「いつから、リオンが私の婚約者って話になったんですか? お父様!」
「別にそう公式に届け出た訳でも、触れ回った訳でもない。
周囲が勝手にそう思っているのを否定していないだけの話だ」
護衛士カマラから、当の本人も知らない情報を聞く羽目になった私は、その日の夜この国の第三皇子にして私の父(設定の)ライオット皇子に問い詰めた。
夜、寝支度を整え、就寝の挨拶に行くという名目で訪れた父と母の寝室。
そこでないと、プライベートな話などできないからだ。
流石に周囲に使用人が溢れている皇子家で、夕食の時にこんな話をする勇気はない。
私が問い詰めても泰然とした様子のお父様。
焦りはまったく見えない。
「正式に皇女が婚約、結婚ということになれば、皇王陛下の許可がいるし、皇族の結婚は戸籍から出るにしても入れるにしても神殿への届け出が必要だ」
「それは、まあそうですよね」
流れもイマイチ見えないけれど、私は素直に頷く。
王族、皇族の結婚となれば間違いなく一大イベントだ。
私にだって向こうの世界で皇太子のご成婚の礼をテレビで見た記憶はある。
「お前を国務会議で娘として広めてから、公式非公式を合わせて結構な求婚の申し出があることは知っているか?」
「え? そうなんですか?」
「前にも言いませんでしたか? お兄様がグランダルフィの妻にと貴女を望んでいる、と」
側で話を聞いていたお母様がため息を吐きながら嘴を挟んで来る。
「…あ、確かに聞きました。各国から申し出があるかもしれない、と」
グランダルフィ王子はプラーミァ国王の長子。双子ちゃんが生まれるまでは世界で一番若い王族だった。
実際、大聖都では勇者の転生 エリクスが求婚してきたっけ。
彼の暴走は大聖都が私達を逃がさない為の策略だったと後からリオンから聞いたけれど、大聖都の王子ポジションなので、大神官が死んだり色々なければ求婚が継続されていた可能もある。
「お前を欲しているのは他国だけじゃない。アルケディウス内でも同じ。
赤子のマリカを拾った事実をいいことに無理やり手籠めにしようとしたタシュケント伯爵家はやりすぎだとしても、国の事業を動かし、大金を生み出す娘を欲しがらない大貴族はいない。
貴族連中だってあわよくばお前を手に入れられないか、画策している。
お前を手に入れる、っていうことは大金と皇族との繋がりを手に入れるということだからな」
あうーっ。
やっぱりそうなっちゃうのか。
「無論、誘拐、脅迫などはしても碌な事にならん。
皇王家と俺を敵に回すだけだと解っているからしては来ないだろうが、それでもあの手この手でお前に近付こうと画策はしてくる筈だ。
だから、護衛と牽制の両方の意味を込めて俺はアルフィリーガ…リオンをお前の側に着けた。
大聖都への護衛に任じたり、国王会議の舞踏会でお披露目のダンスの相手役を任せたりな」
「…身長差から、だけじゃなかったんですね?」
当たり前だろう、と頷く皇子。
身長差はあっても、舞踏会でのダンスの相手役というのは、その後の後見人という意味合いも持つから今回で言うなら皇王陛下あたりにお願いするのが基本だそうだ。
おじいちゃんと孫と言う感じで微笑ましく見られる。
「それをあえて年齢の近いアルフィリーガ…リオンにしたのは、表だってではないが『こいつには相手がいるぞ、手を出すな』という意味合いがある。
だから他国は余計な事を言ってこなかっただろう?
まあ、エリクスは『俺の娘』ってことで空気を読まずに求婚してきたようだがな」
「…皇王陛下達もご存知で?」
「勿論。
騎士試験の時から、いや、あいつを俺が軍属に引き上げた時から『俺の愛弟子』『自ら育てた後継者候補』という流れは作ってきた。
隠し子がいる、とお前を世に出した後は特に
『ああ、皇子は自分の娘と結婚させて、あの少年を婿にするつもりでいるのだ』
と思われているな、と解ってきたから、それを否定しないことで肯定している」
「本来なら十一歳の皇族ともなれば、他国からも結婚の申し込みが引きも切らない立派な『娘』です。
護衛士とはいえ未婚の男性を二人でいさせるなんて誤解を招くから許されませんよ」
確か、前にも言われたっけ。
私の年齢でも皇族なら結婚相手になりうるのだと。
「だから、皇王妃様も皇王陛下も『誤解を受けるからリオンをマリカから離せ』と言ってこないだろう?
奴もお前の為にそれなりの地位を手に入れている。
皇位継承権のない『第三皇子の娘』であれば騎士貴族に降嫁するにしても、奴が第三皇子家に婿に入るにしても不審がられることは無い。
対外的な護衛として正式に付けたこともあるから
『まだ若年故に正式に決める時期ではない』
が今後も周囲は、お前達は婚約者同士なのだ、と見るだろうな。
正式な婚約発表などは、お前が正式な成人となる十四歳になってからの話になるが」
この世界では十四歳が一応の女性の成人年齢。
第二性徴を終えた頃、ということなのだろう。
今は不老不死だからそうでもないとしても、中世は結婚年齢が早いとは聞いたことがある。
「男性は十六歳を過ぎれば一人前と扱われますね。
今は廃れてしまいましたが、女性十四歳、男性十六歳になった頃に成人の祝いが行われていました。
二十歳を過ぎれば独立した大人として、親の元を完全に離れるのが普通です。
不老不死後は家に寄生している貴族の子弟も多いようですけど」
「お前らは歳周りも良い。
マリカが十四歳、アルフィリーガが十六歳になったらフェイと一緒に成人の儀式をやってやって、結婚式まで面倒をみてやろうか、とは思っていたんだが…」
「けっ…こん?」
思わず声が上ずる。
た、確かに私はリオンが好きだけど…結婚、とかそういうの、考えた事…。
「アルフィリーガが相手では不服か?」
「不服なんて、そんな。…ただ、リオンにも…選ぶ権利が…ある…かなぁ…って……」
声が段々尻つぼみになっていくのが解る。
私は、リオンに結婚してもいい、と思って貰えている存在なのだろうか?
自信はない。
手間をかけさせている妹でしかない気がする。
「言っておくがアルフィリーガは今、話したような事情は最初から承知している。
その上で、お前に言いよる虫は全部蹴散らすと言っていたぞ」
「貴女達が抱えるモノを考えれば、他国、他家に嫁ぐわけにはいかないでしょう?
私もありとあらゆる点でリオンが最適だと思いますが、貴女は嫌なのですか?」
「嫌じゃないです。でも…」
お父様とお母様が呆れたように、私を見やる。
お二人には私の気持ちなんて、最初から解っているのだろうけれど…。
「俺は自分から『お前らが婚約者じゃない』なんて言いふらすつもりはないからな。
最高の虫よけがいるのにそれを外すつもりもないぞ。
ここまでお膳立てしたのに面倒くさい。
アルフィリーガとの結婚が嫌だというなら十四歳までに別の相手を探せ」
「別の相手?」
「そいつがアルフィリーガよりも優れていて、皇女の相手に相応しいのであれば認めてやらんでもない」
「リオンより優れている人なんているわけないじゃないですか!」
「それが解っていて、何故嫌がる必要があるのです?
貴女もリオンが好きであることは、見ていれば解りますよ」
「…うっ…。で、でも…」
私は、リオンが好きなのだ、とは自覚している。
別の相手、と言われて考えられないくらいには。
でもこれが、男女の恋愛なのかどうかは解らない。
リオンの気持ちはもっと解らない。
最適だから、なんて理由で私のような者がリオンを縛るのは許されない気がする。
リオンは、世界を守る『精霊の獣』
高い、高い空を飛んでいく鳥。
私なんかが足かせになって縛っていい存在じゃない。
今までは魔王城の狭い空間でしか人と付き合って来なかったけれど、これから先、世界中を巡ればもしかしたらリオンにも好きな人ができるかもしれないし。
「まあ、言った通り別に婚約者と言っても正式な話じゃない。
お互いに別に好きな相手ができたとなれば、止めるつもりも無い。
単にお前達は離さない方がいいと思っただけの親心だ。気にせずいつも通りにしていろ」
「で…でも…」
「そんなに心配なら、直接聞けば良いのでは? もう木の二月も半ばを過ぎました。
再来週にはプラーミァへ出発です。
今週はリオンが護衛に着く程の外出はありませんが、来週にはゲシュマック商会などに手回しの打ち合わせ外出もあるでしょう?」
「それより明後日は夜の日だ。
魔王城でゆっくり話して来い。側近達にはいいように誤魔化しておくから」
「お父様! お母様!!」
話はそこで打ち切り。
もう夜も遅いから寝ろ、と私は部屋を追い出された。
お二人には、私の浅い考えなどお見通しなのだろうと解っている。
仕方ない。
皇子が言う様に魔王城で、リオンと話をしよう。
ちゃんと覚悟を決めて、聞かなくっちゃ。
…私が婚約者でいいのかって。
言ってて怖くなる。
嫌だって言われたらどうしよう。
緊張で今から胸がバクバク言ってるけど、それを私は布団で頭から身体と一緒に覆い隠し目を閉じた。
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