面会はアポイントを取って。
というのは人間関係、仕事関係、異世界、現在日本変わること無いマナーだと思う。
それをあえてやるとしたら、よほどの急用か、重要事項か、相手を舐めている。
「大祭後、お疲れのところ、お時間を取って頂き誠にありがとうございます」
「時間を取ったのではありませんよ。取らされたのです。
予約も連絡もせずにいきなりやってくるなんて。
一体、何があったのですか? アインカウフ」
大祭の翌日、貴族街の実習店舗に予約なしで突貫してきたアルケディウス商業ギルド長アインカウフに私はそう言い放った。
本当はこういう割り込みの面会を認めてしまうと悪い前例になるから、無視が正解なんだけれど相手が商業ギルト長であること、ゲシュマック商会が私と面会するをの理解した上で突貫してきたことなどなどから放置もしておけず、とりあえず会うことにする。
後できっちり、ペナルティは追及するけれど。
何やら荷物を従者に持たせているようだ。
殊勝に膝をついてはいるけれど、目にはギラギラとした意思が宿っている。
「予約の申し込みは王宮と、第三皇子家に提出いたしました。
ですが、どちらからも今週時間を取るのは難しい、最速で来週とのお返事を頂いております」
「その通りですね。今日の面会は大祭前から、終了後の報告を約束していたグローブ一座とゲシュマック商会のみ。
貴方が言った通り、私は大祭でとても疲れているので、今日は最小限の面会とお母様も皇王陛下も気を使って下さっているのです。そんな私に無理を押し、面会を迫った理由を聞かせて頂けませんか?」
思いっきり棘を乗せてアインカウフを睨む私。
周囲には私を気遣ってガルフやリードさん達も帰らないでいてくれる。
護衛のカマラも厳しい表情だ。
でも、アインカウフはなんだか余裕の笑み。
顔を上げると横に控えていた従者をみやり顎でしゃくって見せる。
従者は包みを開き、取り出した布包みをアインカウフに手渡した。
アインカウフはそれを受け取ると私の前に恭しく差し出す。
「精霊の祝福篤き『聖なる乙女』にご覧になって頂きたい品がございます。
どうか、これを……」
危険なものでないかどうか、護衛士のカマラに確認してもらう。
布包みを預かり、中身を確認したカマラは
「……まあ、これは!!!」
なんだか驚きの声を上げた。でも嫌な感じじゃないな。喜色が宿ってる気がする。
「何なのですか? カマラ。それは?」
「どうか、ご覧になって下さい」
そう言って、差し出されたものに私はギョッとする。
それは絵だった。しかもかなり丁寧に描かれた細密画。額装もされている。
色も惜しげもなく使われている高価な作りだと解るけれど、私が息を呑んだのはそこじゃない。
「これは、『大祭の精霊』の絵姿、ですか?」
描かれているのは男女二人の人間、いや『精霊』見ただけで他とは一線を画す美男美女だった。
「左様でございます。大祭の初日、当店に現れた『大祭の精霊』それを見た当店一の絵師が、三日三晩かけて仕上げた渾身の作品でございます。
『大祭の精霊』を目撃した者、誰に聞いても「良く似ている」「良い出来である」との評判を頂いております。いかがですかな? 皇女の側近の方々。皆様も間近で『大祭の精霊』を拝したと聞いておりますが」
「た、確かに、よく似ていますね。今まで店で売り出されていたものと比較すると雲泥の差です」
カマラが言葉を選んでくれたのが解る。
実際に側で私の変身を見たカマラや従者、ゲシュマック商会も言葉が出ないくらい、そっくりだ。しかも意図して私に寄せているのが感じられた。
「本物を良く知る姫君の従者の方にそう言って頂けると、自信が持てますな。
姫君の御感想はいかがでしょうか?」
「私は『大祭の精霊』というものを良く知らないので解りません。というか、どうして私にこれを?」
知らないそぶりでアインカウフに首を傾げて見せる。
だって『聖なる乙女』皇女マリカは『大祭の精霊』と関係ないもん。
「今回の大祭で当店は『大祭の精霊』の来臨を賜りましてございます。
ただ、その際、絵の出来や販売方法に『大祭の精霊』からご指摘を頂いたので、改善を行った上で、正式に許諾を賜りたいと思い、こうして罷りこした次第にございます」
「だから、どうして『大祭の精霊』の絵の販売許諾を、私に取りに来るのですか?」
「それは姫君が一番ご存じではないでしょうか?」
ドロリ、とねばりつくような絡みつくような、視線で私をアインカウフが見つめる。
「どういう意味ですか?」
「姫君が『大祭の精霊』ご本人ではないかと、申しております」
「!」
アインカウフの指摘に室内がざわりと揺れた。
「何を言っているんだ? あんたは!」
「黙れ。ちゃんと根拠や思う理由があってのこと。確証もないまま皇女に迫るなどの愚行はせぬ。というより、貴様は最初から知っていたのではないか?」
「なっ!」
私を守ろうと声を上げてくれたであろうガルフを手で制して私はアインカウフを見る。
心臓はバクバクと言ってるけれど、驚愕を表に出さなかったことは褒めて欲しい。
前に一度、皇王陛下に指摘された同じことが無かったら多分、ヤバかった。
「どうしてそう思うのです? その根拠とは何です?
子どもである私が、こんな美しい大人と同一人物、と言われるのは嫌な事ではありませんが」
にっこりと威圧をかける。皇王陛下の時のように態度を見られたり、言質を取られないように細心の注意を払いながら。
「姫君は『精霊神』の加護と祝福を受ける巫女姫。
確かに子どもから大人へ。不可逆の成長は理由のつかない事ではございますが多少の不思議は『精霊の御力』でどうでもなるのではないかと思っております」
でもアインカウフも威圧に引かずにやりと笑って見せる。
「これでも人を見る目には長けている自身がございます。
声の調子、言葉の癖などに『大祭の精霊』と姫君に共通のものを感じました。
後は爪の形、耳や唇の輪郭などにも」
「そんなに似ていますか?
どこか人間離れした、こんな美しい女性と似ていると言って頂けるのは嬉しいことですけど」
商人の人を見る目っていうのは怖いなあ、と改めて思う。
アインカウフと店で出会ったのはほんの一瞬だ。
その刹那でこの男はそんな所まで私を見ていたのか。
「加えて一般販売されて間もないシュライフェ商会のシャンプーですか?
髪の香りも直前に、神殿で謁見した時と同じと感じたので」
「精霊もシャンプーを使うのですか? もしかしたらお風呂にも入るのでしょうか?」
「入るのかもしれませんな。一般人では使えない高価な薫り高い石鹸の匂いもした気がします。フリュッスカイト直輸入でしか手に入らない高級品の」
「そうなんですか。残念ながら私はフリュッスカイトからの石鹸はあまり手に入らない身なのです。ガルナシア商会が第三皇子家には回して下さらないので」
「姫君からのご要望とあればいつなりとお届けしますが?」
キツネとタヌキの化かしあい。
そんな言葉が脳裏を過った。
とりあえず上げ足を取り、相手のペースに取られないように気を付ける。
ここは引けない戦いだ。弱みは見せられない。
「私は『大祭の精霊』とは無関係ですし、存じません」
「同行の戦士はなお一目瞭然と存じます。あのような奇跡の技と武器を持つ戦士がこの世に二人といる筈はありません」
「彼は……」
武器などもっていなかった筈だ、と言いかけて私は口を噤む。
危ない危ない。
どうしてそれを知ってる? とツッコまれるところだった。
「『大祭の精霊』の男性は優れた戦士に見えたと耳に届いていますが、そんな特別な武器をもっていたのですか?」
「ええ、勇者アルフィリーガが使っていたといわれる青い短剣と同じものを。
今は戦士ライオットがアルフィリーガの形見として譲り受け、娘婿候補である少年騎士に授けたとされる伝説の品を」
「人の世では珍しい品であっても、精霊の世ではよくある品なのかもしれませんね」
「……そうかもしれません。かつて見た精霊の戦士もカレドナイトの剣を使っていましたから」
「?」
あの時、リオンは武器をもっていかなかったら、さっきの話は間違いなくアインカウフのカマかけだと思うけれど、急に変わったアインカウフの態度に私は少し首を傾げてしまう。
なんだか妙に神妙な面持ちで、私ではない何かを見ているような。
「……姫君」
そうしてアインカウフは、膝をついたま私を真剣なまなざしで見上げた。
「私は自分が、商人として強欲であることを自覚しておりますし、それに迷いはございません。
ですが、それと同時に自身が『精霊』の崇拝者であることにも強い自負をもっております。
『精霊の貴人』の再来とも言える『聖なる乙女』『大祭の精霊』の不興を買いたくはない。
その力になりたい、という思いを認めて頂くことは叶いませんでしょうか?」
『精霊の貴人』
まさか、この男から聞くことなると思わなかった意外な名と共に。
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