髪碧眼の子が多い。
少ないと聞いているのにこんなに、しかも子どもを侍らすなんてどうやっているのだろう、と妙に不安になった。
「神官長様!」
エリクスの縋るような声を聞くまでもなく、この人物が大聖都のトップなのだと解る。
纏う荘厳な威厳は皇王陛下や皇王妃様に勝るとも劣らない。
「これはこれは、ご無沙汰しております。
神官長 フェデリクス・アルフィクス様」
皇王陛下が緩やかに頭を下げる。
膝を付かないのは反神国だからか、それともこの場の状況故に、だろうか?
「エル・トゥルヴィゼクス。
アルケディウス皇王陛下、皇王妃 並びに新しき皇女。
まずは『神の勇者』の無礼許されよ」
思っていたより、腰低く頭を下げる神官長に、私は目を瞬かせた。
あれ? 思ったより話解かる人?
「エリクス。
神殿育ちの其方にとって初めての年の近い異性で舞い上がるのは解らんでもないが、今の言動は、皇王陛下のおっしゃる通り他人への、異性への正しき配慮に欠ける。
今は引き、落ちつき出直すがいい」
「………はい」
凄い。あの我が儘っ子が一蹴。
俯いたまま神官長の背後の一団の後方に加わると、跪く。
大聖都の、引いては大神殿の最高権力者の力を思い知らされた気分だ。
エリクスが下がったのを確認して、皇王陛下、皇王妃様も膝を付いたので私とリオンも跪いた。
「近年、アルケディウスを中心に人々に力と活気が蘇っている。
『神』もとてもお喜びだ」
「お褒めに預かり光栄。その功績の多くは我が孫、マリカの力によるものでございます」
「ほう…」
小さく頷いた神官長が私を見ているの跪き、俯いていても解る。
まるで値踏みされているようで正直怖い。
「確かに精霊の溢れる祝福を得ておられる様子。
姫君、こちらへ…」
「は、はい…」
心配そうなリオンの視線を感じるけど、ここで拒否はできない。
私は立ち上がり、神官長の前、ホールの中央に跪いた。
「略式ではあるが、ここに王族の登録の儀を行うとしよう。
各王族立ち合いのこの場は、この尊き姫の披露目に相応しい」
小姓たちが杖を持つ手を支える一人を除いて下がると神官長は杖を掲げ、
「『星』を統べる我らが偉大なる『神』よ。
新たなに生まれし『星』の嬰児。
真なる『乙女』にその祝福を…」
カツンと打ち降ろした。
神官長が小さく呪文のようなものを詠唱すると杖が、静かに淡い、オレンジの色を纏う。
「えっ?」
直後、杖から薄い金粉のようなものが放たれて、私の身体を取り巻くとまるで吸い込まれるように体内に消えて行った。
更には、私の身体からなんだかキラキラしたものが吸い出させて、杖に戻って行ったのだ。
何? 今の。何か入れられて、何か取られた?
大丈夫かな?
この間みたいに気分悪くなったりしないかな?
私の正体、バレたりしてない?
怯える私の心配を他所に
「おお! 神の祝福だ」
「初めて見たわ。聖なる力よ」
「新たなる乙女の誕生だな」
周囲は妙に盛り上がっている。
そもそも乙女って何?
前にもあったな、こんな事。
私は意味が解らないのに周囲は妙に『私』を理解しているの。
疑問に答えは貰えないまま、神官長は私に向かって頭を垂れる。
「これで、其方は神の祝福を得た王族の一員となった。
『星』の祝福に守られし『乙女』
今後も星の光を導かんことを」
それだけ言うと余計な事を何も言わず、周囲の国王達に労いの言葉さえもかけず『神官長』は踵を返した。無言で付き従う一団から、意を決したようにエリクスは抜け出て、呆然とする私の手を取り立ち上がらせてくれた。
「今日は、失礼いたしました。姫君。
ですが、僕は諦めません。貴女の心を必ず掴んでみせますから。
勇者 アルフィリーガの名に懸けて」
「エリクス!」
神官長の叱責を背に慌てて走り去るエリクス。
アルフィリーガの名に懸けてって、と私が苦笑した私は気付く。
リオンが、射抜くような、挑むような、正しく獣の眼差しで、去っていく一団を見つめていたことに。
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