「貴女は知っているかどうか解らないけれど、女性王族の花嫁衣装はね、男親が準備するものなのよ」
翌日、シュライフェ商会との衣装仮縫いの時、お母様がそう教えて下さった。
微笑、というか、苦笑、というか。
なんとも言えない笑みを浮かべて。
「そうなんですか?」
「ええ、それはもう何年も前から。なんだったら生まれた時から布を発注し、刺繍を入れさせてなんてこともあるくらいよ」
「じゃあ、もしかしてお父様も花嫁衣裳用の布とかを用意して下さってたり?」
「貴女を養女にした時から、準備していたのだけれど……ね」
なんとなく、言い難そうな含んだ笑い。なんだろう?
「貴女の生贄の儀式の時に、使ってしまったのよ。
『神』の花嫁となるのだから、それに相応しいものを、ってね」
「あー、あの時……」
私はあの時、着せてもらった服を思い出す。儀式でいっぱいいっぱいで、あまり意識してなかったけれど、確かに上質の精霊上布だったかも?
「その後、不老不死世が終わって、貴方達の結婚が決まって、大慌てで新しい布の手配を始めた所に『精霊神』様から贈りたいというお話があってね。
しぶしぶ諦めたのよ。
まあ精霊神様がご用意して下さったこの布に勝るものが用意できる保証も無かったから、私としては良かったのではないかと思いますけれどね」
「こんな、素晴らしい布で『聖なる乙女』の花嫁衣装を手掛けさせて頂くなど職人冥利に尽きます。シュライフェ商会の全力を賭けて、最高のドレスを仕上げさせて頂きます!」
私が、ラス様(正確にはアーレリオス様から)頂いたシルクの布を見せた時、その美しさに感動していたお母様やシュライフェ商会の皆さんと違って、確かにお父様はちょっとムッとした顔をしていたっけ。
あれはそういう意味が……。
「まだ仮縫いですから。このドレスは本衣装の完成後、マリカ様の舞用の衣装などに仕立て直させて頂く予定です。どこに出しても恥ずかしくない最高品質の布ですから」
用意しておいた布がパーになっても、新しいものを手配したりして、お父様は私の為にできる限りの準備をして下さったんだよね。
申し訳なく思いつつも、もう一人のお父様のお気持ちも大事にしたいし。
ちょっと板挟みで悩む私の頭をお母様はそっと撫でた。
「心配しないで。ヴェールやレースなどもありますから。ドレスは『精霊神』様に花を持たせると納得していますよ」
「そうですか?」
「ええ、だから、貴女はあまり謝ったり気に病んではなりません。
花嫁の役目は、当日、誰よりも幸せに微笑む事、ですからね」
「はい」
花嫁衣装は二人のお父様からの贈り物。
大事に着よう。そう改めて決意する。
最上級の布を使う時にはさっきも言ったけれど、別の布で完成形に近い所まで縫って、その後、本番の布で同じように作り直すのだそうだ。
その後、刺繍を入れたりするから、残り四か月といってもあまり余裕は無いと聞く。
成人式の礼服もあるしね。
「ソレルティア様の衣装はもう納めたのですか?」
「現在、最後の確認と仕上げをしております。風の二月始めが納品期日なのでギリギリまで細かい確認と直しを、と」
「妊婦の花嫁衣裳というのは初めてでしたので、難しくも楽しい仕事でした。
きっと喜んでいただけると思います」
「見るのが楽しみですね」
今、シュライフェ商会は依頼ラッシュで大忙しらしい。
うーん。
「どうかなさいましたか? 衣装に何かご不満でも?」
「あ、いえ。そうではないのですが、妹とか兄弟達にも衣装を新調してあげたいな、と思っていて……」
あ、プリーツェの頬がひくついた。
エリセに付き添いというか、フラワーガールのような役を頼むことにしたからドレスを作ってあげようと思ったのだ。
仕事を得られるのは嬉しい。他に渡したくはない。やつかなこれは。
「だ、大丈夫です。どうか、我が商会にお任せを」
でも、当の依頼主であるお母様は静かに首を振る。
「無理はしないで、貴方達はマリカやリオン、フェイの衣装に専念なさい。
子ども達の衣装は別の商会を手配するなどして私達が見ますから」
「お母様」
「だ、大丈夫です。せっかくのご用命を……」
「貴女の付き添いを務めるエリセの衣装はサイズを知っているシュライフェ商会に任せるとしても、他の子ども達の服はね。仕事を分け合った方が経済も活性化するでしょう?」
「で、ですが……」
「シュライフェ商会の腕は疑ってはいません。私も新しいドレスを頼んでいますし、フォルトフィーグやレヴィーナの礼服もあります。
それに他の商会からも結婚式や儀式参列の為の衣装の依頼も増えているでしょう?
欲張りすぎて、マリカのドレスに悪い影響が出たり、他の仕事をおろそかにしたりしたら、今後に差し支えますよ」
「は、はい……」
お母様に叱られてプリーツェがシュンとした。前ギルド長が前線から退いたこともあって、今、名実ともにアルケディウスの服飾トップはシュライフェ商会だ。商会長はギルド長も兼任しているという。
あんまり仕事を抱えすぎるのも、お母様が言った通り、キャパオーバーの心配がある。
「そうですね。このドレス、本当に素晴らしいですから、丁寧に仕上げて頂けると嬉しいです」
「ありがとうございます。そう言って頂けるのが何よりうれしいです。
最初の計画より成長なされたマリカ様に合うようにデザインを一からやり直しましたので」
少し目が血走っている感があるプリーツェ。頑張ってくれているのがはっきりと解る。
現在、別布で仮縫い状態のドレスにしてからが、ライオットお父様が、用意して下さった薄いチュールのような布に小さなレース編みの葉っぱや花が、びっしりと付けられていてもう、うっとりするようなできばえだ。
花の一つ一つの中央には小さな真珠が付けられていて精密さと豪華さに驚く。
胸元にはちょっとミリタリーっぽい固くて細い金属の飾り棒が横に何本もついていて、ロマンティックなレース編みと会わないように見えるけど、実は凄く調和している。
ウエストベルトも金属で、金糸で編んだような精密な彫刻が施されていて、少し硬い印象だけれど、全体で見るとバランスがいい。
膨らませたトレーン。ヴェールにもたっぷりのレース。そして白い金糸で刺繍された台形の帽子。全体的に見ると、ロシア風で私がお母様達の正装を見て憧れた大人っぽいカッコよさと、花嫁の可愛らしさが絶妙にマッチしていると思う。
私にはもったいないくらいの美しさだ。
これを、アーレリオス様が下さった、最上級シルクで作ったらどうなるか。
楽しみであり、怖くもあり。
このドレスに相応しい、最高の花嫁でありたいと思ってしまう。
向こうの世界で、私、というか正確にはお母さんなのだろうけれど、高村真理香は最期まで華やかなドレスを身に纏う事は無かった。
だから、彼女の分まで私は幸せを掴まなくてはならないと、ステラ様は言う。
「貴女が真理香先生と違うことは、承知しているわ。
それでも、私達は見たいのよ。あの人が命を懸けて残した種が花開いたその姿を」
エルフィリーネもそんな事言ってたし。
でもステラ様がおっしゃるのは、きっと、私個人のことばかりではなく、この星に移民してきた子ども達のことも含んでる。
彼らが新しい環境で幸せに生きている。
託された未来への希望が、芽吹き、蔓を伸ばし、このウェディングドレスに施されたレースのように美しい花を開かせているという成果を、私を通して真理香先生に伝えたいのだろう。
この花嫁衣裳には、お父様達の思いだけではなく、三人のお母様。
ティラトリーツェお母様と、ステラ様と真理香先生の願いも籠っている。
『花嫁の役目は誰よりも美しく微笑む事』
とお母様はおっしゃった。
なら、リオンと共に私は、当日、この星一番に美しく輝く花嫁でありたいと思ったのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!