アルケディウスでの用事の最後、久しぶりに孤児院にも顔を出した。
ちょっと頼まれごとがあったから。
「皆さん、元気にしていましたか?」
「皇女様!」
私の馬車が入ってくるのを見ると、庭で遊んでいた子ども達が動きを止めて、駆け寄ってくる。膝を付いて挨拶しようとするのを止めて、私は懐かしい顔に声をかけた。
「カリテさん。お久しぶりです。
お元気そうで何より」
「こちらこそ。マリカ様の変わらない御姿を見れて安心しましたよ。
生贄だとかの話になった時には、ホントにどうなるかとヒヤヒヤしてましたから」
「その節は心配をおかけしてすみません。
どうですか? 困りごととかはないですか?」
「今の所、大した問題はないと思いますよ。小さな問題については、院長から聞いて下さい。
運営そのものは上手くいってます。ティラトリーツェ妃が気遣ってくれるので物資も人手も十分に足りていますからね」
保育主任、カリテさんの言葉が嘘では無い事は見れば解る。
子ども達はみんな、清潔な身なりをしていて栄養も行き届いている。
十分な人数の大人に見守られて、安心して暮らしているようだ。
さっきは、数を数えながら鬼ごっこをしているのが聞こえた。
教育もちゃんと受けて、それが身についてきているのが嬉しい。
「よかった。心配はしていなかったですけれど、嬉しいです」
「『星に愛された娘』マリカ皇女が作られた最初の孤児院兼、保育所ということで各国からの視察や研修生も多いんですよ。今も……何人か来ていたっけ?」
「さんにんだよ。カリテ先生!」
「そうそう、三人。アーヴェントルクのアンヌティーレ様が新しい孤児院を作る為に、腹心の部下を勉強させに来てました」
「そうですか、アンヌティーレ様も頑張っておられるんですね。よかった。
でも、何ですか? その呼び名」
アンヌティーレ様が研修を終え、国に戻られてもう二年になる。
向こうで開設された孤児院兼保育園は、彼女の頑張りのかいもあってかなりいい調子だと兄であるヴェートリッヒ様がこっそり褒めておられたっけ。
でも、それよりもさりげなくカリテさんが言った枕詞が気になる。
「え? マリカ様の事ですよ。幸せを運ぶ小精霊っていうのが広く知れ渡っていましたけど、成人式を迎えてもうすぐ結婚される方に小精霊も失礼でしょう?」
「いや、失礼というかなんというか、気恥ずかしいんですけど」
「と、こんなところでお呼び止めして立ち話は失礼ですね。
中へどうぞ」
「ありがとうございます」
悪戯っぽく笑って、カリテさんは私を促した。
私がいつまでもいたら、子ども達の遊びの邪魔にもなるからもう行こう。
軽く会釈して中に進む。
私の背中の向こうからはまた子ども達の元気で明るい遊び声が響いていた。
室内に入り、院長室に招き入れられる。
「本当に、なかなか来れなくなってしまってごめんなさい。リタさん」
「いえいえ。マリカ様が本当に大変だったことは私らも解ってますから。
むしろ、大丈夫だったんですか? あれだけの大騒ぎがあってお身体の具合とか、その後の話とか」
「まあ、その辺はなんとか落ち着きました。
孤児院は不老不死後の混乱とかは大丈夫でしたか?」
院長室では孤児院長のリタさんが、いつもの笑顔で出迎えてくれた。
ああ、和む。
魔王城や第三皇子家とは違う、私の居場所って感じがするわ。
「特に問題は無かったですよ。レオの機嫌がえらく悪かったことが唯一の困りごとだったくらいで。
っていうか、あれから、私は妙に体調がいいんですよ。不老不死が無くなって困ることが多くなるかと思ったんですけど、まあ、今の所は……ね」
ぐりんと、腕を回して見せるリタさん。
もしかして、不老不死剥奪の時に、私を死なせたくないって思って下さったのかな?
そんな人たちにはボーナスをつけた。とステラ様が言っていたのを思い出す。
「ただ。
孤児院の子ども達には不老不死は関係ない事ですけれど、大人達にはやっぱりショックが大きかったようです。今後、どうしたらいいか? って悩む声は多いですね。
ここで出産して家に戻った子の親から相談を受けることもあります。
『神々』の言い分は解っていても、納得いかない思いとかはあるかもしれませんね」
「そうですか……」
各地を回って、失われた不老不死に憤る人や、落胆する人。これからの人生に悲観して死を選ぼうとする人などいろんな人に出会った。
ステラ様がおっしゃったとおり『自分達の誤った選択の結果』そうなったと解っていてもやはり簡単には納得はできないものなのだろう。
でも
「とはいえ、そういうものだと思えば、なんとかなるものですよ。
文句を言ってもどうにもならないことですし、結局は慣れるしかないんです」
そうリタさんは強い眼差しで言ってのける。
「子どもと毎日相手をしていると、ぼんやり悩んでいる暇はありません。
あの子達は、不老不死があってもなくても関係ない。ただひたすらに明日を目指して
今日を生きている。
あたし達が子ども達を、より良い明日にたどり着けるように守らなきゃいけないんですから」
母は強しというけれど、保育士も強いな、と思う。
保育は誰にでもできると思われがちだけれど、ちゃんとした理念を持って、子ども達をより良く育てる心と知識は長年、受け継がれてきた特殊技能の一つだ。
そしてリタさんやカリテさん。この国の保育士達にもその魂は息づいていると感じる。
私の持っている保育士としての経験や知識は本当は私のものではなく、母である北村真理香先生の残したデータでしかないけれど、彼女の遺した願いが未来に繋がっていることを知ったら彼女は喜んでくれるだろうか?
「まあ、混乱は直ぐには収まらないでしょうけれど、できることは頑張っていくつもりですから」
「よろしくお願いします。何か困っていることはありますか?
カリテさんが、大したことは無いけれど、細々としたことはあるって言っていたので」
「マリカ様の手を煩わせるほどの事じゃないんですけどね。
子どもが増えて孤児院が手狭になってきたとか、ゲシュマック商会以外の商会に子ども達を仕事に出してもいいか、とか。
あと、出産の件数が最近、目に見えて増えてきているので、独立させた方がいいんじゃないかって話もですね。孤児院併設だと産後の母親を助けてあげるのにはいいんですけど、出産の日は職員が数人つきっきりになってしまいますから」
「人を増やせばいい、ってものではないですからね、保育も、出産も」
「孤児院の養子として子どもを育てたい。なんて話も最近は出てきていて……」
「養子に出す時には身元がしっかりとしているかどうか、事前調査が必要ですね。
良い家庭なら考慮してもいいと思うのですが……あ、そうだ」
話をしていて、思い出した。
ステラ様から頼まれた、大事な事を伝えないといけない。
「どうしました? マリカ様?」
「リタさん。レオ君はどうしていますか?」
「レオですか? 元気は元気ですよ。
相変わらず、なんだか、こう普通の子と違う世界を見ているようで、いつもぼんやりとしているのは変わりませんが」
「……実は、レオ君の親かもしれない人が見つかったんです」
「え? 本当ですか?」
レオ君こと、大神官フェデリクス・アルディクス。
ステラ様のもう一人の子どもの確保と保護を。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!