大祭終了から三日目の夜。
本来であるなら大貴族達も皆、帰郷し半年ぶりの静かな夜を迎える筈だったアルケディウス王宮は澱んだ空気が漂っている。
「まったく、厄介なものだな。失うものの無い女の癇癪というものは」
そう息を吐きだしたのは一の兄、ケントニス。
同意するのは癪だが俺自身も同じ思いを抱いている。
「後継者、家宝、有能な家令、領地としての順位、皇家からの支援、他家からの友好、全てを失った」
あの女はそう指を折っていただろうか?
兄上の言う通り、もう失うものは何もない。
おそらく、大貴族の地位にさえ頓着していまい、
だからこそ、皇族に対してあれだけの無礼ができるのだ。
郷里に戻る為の帰還の挨拶に来たタシュケント伯爵夫人は、第三皇子家だけではなく、皇王陛下、皇王妃様、第一、第二皇子の挨拶の時も、我々への弾劾と救済への助力を訴えていったらしい。
明日の会見を前にした、アルケディウスの上層部会談。
これからここで、俺は決断を強いられることになるだろう。
あまりの気鬱にため息が落ちる。
そんな俺の気持ちを読み切っているように、最上段で父上は、俺を、俺達を黙って静かに見つめていた。
「それで? ライオットよ。一番肝心なところだ。はっきりと申せ。
マリカの誘拐、暴行未遂犯、ソルプレーザの死亡は確かなのだな」
「……御意。昨年の秋。
逮捕後間もなくのことでございます」
今までは、関心を持たれなかったが故になんとか隠しおおせたが、流石にここまで事が大きくなっては無理だろう。
俺は覚悟を決めて頷いた。
「昨年の秋、だと?」
周囲がざわりと騒めく。
「その頃はまだ精霊神様が復活されていない頃ではないか!
どうしてソルプレーザは不老不死なのに死ねたのだ?」
皆の疑問をまとめる様に問う兄上に俺は首を横に振る。
「解りません。死因は自殺。
不老不死を失い、おそらくは痛みと苦しみに耐えきれなくなっての事、と聞いております」
「何故、隠していた?」
これは皇王陛下だ。
「我々にも理由が解らなかったのです。
皇族の誘拐と暴行は極刑と永久幽閉の判決を下してあったので、遺体は防腐処理を施して大祭の後、タシュケント伯爵家より面会の申し出があった時に事情を報告、返還しました」
「思惑は解らん訳でもないが、早急に連絡すべきだったぞ。ライオット」
「申し訳ございません」
本当のことを言えば、理由は判明している。
だが、言えない事なのだ。
マリカの体液を摂取すれば、不老不死者は死に至る可能性が高い、などとはとても。
だから、知らぬ存ぜぬで押し通す。
「……確かに、まだ『精霊神』の復活も無ければ皇族でも無かったころの話だ。
何かがあったとしても理由は本人でも解るまい」
「そう言えば、マリカはどうしている?」
「タシュケント伯爵の話を聞いて後、衝撃を受けたのか意識を喪失しております。
いつものように気を失っているのならまだ、対処のしようがあるのですが…」
凍り付いたように、手も足も動かず立ち尽くしているのみ。
ティラトリーツェが声をかけ続け、リオンやフェイもついているが効果はない。
「仕方あるまい。利発に見えてアレはまだ11だ。人の死に直面しショックを受けても当然だ」
「だが、どうするのだ?
明日、サークレットがマリカの物だと証明すると言ったのだろう?
マリカがそんな状態でできるのか?
そもそも、証明する事が可能なのか?」
「……証明する方法は、多分、ある」
「どうやって?」
俺は、どう説明したものか必死で考えていた。
「あの冠は『神の額冠』と同種のモノなのだ。相応しき相手以外は頭に乗せることができない」
「何だと?」
「現に伯爵夫人はあのサークレットは自分のものだと主張しているが、身につけた姿を他人に見せたことは無い筈だ」
「何故、そんな物をお前の娘が持っている?」
「あれは、俺が旅の時代『精霊国』の女王から預かったものなんだ」
「答えになっていないぞ、ライオット!」
兄上の怒声が部屋に響き渡る。
我ながら論点がずれていると解ってはいるが兄上達に真実を告げることはできない。
今は、まだ。
『すとっぷ。言い争いはそこまでだ』
「え?」
『この件は、僕が預かる』
「! 『精霊神様!』」
いきなり、何の前触れもなく場に表れた小動物に全員が、即座に膝をつく。
兎にしか見えない外見をしていようとも、子どものような口調であろうとも、この方は我々アルケディウス皇王家の始祖にして『精霊神』なのだから。
その証拠。翼もないのに宙に浮かぶこの獣からは尋常でない圧力を感じる。
冷汗が止まらない。
『ライオット』
「はい」
『マリカは治療の為に、一晩預かる。
明日の朝にはサークレットと一緒に連れ帰ってくる。それでいいね』
「無論、よろしくお願いいたします」
俺は深く頭と、心を下げる。
父として、娘を託すのだから、当然だ。
現実問題として今、城に置いていても容体を回復させる方法はないのだし。
頷くように身体を動かし『精霊神』は俺達を見やる。
俺が余計な事を言わないで済むようにして下さった事は理解できた。マリカの事を思うなら今は預けるしかない。
『いずれ、全てを話す時は来る。でもそれは今ではない。解るな?』
「はい。承知いたしております」
場を代表して答えたのは皇王陛下だ。
「マリカはライオットの娘。
アルケディウスが『星』と精霊より預かりし『聖なる乙女』
いかなることがあろうとも、それに揺るぎはありません」
『結構。その思いを忘れないでいておくれ』
満足そうに一つ頷いて精霊獣。いや、アルケディウスの『精霊神』は姿を消した。
圧力が消えて、少しホッとする。と同時に考える。
マリカにはきっと、俺達でさえまだ知らぬ秘密があるのだろう。
異変に『精霊神』自らが即座にやってきて対処を申し出るくらいには。
あの細く小さな肩に乗るモノはあまりにも大きく重い。
「お前達」
父皇王が俺達を呼ぶ。
俺達は背筋を正して、向かい合った。
「先ほども申したが、マリカを傷つけ奪おうとする者に関しては毅然とした態度で接する。
マリカはライオットの娘。アルケディウスの皇女。
その立場を揺るがせるな」
「はっ!」
優しい命令に二人の兄も躊躇なく頷いてくれるが言われるまでもない。
絶対に守って見せる。と改めて心に誓う。
俺の、俺達の娘を。
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