舞踏会はその後も穏やかに進んでいく。
大貴族達も、中日のがっつくような態度はなりを潜め、丁寧な挨拶や謝罪が主。
「我が愚息がご迷惑をおかけいたしました」
そう謝罪をしてくれたのはヘスペリオスのお父さんであらせられるカルクーム侯爵。
現役バリバリの六十代と言った風情で、こんな人が上にいたのであれば、ちょっとやそっとでは認められる事も無かったのだろうな、と少し気の毒になる。
「アレも永き年月の間に色々と、人として為すべき事が摩耗していた様子。
これを機に再度鍛え直しますので、どうかお許し下さい
「御縁はありませんでしたが、とても有能な方であると伺っております。ぜひ、王太子様や国王陛下のお力になって差し上げて下さいませ。
今後のご活躍をお祈りしております」
多分、この領主様も表向きはこうだけど、実際はタシュケント伯爵家風にドラ息子に発破をかけて私を落させようとしたのだろう。
子どもを酷く扱っていた時点で、私は彼を擁護するつもりはまったく欠片も無いけれど、でも彼もまた不老不死世界の歪みの一つだと思うから心を入れ替えてくれると嬉しくはある。
その後は今まで通り、国王一家に守られながら挨拶を受けて過ごした。
今までは『求婚者』に場を奪われていたけれど
「本当は私達も姫君と好を頂ければと思っていたのです。
王妃様や王子妃様の髪を美しくさせる『シャンプー』はどのようにしたら手に入るのでしょうか?」
「それに、華やかな香り、ツヤツヤとした唇。
いつにも増してお美しいお二人が本当に羨ましいですわ」
女性陣も実は興味津々だったっぽい。
さらに今日は最終日の宴会だったので、口紅も付けているし香水も身に着けてる。
香水は王妃様に献上した蒸留器で作ったロッサのエッセンシャルオイルをアヴェンドラのオイルで薄めたものだけど本当にいい香りがする。
「シャンプーや口紅につきましては徐々に国外への輸出も始まると思います。
香りの方に付いては王妃様に献上いたしましたので…どうぞ王妃様に」
「まあ!」
「色々と込み入った作りなので、御用商人に徐々に作らせようと思いますが、当面は親しい友人にお分けするくらいでしょうね」
ニッコリ、と言外に意味を含ませて王妃様は微笑む。
貴婦人達の眼の色が変わったのが解った。
どうやら国王様だけでなく王妃様も情報を武器にして、貴族達を手なずけるおつもりらしい。
早めにフリュッスカイトにコイルガラス作れるようになって貰わないと。
ちなみに思惑も込みではあろうけれど、フィリアトゥリス様も貴婦人方から囲まれてた。
「王太子への御即位、おめでとうございます」
「これで、名実共に国王陛下の片腕でございますわね」
永遠に王になれない王子であることは変わりないけれど、国王陛下が『自らの後継者』『片腕』と告知したことはやはり大きいようだ。
グランダルフィ王子、ううん王太子にも自信が見えるし、それを支えるフィリアトゥリス様も幸せそうに見える。
良かった。
「ラストダンスだ。行ってくるがいい」
「はい」
最後に国王陛下に促されて、私とリオンは広間の中央に立った。
リュートや笛の調べに合せ、私達はくるりと、身体を文字通り躍らせる。
始めは緊張したけれど、ダンスにもだいぶ慣れた。
毎日、舞の練習もしているし、この身体はリズム感がいいみたい。
だから、ソシアルダンス紛いの事をしながらも、こんな会話もできる。
「今回はいろいろお疲れ様、リオン」
「ご苦労様はお前の方だ。マリカ。三週間色々大変だったろう?」
華やかな音楽の中央で、私達は少しリオンとマリカに戻る。
部屋に戻ればお付きの人も多いし、立場があるからまだ無理だ。
「うん、大変だったけど、楽しかったよ」
本当に楽しかった。異国の街を歩き、たくさんの香辛料をGETして皆の役に立てた。
最後に少しでも子どもを救う道筋も付けられたのは良かったと思う。
グランダルフィ王子や王子妃様とも仲良くなれて、頑張っている子どもや、子ども上がりを少しでも助ける事ができた。
実りの多い、三週間だったと思う。
「まだ、旅は残り半分あるからね。エルディランドは本当に未知の国だし。
今後ともよろしくリオン」
「ああ、任せろ。だからお前もあんまり騒動を引き起こすなよ」
「…努力します」
リオンの腕とエスコートに身を任せて踊るのは楽しくて、幸せだ。
外野から不思議な吐息や、なんだか不思議な歓声が聞こえてくる理由は、解らないけれど気にならない。
今は、何も考えずにダンスを楽しんだ。
音楽が終わり、拍手にお礼のお辞儀を捧げて踊ると…あれ? なんだか微妙な雰囲気?
国王一家が皆さん揃って、不思議そうな顔で私達を見ている。
周囲の貴族方々も、なんだか、びっくりしてる?
「? どうか、なさったのですか?」
「お気付きになられなかったのですか? 今、お二人がダンスを踊る、その周囲に光の精霊が祝福を与えていたのです」
「はい?」
「私、本当の精霊の祝福を見たのは、ティラトリーツェ様以外では初めてです!」
なんだか、私を見つめるフィリアトゥリス様の眼は興奮に輝いている…って、何? どゆこと?
周りを見回してみると?
あれ? なんだかホントにキラキラとした金粉みたいな光が宙を舞ってる
…あ、消えたけど。
「しまったな。踊りに夢中になってて、気付かなかった」
リオンが小さく舌打ちする。
失敗した、というような表情をしているから、リオンには理由が解ったようだけど。
「『聖なる乙女』の帰国を惜しんで精霊達が集まってきたのでしょう。
ティラトリーツェの血を引いていなくても、ライオット皇子のお子であるならプラーミァ王家の血は流れていますから」
「ティラトリーツェも子どもの頃、よく舞で精霊を集めていたが、ここまではっきりと姿を見せたのは何度あったかな?
くそっ、やはりお前を返したくなくなってしまう」
王妃様? 国王陛下?
「聖なる乙女万歳!」「プラーミァに祝福を!」
貴族の方々の熱がなんだか怖い。
かくして、プラーミァの活動を締めくくる筈だった舞踏会は訳が分からないまま幕を下ろした。
でも、私のプラーミァでの騒動、最後の幕はこれから上がろうとしていると、私も周りも、まだ気が付いていなかったのだ。
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