目の前に立ち上がった火柱は、まるで吹き上げ花火のように一瞬高く燃え上がると、瞬く間に消えた。
カラン、と鉄の音を舞台の上に残して。
「マリカ! 大丈夫か?」
「何があったのだ!」
駆け寄って心配して駆け寄ってきてくれたリオンに、兄王様。
「私はだいじょう……リオン!」
大丈夫、と言おうとしたのだけれど、口がかってに動き出す。
「はい!」
「遠距離からの狙撃。射手による攻撃だ」
「狙撃?」
「角度からして射手の場所は右奥、あの白い建物の最上階だ。行け! 逃がすな!」
「! 解りました!!!」
舞台を駆け降りたリオンは裏手に姿を消す。多分、転移術で犯人を捕まえに言ったのだろう。
そして狙撃と聞いた瞬間、私の前に立ち庇ってくれている兄王様の背に私の手が触れ……
「ベフェルティルング、力と身体を貸せ!」
「は、はい!」
強い、力が移動する。いつの間に来て、いつの間に私の中に入ってきたのだろう。
解る。
これは、火の精霊神、アーレリオス様だ。
事態を完全に理解していないにしても、圧倒的な威圧感に兄王様も逆らえない。
一度だけ瞬き。外見は変わっていないけれど明らかに赤みを増した緋色の瞳が強く煌めき、手を民衆に向けて翻す。
「! 『跪け!』」
ザザッと、一斉に会場を埋め尽くしていたプラーミァの人達、全てが膝を付いた。
警備の人達も舞を貴賓席で見ていた貴族や神官達も全て。
立っているのは私の随員達と、後は人ごみの中でぼんやりと立ち尽くす何人かの者だけ。
『警備兵! 今、立っている者を捕らえよ!
それらは、我が国、『精霊神』の加護を捨てマリカに危害を加えんとした不届き者である!』
「はっ!」
「チッ!」「なんでバレた?!」
逃げ出そうとした男達は、たちまち圧倒的多数の衛兵に囲まれ捕らえられる。
武器は持っていたようだけれど、暗器の類。
正当な兵士相手には役に立たない。
プラーミァの戦士は強いし。
ほぼ全員が捕まったかと思った瞬間、また黒い風音が空を斬る。
今度ははっきりと解る。矢だ。白い矢羽根、鋼の矢じりの矢が高所から私を狙って放たれたのだ。
一応、舞台上を狙ったようだけれど、さっきよりは狙いが甘いし勢いもない。恐怖は感じなかった。
何より、兄王様の大きな背中が私を守ってくれている。
さっきと同じ火柱が射線に立ちはだかって、止めてくれたし。
「捕まえました! こいつが狙撃手です」
程なく舞台上にリオンと男が、スッと瞬間移動してきた。
人々は騒めくけれど、静まれ、というように軽く横に動かした兄王様の腕一本で、全ての音が消える。
ううん、多分、兄王様じゃない、
『祭りの始まり。その聖なる儀式を壊し、我が愛しき娘。プラーミァの『聖なる乙女』の命を狙わんとした愚か者よ』
「な、なんだ? 一体?」
『黙れ!』
「ぐあっ!」
リオンに捕らえられ、後ろ手に縛られていた男は、まるで踏み潰されたヒキガエルような声を出して地面に顔を擦りつけた。
実際に踏み潰されていたのかもしれない。兄王様に宿る『精霊神』アーレリオス様の神気に。
『発言も、釈明も許した覚えはない。
どんな理由があろうと、一切考慮する理由にはならない。
我が前で、娘の命を狙う、その大罪の前には』
「ぎゃあああ!」
今度はさっきとは逆。悲鳴と共に、男の身体が中空に浮かび上がった。
ジタバタと手足をばたつかせているけれど、足も手も何かを掴むことは無い。
まるで首ねっこを掴まれた猫のようだ。
『不老不死世が無くなろうと、人が守るべき理に変わりはない。
それが解らぬ者には仕置きが必要だな』
パチン、と兄王様が指を弾くと同時男の手足に火が灯った。
服の袖や裾が燃えると同時に、男の悲鳴が舞台上に響き渡る。
「ぎゃあああ! 熱い、熱い! 俺の手が、腕があ!!!」
「精霊神様!」
ちょっとやりすぎ!
私は、兄王様の腕に縋り、ぐいっと引っ張った。
見ている人達も完全に引いて怯えも入ってるよ。
『『聖なる乙女』は寛大だな。まあ、大祭の始まりが人死にでは縁起も悪いか』
私が止めたから、ばかりではなさそうだけれど、アーレリオス様はフッと小さく笑って火を収めて下さった。
重力に従い落っこちた犯人は息も絶え絶えだ。
興味もないというように、男から目を離したアーレリオス様は舞台上から人々を見やると
『聞くがいい。我が子ら。
プラーミァの民達よ』
朗々と語り掛けたのだ。
兄王様の若さと力のあるテノールとは同じ声帯を使っていてもどこか違う。
重みと深みのある声は、ずっと聞いていたいような心地よさと、直ぐに逃げ出したくなるような怖さを兼ね備えている。
この時、プラーミァの民は全員、一人残らず理解した。
今、自分達の前に立つモノは、王であって王では無い。
国の守護神たる『精霊神』が王に降り、その声と姿を借りてしゃべっているのだと。
燃えがる炎のように強い熱を帯びた『精霊神』は王の姿で宣言する。
『不老不死世は終わりを告げた。
勇者はすでに無く、あっても二度と不老不死の世界を望まない。
どんなに人が望もうと、祈ろうと二度と其方の上に永遠が、戻ってくることは無い』
人々の間から嘆息にも似た吐息が零れる。
あり得ないと解っていても、微かに持ち続けていた希望が完全に打ち砕かれた瞬間だった。
『だが、代わりに其方らの上には変化と希望が戻ってきた。
努力し、前に進もうとすれば掴むことができる、今日よりも輝かしき明日。
未来が其方らの目の前にある。
お前達は今、見た筈だ。人の身体が紡ぎ出す可能性というものを』
えーっと、もしかして私の舞の事かな?
なんだか、過分にお褒め頂いた感が凄いけれど、人々の視線が私に集まっている。
痛いくらいに。
『過去に囚われ、未来を見ることを止めるな。
未来は、自分達の手で作り上げていくものなのだから』
拡声器やカメラがあるわけでは無い中世異世界。
遠い所から見ている人にはきっと、舞台上とはいえ、私達の姿なんて豆粒じゃないかと思う。でも、隅から隅まで、全ての人が兄王様、の姿を借りた『精霊神』の言葉に耳を傾けている。一言の、騒めきも余談もない。
実物が存在し影響力を与える『神』の力って凄いんだなあ、と改めて実感した。
『マリカ!』
「は、はい!」
ぼんやりと突っ立っていた私は、声を向けられて慌てて膝を折る。
『仕切り直しだ。悪いがもう一度、舞を頼む。
もう、邪魔をするような愚か者はおるまい。祭りに改めて祝福を送ってやって欲しい』
「解りました。……今度は、ちゃんと見て頂けますか?」
我ながら子どもっぽい、ジト目の上目遣いだったとは思うけれど、兄王様は大きな手で私の頭をくしゃくしゃっと撫でるように微笑み、はっきりと頷いた。
『……拗ねなくても、最初からずっと見ている。終わったら、改めて話をしよう』
「はい!」
よし、やる気出た。
我ながら安上がりだと思うけど、それで気力も補充できたし。
私は、後ろの席の楽師さんに目で合図すると、彼は慌てて楽器を持ち直して、調弦を始め、私は膝を付いた。
そして再び始まる、奉納の舞。
生きる事と、精霊への感謝を捧げる祈りの舞は、自分で言うのもなんだけれど、一回目よりも良く舞えたのではないかと思う。最初に失敗したところを自分なりに直すこともできたし。やっぱり、見直しや練習、リハーサル大切だね。
リオンは襲撃者を連れて行ったけれど、兄王様は舞台の端で腕組みしながら、私の舞をしっかりと見ていて下さった。
そして、舞の終了。
私が膝を付くと同時
パーン!
高く高く、頭上から音が響いた。
また襲撃かと身構えた者もいるけれど、違う。
多分、花火だ。精霊神様の祝福。
昼間だというのに、太陽の光にも負けない強い、炎と力が空に虹のような大輪の花を描き散った。一瞬の、煌めきであったけど、残滓の火花が人々の頭上に、周囲に降り注ぐ。
確かな奇跡、祝福として、暖かい、精霊神様の思いと共に。
「マリカ、見事であったぞ」
差し出された兄王様の手を取り立ち上がった私の上にも。
『「『聖なる乙女』に祝福を。我が愛しき炎の子らの未来に輝きを。
ここに、大祭の開始を宣言する!!」』
王と『精霊神』の開幕宣言。
人々の歓声が、一気に湧き上がる。
舞の開始前の比じゃないくらい。
込められた熱と思いが蜃気楼のようにはっきりと目に見える。
同時に響く大祭の開始を告げる鐘の音。
プラーミァの大祭はこうして幕を開けた。
長い歴史の中、類を見ない奇跡と共に。
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