緑と光が濃い。
朝の眩しい光の中、走る馬車の中から見る、それが私のプラーミァ国の印象だった。
照りつける南国の太陽は、もう確かな夏の雰囲気を宿す。
山全体、街道沿い一体全てに、むく、むくと湧き上がるような緑が萌えていて、波のように押し寄せてきそうだ。
あちらこちらに見えるヤシの木。シュロのっぽいのも見える。
温暖湿潤、正しく向こうの世界で言うなら赤道近く、南国の雰囲気がそこにあった。
(でも、向こうと違って、赤道近辺が一番暑いじゃないんだよね。
なんだか不思議な感じ)
私は窓の外の風景を見ながら、頭の中でこの世界の地形を思い描いていた。
この世界も宇宙に浮かぶ一つの星。
球体であるのは間違いないのだけれど、その性質は違っていて北の極点近くは寒く、南の極点近くは暑い。
太陽があり、月に似たものもある。
地学天文学は学校で習った知識程度しかないけど、この世界では本当にどんな仕組みになっているのだろうか?
プラーミァの本国に入り、二つか三つほどの領地を抜けて後、私達は大きな城塞都市に辿り着いた。プラーミァ国王都 ピエラポリスだ。
あ、ずっと私達は王都、って呼んで来たけれどアルケディウスの王都もプランテリーアという名前がある。緑の野、という意味があるのだとか。中にいる分には気にする必要もないことだけれど、外に出れば識別のために必要となる。
で、この国でもやはり、民を様々な脅威から守る為に王都は城塞で囲まれているようだ。
いくつかあるらしい門の一つで手続きをして中に入ると、アルケディウスとは違う、異国の街並みが広がっていた。
建物は集合住宅風の建物がみっしりと経ち並ぶ。
殆どは四角いアパート風の形であるけれど、窓や扉が多くの家で開け放されていて開放的な作りだ。ちょっと写真で見たインドっぽい?
ハワイやシンガポールとは違う感じだ。
あっちが近代的過ぎるから比べられないけど。
同じ集合住宅でも気密性の高いアルケディウスとはまた全然違う。
色合いはほぼ白からクリーム。
所々に差された紅色が鮮やかな南国のイメージを一層際立たせている。
白い円筒のような建物は神殿、なのだろうか?
周囲とは違う、独特な雰囲気を醸し出している。
と思ったら、大神殿とよく似た建物もあった。
アルケディウスとほぼ同じ容だから、こっちが神殿なのだろう。
そんなことを思いながら窓の外を見ていると視線が感じられるようになった。
街の人達がワイワイ声を上げながらこちらを見ているのだ。
街の人達の肌も日に焼けてみんな褐色。
髪は黒、茶色、赤系統が多い印象だ。
目の色も、黒、茶色、赤など濃い色が多い。
で、ほぼ全員その瞳をキラキラと輝かせてこちらを見ている。
子どもの姿は見えないけれど、まるで子どもの様に。
うーん、他国の王族の来訪とかが一大イベントなのは解る。
なので、ちょっと手を振ってみた。
「キャアアア!!!」
「へ?」
なんだか目が合った女性からとんでもない歓声が響いた。
そして、なんだか、どどっと外の気配が動いたのだ。
「今、お姫様が手を振って下さったわ!」
「本当か?」「俺も見た? 本当に子どもですっごく可愛いぜ!」
騒めく熱気が馬車の中まで伝わってくる感じ。
「姫様、軽はずみな行動はなさらないで下さいませ」
ふと、ミュールズさんに怒られた。
「外に向けて手を振るのも軽はずみ?」
「ここから城まで、ずっと手を振り続けていられるのならいいですが、私はやって貰った。
私はやって貰っていないという不公平に繋がりかねませんよ」
やるなら最後まで、やらないなら最初からか。
解らなくも無い。
なら、まあアルケディウスを思えば、王城までそう遠くは無いでしょ。
私はにこやかな笑顔で外に向けて手を振り続けた。
向こうの世界で、私だって天皇陛下の行幸を見たのは一度きりだったけれども、こうして転生しても忘れられない思い出になってる。
私みたいのでも、誰かにとってそんな特別な思い出になればいいと思う。
妙な熱気の宿った下町を、体感一刻もないくらいで通り抜けた私達は、アルケディウスで言う所の市民区画を抜けて、貴族区画に入った。
この辺の構造はあんまり変わらないのかもしれない。
貴族区画にはやはり大小の家が並んでいる。
街と違って一戸建てが多いのは貴族、大貴族の館であるからだろう。
どの家も大きな庭があって華やかな花が咲き誇っている。
アルケディウスはまだ春だけど、もうこちらは夏に入っているという感じ。
華やかな蘭、ブーゲンビリア、ハイビスカス。
南国の花々に加え、ロッサも美しい。心なしかこっちの方が色鮮やかな気がする。
やがて貴族区画を抜けると一際広い庭に出た。
眩しいような色彩の花々が、前にも増して美しく咲き誇っている。
「うわー、綺麗」
国王の庭園なのだから当然かもしれないけれど、見渡す限りの広い庭は完璧に手入れされていて、雑草など欠片も無い。
南国の色鮮やかな花が咲き乱れ、ヤシの木が揺れる。
その奥に聳え立つ宮殿に私は息を呑んだ。
魔王城、アルケディウス、そして私が見る三つ目のお城はまた完全にベクトルが違う。
ハワイの王宮…は私は見たことないけれど。
この華やかさはアレだ。
インドのマハラジャの宮殿。
でも極彩色って感じでは無くて、白地に黄色で装飾が描かれた外観は華やかでもどこか落ち着いた印象さえ感じさせる。
基本は横に広がる平屋風のイメージだけど、両側には尖塔が聳えてバランスがいい。しかも、その尖塔のてっぺんにだけ、丸い赤い屋根がついているのがとても可愛らしいのだ。生意気な言い草だけど。
私の貧弱なイメージで言うとインドとヨーロッパ風建築を品よく混ぜた感じ。
とにかく極彩色! ど派手! って感じじゃないのが凄く好印象だった。
やっぱりその辺、戦士の国だからだろうか。
華やかな庭園の一角にはかなり広い、何もない空間が広がっていた。
バランスが今一つ悪い気がするけれども、芝生さえ貼られていない踏み固められた土は、ここが閲兵や戦闘訓練の為の空間なのだと知らせてくれる。
多分、正門の上のバルコニーのようなところから、新年のアルケディウスのような参賀や閲兵を王族の方が行うのだろう。
私がそんなこんなで豪華絢爛なお城に見惚れているうちに、城の玄関に辿り着く。
ゆっくりと馬車が止まり、外から扉が開かれるとリオンはスッと横に退き、やってきた大人に場を譲る。プラーミァの第一王子 グランダルフィ様だ。
「どうぞ、姫君。
プラーミァの王城です。アイトリア宮殿と呼ばれております」
王子にエスコートされて、馬車から降りると本当に、正面玄関直前に着けてくれたことが分かった。
「美しいお城ですね」
素直な感想を述べると、王子が照れくさそうな笑みで応えてくれる。
「ありがとうございます。不老不死時代になってから何度か改築が行われました。
国の事業として民を雇う必要がありましたから」
なるほど。
豪華絢爛なお城って、王族の権威誇示ばっかりの意味合いでもないんだ。
民が王城の建築に関わる事で親しみも沸くし、雇用も発生する。
エジプトのピラミッドとかもそういう意味合いがあったっていうしね。
小さな階段を上がり、屋根のついた吹き抜けの廊下を少し歩くと大きな黒塗りの扉が待っていた。みっちり施された彫刻に見とれる間もなく開かれた扉の先は
「うわあっ!」
金と、赤と、白と青。
眩しいまでに美しい、大広間だった。
そして目を見開く。
外観からは想像もつかない、高い天井と南国そのもの鮮やかな色合いの空間の中で。
「来たな。待っていたぞ。リュゼ・フィーヤ」
まったく色あせずに光り輝く、国王陛下が立っていた。
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