翌日、二の空の刻。
私は、大きく深呼吸をした。
王都一番の高台である王城の、中庭。
純白、大理石のような石で設えられた舞台の周囲は、光の精霊達が舞う様に煌めいていて、夜だというのに昼間のように明るい。
だから、良く見える。
舞台の周囲に集まる人々の、歓喜に満ちた眼差しが。
初めての外での舞。
しかも他国で、大観衆の前で。
心臓がバクバクして口から飛び出しそうだ。
手を組んで落ち着かせようとしても思い通りにならない私の肩にぽん、と優しいぬくもりが触れる。
「大丈夫だ」
「リオン…」
「いつも通り、今まで通り踊ればいい。
変なあっち側の意図とか気にせず楽しんで踊ってくればいい」
「そうですよ。今回は別に神事という訳でもないんですから。
私達にとっては姫様の舞が見られるご褒美みたいなもの。気軽にやって下さい」
「カマラ…」
「マリカ姉。凄くきれいだよ。僕もマリカ姉の踊りが見られるの、楽しみ♪
一生懸命弾くからね」
「アレク…ありがとう。みんな」
身支度を終えた後、他の随員達は離されてしまったので、今、側にいるのは護衛役の二人と伴奏役のアレクだけ。
優しい心遣いと励ましが、私の身体の強張りをほどいていく。
良かった。神事みたいに男と会話しちゃダメ、だとか言われないで。
「うん、ありがとう。頑張るね」
そうだ。別に今回は『精霊神』を復活させるわけでもないし、誰かの命がかかっているわけでもない。
気軽に、気軽に。
舞台の上で、一際大きな光が煌めいた。
多分、私を呼んでいるのだ
「よし、行ってくる。アレクよろしくね」
「任せて!」
もう一度大きく深呼吸。
後は
「リオン」
「ああ」
差し伸べた手をリオンがそっと取ってくれる。
会場中の視線を一身に浴びながら、私は祭壇に立ち、そっと膝をついたのだった。
アーヴェントルク滞在中日。
今日は、大貴族達が集まっての『新しい味』の周知報告会だった。
アーヴェントルクの大貴族達に本格的に『新しい味』について知らせ、協力を仰ぐ為のもの。
今の所、アーヴェントルクで本格的な『新しい味』を体験した事があるのは新年の会議に来た皇族だけで他の人達は食べた事が無かったようだ。
隣国なので、移動商人とかが燻製や串焼きなどを持ち込んでいたらしいけれど。
だから、大半は興味津々、お手並み拝見。
と言った眼差しだった大貴族達は、用意された宴席料理。
を一目見て、一口味わった時点で顔色を変えて、その後はもう本気で料理に向かい、言葉は悪いけど貪り食べていた。
アーヴェントルクは、元々、農地が少なくて、日々の糧にも事欠くことが多く、転じて食の文化にあまり興味を持たないお国柄であったという。
けれど、それは食べることを嫌う、と同意では無く。
むしろ美食処女?
初めて味わう計算された『料理』が生み出す美味に、あっという間に虜になったようだった。
「姫君。この前菜に使われている、ふんわりとした味わいのものはなんですか?」
「パンです。それはカナッペと言ってパンやパータトにハムやチューロス野菜などを乗せたものです」
「パンというのは固い皿のようなものではありませんでしたか?」
「そういうものもありますが『新しい味』の手法で作るととても美味しくできるんですよ」
前菜から、サラダ、スープ、パスタ、主菜、デザートまで大貴族達の質問は止まることが無かった。
今迄『新しい味』の指導の為にアルケディウスの皇女が招聘された、と言っても大して興味を示していなかった彼らの多くは一気に方向返還。
「自分達の料理人にも『新しい味』を教えて貰いたい」
「食材はどうしたら手に入るのか?」
と質問攻めになった。
一応、レシピの管理は皇家が行う事になるので私から言える事はそんなに無かったけれど
「麦やパータト、エナ、キャロなどがお国に無いか確認してみてください。
精霊の力によって、五百年を経ても色々な食材はけっこう自生していることが多いようです。
それを環境を整えて栽培すると、より大きな収穫が望めます」
と各国と同じアドバイスはしておいた。
あと
「皮革用に家畜を育てられている方は、その肉も無駄にしないで食材として使ってみるといいと思います。
特に牛肉は端肉であっても今回の主菜のように手間をかければ、とても美味になります」
とも。
今まで、諸国で猪肉オンリーで作っても大好評だったハンバーグは、今回牛肉を得た事でスペシャルレベルアップ。
向こうも滅多に食べられない最高のハンバーグステーキになった。
ヒレ肉やサーロインのステーキも悪くは無いけれど、この味わいは癖になる。
多分、羊肉も多く出るだろうから臭みの取り方なども教えて行こう。
「今後、アーヴェントルクは地元の産業の再確認が必要だと思う。
鉱山とそこから産出される金属も勿論重要だが、今までその価値を見出せなかったものを活用する事で、今迄以上の収益が見込める筈だ」
ヴェートリッヒ皇子はそう言って、牧場での牛乳の活用方法や蜂蜜の加工方法などについて周知する。
特に女性陣は「アルケディウスのシャンプー」がアーヴェントルクで入手できるようになることに喜んでいた。
今迄、アンヌティーレ様と皇妃様しか手に入れられなかった奇跡の品。
それを皇子妃や皇子が使用して、自分達も手に入れられる。という事に驚喜の声が上がる。
……アルケディウスのっていうのが一つのブランドになってるっぽい。
これは各国王家の御用達になってる実績だね。
ヴェートリッヒ皇子が自分で解析して作れるようになったのに、あえてアルケディウスから買い取った形を作ったのはその実績やブランド性が欲しかったからなのかもしれない。
相変わらず怖いヒトだ。
「今後、アーヴェントルクでも『新しい味』を推奨して行く。
食材はともかく、料理に使用するカトラリーや道具の製造などでアーヴェントルクが優位に立てる可能性がある。
商圏はかなり広がっていくだろうからな」
「せっかく新しくて可愛らしい『聖なる乙女』が齎してくれた恵み、知識を大切にして、伸ばしていくのが僕らの役目だよ」
皇帝陛下と続く皇子の言葉に目端の利く大貴族は既に、自領で何ができるか考え始めたらしい。
真剣な顔で料理を頬張っている。
で、私は料理が終わった時点で、退室させて頂いた。
儀式の着替えと準備があるから。と話をしたがる大貴族の誘いは断ったのでその後、どんな話が進んだのかは解らない。
でも、あのギラギラした目はちょっと怖くもあるなあ。
後で、皇子に聞いてみよう。
部屋に戻った私は、お風呂に入っている暇はないので冷水で身体を清めて『聖なる乙女』用の式服に着替える。
純白の舞衣装に、神殿長の肩掛け。
サークレットに、白いヴェール。
アルケディウスで神殿長叙任の時に着た服と同じだ。
『念の為、もってきておいた』
という名目でフェイにこっそり取ってきて貰った。
アーヴェントルクからはアンヌティーレ皇女のお古を頂いたけれど、流石に着る訳にはいかない。
プラーミァで王子妃様が
「他国の王族が公式の場で、その国の服を身に纏うと、支配を受け入れたという意味合いになってしまうと教えてくれた」
から。
多分、それを狙ってのことなのだろうけれど。
準備を整えたら、祭壇へ向かいその上で舞を舞う。
終わったら降りて退出する。
ただ、それだけだ。
でも…
『全力でやれ』
そう本国からは言われていた。
『今回に関しては、何が起きるか、などと後で考えずともいい。
どうせ、其方が何かをすれば必ず大事になる。
とにかく、己の全力で最高の舞を踊ってこい。
アーヴェントルクに『大神殿』が認めた『真なる聖なる乙女』の本気を見せつけてやれ』
皇王陛下のお言葉にはひっかかる所はあるのだけれど、とにかくそう仰せなら遠慮する必要はない。
皇帝陛下の思惑とか、アンヌティーレ様の意図とかも関係ない。
ただ、真摯に。
リオン達が励ましてくれたように。
俯かず顔を上げて、楽しんで踊ろう。
ピーン!
最初の一弦。
その響きと共に私は目を開け、ニッコリと微笑み手を広げた。
祭壇を見上げる人達の空気がざわりと、動いたのが解る。
ここからだと顔とかは見えないけれど。
アーヴェントルクに、祝福を。
心と共に身体を動かして、私は舞いを始めたのだった。
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