【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 魔術師の師弟

公開日時: 2022年5月27日(金) 07:52
文字数:4,225

 プラーミァ滞在、第二週 火の日。

 厨房での指示とした準備を終え夜の宴席の為に、部屋に戻る帰り道、私はその光景とすれ違った。


「早くついて来い。ウォル!

 今日の宴席の為の準備は忙しいんだ」

「解りました。お師匠様!」


 大きな荷物を抱えながらも、『師匠』の後を付いて歩くウォル君。

 その様子は、どちらもどこか楽しそうで。

 私は兄王様の采配と、人の本質を見抜く王の眼を心から尊敬したのだった。




 それは数日前。

 花の香油作りの後。密室での相談。



「揉めるでしょうね。とてつもなく」

「ああ、クヴァールが簡単に自分の地位と杖を手放すわけがない」


 話を聞いた王家の方々は、新しい魔術師候補の存在に喜ぶより先に、大きなため息をついた。



 私が王家にお願いした児童保護のテストケースとして路地裏から発見され、王宮に引き取られたウォル少年。

 彼は、魔術師の才能を持つ子どもだった。

 フェイ曰く、魔術師の才能、というのは子どものもつ力の中でそれほど珍しいものではないのだとか。

 現に魔王城に集められた十四人の子どもの中に二人はいたし、本人が望めばヨハンなどは精霊術士にもなれたかもしれないという。

 

 ただ、世界全てを探しても200あるかないかの精霊石に出会えるか。

 そしてその精霊石に気に入られ、力を貸して貰えるかは大きく運に左右される。

 多くの子ども達は放置されそのまま命尽きるか、奴隷や下働きとしてこきつかわれ成人するまで使い潰されるかのどちらかになることが、哀しいけど多いのが今の世界の現状だ。


 幸運にも杖を手にし魔術師になれた子どもの中には自分が、特別な存在だと思い増長する者も少なからずいる。

 魔術師が高位の存在であることも相まって、その地位にしがみ付く者もいる。

 プラーミァの魔術師はその複合タイプで、絶対に後継者に杖を譲れ、と言っても譲らないだろう、と国王陛下は頭を抱えている。

 暴君兄王様にしては珍しい。



 魔術師、精霊の術士というのは国にとって貴重で、欠かす事の出来ない存在だ。

 光の魔術、風の魔術、大地の魔術、水の魔術、火の魔術。

 どれをとっても便利で人の為に役に立つ。

 一般市民は無いものと思って生活しているけれど、王宮など高い場所でほど、魔術師は重宝される。


 さらに戦いの場になれば、どんな強い戦士でも魔術師には一目を置く。

 自然の力を操る魔術師は、技術や能力では根本的に届かない場所にいるからだ。

 定例の戦では参加が禁止されるくらいには。

 尊重され、高い地位を与えられる『魔術師』

 期間限定ではあるけれど、子どもが、そして子ども上がりが成り上がれる数少ない場でもある。


 能力寿命で退く時も、普通に生活する分には十分な年金が与えられ、望むならそのまま王宮に仕えて働く事もできるそうだ。

 ただ、多くの場合彼、彼女らは王宮を退き隠遁生活に入るのだという。

 確かに今まで必須の能力者としてちやほやされていたのに、一から新しい仕事を覚えて働く、というのはなかなかに難しいだろう。

 心理的にも、能力的にも。


 だから、魔術師の交代と言うのはとてもデリケートで時間がかかる、難しい問題なのだ。

 完全に自分には能力が無くなったと魔術師が諦め、弟子を取り杖を譲り、その弟子が王宮に上がるまで十年近い間が空く時もあると聞いた。

 それを考えれば、すぐ目の前に新しい魔術師候補がいて、魔術師が杖を譲れば間を開けずに就任できる。

 というのはとてつもなく幸運な事例であると言えるかもしれない。

 けれど…。



「命令して杖を取り上げちゃうとか、できないんですか?」

「あれはあれで三十年近くを国の魔術師として働いてきた者だ。

 その功を無視するわけにはいかん」

「加えて大貴族や貴族にも顔が効きますからね。

 文官としての仕事もしてきているので、国の表裏の事情も知り尽くしています。

 理不尽に城から追い出されたとなれば反国王派の大貴族の所に駆け込んで嫌がらせに内情を暴露するなどされたら大事です」

 

 フェイと私は顔を見合わせる。

 私達は単純に、魔術師から杖を取り上げて、ウォル君に使わせて、と考えていたけれど思ったより複雑な背景や事情があって簡単にはいきそうにない。

 というか、後始末を考えてなかった。

 やっぱ、報告、連絡、相談 必須。

  

「ですが、もう杖は完全に彼の事を見限…力を無くしていますよ。

 多分、大きな術はもう使えなくなっているかと」

「何故解る?」

「それは、まあ…同じ術士ですので」


 実は杖から直接聞いたというか、杖の状態を直接見たというか。

 ソレルティア様の時とは違って、杖は彼のことをもう諦めている、というか力を貸すのを止めて眠りについている。

 今、彼にできるのは王宮の術具に精霊に呼びかけてスイッチを入れる事くらいだろうとフェイは言う。

 ココの実取りに術を使うのを嫌がったのも、実のところはもう術が使えなくなっているというのが大きいっぽいな。


「では、どうする? 術が使えなくなっている事を指摘して杖を奪う事も出来なくはないが騒動の元になる」

「できれば、クヴァールが自ら納得して杖を譲るようにして欲しいのですが…」

「クヴァールさん、というのはどういう生い立ちの方なのですか? 子ども上がりでいらっしゃるのは解るのですが…」


 その人物のウィークポイントなどが解かれば攻略しやすいかとも思ったのだけれども…。


「知らん。前魔術師の杖を持って王宮にやってくる以前の事を奴は何も語らないからな」


 あっさり、バッサリ。

 でも、子どもだったら多分、苦労してきたと思うし、最初っからプライドの高いどうしようもない人なら杖も選ばないと思うんだよね。


「貴族や良家の出では無いのは確かですね。

 城に来た当初は礼儀作法もおぼついていませんでしたから。

 ほぼ孤立無援の状態から、礼儀作法や魔術を身につけ、誰にも文句を言わせぬ実力を数年で身に着けた努力家です」

「そういう意味ではウォルと似ているかもしれん…。あれが王宮に入った時も同じくらいの歳だった」



 思い出すように語るお二人の声音は思いの外優しい。

 そっか。

 王様が微妙に魔術師さんに甘いと思ったら、子どもの頃から知っているからなんだ。

 最下層から頑張ってきた姿を知っているから、簡単には切り捨てられない。


「ふむ、ならいっそ、二人をぶつけて見るか…」

「え?」


 何か思いついたように、閃かせた王様の言葉に私だけじゃない。

 フェイも驚きに目を瞬かせる。


「皇王の魔術師よ」

「はい」

「そなたの配慮には感謝するが、プラーミァの魔術師については我が国の問題だ。

 一端、ウォルと提案は預からせて貰う」

「はい。解りました」


 フェイは従う様に頭を下げた。

 確かに、良かれと思ってした提案であっても、複雑な内部事情も知らないままに突っ走って、騒ぎになったら内政干渉と非難されても仕方がない。



「どうするおつもりですの? 陛下?」 

「荒療治だ。どちらにとってもな。

 まあ、上手くいかなければ皇王の魔術師が言う通り、杖を取り上げて新しい魔術師に与えれば良い。

 私に任せろ」


 そう言って王様はにやりと笑ったのでお手並み拝見させて頂く事にしたのだった。



 で、王様はウォル君をアルケディウスの使節団付きから、王宮魔術師クヴァールさんの側仕えにした。


「どういうことですか?

 私には側仕えは足りておりますが」

「側仕え、というよりもそれは弟子だ。次代の魔術師候補として其方が教育せよ」

「…それは、能力が低下してきた私に対しての嫌味ですか? とっとと杖を次代に譲り、引退せよ? と」

「そうではない。別に其方の杖を譲れとも言っていない。

 魔術師は何人いても困るものではないからな。其方の教育でそれが使い物になるようであれば別の精霊石を買い取り術士にする」


 諦めと皮肉をその茶色の瞳に宿して肩を竦めたクヴァールさんに王様ははっきりとそう言った。

 微かな驚きにクヴァールさんの眉根が上がる。

 そんなことができるのか、と言いたげだったけれども彼も、王様との付き合いはそれなりに長い。

 性格は熟知している筈だ。

 兄王様、やると言ったら大抵の事はやる。


「その子どもはほんの数日前まで、路地裏で盗みを働いていた者だ。

 魔術師の才ありと引き取ったが、知識、常識、技術その他全てが足りぬ。

 其方が教育し、少しはマシに使えるようにしてやるがいい。

 これは命令だ」

「…よろしくお願いします」


 反論も許さず、クヴァールさんに押し付けたので、私はウォル君が酷い目に合されないかちょっと心配だったのだけれど

 ウォル君曰く


「聞いてた程、悪い人じゃねえと思う。

 目いっぱいこき使うけどちゃんと、勉強も教えてくれるし、話も聞いてくれる。

 前の主よりよっぽどマシだ」


 前の主って相当だったんだなあと思うのだけれども、それなりに師として慕っているようだ。


『私の弟子となるのなら、自らの存在を卑下するな。安売りするな。

 自尊心を持て。見えぬ力を操る才を持つ我らは選ばれた存在なのだ。

 決して他者に見下される者ではない』


 彼はそう言ったという。

 自尊心の高さはともかく、それなりにウォル君を励ましているとも思える。

 自分の身の上話を聞いてくれたとか、彼がまだ僅かに使える精霊術でエターナルライトや、水場の維持など仕事をしていて、それを手伝ったとか、毎日の様子を目を輝かせて話してくれる。


「僕の方が色々な術が使えますけどね」


 フェイはちょっと拗ね気味だけれど、意外なまでに親身にウォル君の面倒を見てくれるクヴァールさんに


「まあ、精霊術士に根本からの悪人はいない、ということですか」


 少し考えを改めたようでもある。


 

 二人の様子を見て、ふと関係ないと言えば関係ないのだけれど


『父親は、生まれながらに父親になるのではない。

 子に触れ、父と呼ばれる事で父親になるのだ』


 そんな向こうで聞いた講演を思い出した。

 子どもと接する事が人を変える、と。

 まあ、理想論ばかりではない事も解っているけれど。

 我が子を虐待する親や、子どもを傷つける大人は哀しい事に向こうの世界に少なくなかったけれど。


 でも地位にしがみ付く、ということは地位を最初はもっていなかった、ということで、努力の果てにそれを掴んだ、ということ。

 つまり人には言えない悲しみや苦しみを知っている人なのだ、と思える。


 フェイじゃないけど根っからの悪人ではないのかもしれない。

 だからこそ、完全に見限られることなく、十年を過ごせているのかもしれない。

 ウォル君と共に暮らす事で、彼も変われるのかもしれない。


 このままいけば、穏やかに緩やかに互いを認め合い、杖の継承ができるかな。


 そうなればいいな、と思っていたのだけれど…。


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