翌日、水の一月 最後の空の日。
私はプラーミァの神殿に足を踏み入れた。
「お初に目にかかります。『聖なる乙女』
私はこの神殿を預かります神殿長エクアトゥーリス。お見知りおきを」
私達を出迎えてくれたプラーミァの神殿長は壮年の男性だった。
兄王様より外見は歳上。
褐色の肌、ショートカットの黒い髪、堀りの深い顔立ち。
結構なイケメンだ。
…じゃなくって。
「本日は宜しくお願いいたします。
全く勝手が解らないので不作法がありましたらお許し下さい」
「いいえ。姫君のお噂はかねがて、
私も楽しみにしております。どうぞこちらへ」
どんな、噂されてるんだろう、と思いつつ彼に促され、私はゆっくりと奥に進んだ。
神殿の作りそのものは、どうやら大神殿ともアルケディウスともそんなに変わってはいないようだ。
側に控えて私の身の回りの面倒を見てくれているのはフィリアトゥリス様。
一応神事なので、他の側仕えに付いて貰う許可は下りなかった。
禊をして、衣装を身に着けてから後は、周囲にいるのは完全にプラーミァの王族だけ。
国王陛下と王太后様。フィリアトゥリス様。
王妃様とグランダルフィ王太子様はお留守番だ。
アルケディウス側からは唯一、リオンだけがエスコート兼、護衛として同行を許されている。
「そんなに緊張なさらないで下さいませ。
失敗したり振り付けを間違えても何が起きるという訳でもございませんから」
フィリアトゥリス様は緊張に強張った私に慰めるようにそう言って下さるけど、だからと言ってはいそうですか。
と安心はできないんだよね。
ましてや他国での神事だし、事前練習はしないように言われているので完全にぶっつけ本番だ。
衣装も真っ白でキレイだけれど、フィリアトゥリス様のものを突貫でお直ししてもらったものだから着慣れない。
転んだりしたら、どうしようと思う。
今はエスコートしてくれるリオンの体温だけが心の支えだ。
アルケディウスと同じような隠し通路を進み、奥の間に辿り着くと、本当にアルケディウスとうり二つの場所に出た。
「わあっ…」
同じような透明な巨大水晶が浮かんでいた。
二つの精霊石を見比べると間違い探しレベルでしか違いが分からない位そっくりに思う。
床のタイルが薄い赤色であることくらいかな。
横で、リオンが息を呑んだのが解った。
そうか、リオンは『七精霊』の石を見るのは初めてだもんね。
とはいえ、いつまでもボーっとしていることはできない。
『マリカ様、奥の間に着きましたら、まず精霊石の前に跪き、祈りを捧げます。
それから、一歩下がり、精霊石に見せるような形で舞を始めて下さい』
フィリアトゥリス様に教わった手順通りに動いてみることにした。
この世界でもお祈りポーズは、向こうとほぼ同じ。
跪き手を合わせる。だとは解っているので、その通りに。
あ、どういう気持ちで祈ればいいのか、聞かなかった。
うーん。
とりあえずは自己紹介かな?
私はマリカです。これから奉納舞をしますので宜しくお願いします。
軽く目を閉じ、そんな祈りを捧げる。
あれ? 周囲がなんとなくざわついて…って
「わっ!」
目を開けてビックリ。
今まで、無色透明だった水晶の内側が、小さく炎が灯ったように煌めいている。
アルケディウスの時とよく似ている。
入り口付近の壁際で跪く国王陛下達もビックリ顔だ。
どういうことだろう、と確認したかったけど、今は儀式の最中だ。
多分、止めるのは良くない。
王様達も、あの驚きようからして意味が解らないのだろうし。
私が立ち上がると、斜め前に立つ神殿長が頷き、…楽師が音楽を奏で始めた。
リュートだけで紡がれる優美な響きは、讃美歌というより日本の雅楽めいている。
私は、教えられた通り一番最初に、跪き、両手を胸の前でクロスさせる。
始まりと終わりの仕草は変えず、省略するなと言われた定型の形だ。
シュルーストラムの言葉を借りるなら、精霊に話しかける言葉の、はじまりと終わりの意味があるのだろう。
そこから立ち上がり、静かに舞い始める。
指の先、足の先まで神経を払いながら。
イメージするのは、最高の舞。
アドラクィーレ様が見せてくれた高見にはまだ届かないけれど、けれどそこに少しでも近づけるように。
「あ、これ…」
踊りながら気が付いた。
練習の時もうっすらと感じていたのだけれど、聖域で踊るとはっきりと解る。
(私の力…、吸い取られている?)
舞を舞っていると、私の体力、気力のようなものが奪われて行くのをはっきりと感じる。
くるりと、空に向けて回転させた指先から、地面に触れる足先から、何かが蒸発して周囲に溶けていくようなイメージだ。
はっきり言って疲れる。
でも、舞を止める訳にはいかないし。
今は、踊る事だけに専心した。
精霊石はほとんど見ていなかったのだけれど、やがて、意識無くても気付かずにはいられない程、無色透明だった石の内側の光が、強さを増し始めた。
虹のような多色を孕みながらも、ベースは炎の赤色。
マッチの先のような小さな炎は、どんどん、どんどん大きくなってたき火程に大きくなった。
今にも石から炎が飛び出しそうだ、と思った瞬間。
一際大きく力を吸い取られた。
膝ががくん、とこむら返りのように崩れて倒れる寸前。私は見る事になる。
「え?」
「マリカ!」
今まで、見た事の無いような壮麗な外見をした男性のイメージを。
床に転がる筈だった私の身体には何の衝撃も感じなかった。
飛び込んできたリオンが支えてくれた、からじゃない。
私の身体、そのもののがその場から、多分消えたから。
と思えたのは『帰ってきて』からのことだったけれど。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!