【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 頑張るお姫様

公開日時: 2022年2月10日(木) 08:03
文字数:5,780

 星の二月も半ばを過ぎた。

 ティラトリーツェ様の双子の赤ちゃんの発育も順調で元気に育っていると思う。

 ふんわり、ふっくらした赤ちゃんらしい体形になって、日に日に可愛くなってきている。


 目も開いて、追視というか目の前にあるものを追いかけるように首を動かすようになった。

 うっとりとフォル君をあやしていると黒い、黒曜石のような瞳が私を見つめてくれている。

 お父さんと同じ色だ。

 双子でも二卵性のせいか色はぱっきりと二人分かれている。

 レヴィ―ナちゃんの瞳は薄い水色。お母さんの、湖水の水面のような色合いとそっくりな澄んだ目をしている。 


「男の子と女の子がそれぞれお父さんとお母さんに似たんですね~、きっと。

 あー、ホントに可愛い~~」


 浸るような私の吐息におむつを交換していたコリーヌさんが頷いてくれる。


「ええ。レヴィ―ナ様は本当に、赤子の頃のティラトリーツェ様に瓜二つです。

 フォルトフィーグ様も幼い頃のベフェルティルング様の面影がありますし。

 プラーミァのお血筋なのだなあと改めて思いますよ」


 双子ちゃんはアルケディウスの皇族だけれど、アルケディウス王とプラーミァ王女の子であるライオット皇子と、プラーミァ王女のティラトリーツェ様のお子だからプラーミァ王族の血の方が濃いからそうなのかもしれない。

 ちなみに個人差はあるけど、アルケディウスは北国のせいか、金髪、銀髪系の少し色素が薄い髪や瞳になる人が多いという。

 プラーミァは太陽の光を色素で遮る、訳でもないだろうけれど、茶髪、赤毛、黒毛が多いそうな。

 各国もあっちの世界みたいにカラーバリエーションがありそうだ。



「こら、マリカ。

 また貴女は直ぐにそうやって逃避する。

 貴女の準備なのですから、逃げずにちゃんと自分で選びなさい」


 ピシッと、打つような声に、緩み切っていた背中が打たれ、伸びた。

 恐る恐る振り返った先にはテーブルやあちこち、部屋中に並べられた布や服。

 どれも明るい色合いで、ひらひらで刺繍とか凄くって。眩しくて目が潰れそうだ。

 これを私が着るとか、ちょっと考えられない。


「えっと…お母様に、お任せします。

 私にはちょっとよく解りません」

 

 カラーバリエーションとか、日常服の色合せとかならともかく、正装礼装のコーディネートなんてよく解らない。

 ましてや異世界の服なんて。


「だから、自分で覚えて、考えて選びなさいと、言っているのです!

 貴方のこれからの事なのですよ!」

「はいっ!! コリーヌさん、フォル君お願いします」


 私はくすくすと笑い声を隠しもしないコリーヌさんに、だっこしていたフォル君を返して、ティラトリーツェ様の元に戻って行った。

 やっぱり逃げられないか。

 覚悟を決めて、着せ替え人形に徹しよう。





 星の二月が半ばを過ぎた、ということは新年まで後二週間足らず、ということだ。

 去年までは魔王城で暮らしていて、新年のお祝いなんて細やかなパーティくらいしかしていなかったけれど、やっぱりこちらでも新年は一年に一度のお祭り騒ぎらしい。

 まず、王族が家族で集まって挨拶。

 その後、バルコニーに出て参賀。

 この日は一般市民も貴族区画に入って城の前に立つことが許される。

 そしてその足で、大聖都に旅立つ国王を見送り、後は家族や気の合う仲間と共に新年を祝うという話。


 初めてのアルケディウスの新年。

 楽しみにしていたのだけれど、私は今年は皇王陛下、皇王妃様と一緒に大聖都への参拝に同行する事になる。


 旅には支度が必要。

 ましてやそれが王族で、他国の王族に会ったり、この世界の最高位の存在『神』に拝する旅なら、恥ずかしい恰好はできない、と。

 ティラトリーツェ様はそれはもう、こっちが引くくらいの気合の入れようで準備に勤しんでくれている。

 今日はその衣装合わせだ。

 応接室にシュライフェ商会のプリーツィエ様が大量の布や服、アクセサリーや日常小物を針子の女性達と持ち込んでいる。

 こちらの参加者は私と、私の侍女のセリーナ。セリーナ一人では大変だろうとティラトリーツェ様が付けて下さったミーティラ様。

 双子ちゃんの面倒を見るのにコリーヌさんも同席している。

 双子ちゃんをゆりかご代わりの籠に入れて、側に置いている当たり、ティラトリーツェ様も今日は本腰を入れて準備に取り組むおつもりのようだ。



 アルケディウスから国境までの馬車で三日~四日。

 国境から大聖都中央の大神殿までほぼ二日。

 確かに今までで一番長い旅にはなるだろうけれど、そんなに大事には思っていなかったのだ。

 でも、王国の国王の旅行、となれば着替えなどの荷物だけでも馬車一台分になる。

 お付きの人もたくさん。

 加えて今回はアルケディウスの『新しい食』を中心に産業のお披露目をするというのでその為の品物も山盛り準備されている。


 アルケディウス内はともかく、大聖都の中ではフェイの転移術も使えない。

 物理的な意味ではなく、許可的な意味合いで。

 他国でも転移術は問題なく使える。

 でも、それは国境を不審人物があっさり超えて来れるということだ。

 他国が良い顔をするわけはない。


「他国を不要に警戒させる必要はない。

 フェイの転移術については他言無用。参詣の旅の間の使用は原則禁止する」


 とのことだから、食材も全部持って行くとなれば相当な量になる。


「私の荷物なんか、少なくて良くありません?」


 そう気を遣って言ってみたのだけれど


「ありません。

 一から必要なものを全て揃えなくてはならない貴女の準備が一番大変なのですよ!」


 逆に怒られた。 

 なのでもう、全てお任せする事にしている。



「今回は私も皇子も付いていけませんからね。

 この子が何かしでかさないか本当に心配。ミーティラ。この子の監視をしっかりとお願いね」

「かしこまりました。厳重に見張っています」

「監視とか、見張るってなんですか? 人聞きの悪い~」


 一応反論してみるけれど、私の行動に関してのお二人の評価は地を這う低空飛行だ。


「今までの自分の行動を顧みる事です。

 人のいう事を聞かず暴走したり、軽い気持ちでポロリとした言葉や行動が騒ぎの元になったことが何度あります?」

「ベフェルティルング様はチョコレートの件で貴女を本気で欲しがっているでしょうし、他国も五百年ぶりの新しい風に興味を示し始めている筈です。

 五百歳年上の皇子の妻に、など言われて他国に連れていかれてもいいのですか?」

「え゛? まさかそんなのアリなんですか?」


 料理人として注目されたりということはあるとしても、まさかいきなり『妻』だの『嫁』だのいう話になるとは思わなかった。

 けれど、あたりまえでしょう。というようにティラトリーツェ様は呆れたような息を吐く。


「他国の王族を自国に連れて行きたいと思えばそれが一番でしょう?

 不老不死以前は生まれてすぐ婚約、十代で前半で結婚など珍しい話もでもありませんでした」

「ここだけの話ですが、王はマリカ様が皇子の隠し子、皇女と知らされて心底悔しがっておられましたよ。

 無理にでも連れて帰れば良かったと。今は王子の第二妃に招けないかと本気でお考えのようです」

 

 コリーヌ様のダメ押しに、キュウと喉を締められた気になった。

 マジか。

 兄王様が本気で嫁に来いと押してくる様子を考えると怖さしかない。


「兄上の子グランダルフィはまあ、賢い子ではありますから、縁として考えれば悪くありませんが…。

 ここ数百年、新しく王族皇族に子どもが生まれた事実はありませんから、各国一番若い王族でも其方から見れば、全員既婚者の『五百歳』年上ですよ。

 良いのですか?」

「すみません。イヤです。気を付けます」 


 背中にぞわりときた。

 そっか、私のような子どもでも皇女になれば、この世界の人には結婚対象になるんだ。

 思い返せば、あのなめくじ男もそうだったっけ。


 グランダルフィ王子は不老不死発生の直前に生まれて、その後不老不死になった人物。

 外見年齢は二十歳前の、双子ちゃんが生まれるまでは一番若い王族だったそうだ。

 兄王様そっくりの外見と性格というけれど、その王子の人格その他がどうこうではなく、結婚そのものがまだ考えられない。

 っていうか考えたくない。


 …リオンがいるのに。



「まあ、今回は新年の『国王会議』です。国王とその妃以外は一組以外同行は許されませんが、貴女の身を狙う存在は増える事でしょう。

 十分に注意なさい。

 特に既成事実を作って貴女を手に入れようという輩には。

 そんな連中の所に嫁いではいいことはありません」

「はい」 


 でも、こうして話すティラトリーツェ様達も、皇子も、皇王陛下も頭では500歳年上だと解っているけれど実際には見かけ通りの精神年齢だと思える。

 不老不死で何百年過ごしても、みんな老成したり達観したりしている訳でもないようだ。

 わたしなんか500年も変わらない生活をしていたら、気が狂いそうなものなんだけど、精神や考え方も固定されることで、かえって守られてるのだろうか。

 とはいえ、ホント気を付けよう。



「とりあえず、お披露目の時のドレスはこれでいいわね。少し地味のような気もするけれど…」

「いえいえ、これで十分です。凄いです」


 色々話をしながら、衣装の確認をして会議当日やお披露目の衣装を決めた。

 新年の参賀と会議初日の参拝とお披露目の衣装は、特に華やかで向こうの世界では平凡な一般市民だった私にとっては本当にもう眩しくて目が眩む。

 金糸、銀糸で見事な刺繍が施されたサラファン。

 ベースの色は私の必死のお願いで青にして頂いたけれど、その青がまた凄い。

 青空を染め抜いたような、あるいはサファイアを布にしたような深みのある青なのだ。


「綺麗な青色ですね…」

「カレドナイトをご存知ですか? とても蒼く美しい鉱石なのですが、それをラピスという石を砕いて作った染料に少し混ぜると発色が良くなってこのような見事な蒼になるのです」


 すっかり私の専属となったプリーツィエ様が手に持ったヴェールを整えながら教えてくれるけれど、


「ラピスにカレドナイト?」


 私は頬がひくつき、思わず叫んでいた。

 ラピスってあれでしょ。多分、向こうの世界と同じラピスラズリ。

 最近は半貴石扱いになってるけれど、古代は深い青色に星を写し取ったような金の色合いが最高級の宝石として古代の王様にも珍重された宝物。

 それにカレドナイトを混ぜた?

 最上級の魔王城のカレドナイト鉱山でだって10kgの鉱石から10gも採れなくて集めるのが超大変な石を染料に?

 …頭痛い。

 

 トーク帽とそこから流れるヴェールも蒼。

 本当に見惚れてしまう。


 金に縁取られたアクセントのラインには金糸で細かな刺繍が施されて派手すぎず、でもしっかりと存在感を出している。

 今までの衣装の中でも一番上品で、豪華でそして美しかった。

 わたしが着るのがもったいないくらいだ。


「ご覧下さいませ。皆様方。とても良くお似合いですわ。

 春を運ぶ精霊のよう」


 私の髪を梳き、トーク帽とヴェールを整え終ると私をプリーツィエ様はティラトリーツェ様、ミーティラ様、コリーヌさんの方へと押しやる。


「ええ、なかなか良いですね。これなら各国王や神の前に立っても恥ずかしくはないでしょう。

 マリカにもとても良く似合っています」

「後五年したら、本当にグランダルフィ王子のお嫁さんに欲しい程ですね」

「母さんは、もう…」


 

 ほめ過ぎ、持ち上げ過ぎだと思う。だって私だし。


 ミーティラ様は冗談半分、マジ半分という顔で見るプラーミァ女官長にため息をつきながら、横に控え、今まで口をつぐんでいたセリーナに声をかけた。


「服の着付けは覚えましたか? 旅行中は侍女の数がぐっと減ります。

 大変でしょうが、衣装の種類、その他を覚え、できるなら控えて被らないようにするのですよ。

 重要な謁見が同日にいくつもある時には、相手に合わせて衣服を変えること」

「…は、はい」


 ずっとこの場にいながら私の唯一の侍女扱いであるセリーナが一言も声を発しなかったのは、上位身分の者からでないと話しかけられないしきたり半分、残りの半分はいっぱいいっぱいだったのだということは解っている。

 真っ青な顔で、必死に話を聞いている。

 この世界ではメモを取る事も出来ないから、必死に頭に書き留めて。


「ごめんね。セリーナ」

「いいえ。見込んで頂いているのに応えられない自分がもどかしいだけです。

 頑張りますので、どうぞお見捨てなく…」


 深くお辞儀をする様子は優雅で、本当に必死でやってくれているのだな。と解る。


 最下層に近い場所で育ち、やっと解放されてのびのび暮らしていけると思ったら、貴族。

 しかも一足飛びで皇族の侍女に召し抱えられる事になったのだ。


 今までとは全く違う世界で、周りは全部貴族や準貴族。


 しかも覚えなくてはならないことがたくさんあるのに相手は王族や貴族で失敗は許されない。

 心労はとんでもないものだろう。

 今回はミーティラ様が指導をしてくれているし、筋は良いと褒められているけれど、でも私が身の回りのことを任せられるのはセリーナしかいない。

 頑張ってほしい。


「とにかく、気を引き締めなさい。

 デビュー、初対面、第一印象というのはとても大事です。

 その人物の評価、認識の多くは第一印象に大きく左右されるのですから。ゆめゆめ油断をする事の無いように」

「解りました」



 明日は皇王陛下と皇王妃様のお茶会という名の会議の打ちあわせ。

 明後日は貴族区画に出す店についての準備。

 その次はザーフトラク様と会議の時に出す食事のメニューの検討。

 それが終わったら、ガルフの店で食材の発注と確認がある。

 安息日にも、フェイに転移門を作る為のカレドナイトを用意してくれと頼まれている。


 多分会議が終わるまではゆっくりすることはできなさそうだ。

 自分が選んだことだから、しょうがないけど。

 セリーナに頑張らせる以上、私はもっと頑張らないといけない。

 うん、頑張らないと。


 肩に力が入った私を見てティラトリーツェ様が息を吐く。


「仕方ありませんね。仕事が終わってから、家に寄りなさい。

 …この子達と遊ぶ事を許しますから」

「ありがとうございます。ティラトリーツェ様!!」

「こら! 礼服で暴れないで! しわになるでしょう? 脱いでから!

 まったく、黙っていれば姫に見えるのに、少し気を抜くとこうなのですから…」


 だって、いくら取り繕おうと私は子どもが大好きなだけの保育士なんだもん。


 そうして双子ちゃんを唯一の癒しにして私は、年の瀬を駆け抜ける事になったのだ。

 師走、ならぬ子走、かな?


 お姉ちゃん、頑張るからね!

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