七国巡りの最後はシュトルムスフト。
勿論、本当の最後はアルケディウスだけれども、他国に赴くのはこれが最後。
「最後のシュトルムスルフトには僕もいっしょに行きます」
フリュッスカイトの大祭を終えて帰国した私を出迎えたフェイはそう話した。
「大神殿を空けて大丈夫?」
「三日だけですし、毎日様子を見に戻ってきますから。
基本的には僕がいなくても回るようにはしてあるんですよ。
ただ、一部の司祭達が煩さかっただけで」
未成人のフェイと私が神官長と大神官に就いたことで不満に思っている年配の司祭達は多く存在した。彼らは不老不死時代はかなり煩かったようだけれど、不老不死消滅後、めっきり老け込んだように大人しくなったそうだ。
私達、若い世代より多分死の恐怖が身近にあるからだろう。
毎日どこかビクビクしているように私は思える。
一方で、若い世代は、世界の変化を受け入れるのも早かった。
時間としては500年以上生きてきたのは変わらない筈なのだけれど、意識が若い時のまま止まっている為か、それとも長い間、年寄に頭を押さえつけられていたせいか。
不老不死の終わりを嘆きながらも、新しい社会でどう生きようか考え始めている。。
私達が長い神殿社会の年功序列や不条理を改善したこともあって、自分に利を与えてくれるならと支持してくれる者も増えているのだ。
「今、僕を排除したところで、旧体制には戻りませんし、マリカ様達を自由に動かせもしない。僕はともかく、マリカ様達を排除もできない。
自分達で何かを変えようなんてことはできない連中ですから、放置しておきますよ」
フェイの表現は辛らつだけれど、事実だから仕方ない。
勿論、全ての老人がそうではないし、ちゃんと運命を受け入れ、世代交代の為の準備をしている皇王陛下のような方を見習って、気持ちを切り替えて欲しいものだ。
「じゃあ、久しぶりに三人一緒だね。ちょっと嬉しいかも」
私の言葉にリオンも頷きを返す。
「アルが来てくれれば、昔みたいに四人で旅ができるかな?
転移陣が使えると便利な反面、旅の情緒はなくなるが」
「近頃は、四人で過ごせる時間もめっきり減りましたからね。
成人式を迎え、僕やマリカ達が家庭を持つと、なおのこと一緒にいる時間は減るでしょうし、ゲシュマック商会に申し込んでみましょうか?」
「アルも忙しいとは思うけれど、来てくれると嬉しいね」
魔王城の島で暮らしていた二年間、私達四人は、ずっと一緒だった。
アルケディウスに出てきて仕事を始めると、生活圏が変わってなかなか顔を合わせられないことも多くなって、私が正式に皇女になるともっと会い辛くなった。
フェイの言う通り、この先はもう一緒にいられることそのものが少なくなりそうだからなんとかお願いしたいものだ。
「僕が直接出向く理由の一番は、王室籍から抜ける事を、正式に宣言して認めて貰う事です。成人の儀が終了して直ぐ、僕はソレルティアと新しい戸籍を作るので」
現在、フェイはアルケディウスとシュトルムスルフトに加えて大神殿の三重国籍みたいな感じになっている。孤児でアルケディウスに登録、就職したフェイの戸籍に、シュトルムスルフト王族の戸籍が重ねられていて、最初は皇王陛下の命令で大神殿に出向している形だった。
神官長についたことで、アルケディウスの王宮魔術師は退職。大神殿に籍は移したけれどシュトルムスルフト王族の籍は消えたわけでは無い。
元々王族籍は女王アマリィヤ様がフェイを自分の甥、王族と認知してくれた優しさからのものだけれど、色々と面倒の元でもある。
だから、これを機にシュトルムスルフトの王族籍、王位継承権は放棄したいというのがフェイの言い分だ。
「でも、大丈夫? フェイ、逆にシュトルムスルフトに戻れって言われない?」
ただ、シュトルムスルフトの方は、逆にフェイに戻ってきて欲しい思いが満々の様子。
女王であるアマリィヤ女王陛下は、フェイを妹の忘れ形見、可愛い甥っ子と溺愛していて国に戻って欲しいと思っている事を隠していない。
今はまだ結婚もしていらっしゃらないし、子どももいないし。
王位継承者が腹違いで外に出た弟しかいないので、フェイに自分の補佐をして欲しい。
ゆくゆくはシュトルムスルフトに戻って、フェイのもつ風の王の杖を王家に戻したいと切望しているのだ。
一方でシュトルムスルフトの貴族達は真逆の意味で、フェイの帰国を願っている。
フェイを王位につけて、アマリィヤ様を退位させたいのだ。
シュトルムスルフトは、旧アラブ圏の為か男尊女卑の考え方が根強い。
アマリィヤ女王は精霊神の加護を受けた王族魔術師で、王太子の教育も完璧。
女性である事以外は文句のつけようのない名君だけれど、それ故に女性に上に立たれるのを望まない男達には今なお反発を受けている。
彼らは自分達の傀儡となる王を望みつつも、精霊神の怒りも恐れている。
シュトルムスルフトは、かつてその男尊女卑の考え方から精霊神の怒りをかい、国土の大半を砂漠にされてしまった経緯があるから余計に。
だから、精霊に愛された王族であるフェイをアマリィヤ様の跡取りとして迎え、王位につけたいと願っているらしい。
女王陛下ご本人がはっきりとそう言っていた。
「フェイを王位につけたって、自分達の思い通りになんかならないのにね」
「まあ、子どもなら口車に乗せられるって思う馬鹿が多いんだろうさ」
フェイを傀儡にできる人物などまずいないと思うけれど。
もし、フェイが王位に就いたらアマリィヤ様よりももっと厳しく貴族達を躾ける筈だ。
魔術師としての実力と、知識と、その毒舌で。
「そういう連中をはっきりと黙らせる為に行くのです。きっぱりけじめをつけておかないと、生まれて来る子どもの取り合いも起きそうですから」
「ソレルティア様の具合はどう?」
「順調だと言っていました。出産は新年、木の一月の始め。遅くとも終わりには生まれる見込みだと聞いています」
「じゃあ、成人式や、私達の結婚式への列席は難しいかな? 正に臨月だものね」
「ええ。彼女に余計な雑音は聞かせたくない。本気で行きます」
フェイは自分が守ると決めたものに対しては熱いけれど、自分達に害を与えると思った者に対しては冷酷で厳しい。そして信念を曲げず貫き通す強さももっている。
今まではその情熱は自分の救い主であり、相棒、主と定めたリオンにのみ向いていたけれど今は、ソレルティア様や周囲にも向けられるようになった。
少しずつ、でも間違いなく成長していると思う。
「解った。私達もサポートするから何か困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます。
なるべくそういう事態にならないようにしますが、その時にはよろしくお願いします」
フェイの微笑みも変わったな、と感じる。
妻が出来て、子が出来て、守るべきものが増えて、前よりも優しく、そして力を秘めたものになった。
彼が仲間でいてくれることが、嬉しく、心強い。
そして、彼の信頼に応えられる自分でありたいと思うのだ。
最終的にゲシュマック商会に頼んで、石油関連事業に関するオブザーバーとしてアルの参加が許可された。
久しぶりの、そして、多分、最期になる四人一緒の旅。
七カ国、最後のシュトルムスルフトへの訪問は、もうすぐだ。
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