「騎士試験 御前試合 準決勝 第一試合
エルディランドのユン対エクトールのカマラ 用意はいいか?」
審判の声に二つの頭が静かに縦に動く。
「胸を、お借りします」
「先程のレスタード卿もおっしゃっていたでしょう?
持てる力の全力で来て下さい。私も、全力で応じます」
「はい!」
カマラは剣を構える。紅い炎が刀身に宿る。
それを確かめて、ユン君=クラージュさんも鞘から剣を引き抜いた。
初戦の時みたいな居合抜き、一撃必殺で決めるのかな?
と思ったけれど、それじゃあ、試合にも稽古にもならない。
ちゃんと剣を合わせるようだ。剣道の所謂正眼の構えで、カマラを真っ直ぐに見つめていた。
「始め!」
会場中が息を呑む中、二人の戦いが始まった。
合図の後暫くにらみ合っていた二人だが、先に動いたのはカマラだった。
正面の構えから右上段、左中段、左下段への三連。
まずは様子見と言った感じの正面からの攻撃だ。
ユン君もカマラの動きは予測できていたのだろう。綺麗な動きで受けとめて見せる。
カマラの炎を宿した剣は打ち合わせると相手の刃の耐久度を下げてしまうようだ。
ユン君のあの見事な日本刀、大丈夫かなとちょっと心配になったのだけれど、本人は気にしている様子は無い。
実際、戦士が刀の刃こぼれを気にして戦っていたらお話にならないし、きっと防御はしているのだろう。他の選手と違ってカマラがそういう技を使う事をユン君は知っているのだから。
三連撃に。剣を一瞬だけ引いてさらに三連。カマラの正面攻撃を一部の隙も無く受け止めたユン君にカマラはバックステップ。
間合いを開けるように退いた。
今度は逆にユン君が踏み込んでいく。
退きながらも剣は下げていないカマラ。
追撃を刃で弾き、さらに後ろに。
簡単には逃がさないというように弾かれた刃をさらに半回転させてユン君と刀が迫る。
刃が空を裂く音がこちらまで聞こえてくるようだ。
さらに踏みこんだユン君の刀がカマラの頭部を狙う。それを紙一重でカマラ頭を左右に動かしギリギリで交わした。
ゆっくりと仕切り直している隙は無い。
間髪の隙さえ見せず仕掛けて来るユン君の剣戟を受けとめつつ、カマラは刃を半回転下段から顎下を狙うけれどもそれも読んでいたように受け止められてしまう。
……二人の剣技は、私でもこうして何をしているか見て理解できるくらい滑らかで緩やかに見える。でも実際にはかなり早い、瞬きするような一瞬の攻防だ。
多分、ユン君はカマラに動きの流れを教える為にあえて、型をさらう様に教えているんじゃないかと思う。
カマラはそれを理解した上で、ユン君がしてくる次の攻撃に正しい対処はどうするべきかを考えて、刹那の間に判断、動いている。
正しい動きであれば、剣戟が続く。もし間違っていたらそこで終わり。
容赦のない攻撃に打ち倒される
指導碁とかチェスのハンデ戦とか……イメージ的にはそんな感じだ。
でも、カマラだって予選試合を勝ち抜き、本選で二回格上相手を倒しているのだ。
ただ、指導されるばかりじゃない。
鍔迫り合いから、急に力を抜きしゃがみ膝をついた。
小柄な体をさらにユン君の死角に隠す様に沈めて、貯めた力を一気に放出させる。
「たああっ!!」
「なっ!」
目を見開き、首を後ろに動かすと、カマラが放った風の剣術。
刃の勢いと共に風の衝撃波を敵にぶつける技を、ユン君は微かな首の動きで紙一重避ける。と同時、小さな黒い何かが風と共に舞う。
多分、ユン君の髪の毛。
「当たった?」
「これだから、止められない……」
「え?」
空耳だ、と思うけれど、彼が小さく笑った気がした。
そして、カマラの追撃を躱すと自ら後ろに大きく飛び退り構えを改めた。
腰を低く、背を丸め、それはまるで標的に襲い掛かる前に力を構える獣のようだ。
頬に笑みは消えていない。
かれど、底冷えするような深さを宿したモノへと変わっていた。
「戦いも、教師も。これだから止められない。
向こうも悪くはありませんでしたが、私の生きる場所はやはりここなのだと、実感しますね」
けっこうな距離がある闘技場の中央と、貴賓席。
そんな声が聞こえる筈も無し、聞こえたとしても私以外の人間には、向かい合うカマラでさえ意味が分からない言葉だろう。
でもユン君、クラージュさん、いやもしかしたら海斗先生かもしれない一人の剣士は目の前の弟子を、一人の戦士として深く、深く見据え、告げた。
「カマラ」
「は、はい」
攻撃は当てたもののユン君を逃がしてしまったカマラ。
追撃が届かず、弛緩していた彼女はけれど、彼の言葉に我に返ったように背筋を伸ばす。
構えた彼に追撃はできない。そもそも、できる空気じゃない。
彼が纏う空気は文字通り刃のようで近寄ったら切れてしまいそうだ。
真剣試合の最中としてはまぬけかもしれないけれど、彼女はすっかり師匠の前に立つ弟子になって彼の挙動を見ている。
彼は剣を鞘に戻し、腰をさらに低く構えた。
そして、言い放ったのだ。
「本気で、行きます。
考えなさい。避けるか、防御するか、迎え撃つか。
でないと……」
「でないと?」
「死にますよ」
瞬間、彼の周りで『何か』が立ち上がったのが分かった。
風のような空気の渦のような目に見えない、何かが?
ユン君は精霊魔術を使う剣士じゃない。
さっきのカマラのような風の魔術を乗せた剣技は使えない筈だ。
けれど、会場全てが何かを感じ、静まり返る。
風じゃない『不思議な何か』としか表現のしようのないモノが滲み出ているのが見える。
カタンと音がしたので横を振り向けばお父様が、らしくもなく席から身を乗り出していた。視線は勿論、闘技場中央のクラージュさんへ。
子どものように、瞳を輝かせて。
「三」
小さなカウントダウンが耳に届いた。
カマラは後ろに飛びずさりハッと身構えると片手で剣を握りつつ、胸ポケットに手を添えて小瓶を引き出す。
「二」
「エ、エル・ミュートウム!」
カマラの前方に水の盾が生まれたとほぼ同時。
「一」
最後のカウントが宣告した。
カマラの敗北を。
「キャアアア!!」
パリン、と何かが割れた音がした。
ユン君から目を離したつもりはない。
けれど、見えなかった。
彼が何をしたのかは。
見えたのは星が散ったような微かな煌めきと残像だけ。
気が付いた時にはもう、カマラの真横で彼は剣を鞘に納めていた。
まるで瞬間移動した様だ、と思った。
距離はそれなり開いていた。少なく見積もっても3m。下手したらもっと。
でも悲鳴に一瞬、気を向けた次の瞬間、彼は消えていた。
一瞬、ユン君もリオンと同じ『能力』があるの?
とも本気で思った。というか今も思う。
瞬きの間に何かがあったのは確かだろう。
彼の横でカマラは剣を取り落とす。
意識は、多分ない。
完全に指一つ動かさないまま、棒切れのようにドサリ。
彼女は地面に口づける。
何が起きたのか、彼が何をしたのか。
気付けたのは多分、ほんの一握りの人間だけだったろう。
でも、一つ、確かな事がある。
だから、審判ははっきりと宣言した。
「勝者 エルディランドのユン!」
今までの勝負にあった喝采は無い。
拍手も呼吸も忘れた様に人々は静かにお辞儀をして去っていくユン君を見つめていた。
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