風と空の季節は春夏秋冬で言う所の秋になる。
人工太陽と地熱のコントロールにによって調整された季節ではあるけれど。
そして秋は収穫の秋。
「うわー、素敵ですね。一面に黄金を敷き詰めたかのよう」
エルディランドに来て、リアの輝く水を見た私は思わず感動してしまった。
たわわに実り、頭垂れる金色の稲穂。
所々は収穫も始まり、稲架かけした稲が乾燥されている様子は、向こうの世界ではみなれていたものだけに郷愁を誘う。
「麦の畑もでしたけれど、穀物の畑ってどうしてこんなに美しいのでしょうか?」
「本当に、これが全部リアに変わるのだと思うと不思議な感じがしますね」
同じ馬車の中、セリーナやカマラも同感、というように頷いてくれた。
七国大祭訪問三国目、エルディランド。
神殿の転移陣を使って移動した私は、王宮に入る前、少し遠回り……というには方向と距離が違いすぎるけれど……してエルディランドの畑や田んぼの収穫風景を見せて頂いた。
今年は戦が無いので例年より少し祭りが早いのだそうだ。
なので、本来なら祭り前に収穫を終えてしまうのだけれども、まだ少し、未収穫のリアの田んぼが残っている。たくさんの人たちが一生懸命に収穫に励む姿は微笑ましくも美しいと感じる。
収穫というのは向こうの世界でも一昔前まで、家族どころか部落総出、お祭りか遠足のように集まって皆で力を合わせるのが普通だった。
色々な科学技術が発展してきたとはいえ、流石にまだ、コンバインや稲刈り機の製作実用化には時間がかかりそう。
でも八十八の手間はかかるけれど、田んぼに落とした汗の数だけ美味しくなる、と言われているのがお米、リア。手間はかかるけれど、天日干しして、稲やわらの最後の養分まで吸い取ったリアは間違いなく美味しいので、頑張って欲しいなと思う。心から。
そうして、私達はエルディランドの王宮。美しい瑪瑙宮へと馬車を走らせる。
国王陛下達をお待たせしている事だろう。
中華風。今、思うなら紫禁城をモチーフにしたであろう広い瑪瑙宮の最奥。王の居城にて
「待っていたぞ。マリカ皇女!」
この国の大王で在らせられるスーダイ様が私を出迎えて下さった。
玉座から立って、私の前に自分から足を運んで下さって。
「お久しぶりでございます。スーダイ様。
こうして直接お会いしてお話するのは、進水式以来ですね」
「そうだな。不老不死終わりの日にも居合わせたし、その後の通信鏡で見て知っていたつもりではあったが……。
其方は本当に神々の娘であったのだな……。
こうして間近に見ると、少女であった頃の其方が蛹であったかのように、まったく別人のように感じられる」
どことなく噛みしめるような口調と言葉はスーダイ様が私という存在を、外見ではなく本質で見て下さっているからかな、と感じる。
だから
「そうですか? 自分ではそんなに変わったようには感じませんが。
むしろ、スーダイ様の方が、少しお痩せになったのではありませんか?
大王としての心労や激務でお疲れであったりはしませんか?」
にこやかに、さらっと流す。
私は変わらず、私なのだと安心させてあげたい。少なくとも今は。
「いや、これは古い言葉で言う痩身、というやつだ。
不老不死解除後、色々な面で身体の調子がよくなった。運動や食事に気を付けていることもあるが腹回りが少し薄くなってな。前より身体が軽くなった気がする」
「それはいいことですね」
私は素直に頷いた。
確かにスーダイ様の体つきは病的な痩せ方ではなく、今までたるんでいた部分が引き締まり、余分な脂肪が落ちシュッとした、というかカッコ良くなった印象だ。
前はアニメの熊さんを思い出させるぽっちゃりさんだったけれど、今は格闘家のような貫禄さえ感じる。
「『星』の祝福がありますので、そんなに深刻な病になることは少ないでしょうが、適正な体型を保ち、健康に気をつける事は大事です。
エルディランドを支える若き大王陛下には、健やかに長く、人々を導いて頂かなければなりませんから」
「そうだな。後は各国のように、早く子宝に恵まれればありがたいのだがな。
今はグアンが仮の王子第一位だが、奴は『七精霊の子』ではないので王位には付けない。
弟たちには荷が重い。正嫡の王子が求められているのだが……」
「あまり焦っても良い結果にはなりませんわ。まだシュンシー様はお若くていらっしゃいますから、ゆっくりと進められるがよろしいかと」
「うむ。其方の言う通りだな。私もシュンシーに対して不満は何もないのだ。
若く、美しく、優しく、賢い。
私にはもったいないくらいの妻だからな」
「それはそれは、ごちそうさまです」
傍らに立つシュンシーさんを暖かい目で見やり微笑むスーダイ様。
言葉に嘘はなく、彼女の事を本当に大事に愛しく思っているであろうことが伝わってくる。
だから、それ故に、だろうか。
何かを噛みしめるように俯くシュンシーさんが痛々しく見える。
前に立つスーダイ様は気付かないだろうけれど、どこか申し訳なさそうな沈んだ眼差し。
やっぱりマイアさんからの情報は正しいようだ。
彼女は『神の子ども』
そして、私達が気付いていることを知っている。
自分から名乗り出てくるまでは声をかけるつもりは無いけれど、この様子だと多分、連絡してくるだろう。大王様に知らせるかどうかも考えるのはその後だ。
「ごちそうさま、はまだ早いぞ。エルディランドの大祭は明日からだが、今夜の其方の歓迎会では、大祭の晩餐会にも勝るとも劣らない、エルディランドの全力を見せてやろう」
「楽しみにしております」
「うむ、では三日間、改めてよろしくお願いする」
社交辞令ではなく、私は本気で頭を下げた。
エルディランドは中華風の国だけれど、最近の料理は和洋折衷ならぬ和中折衷。
味噌、酒、醤油、みりん、お酢などを駆使する私好みの味付けになっている。
どんな料理ができるか、楽しみしかない。
生魚を食べるには海から王都までは遠いので残念ながら、まだ日本風生寿司は難しいけれどマグロに似た魚を醤油につけたヅケや、酢〆などの研究も進んでいるようだ。
『新しい食』の復活から約四年。
人の食べ物に対する情熱って凄いなって思う。
宿舎に割り振られている麗水宮に入ると間もなく、使者がやってきた。
予想通り、シュンシーさんから。
「あれ?」
淡く色付けされた植物紙に書かれた手紙は直筆で。
『大事なお話があります。
マリカ様の滞在中に、お時間を頂く事はできないでしょうか?』
要約すればそんな内容。
日時は
こちらの都合に合わせます、とある。
「ええっと、あった。これこれ」
私はエルディランド、マオシェン商会からの返事を確認した。
店主さんが神の子ではないかと思われる方からの。
こちらは、二日目の昼間、麗水宮に来て頂いてお話することになっている。
「う~ん。なんか、足並みが合ってない感じ?」
マオシェン商会から連絡が来て、面会を申し込まれたのが一週間前のこと。
返事は直ぐに出したので、二人の『神の子ども』が知り合い同士なら示し合わせることもできると思うのだけれど、違うのかな?
「どうしたらいいと思いますか?」
私は女官頭ミュールズさんに相談してみた。
彼女ももう私の秘密は話してあるし『神の子ども』についても知らせてある。
「まずはシュンシー妃のお話を先に聞いてみてはいかがでしょうか?
その後にマオシェン商会から。両方を会わせて話をしようと思った時、両方から話を聞けるように時間を調整して」
「そうですね。そうしましょう」
祭りの中日、二日目の午後、二の地の刻に設定していた会談の少し前。水の刻にシュンシーさんと話をすることにする。
私は、スーダイ大王様には幸せになって頂きたい。
この世界で初めて、誠実に。私という人間を見て好きになってくれて。
告白して下さった方だから思いもひとしおだ。
もし、リオンがいなかったら、好きになってたかもしれないな、と思うくらいには。
だから、その為にできる限りのことするつもりである。
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