城下町がいつにない祭りの活気に溢れる火国 プラーミァ。
その王城、謁見の間にて
「やはり、其方が来ると騒動が起きる。
まったく、このような大祭の幕開けは前代未聞だ」
「私のせいじゃありません」
「解っている。怒っている訳でもない。原因は襲撃を未然に防げなかった我々にあるし、お前の舞と、『精霊神様』の降臨は不老不死の終わりを忘れさせる程で民衆はかつてなく大喜びの大盛り上がり。
大祭の成功は間違いないだろう」
玉座に腰を落としたプラーミァ国王ベフェルティルング様は、少し気だるげにそう息を吐いた。
ちょっとお疲れ気味?
「大丈夫ですか? 国王陛下? 『精霊神』様が降臨されたことでお疲れなんじゃ?」
「疲労感が凄いのと、節々が少し傷むだけだ。大事ない。
『精霊神』様にお身体をお貸しした負荷ではあろうが……」
「国王ともあろうものがそれくらいで音を上げるなど情けない」
「母上……」
ここにいるのは国王陛下が、さっきの儀式の情報共有と報告の為に集めた王族と国のトップのみ。だからだろうか?
国王陛下を諫める王太后様もちょっと容赦ない。
「『精霊神』様にお身体をお貸しするなど、望んでも得られぬ名誉ですよ。
賜った祝福にもっと胸を張りなさい。
おかげで大貴族達も静かになるでしょう?」
「解っておりますし、感謝もしております。ですが、それとこれとは別なのですよ。
お身体をお貸しして、よく解りました。『精霊神』様のお力は人の身に余る。
ことが起きるごとにマリカが気絶していた理由も解ります」
この辺、私にはなんとも言えないし、解らない感覚だけど『精霊神』様達は、
『精霊の力を本格的に使う為には、身体にそれなりの力が必要だ』
とおっしゃっていた。
能力者と呼ばれた初代の方達は、遺伝子レベルで身体がナノマシンウイルスに作り替えられていたというし。人間の身体で『神々』の力を使うにはそれなりの代償が必要になるのだろう。きっと。
以前、シュトルムスルフトでジャハール様がアマーリエ様に降りた時には、数日身動きできなかったし。
「まあ、国王が『精霊神』様が下された祝福に泣き言など言えぬのは道理。
『精霊神』様の降臨で、煩わしい問題も全て片付いた。やはり其方は国に幸運を運ぶ小精霊だな」
「煩わしい問題? どういうことですか?」
疲れた様子ながらも満足げな顔の兄王様。
プラーミァに何か問題でもあったのかな?
「不老不死後の格付けが、完全についたということです。
幸運を運ぶ小精霊」
「王妃様」
小首を傾げた私に兄王様の奥方。賢夫人と名高いオルファリア様が柔らかい笑みと共に説明して下さる。
「不老不死剥奪の時、貴方の死を望まない態度を示したものと、そうでない者との間に微妙な差というか、階梯が生まれました。
貴方達の死を望んだ者達は、そうでない者達に比べて引け目を感じることになったのです。プラーミァの場合は特にね。王族全てが、そうであったから『間違えた』者達は己の過ちを理解しながらも、不満を感じていたようね。
『神』に忠実であったことの何が悪いのか、と」
これは解らなくもない。
『神々』のマジシャンズセレクト。どんな選択を選ぼうと不老不死を剥奪される結果は同じ。
でも、それを知らない人々は、納得いかない気持ちになっても不思議はない。
「元々、陛下を若造と侮っていた古参の大貴族には特にその傾向が強かったかしら。
貴女の登場と後押しで、陛下が実績を上げる度になんやかんやと煩くて。
世代交代を理解せず地位にしがみ付く者達がね。
その者達は、陛下の落ち度を探して『若造の国王』とまた見下したかったのよ。
今回の訪問で『神々』の寵児である貴方の機嫌を取って、あわよくば取り込んでと狙っていたようですけれど、今回の『精霊神』様の降臨で、国王陛下の立場がもうどうしようもない程に固まったから、もう口出しはできないわ」
『精霊神』の加護を受けた若き王。
いかに過去の王様が偉大な方だったとしても、ここ数年で新技術を取り入れ国を富ませてきた数々の実績もあるし、人気もある。
その上で大神殿と『精霊神』という巨大な後ろ盾を得た王様が、不老不死の終わった世界で舵を取れば、プラーミァの世代交代も進むだろう。
今まで、上に頭を押さえつけられていた若い世代が、きっと台頭してくる。
「なるほど。でも、そういうことなら、陛下は私に彼らを紹介するとか、祝福してやれとか言って貸しを作れば良かったのではないですか?」
国に来た時の、あの意味深で絡みつくような貴族達の視線はそういうことなのだろう。
後ろ盾は欲しいけれど、王様に頭を下げるのは、という半端な人達。
もう王様はそんな人達の指示がなくてもやっていけるだろうけれど、敵にするよりは味方にしておいた方がきっと色々便利。
でも
「可愛い姪を、我が国の政治に巻き込みたくなかったのですよ。陛下は。
貴女には我が子よりも激甘ですから」
「オルファリア!」
くしゃくしゃと、髪をかきむしりながら顔を背ける国王陛下は多分、照れてる。
可愛いなあ、と失礼ながら思った。
孫もいる立派過ぎる大人だけど、外見年齢がお若いから北村真理香思考だと、同輩かちょっと年上くらいに思えちゃうんだよね。
「そっちは、もう良い。
それで? マリカを襲った連中の裏はとれたのか?」
国王陛下の促しに側に控えていたグランダルフィ王太子が応える。
もうすっかり、王様の右腕だね。
「はい。やはり、戦が中止されたことを不満に思う商人や戦士などが主であったようです。
姫君を狙撃した射手は腕自慢の狩人で、今度の戦に参加し、手柄を上げ騎士や王宮勤めを目指していたとのこと。
不老不死世が終わったことで、射手の評価が上がると期待していた。
『今年こそ、戦で正当な評価を得られると思ったのに!』と供述しており……」
「ふん、バカらしい」
犯人の言い分を国王陛下は一言で切って捨てる。
「矛盾している。
不老不死世が終わり、確かに今までと戦における戦士や軍の運用方法も変わってくる。
今まで低く見られていた弓兵なども今後は価値を上げるかもしれんが、マリカを射殺して、そいつが望む『正当な評価』とやらが得られると思うのか?」
「正しく、その通りでございます。
さらに姫君が亡くなれば今度は遊びでは無い、国同士の戦が起きるのは必至。
国の騒乱の中で新たなる英雄となるのを夢見たのかもしれませんが、所詮は大局を見られない外野のゴロツキでしかありません」
「今後の警備では、遠距離からの狙撃も視野に入れて兵を配置せよ。
同じ轍を二度と踏むことは許さぬ」
「はい。既に騎士団の上層部などには指導を開始しております」
「よし。それから、今回の実行犯については背後関係や裏の調査も怠らず、祭りの終了までに全て潰せ。大貴族の誰かが噛んでいる可能性もある。
この王都で『精霊神』の加護を受けた王族の命を狙った愚かさを、国中に思い知らせてやる」
「はっ!」
王太子だけでなく、周囲の兵士さん達も胸に手を当て、命令に服す。
国王陛下、相当に怒ってるんだなあ。怒りのオーラが見えるようだ。
「祭り中ですし、私は無事でしたからほどほどに……」
「そんな意見は聞かんぞ」
「ですが……」
「さっきも言ったが、王族の暗殺未遂は極刑だ。
不老不死世が終わって最初の死刑囚になるのもそ奴が名を残したかったのならむしろ本望だろう」
「……はい」
私が一応庇おうとしたら睨まれてしまった。
まあ、国王陛下が決めた国の犯罪者の裁きに私が口を出していい事では無い。
少し後味は悪いけど、信賞必罰は重要だ。
「話はこれまで。
マリカ。できればプラーミァの大祭を見せてやりたかったが、今回は諦めてくれ」
「承知しております。ただ、休む前に、精霊石にご挨拶することをお許しいただけますか?」
「許可する。先の様子からしてお前の来訪を待っておられるのだろうからな。
今日の借りの返済については後で考える」
「『精霊神』様にお会いしたら、私達が感謝していたとお伝えしてね。
リュゼ・フィーヤ」
「はい。必ず」
王太后様にお約束すると、私達は謁見の間を辞して、神殿に向かった。
舞衣装のままだけど、まあいいよね。
「俺は、外で待ってる」
「リオン」
精霊石の間に入ろうとした時、リオンが扉の外で足を止めた。
「水入らずの方がいいだろう? 俺がいるとできない話もありそうだ」
「……ゴメンね」
苦笑するリオンの考えは多分正しい。
父親の心境は私には解らないけれど、ラス様の言葉を信じるならかなりめんどくさそうだから。
そして、私は一人、精霊石の間に入り、巨大水晶の前に立つ。
薄紅色の水晶が、燃えるように輝いたと、同時
「わああっ!」
引っ張られた。
祈りを捧げるどころか、挨拶する間もなく私は、疑似クラウドの無重力空間に引き込まれ。
「やっとご挨拶できますね。お父さん」
耳まで顔を真っ赤にした、お父さんと顔を合わせたのだった。
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