ガラス瓶に入れて持って来て貰った水は、ちょっと見たくらいでは普通のそれと変わらない。よーく見てみると中に小さな気泡が見える位だ。
「これが、そのタンサンスイというものですか?」
フェイが持って来てくれた炭酸水の確認の席。
お母様も同席して興味深そうに見ている。
「はい。水の中に特別なガス……空気が入っていて、酒精は全く入っていないのにお酒のような泡立つ口当たりがあるのです」
「僕も、飲んでみて驚きました。口の中に含むと舌に心地よい刺激が触れていくのです」
「お母様もお味見なさいますか?」
ガラス瓶を開けるとシュワワアア、と空気が弾け音が響く。
本当に炭酸だ。なんだか懐かしい。
ガラスのコップに水を注ぎ、毒見代わりに先に喉に通す。
水だからサイダーのように甘みは無いけれど、さっぱりと優しい口当たり。
そんな強炭酸、って感じじゃないな。
むしろサイダーとかより少し弱め。微炭酸かな?
「あら、本当に面白い口当たり。ビールを少し弱くした感じかしら」
「酵母がアルコールを作る時に同じガス、炭酸を生み出すので似ていると思います」
「確かに、水の中に緑の香りや、薄い甘さが感じられます。
口の中に弾ける泡の感覚と共に、目が覚めるような快感も広がるし、成程これなら水だけでも価値があるというのが解るわ」
ビールに慣れて来た人は、この炭酸水の感覚にも好意を持ってくれるだろう。
弱いと物足りなさを感じる事もあるかもだけど。
「この炭酸の刺激に甘さや、香りを付けるとより爽やかな飲み物になります。例えば…」
私は用意して置いたキトロン、レモンを絞って炭酸水に混ぜる。これだけでも爽やかに美味しいのだけれど、少しだけ蜂蜜も混て甘みを付けるとより美味しい。
ノンアルコールドリンクの定番、レモネードだ。
「まあ、ステキ。爽やかなキトロンの香りと口の中で弾ける泡の快感がとても合っていて美味しいわ。これは夏などに冷たく冷やして飲んだりしたら、きっと最高ね」
お母様もお気に召したらしい。目を細めてウットリとした顔でグラスを傾けている。
「小さい子はあまり蜂蜜を採るのは良くないそうなので、もし双子ちゃんに飲ませるなら蜂蜜を、砂糖を溶かしたシロップなどにして下さいね」
「子ども達には刺激が強すぎるから、直ぐに飲ませる訳では無いけれど。ありがとう。気を付けるわ」
確かに一歳未満だから、炭酸を飲むにはまだちょっと早いと思うけれど、言っておけばお母様は気を付けて下さるだろう。
そうだ。
「お母様」
「なあに?」
「ドルガスタ伯爵夫人と、正式に契約したいのですが、仲介をお願いできないでしょうか?」
「解りました。
色々因縁もあるから貴方達だけだと危ないわね」
「なるべく信じて、助力して差し上げたくはあるのですが……」
「警戒はしすぎて損は無いわ。
彼女も夫が悪い、自分が悪い、は解っていても周囲の白い目に晒され続けているうちに、心が病むことはあるでしょうからね」
「はい」
お母様に面会の準備をお願いした後、私はフェイと共に転移術で、国境沿いの泉に向かった。
「うわあ、本当に綺麗な水」
私は岩場からこんこんと湧き出る水を見つめ思わすそんな声を上げてしまう。
泉、というには小さな山奥の本当に水場。
井戸として整備されているわけでもないけれど、周囲には大きな石の隙間から、澄んだ水がこぽぽ、と音を立てて溢れ出している。
想像していた滝っぽいのとはちょっと違う。
本当に地面から湧き出ている感じだ。
「街中もお城も水は井戸から汲んでるから、こういうの魔王城の森以外では初めて見た」
向こうの世界で見た名水とかは、人の手が入っていたけれど、ここは本当に自然そのままなんだなあと思う。
「ちょっと味見を……」
『マリカ様!』
私が水場の側に膝を突こうとすると、突然声がした。
見れば、私の指輪の星の石。その中央がチカチカ光っている。
「あれ? リカちゃん?」
『肯定。貴女のリカチャンです。
どうか、ご注意下さい。その泉の周囲を含むこの近辺色々危険です』
「危険?」
『肯定、ガスが所々溜まっているようです。運悪く吸い込むと呼吸困難に陥る可能性があります』
「呼吸困難? 毒が仕掛けられていると?」
私の指輪に付いている水の精霊神の端末。
リカちゃんが注意を勧告する。私は思わず後ずさった。
フェイが顔色を変えるけれど
『否定。あくまでも自然のものです。
この土地の地下には天然のガスや、温泉源などが眠っています。
そこから発せられる硫化水素、二酸化炭素、二酸化硫黄などの危険な気体が水と一緒に地面に湧き上がってくるのです』
「やっぱりこの近辺は温泉源なんだね。そういうの、どこかにあるんじゃないかと思ってた」
『肯定、この星のあちらこちらに地面の中に熱を貯めた、火山があり、マグマなどが堆積しています。
現在は『星』の管理下にあり、噴火などは制御されていますがその一部が地表に現れるようです』
私は元火山国で温泉国。日本に住んでいたからそういうの、理解がある方だ。
「地面の中に、熱?」
「私達が住んでいた世界と同じかどうかは解らないけれど、星の中には強い力があって、それが地面を暖めたり、水や植物を生み出したり、もっというと大地を作る源になったりするの」
地質学とかは専門じゃないから正しい説明ではない気がするけど、鉄鉱石とか金銀、宝石、各種鉱物、ダイヤモンドなんかも産出するんだからその辺も向こうと共通するのではないかと思う。
カレドナイトは地球に無い鉱物だけど、星の息吹、という言葉を聞いたことがある。
地球とは違う法則で凝固してできた金属なんじゃないかな?
シュトルムスルフトには黒い油、石油っぽいものもあるようだし、地質資源についてもっと知れたら色々と活用できそうに思う。
「リカちゃん。この近辺に、温泉や近寄ったら危険な酸性湖とかはある?
『……肯定。人間が入浴可能なレベルの温泉源が数か所、それから向こうの山の山頂に極めて酸性濃度の高い泉があります。
近づくのは危険と判断します』
「不老不死者が近づくとどうなる?」
『情報が無いのではっきりと言えませんが、ある意味、不老不死を持たない者より危険であるかもしれません。単独で毒性源に触れ、身動きが取れなくなると死ぬこともできないまま苦しみ続ける可能性大』
「怖っ。硫酸とか興味がなくはないけど、今の私達じゃ扱いきれないから、今回は保留ね。
水だけ汲んで帰りましょう。フェイ。お願い」
「解りました。でも、その前に……シュルーストラム!」
フェイは杖を出すと、私達の周囲に何か術をかけた。
薄い風のベールのようなものが周囲を取り巻いている。
「何をしたの?」
「念の為、です。周囲に清浄な風が常に流れるように風の精霊に頼みました。
これで、万が一危険な気体があったとしても大丈夫な筈です」
「流石、フェイ」
魔法、魔術のある世界はこういうところが便利。
助かるなあ。
こうして私達は、天然炭酸水を樽いっぱいに汲んで戻って来た。
炭酸水は保管が悪いと、気泡が抜けちゃうけど、そこは魔術でズルできる。
「リカちゃん。樽の中の水の炭酸が抜けない様にできる?」
『肯定。通常の水に、ガスを送り込むことは術でも可能ですが?』
「あー、その手もあったか。いずれお願いするかもしれないけれど今は無しで、水質維持だけ宜しく」
『了解しました』
苦労して持ち帰った炭酸水は早速ゲシュマック商会と、王城の厨房に持っていった。
ビールの刺激に慣れた男性陣にはそこまでじゃなかったけれど、女性陣には淡く柔らかい口当たりと果汁を入れる事で色々楽しめるとなかなか好評だった。
ゲシュマック商会も興味を持って、秋の大祭の売り物にしたいと言っている。
いい手ごたえだ。
そして翌日、私は会見した。
「アルケディウスに輝く宵闇の星。マリカ皇女の御前に厚かましくも顔を出す事をお許し下さいませ」
地面に頭をすりつけんばかりに深々と平伏するドルガスタ伯爵夫人と。
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