七国の大祭 奉納舞の旅。
プラーミァ一日目の朝。
目覚めた私の気分はスッキリ、身体は爽快。
でも
「うわ、シカトされた」
私の気分は最悪だった。
プラーミァの守護神、火の精霊神アーレリオス様。
声をかけてくれるかな? と期待して眠りについたのに、まったくお呼び出しが無かったからだ。
身体の調子はすこぶるいい。ここ暫く準備その他で忙しくって睡眠不足気味だったことを考えると嘘のように気分が晴れやかで、疲れも抜けている。この爽快感は魔王城で目覚めた時に似ていて、私の身体をなんやかんやでメンテナンスしてくれたのかもしれないと思えるのに。
まったく、一言も、声をかけて下さらなかった。
夢の世界に引っ張られて、都合が悪いから記憶を消した、というのとは違う。
間違いなく呼ばれていない。
「親子の名乗りが気恥ずかしいっていうのは解るけれど、このまま何も言って下さらないのかなあ」
ぷう、と頬を膨らませて見せても返事はない。
ここは火国。アーレリオス様のお膝元であるプラーミァ、しかも王宮だ。
アーレリオス様なら、この土地で私の様子や思いを把握するなんて朝飯前だろう。
でも、シカト。
これは往生際が悪すぎる。
今日が私的には訪問の本番、精霊神様に捧げる奉納舞の日だ。
人々の前で踊る晴れ舞台でもあるのだけれど。
「もう! こうなったら、今日の奉納舞頑張って絶対に声をかけさせてやるんだから!」
私はベッドから跳び起きた。
朝ごはんは軽く食べて、私は身支度を整える。
身体を清め、お化粧をして舞衣装を身に着ける。
この日の為に誂えて貰った新しい舞衣装。いつもなら一回~二回着て終わりだけれど、今回は七国の大祭巡りで七回は着て踊るから少しはコスパがいいかもと思う。
それでももったいないけどね。
白く胸元から前面に、金銀の刺繍がたっぷりと施されている。
袖は振袖のように長いので上手く腕を動かすと、風を孕んで見栄えがして我ながらにうっとりするくらい綺麗だ。
装飾品は袖を止める指輪とサークレットくらいしかないけれど、プラーミァの秘宝であるサークレットは銀とカレドナイトの合わせ細工。
精密な唐草模様は溜息出るくらい美しい。
そのサークレットで長い。腰下まであるシフォンのヴェールを止めている。金色を内側に宿した私の黒髪が動くたびに光を放つのは自分で言うのもなんだけど神秘的に見えるだろう。
腰のサッシュベルトは今日は赤。
七国で踊るから、それぞれの国に合わせた色のベルトで違いと精霊神様への敬意を表す。
「お美しいですわ。マリカ様」
「ええ。この華やかで美しい衣装で、マリカ様が陽光の下で舞うお姿は、きっと国中の者を魅了するでしょう」
身支度を整えてくれたセリーナやお付きの人達が口々に褒めてくれる。
体型も大人っぽく変わったし、ボリュームもアップした。
口紅濃い目。白粉にチーク。
我ながら見栄えはすると思う。
でも、私には今回一番、成長した姿を見せて褒めて欲しい人がいる。
人じゃなくって神様だけど。
古い昔から、拗ねた神様を外に出すには、楽し気に踊って見せるのが一番だと言われている。
(「ぜーったいに、最高の舞を踊って、アーレリオス様を引っ張り出してやるんだから!」)
私は心の中で自分に全力の気合を入れたのだった。
身支度を整え、王宮の入り口広間へ。
ここから馬車に乗って街の中央広場に設えられた仮設舞台に移動する。
と、来てみたら、何やら騒がしい感じ。
「どうかしたんですか?」
待機していたリオンと真剣な顔で会話しているのは、この国の王子、じゃなくって王太子グランダルフィ様だ。
「マリカ様、いえ、大したことではありません。
今日の舞の警備状況などを確認していたのです」
「警備、ですか?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、不老不死後自棄になり祭りを壊そうとする者がいるようだ、という情報が入ったので」
「お祭りを壊す? そんなことをして一体何になるのでしょう?」
「何にもならないのですが、そんなことも解らない愚か者がいるということです。
今、プラーミァの総力を挙げて確保に動いております。
マリカ様にはどうか、予定通り舞をお願いできますか?」
「解りました」
昨日、兄王様がおっしゃっていた無敵の人かなあ、こういうのはどこ時代でもやっかいだよなあ。
そんなことを思いながら、私はリオンにエスコートされて馬車に乗り込んだ。
王宮を抜け、貴族街を通り過ぎ、一般街にたどり着くと周囲の様子は目に見えて変わった。
人が、広間を、もう本当に一面を埋め尽くしている様子だ。
正しくコンサート会場。身動きできないくらい。凄い。
これ、ドミノ倒しとかになったら、惨事がおきるんじゃないかと心配になるけど、舞台に向かう道と舞台近辺はきっぱりと空白がある。
どうやら警備員はしっかりと配置されている様子。大丈夫かな。
馬車が道を通り、私がリオンのエスコートと共に舞台に上がると人々の熱気はさらにヒートアップしている。
でも、前に押しかけたりする様子は見られない。騒ぎが起きれば舞が中止になっちゃうもんね。
舞台の右端には兄王様。左端にはリオンが目を光らせているし。
奥には楽師さん。リュートの調弦の音が少しずつ、人々を沈めていく。
私は、その間に舞台の中央に立って、観衆に向かってお辞儀をするとびっくりするくらい一瞬で、喧騒が止まった。
人々の目視が、私に集まる中、膝を付き、両手を胸の前でクロスさせる。
精霊石の前にする挨拶を、人々の前でやった形だ。
うーん、盛り上がった胸が妙な感覚。
と、余計な事を考えていたのはここまで。
後は神事だから、余計なことはしない。
言わない。
アーレリオス様への対抗心も今は忘れる。
祈りと思いを込めて、ただ、一生懸命に舞うだけ。
ピーン、とリュートの一弦が弾けると同時、私は立ちあがり舞を開始する。
今回は、何のリミッターもかけていないので、舞い始めるとすぐに、光の精霊達が集まって来たようだ。
科学的に考察すると、空気中に漂う光の精霊が、人型精霊の気力に吸い寄せられて集まって来た、という感じなのかもしれない。
でも周囲の事は気にしないで、ひたすらに舞う。
私が奉納舞の練習を始めて丸三年。
技術の習得には決して長い時間では無いけれど、空いている時間はなるべく練習に費やしてより良い舞を踊れるように努力してきたつもりだった。
目標はアルケディウス王宮で見た伝説の舞手アドラクィーレ様。
最初はどうやっているか、全く分からなかった足の動きなども、ようやく真似事だけれどもできるようになってきたと思う。
なめらかに、柔らかに。身体を傾けず滑るように移動する。その間も手は動きを止めない。
上下に、左右に返しを入れながら語り掛ける。
自分を支えてくれる精霊神様や、星、そして精霊達にも。
仲間として、友として感謝を込めて。
舞は言葉ではない、言葉で思いを伝える手段だ、と言ったのは確かシュルーストラムだったろうか? 手の動き、振り付け、マイムの一つ一つに意味が込められている。
きっと、言葉で紡ぐよりもはっきりと、私の思いを精霊達に、そして火の精霊神様にも伝えてくれるだろう。
クライマックス。
私は回転のパートに入る。
アドラクィーレ様の教授の舞を見た時に一番感動したところだ。
音楽のテンポが変わるまで、くるくると独楽のように回転をし続ける。
今までは場所を替えたり、マイムを入れたりすることで、数を減らして誤魔化していたけれど、今回はあの時の感動に挑戦する。
一か所でくるくると。
フィギアスケートのスピンように背を伸ばし大きく、手を広げ巻きを入れながら。
自分のできる限り回り続ける。
スピードが足りない。回転のテンポもまだ名手には届かない。
踊っていて自分が何より解っている。
いかに精霊として恵まれた体を持っていようと、研鑽を続けてきた人間の技術にはまだまだ届かない。
でも、いつか届くかもしれないというところまで、来ることができた。
(「聞こえますか? お父様」)
私は心の中で語り掛ける。テレパシーとして届くかどうかは解らない。
(「私は、幸せです。人間として生きて、色々な事を学ぶことができました。
これからも、頂いた命を大事に、終わる時まで育てていきますから」)
でも、どうしてもそれは伝えたかったのだ。
回転パートが終わると、私は膝をつく。
タイトなように見えて、たっぷりの布で作られたスカートが、ふわりと朝顔のように広がった。荒い呼吸を必死に隠して、感謝を伝える終わりのポーズを決める。
努力を続ければ、人は高みに手を伸ばすことができる。
私もまだ理想には届いていないけれど、きっといつか届くのだと思いを込めて。
音楽と、舞の終わり。
万雷の喝采が響き渡り、私は自分が役割を果たせたことを感じてただ安堵した。
立ち上がりカーテンコール、そう思った正に瞬間。
シュン!
「え?」
風を切る不思議な音が耳に届く。
何だろう、と思う間さえない。
と同時、炎の柱が、轟音と共に私の前に立ち上がった。
『許さぬ』
燃えるような怒り。
その意思と共に。
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