「最初に確認したいのだが、ガイドライン、というのは何だ?」
話し始めて間もなく、会場からそんな声が上がった。
新規参入を図る商会の代表の一人。
私には名前は解らないけれど、多分、かなり実力はある方なのだろう。
ガルフと近い所に座っている。
「失礼しました。新しい言葉でしたでしょうか?
『ガイドライン』というのは営業規定、ととりあえずは御理解下さい。
ゲシュマック商会公認の飲食店が護るべき、約束事。『新しい食』の提供店を名乗るなら守ってほしい最低限のルールです」
「ゲシュマック商会、公認、と言ったか?
では、公認でない店もある、と」
「はい。食が広まればゲシュマック商会のレシピではなく、自分達独自で考えた方法で料理を提供する店も出るでしょう。
悪質で無い限りはそれを禁止するつもりはありません」
商店主達が顔を見合わせる。
ゲシュマック商会の許可が無ければ食品扱いや販売ができないと、思っていたのかもしれない。
「この国で商売を行う上で、商業者のギルド登録は必須であると聞きますし、破った者に対して強い罰則もあると伺っております。
商業ギルドで食品扱いを登録した上で、飲食を提供するのであれば最低限の手続きを踏んでいるとして、問題にはしない予定です」
実際、そういう店もあったらしい。
肉の串焼きを手作りして売ったお店。
ただ、やっぱり味が違う、となって同じ金額ならガルフの店に行く、と潰れたとか。
「ただし、公認店と、公認を受けていない店は厳密に区別いたします。
現在、皇国の麦と、各大領地からの食材の大半はゲシュマック商会を経由しております。
移動商人が持ち込む果物なども、買い取り価格と保存設備が段違いなので、その多くがゲシュマック商会に集まっている筈です。
公認店にはレシピ代や、契約料を頂く代わり素材を優先的して配分いたします。
公認店は今年度は五店舗、来年以降は材料の確保が出来次第増やしていく予定です」
「五店舗?」
「思ったより少ないな…」
商店主たちは騒めくけれど食を広めていくにあたり、問題となるのは常に材料、なのだ。
皇王家と、大貴族。
ガルフの直営店と今できている協力店の分を確保した上で、今の時点で増やせるのはそれくらいだ。
来年まで食材を切らさずに確保しなければならない。
まあ、移動商人や他領から持ち込まれるものもあると思う。
先の大祭で、小麦、果物など持ち込んだら買い取ると話はしておいた。
増える分には構わない。多くの人に喜んでもらえるから、
ただ計画が立たない今、まずは安定供給で食に関する信用を高めるのが最優先。
「公認店の契約金は一月金貨一枚 レシピも一つに付き金貨一枚頂く事になります。
実際にお店に見習いとして入り、指導を受けて覚えて頂く形です。
設備投資などは各店舗でお願いします」
「契約金だけで、毎月金貨一枚? レシピも一つだけでは商売が成り立たないだろうから最低でも二十は買わないとならないだろう?」
「そうですね。ですが皇王家にもレシピは同じ金額頂いているので、安売りはできません。
皇族も同じ料理を食べているのですから」
「う…」
少しでも値切ろうとしたのだろうけれど、皇王家の名前を出されて商店主は黙り込んだ。
「他にも公認店には定期的に抜き打ちで検査に行き、料理の質が『新しい食』の水準を保っているか確認させて頂きます。
勝手な水増し、手抜きなどが発覚した場合には公認店の許可を取り消すことも検討します」
他にも衛生管理に気を付ける事。
料理人はコックコートを身に付ける事、店内を清潔に保つ事。など飲食店として守ってほしい規定が公認店にはかけられる。
この時代からしてみれば多分、かなり厳しい。
でも中世ヨーロッパ風の場末の居酒屋や、宿屋の食堂を否定はしないけれど、ゲシュマック商会の公認店には安心して食事を楽しめる店であって欲しいから妥協はしない。
「正式な契約を交わした公認店には、毎日最低、直営店と同じ100食分の材料は確保します。
一週間前までに発注があった素材を、…代金は勿論頂きますが責任を持って届ける。
契約金はその保障代金と御理解下さい」
メニューは各店舗で自由にしていい。
ただし、在庫の確認をしないといけないので、一週間前までの申請とする。
「各店が独自に確保した素材などを使って料理を提供するのは構わないのか?」
「はい。構いません。ただ、質は『新しい食』に恥じないものであることを望みます」
販売価格も内容も、それぞれの店舗が決めて良い。
契約料を支払わなければならない分、多少は本店より高くしないと利益が出ないだろうから。
ただ、あんまり高くすれば本店と比べて客が入らなくなる。
店の作り方、販売方法も合せ、その辺は各店舗の腕の見せ所だろう。
「契約店には、契約店を証明するモノとしてこの紋章を店に掲げて貰います。
偽造できないガルフのサイン、登録番号付きの紋章を掲げてある店は、安心して『新しい食』を楽しめる証となる、という形です』
羊皮紙に印刷ギルドで印刷して貰う予定の紋章は、ゲシュマック商会のマークとして新しく考えたもの。
精霊金貨の意匠をモチーフに、星と小麦をあしらった。
精霊金貨の精霊=妖精の貴人なので、気恥ずかしくはあるけれど。
あれは、私とは別人。
気にしない。
向こうの世界では、確実な味の保証のある店が組合を作り、同じマークを掲げるというのはよくある。
チェーン店とか、組合とか。
ナポリピッツアは同じ道化師のマークを掲げるお店は真のピッツアの店とされている。
イメージ的にはあんな感じだ。
「色々厳しい点も多いと思いますので、公認店を強制するつもりはありません。
先ほども申し上げました通り、独自ルートで食材を仕入れ、独自の食事を出すことも妨げません。
勿論、商業ギルドへの飲食登録必須ですが。
ゲシュマック商会の目的は、世界に忘れられていた食を取り戻し、それによって雇用を拡大し、皇国を豊かにすることですから、ぜひ商店主様達には食の可能性をご理解頂き、それぞれの納得いく形で御参入頂ければ幸いです」
ひとまず概要の説明を終えて、私はガルフの後ろに下がる。
それぞれの店主達が真剣な思案を始めているのが見て取れた。
思ったより厳しい公認店の規定。初期投資、契約金。
それらを飲み込んで公認店になるか。
公認店ではなく独自ルートで食料品を商っていくか。
まあ、自らの手腕に自信があるなら、独自ルートで頑張って貰ってもいいと思う。
…多分、長く続ければ続ける程に新しいレシピや素材の差が出てくると思うけど。
「ガルフ」
「なんだ?」
頭の中で必死に計算をしているであろう商店主達を横目に、ギルド長がガルフに声をかける。
あまり大きな声では無い。
今回は食料品扱いトップのゲシュマック商会が主題を提供する会議なので、上座にいる議長と隣に位置するガルフ。
潜めている訳ではないけれど、そのくらいだから聞こえた程度の声、だ。
「貴様の店では、店員にどういう教育をしているんだ?」
刺す様に鋭いギルド長の視線は私を見ている。
ビクンと、私は肩を震わせた。
蛇に睨まれたカエルの気分。
「どういう意味だ? うちの店員の説明に何か粗相でもあったというのか?」
ガルフが私を庇う様にギルド長を睨み返す。
え? 私? 何か、私の説明に問題があった?
ガルフと打ち合わせて確認したこと以外、今回は余計なことはしてないし、言ってない筈!
縋るように私は横に立つリードさんを見る。
リードさんもギルド長を睨んでいるけれど、ぽん、と背中に触れた手は優しくて、どうやら大丈夫と言ってくれているのだろう。
「違う。今の説明といい、態度といい、それは普通の子どもではないだろう? と言ってるんだ」
どうやら、ミスがあった訳では無いようだ。少しホッとする。
まあ、私自身に目を付けられるのは怖いけれども、想定の範囲内だし。
「見ての通り、普通の子どもだ。
子どもだろうとちゃんと教育を受けて、才能を伸ばせば十分に仕事ができる。
それだけの話だ」
「ちゃんとした教育というのは一体なんだ? と聞いている。
今年の騎士試験の優勝者といい、噂に高い五百年ぶりの皇王の魔術師といい、そして、その娘といい、ゲシュマック商会の育てた子どもがアルケディウスを掻きまわしていると今、貴族の間でも評判なのだぞ」
ガルフは庇ってくれるけれど、ギルド長は誤魔化されてはくれない。
ギルド長の指揮するガルナシア商会は、第一、第二皇子、皇子妃に加え皇王陛下、皇王妃様のお抱えでもある。
当然貴族社会の噂は一番に流れてくるのだろう。
…怖いなあ。
他の商店主達が、食料品扱いについての損得を考えている中、ギルド長はそこから別次元でゲシュマック商会の躍進の理由を考えているんだ。
そしてそれは、店で働く私達の教育にある、と。
当たらずしも遠からず、なところがもっと怖い。
「それで? あんたはどうするんだ?
食料品扱いに加わるのか、加わらないのか?」
私達から話題を反らそうとガルフが首をしゃくる。
帰ってきた返事は予想の斜め上のものだった。
「加わるに決まっている。ほら…」
「「「え?」」」
呆然とする私達の前にすい、と投げ出されるように渡された書面は正式な契約文書で、ガルナシア商会がゲシュマック商会の公認店となる。
全ての規定を守る旨が記されている。
しかも
「ちょっと待て、二店舗分?
今回の枠は五店舗だぞ」
「ああ、うち二つは貰う。もし他の店が決心がつかないのなら残り三店舗分も貰ってやっていいがな」
ガルフの悲鳴じみた声を聞きつけて、悩んでいたであろう店主たちの顔が青ざめる。
ギルド長に貴重な公認店の枠を二つも先取られた、と知って明らかに目の色が変わっていた。
でも、ちょっと待って、この契約書、今の雑談中に作ったの?
さっきまで側に控えていた使用人さんが見えないから、彼が素案を作ってギルド長がサインしただけかもしれないけれど。
「ガルナシア商会に新設する食料品部門と、もう一店舗。儂の娘婿が最近立ち上げたばかりのエスファード商会。
その両方が公認店に加わる。エスファード商会は食料品専門で商わせる予定だ」
決断、早っ!
ギルド長だけに今日の会合も内容についても事前に知っていたからある程度心づもりはできていたのだろうけれど。
「貴様の傘下に入るのは癪だが、国が後押しする新事業。
『新しい食』の情報は今後を考えれば是が非でも欲しい。
契約金も、その他も些細な投資だ。
服や装飾品と違って、食べれば無くなる消耗品が生み出す利益は継続的。
シュライフェ商会が最近、美容品で大きな躍進を遂げている。
それに対抗するには『食』しかあるまい。それに…」
ギロリ!
音がするほどに鋭い視線が私をまた貫く。
「シュライフェ商会の美容品や、新商品にもその娘が関わっているという噂を耳にした。
さっき、料理人に着せると言ったコックコートとやらも、シュライフェ商会で最近発表された既製服だろう?
『食』以外にも、その娘や貴様の店は叩けば色々、珍しいものが出てきそうだ。
出す分以上の元はしっかりと取ってやる」
利益を生み出すものを見逃さない、百戦錬磨、魔性の狸がニヤリと笑って見せる。
ガルフが、自分はとても及ばない、と顔を歪めていたのがよく解る。
叩けば、って何?
叩けばって!
「五店舗の枠が埋まり準備が整い次第、料理人をそちらに向かわせる。
店舗の使用人として使って貰って構わない。
それから食料品扱いの店の運営を学ぶ為に、別に見習いを入れる事も許可してくれるな?」
「…料理人と見習いにはこちらからの給料は出さない。承知の上だな?」
「無論だ。しっかり教育して、便利に使ってくれ」
やっば。
このおっさん、レシピ込みで、こっちの情報盗ませる気満々だ。
しかも店員教育とかのノウハウも?
本店の対応、本気で見直さないと。
そんな会話をしている間に、
ギルド長が介入すると決めたのなら。
ギルド長に先を越される訳にはいかない。
と決断の後押しをされたのだろう。
瞬く間に残り三店舗も枠が埋まってしまった。
「ほお、早かったな、残念だ。
だが良い面子が揃ったのではないか?」
本気で残念そうなギルド長。
でもリードさん曰く、かなりの老舗の大店揃いで契約相手としては文句のつけようのない相手だという。
比較的若めだったり、資金力の無い商会は悩んでいる間に枠を奪われてしまった感じだ。
悔しげな顔で臍を噛んでいる。
「アルケディウスきっての豪商と自負する我々が後押しすれば、食品部門も当面問題なく拡大できる。
後は大祭にやってくる移動商人達との交渉などで他国からの食材輸入などができるようになれば、ゲシュマック商会に一極集中している食材流通の負担も減らせるだろう」
つまりは利益を奪い取りたい、ということですね。
アルケディウスの大貴族領地からの収穫は、現在契約でゲシュマック商会に集中している。
その契約のスキを突くか、最初から契約の外にある、そしてまだ食材が重要視されていない他国から輸入するか。
既に公認店契約を決めた店主達は今後の計算に入っているようだ。
ガルフが魔性と称しただけあって、本当に怖い。
…頼もしくもあるけれど。
彼らは損をしないように、必死で食を広めてくれるだろう。
「さて、話もついたようだ。ガルフ。とっとと持ってきたアレを出したらどうだ?」
「! 何故知っている?」
突然向けられた矛先に、急所を貫かれたようにガルフが声を上げた。
実は、話の区切りを見て、出そうと用意していたことがあったのだ。
タイミングを計っていたのだけれど、完全に読まれ、先取られた形になる。
「剛腕の貴様が、商売のツボを理解していない訳はないからな。
実物があった方が説得力が高まる。
契約条件を厳しくして絞る分、懐に入れた連中への報酬はちゃんと用意していると見た。
持ち込んだあの大荷物はそれだろう?」
大溜息をついたガルフがリードさんに目をやる。
「…リード」
「解りました」
「私も手伝います」
控えの間に用意していたモノを取りに行く為に動いたリードさんを追う様に私も走り出す。
「ギルド長って怖いですね」
私達の『剛腕のガルフ』が手玉に取られている。
まるで子ども扱いだ。
「ええ、敵に回すと厄介な相手ですよ。
自分に利益を与える相手、であれば懐も深く、頼りにもなりますが…」
「なんとかエサをちらつさせて、敵に回さないようにしたいですね」
そんな話をしながら、手早く準備した私は荷物を運ぶ。
丁寧に溢さないように。
「お持ちしました。ガルフ様」
「ご苦労。では、改めて披露する。
この国を変える『新しい食』の一翼。この大祭で披露する予定の麦酒『ビール』だ」
リードさんと一緒に、おつまみ用に用意したガーリックラスクと一緒に木製のビールジョッキを店主達に渡していく。
まずはギルド長と、公認店舗の店主達。
それから、他の店主達へと。
「な、なんだ! これは!」
「酒精を感じる。これは…酒か?」
「大聖都の葡萄酒以外の酒が、この世にまだ残っていたのか?」
爽やかでキレの良いピルスナー。
本当はガラスのグラスで色も楽しんでほしい所だけれども、今回はちょっとそこまではできない。
これは、今回の契約を商業主達が渋るならその後押しに、逆に早々に決まったら、残った人たちに次への期待を高める為に。
商人達への食のプレゼンテーション。
その為に準備したものなのだ。
『新しい食』に手を出そうという以上、店の味は調べ済みだろうが、ビールはまだ店に出していないから飲んでいない筈。
「ふむ、噂には聞いていたが、これ程とは。
これを手に入れられるとなれば金貨など安いものだな」
ギルド長がジョッキから喉にビールを流し込む。
勝ち誇ったような顔と至福の表情のギルド長とは対照的に、公認権を手に入れられなかった店主達は本当に、心底悔しそうだ。
「無制限に流しはしないぞ。
酒造の生産量には制限がある。一カ月から二カ月で十樽程。
皇家や領主にも納めなければならないから、一度の納品で契約店舗に回せるのは一樽が限度だ」
「一樽であろうと確保できることが重要だ。買い取り価格は?」
「一樽金貨一枚と高額銀貨五枚、だな」
「そのくらいなら、一杯少額銀貨一枚で元が取れる」
「最初は金よりも繋ぎに使う方がいいかもしれないな」
お酒一杯一万円、は高い気はするけれど、まだまだ希少なビールだし向こうの世界でもそれくらいの値段のお酒はあったし、量産体制が整うまでは仕方ないかな。
ではなく。
ビールを飲み干し、気分が大きくなったのだろうか?
すっかり商談体制の契約店主達。
ビールについて、食について、打ち合わせを始める。
「秋の大祭まで残り二カ月。
店舗の準備と料理人の修行は、…ギリギリか」
「公認店もそれぞれ方向性を決めていた方がいいんじゃないか?
狙う客層が違うだろう?」
「レシピは何種類ある? 習得までの時間はどのくらいだ?」
一方で私達は質問攻め。
「一気に詰め寄るな。契約や食材の発注については俺とリードが説明する。
具体的なレシピや運用方法は、マリカ、頼む」
「解りました」
ガルフを手伝いながら、私も説明に加わった。
今回は機を逃した店主達も次回こそは、と目をギラつかせてガルフ達の話を聞いていた。
会議は一応終わって、公認店も決まったというのに誰も帰る気配はない。
質問に一生懸命応えながら、私は商売、というのは本当に怖い世界だなあと改めて思う。
…最初に、ガルフに出会えて…本当に良かった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!