時々、眼の端に何かが動くのが見えるような気がする。
白い影、灰色の何か。銀の輝き、茶色の暗影。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、何にも?」
しっかり捕えようと思って視線を向けるとたちまち祭りの人ごみに紛れ、見えなくなってしまう。
なんだろう?
もしかして、と思うのだけれども。
考えると何か嫌な予感がして、追及するとそれが、本当になってしまうような気がする。
なので今は見ないことにしよう。そうしよう。
「次はゲシュマック商会の本店に行こう!
屋台は完売していたけれど、本店は夕方からの筈だから」
「了解。混んでないといいな」
中央広場から少し離れた通りにあるゲシュマック商会の本店は夕方の宵祭りに合わせて販売すると聞いている。まだ始まって間もないから大丈夫かな、と思ったのだけれど。
「うわあ、やっぱり凄い人だ」
「でも、人の流れは速いな。そんなに待たずに食べられるだろう」
私達はちゃんと列に並んで待つことにした。
前後の人達も、食事が楽しみであんまり周囲のことは見ていないようだ。
「大祭にはゲシュマック商会のクレープを食べないとな~」
「話題に乗り遅れちゃうよね!」
「今年の新作は何かな?」
「オレは、大好物のサフィーレジャムのクレープをまた食べたいんだけれど、新作も捨てがたい!」
「う~ん、迷う!」
周囲の人たちからもワクワクが伝わってくる。
「いらっしゃいませ。本店で販売するのはクレープと飲み物のみになります。
飲み物とクレープ二点で高額銅貨一枚です」
明るい声で呼び込みをしているのはエリセだ。
フリルの付いた祭り用純白エプロンが目に眩しい。
ゲシュマック商会本店は、本日店の中が今日は調理スペースになっているようで、店の前の路地にテーブルを出し、基本的には立ち食い。席が確保できればテーブルでゆっくりできるという感じ。
外のレジカウンターでお金を払って注文をとり、色ごとの木札で注文管理。
出来上がった品物を給仕の姿をした店員が運んでくる。
注文間違いや言いがかりを可能な限り排除したいいシステムだ。
でも……。
「ゲシュマック商会の制服、変わったのか?」
「私達が店から離れて三年以上だから、変わってもおかしくないけど。でも……」
「おお、可愛い制服だな」
「私もあんなの着てみたいかも!」
動きやすいひざ丈の紺色ロングドレスに、フリルのついた純白エプロン。
までだったら、まあ普通に貴族の館とかで無くはない。
でも、頭にホワイトブリム。ヘッドドレスまで付けているとなると地球の記憶を持つ私はある定型を思い出す。
メイドさん。仕掛け人はラールさんかなあ?
男性も紺のベストにスラックスで統一されている。この世界ではあまり一般的ではないネクタイをつけさせているあたり、こちらにもオタクの空気を感じる。
でも、揃いのお仕着せが屋台や他の店とは一線を画した別格のグレードを醸し出しているのは流石と言うべきだろう。
と、そんなことを話している間に順番が来た。
「! いらっしゃいませ。何にしますか?」
注文とレジを担当していたのはアルだった。
私たち二人を見ると、にんまり笑って、でも他の客と同じように接してくれる。
「クレープは薄焼きのパンケーキに、好みのものを挟んで食べる菓子です。
甘いジャムから、塩辛い魚や、肉など色々な組み合わせが楽しめます。
但し、お一人様一会計一つまで。二つ目が欲しい時は並び直しをお願いします」
「飲み物は果実水か冷やしテアです。追加の中額銅貨一枚で飲み物にエールと炭酸水割り果実水を選ぶことができますよ」
アルの様子から、私達の登場に気付いたのだろう。
呼び込みしていたエリセが近寄ってきてにっこり教えてくれた。
「ありがとう。何にしようか?」
「お勧め、というか人気商品はどれだ?」
「今回は何と言ってもカエラシロップとショウユバターを組み合わせたものと、ベーコンパータトだな。甘いのが好きな人はショウユバター、そうでもない人はベーコンがお勧めだ」
「他にも定番のジャムや、果物の甘煮、ツナマヨ、生クリームなどもあるので、お好きなのをどーぞ♪」
見ればレジカウンターの横には実際に中身が解る見本も置いてある。
これなら初めての人も選びやすいね。流石はガルフ。
「じゃあ、私はショウユバターとサフィーレの炭酸水で。リ……貴方はどうする?」
「俺はベーコンパータトで。飲み物はオランジュの炭酸水で頼む」
「はーい。かしこまりました。ベーコンパータトとショウユバタークリーム入ります!」
「お代確かに。じゃあ、この札を持って行って、向こうの渡し口で引き換えて下さい。
……ゆっくり食べたいなら、店の中にも入れますよ」
「忙しいでしょうから、大丈夫」
「飲み物のコップと皿は返してくれると少額銅貨一枚帰ってきますから」
「ありがとうございます。頑張って下さいね」
「こちらこそ。楽しい大祭を!」
皆、忙しく働いているのに私達だけ、デートを楽しんでいるのもちょっと罪悪感。
でも、アルは満面の笑顔で手を振ってくれた。
そして店の中がなんだかガタガタ、ざわざわってして。
「お、お待たせしました! ご注文の品です!」
おや、ジェイドだ。
ゲシュマック商会本店の店長が自ら売り子か、と思ったのだけれど私達が来たことをオーダーを通したエリセから教えて貰って出てきてくれたんだね。きっと。
見れば彼の後ろや、店の中からも視線を感じる。
お店の従業員さん達かな。彼らは多分私が来ることが伝わっている筈だから前のような『大祭の精霊』ではなく、皇女のお忍びとして緊張しているのだろう。
「ありがとうございます。うわー、美味しそう。
はい、どうぞ」
お盆の上に並べられたカップとクレープをリオンに渡してから、私も手に取ると立ったまま頂く。パクッと。
「うーん、美味しい。幸せの味!」
「これがカエラ糖の新しい使い方というやつか」
私は試作の時に食べたけれど、リオンは初めて。
「カエラシロップって、醤油と相性がいいの。
こっちも一口食べてみない?」
「いいのか?」
「どうぞ」
クレープは潰した円錐形に丸められているので、かじった方とは違う方を私は差し出した。リオンもパクッと。一口、私のより大きい。
「確かに濃厚で美味いな。こっちも一口食べるか?」
「いただきます! うん、甘じょっぱくていいよね。これ」
口の中にパータトの無色の歯ごたえが広がって、それにベーコンの香ばしさが絶妙にマッチしている。そして口の中の濃い味を爽やかな炭酸水がさっぱりと洗い流してくれる。
あっという間に食べちゃった。
「もう一個食べたいけど……」
「止めとけ。人が集まって来るぞ」
リオンが私の手から空になったコップを取り上げてカウンターに返す。
確かに、店の皆だけじゃなくって、周囲の客も私達を見ている。
ただ、食事をしているだけなのになんでこんなに注目されてしまうのだろう?
まあ、お腹も膨れたし、喉の渇きも収まった。
あんまり長居は迷惑かな?
「仕方ないか。ごちそうさまでした。
美味しかったです。頑張って下さいね」
「は、はい。ありがとうございました!」
深々と頭を下げるジェイドや店員達。
店の中からや周囲からも
「ぼくもみせて~~~!」
「私も一目!」
そんな声が聞こえてくる。
騒ぎにならないうちに退散退散。
幸い、本気で後を追ってくる人は無く、私達は人ごみに紛れることができた。
人は……ね。
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