何もない、白い空間。
そこにテレビ画像のような映像が浮かんでいる。
見ているのは男が三人。
少年と、青年と成人。
彼らは重力の軛を無視して浮かんでいる。
まるで宇宙船の中のように。
『あ~あ、やっぱり気付かれちゃったよ。どうしよう』
呟いた少年の吐息も零れても落ちることなく空を揺蕩う。
『精霊神』達の住まう白の空間。
普通の人間が決して足を踏み入れる事のできない次元の狭間。
勿論、少年の言葉を聞く者は、この場にいる三人の他にはいない。
『オーシェが余計な事を言ったからだよ。ホント、どうするつもりなのさ?』
『どうしようも、こうしようもあるまい。
あの子達は『星』の後継者だ。いずれ知るべき事だろう。
我々からは教える事はできないのだから、気付かせるしかない』
弟のような少年の抗議に青年は呆れた様に肩を竦めて見せる。
『そもそも、貴様らはあの子らに対して過保護が過ぎるのではないか?
随分と長く一緒にいるのだろう? なのに、何故ちゃんと育てようとしない?』
『お前に言われたくはないな。オーシェ。
まあ、あの子らに対して過保護であることを否定はしないが』
そう静かに彼を見て微笑む成人の男も、もちろん、少年も青年も『精霊神』と呼ばれるこの国の守護者。
彼等は同じ力、同じ宿命に括られた兄弟である。
子ども達が世界の一つの真実に気付いた墨色の夜。
彼らを見守るモノ達が語りあう物語。
精霊達の内緒話。
『そうだそうだ。
一人だけ抜け駆けして、端末常時展開させてたから完全封印されなくてすんだんだろう?
封印を免れてたのなら、助けてくれれば良かったのに』
少年は青年にまたもくってかかる。
頬をリスのように膨らませて不満を並べ立てる少年に、場の主である青年は困り顔で反論していた。
『何を言っている。助けに行ける状況だったと本気で思っているのか?
力の補充もろくにできず、いつ、身に蓄えた力が消えるかと消失に怯える日々。
子ども達を守るのが精いっぱいで、結局、自分にかけられた封印すら解く事は叶わなかった。
一歩、城から出ていたら消え失せていたという自覚があるぞ。私には』
『そりゃあ、そうだろうけど……それにしたって、さ』
少年にも彼の言葉の正しさは解っている。
だが、それでも憤懣やるせないというところなのだろうか?
『そもそも、私が端末を作っていたのは、あの方の帰還を予知したからではなく、ヴェーネと言う街が地形が、首都としてあまりにも不安定だったからだ。
都を立てた責任者として、子ども達だけに労苦を負わせるわけにはいかず、仕方なく、だな』
『だったら、そんな所に、街を作らなきゃ良かったのに』
『そこまでにしておけ。ラス。
奴の気持ちはお前だって理解できるはずだ』
頭の上がらない長兄分に諌められ末弟はぷいと、顔を反らしたまま、逃げるように背を向けて宙に浮かんだ。
無論、理解している。
この大陸に根を下ろした時、自分だってかつての故郷によく似た場所を拠点に選んだ。
生まれ故郷というのは特別なものだ。
自分だって忘れたことは無い。
あの遠い北の大地を。
生きるには厳しい土地だったけれど、決して嫌いでは無かったのだから。
『まあ、そんな終わったことをいつまでも言っていても仕方ないだろう。
大事なのはこれからのことだ』
無重力空間で泳ぐように二人の間に割って入る男に少年は、はあ、とワザとらしく大きな息を吐き出して見せた。
『そうだね。うん、解っている。
マリカ達の追及をどう躱すか。考えなくちゃいけないのはそこ』
『? 別に躱す必要はなかろう?
どうせいずれは知れるのだ。あの子達と向かい合い、教えられる事は教え、『星の代行者』へと導き育ててやればいい』
『そんなに事は単純じゃないんだってば! っていうか、僕はマリカもリオンもそんなに簡単に『星の代行者』になんかしたくないの!』
少年の叫びに青年は訳が分からないという様に首を傾げている。
『『星』はたった一人で、長い事この星と精霊達を支え続けてきてもう限界に近い。新しい頭脳を、自分の代わりとしてこの星を守る存在を求めている。
一刻も早い『星の代行者』が必要、ではあるな』
『その為にマリカがいるのだろう? 『星』は自らの後継者として『彼女』を選び、育てたのだろう? 『彼女』なら間違いなく適正は最高値だろうからな』
『そこが問題なんだって解れよ。オーシェ。
頭がいいくせに、バカなんだから』
『バカとはなんだ。バカとは?
さっきも言ったがそもそもお前らはなんで、マリカを育てようとしない。
ちゃんと育てて導けば、あの子は……』
『だから、それがイヤなんだってば!』
『何故?』
今もって何を言われているか解らない。
そんな顔つきで目を瞬かせる青年を少年は責め立てていた。
『マリカは間違いなく最高の適性を持っている。心の面でも能力面でも。
全てを知り覚醒してしまえば文句の付けようのない『星の代行者』『星』の後継者となるだろうさ』
『それの何が悪い?』
『でも、それは、あの子が、『僕らと同じ』になるってことだ』
『! あ、ああ……そうか……』
青年も、少年の言わんとしている事が解ったのだろう。苦し気な目をして顔を背けた。
『『神』は自分の目的の為に、あの子達を取り込もうとしてる。
リオンとマリカは『第三世代』だ。と『星』は言った。
『第一世代』や『第二世代』が心から欲し、得られなかった力が多分宿ってる。
あの子達がいれば『帰ること』ももしかしたら『取り戻す』ことだって、できるのかもしれない。
でも、それはあの子達の人間としての命と、自由と、多分、人格と引き換えだ……』
『我々はいい。
他の選択肢が無かったとはいえ、納得した上でこうなることを選んだのだから。
こうして自意識を失わずにもいられる。慣れれば悪いものでもないがな』
少年の思いを受け継ぐように男は紡ぐ。
その眼はここにはいない子ども達を見つめているようで悲しいまでに優しい。
『リオンもマリカも、全てを知った上で選択を示せば、多分、躊躇なく身を捧げるだろう。
あれらは大切なモノの為に、自らを支払う事に一切の躊躇が無いからな。
あの子達は愛され、大切にされている。
人の営みから切り離され、役割を科せられる苦悩。
それがどれほど辛いか我々が一番良く知っていだろう?』
『いつかそうさせなくてはならない日が来るとしても少しでも遅く。それが『星』の意思で、僕の願いでもある』
その為にマリカに魔王城の書物を見せるのを遅らせ、記憶の阻害をかけ、できるだけ『子どもの時間』を引きのばしているのだと少年は告げる。
『ああ、そういう意味なら、解る。
すまない。
私は、余計な事を言ってしまったか……』
項垂れる青年。
『それはもういいよ』
けれど少年は首を横に振って笑って見せた。
『オーシェもさっき言ったけど、いつかは解る事だからそれは、うん、もういい。
僕はさ『星』を助けたいとは思うけど、それ以上にあの子達が可愛い。
僕にとって、特にマリカは、あの人の最後の忘れ形見で、大事な妹のようなものだから』
少年の瞳はここにいる誰でも無く、遠い誰かを見ているようだ。
『いずれ『神』もまた仕掛けて来るだろう。
だから、僕はあの子達の側に貼りついて、あの子達を守る。絶対に。
いつか来るその時まで』
『だが、あの子達は聡い。いつまでも隠してはおけないし、あの子たち自身が納得しないだろう』
『うん。だからまあ、助けるフリをして邪魔をする予定。
精霊古語についても違和感を持つのはマリカだけだから、教えろと言うのなら教えながら、なるべく遠回りするように誘導しようかな』
『私は、なるべく早く残りの二人の所に行ってネットワークを繋ぐ。
七人の『第一世代』全員が目覚めてかかれば多分、『神』を足止めする事くらいはできる筈だ』
『私は、何をすればいい?』
自らの過ちに気付いた青年に少年は首を横に振る。
『オーシェは今まで通り、この国を守っていてくれればいいよ』
『いいのか? それで』
『ああ、それでいい。いつか、力が必要になった時、力を貸してくれればそれで』
『なら、約束しよう。街と子孫たちを守り、
あの子達には借りがある。我が名にかけて必要な時には必ず力になると』
「ありがと」
青年の約束に少年は目を閉じて思い出す。
遠い遠い、昔の事を。
自分達には、ここに至るのに選択肢は与えられなかった。
故郷に戻る事はできず、人として生きる権利も剥奪された。
でも後悔はしていない。
自分は一人では無く、支えてくれる兄弟がいてくれたから。
そして、あの人と、約束したから。
「子ども達をお願い……。
彼らが幸せに生きられる世界を、護って」
『彼』だって、同じ言葉を胸に今も秘めている筈。
なのに、まったく違う道を進もうとしている。
バカだ。
大バカだ。救いようが無い。
『お前なんかにマリカもこの星も渡さない』
振り向いた映像に、少女が見える。
その姿に少年の容をした『精霊神』は祈るように目を閉じた。
もう一度、心に刻む。
自らの役割を。
子ども達を守る。
今も心に残る大切な人と同じ名を持つ少女を。
真面目で、尊敬できる友だと思っていた時の『彼』の面影を写す少年を。
そして、星に生きる全ての『子ども達』を
必ず守る。脅かす全てのモノから。
いつか来る『その日』まで。
それこそが、彼女とした約束。
今の自分の、定められたのではない存在意義だから。
映像の向こうでは、協力の約束を誓い合う子ども達の笑顔が今も輝いていた。
『精霊神達』がそんなことを思っているとは、きっと知ることなく。
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