【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 精霊の贈り物

公開日時: 2021年12月21日(火) 08:18
文字数:6,803

 ぬるぬると、ナメクジのような舌が口の中を這いまわる。

 逃げても逃げても絡めとられ、身動きのできない私の声にならない悲鳴は、生臭い唇に飲み込まれてしまう。

 口腔に滲む鉄の味。


 いやだ、イヤだ…嫌だ!!



 悲鳴と共に私は跳び起きた。

 …良かった。夢だった。



 いや、夢じゃないけれど。

 私は唇を手で擦りながら、込み上がって来る吐き気を必死で、飲み込んでいた。



 大祭明けの夜の日。

 安息日の朝。


「はい、皆にお土産よ」


 ティラトリーツェ様は、集まった子ども達を前にミーティラ様と抱えてやってきた大きな包みを広げて見せた。


「うわあ~~!」


 城の子ども達の目がビックリするくらいにキラキラ輝く。

 机の上に広げられたのは夢見るような色彩。

 魔王城では本当に見る事が難しい、色とりどりの布、そして服、だったからだ。


「前に約束した時はなんだかんだで忙しくて、持ってきそびれたので。

 あの頃より、少し増えましたよ」

「布はかさばる上にこの量、ですからね。重かったです」

「お疲れさまでした。ミーティラ様」


 私はコツコツと自分の肩を叩くミーティラ様に心からの思いでお礼を言った。


「布類は魔王城でどうしても手に入らないものなので助かります」

「これから冬になりますからね。あるにこしたことはないでしょう?」

「はい。大祭でちょっとだけ防寒具とかも買い足しましたけど、まだまだ足りないので」


 ティラトリーツェ様は、孤児院の子ども達のサイズを参考にジャックやリュウ達用の子ども服も用意して下さっていた。

 本当に、本当に手が回らない所だったので助かる。


「後はこれね。ティーナ。

 貴女と子にも必要でしょう?」

「私に、ですか?」


 そう言って差し出されたのはさらに、一回り小さい子供服と柔らかい子ども用の靴。

 それから、暖かいショールなどの類も。


「これから生まれてくる子への見本、と言って作らせているの。

 役にたちそうなら使ってちょうだい」

「なんというもったいないお言葉にお気遣い。

 私のような者にお声かけ下さる、それだけでも感謝の念に絶えませんのに…」

「自分を卑下してはいけません。貴女は不老不死世界に数少ない、愛をもって子を産み、育てている真実の『母』なのですから。

 私も、もう見ての通りですから、出産に纏わること、特に産前産後の注意点などを色々と教えて欲しいのだけれど」

「私などでお役に立つのなら喜んで」


 そんな会話も聞こえてくる。

 ティラトリーツェ様のお腹ももうかなり大きくなっていた。

 概算だけれども8カ月くらいだろうか。

 出産直前で色々不安なので一番出産の記憶が新しいティーナに話を聞きたい、と今日は魔王城に来ていらっしゃるのだ。


「ホントにいいの? 貰って。

 マリカ姉?」


 シュウが嬉しそうに自分の分にと割り振られた服を見つめている。

 今まで、私がギフトで作った服しか着せてなかったから、ちゃんと作られた服に目がキラキラだ。

 服とか、裁縫類もシュウは興味があるのかな?


「うん、ティラトリーツェ様からのプレゼントだから、お礼を言って大事にして。

 あ、あと、着替えてこようか? 皆のお洋服着ているところを見せてあげよう!」

「はーい」「わーい!」

「ちょっと、まって。ここじゃなくって隣のガルフの家で!」

「わかった~」「まっててねー」



 この場で服を脱ぎ始めそうだった子ども達を私は慌てて止めて隣の家を指さした。

 子ども達は頷いて三々五々、隣の家に走っていく。


 街に用意した来訪者の家は二軒。

 ここはティーナの為に用意した家。リグを出産した家でもある。

 分娩用に用意した台やベッドなどもまだ残っているので、ティーナはそれらをどう使ったかなど説明しながら出産の話をしているようだ。

 真剣な様子で話を聞くティラトリーツェ様。

 今は、多分、私はお邪魔。

 後で質問を受けたら答えよう。うん。


「私、子ども達の着替え、見て来ますね」


 くい、と口元を手で拭って私は隣の家に向かった。

 私の背中を、ティラトリーツェ様とミーティラ様が、心配そうな顔で見ていた事を気付くことも無く。



「どうですか? みんな、凄く可愛いでしょう?」


 新しい服に着替えて、照れくさそうな笑みを浮かべる子ども達を私は、ティラトリーツェ様達の前に示した。

 我ながらドヤ顔しているとは思う。

 服を用意して下さったのはティラトリーツェ様で、私が自慢する筋合いじゃないことはわかってるけど、凄く嬉しいんだもん。


「本当。とても良く似合っているわ」

「まるで美しく開いた花のよう。子どもという存在の美しさを実感しますね」

「皆さま、とてもステキですわ」


 サイズの合った冬用の服を着る子ども達の姿は、本当に見ていて愛らしい。

 シャツにズボン、上着にマフラー、帽子くらいだけれど、色合いも鮮やかでミーティラ様ではないが咲いた花のようだ。


「ティラ様、ステキなお洋服ありがとう!」

「とってもあったかいよ♪」

「喜んでもらえて嬉しいわ。大事にしてね」

「うん!」


 ティラトリーツェ様の足元に寄ったジャックとリュウが、なんだかもじもじしている。

 二人は、最初にティラトリーツェ様が島に来た時から一番なついているのだけれど………あ、そうか。


 多分、ティラトリーツェ様も気が付いて下さったのだろう。

 膝をついて視線を合わせて二人を見た。

 手を取り、そっとお腹に触れさせる。


「気遣ってくれてありがとう。

 そう、もうすぐ、この子も産まれてくるの」

「おとーと? いもーと?」

「まだ、解らないわ。暫くは島にも来れないかもしれないけれど、次に来るときは多分、この子と一緒。

 その時は、仲良くしてあげてね」

「うん! まってる」「あ、いま。とくん、ってした!」

「お兄ちゃん達に会えてうれしかったのかもしれないわね」


 そうして、ぎゅっと、二人を抱きしめて下さった。


 ジャックとリュウは最年少だけど、魔王城のなんだかんだで厳しい生活の中で過ごしているから、歳の割に聞き訳がいい。

 大好きな大人の女性。

 甘えたい、一緒に遊んでほしいけど、ティラトリーツェ様は別の子のお母さん。

 ティーナの時の事を知っているから、余計に言い出せなかったのだと思う。

 そんな二人の気持ちを読み取り、思いを受け止めて下さったティラトリーツェ様。

 生意気な言い草だけれども、『お母さん』になる為に一番大切な事がちゃんと解っていらっしゃると思う。


「大好きよ。春まで元気でいてね」

「うん」


『お母さん』の腕の中、二人は幸せそうに目を閉じて、その優しさに甘えていた。


 その後はもう今年最後になるだろう、魔王城の森での外遊びをみんなで楽しんだ。

 お昼ご飯はキノコたっぷりのクリームパスタ。

 今までは、毒キノコとか心配で食べられなかったのだけれども、今年はジョイがいるので、危険植物のより分けはできていると思う。

 しいたけや、なめこ、エノキ、そして超立派なマイタケ。

 あ、私はスーパーで売っている、白いのしか知らなかったけど、エノキってもやしみたいなもので、野生で育つと力の強い本当にキノコって感じがするのだとこっちに来て初めて知った。

 向こうでマンガで読んで知らなかったら、なんのキノコか多分解らなかった。

 で、新鮮キノコは超絶美味なのです。


「ほらほら、口元が真っ白。髭が生えていますよ」


 口元どころか顔中をクリームだらけにして夢中で食べるギルの口をミーティラ様が拭いている様子を見て、私はミーティラ様も、きっといいお母さんになるんだろうなあ。と思った。


 子どもを幸せにする為には、お母さんも幸せでなくてはならない、とは前々から思っていた事。

 お母さんが、子どもを産むことで不幸になった、と思ったら、子どもは幸せにはなれない。


 今度の法律で、子ども達自身は少し守られるようになった。

 これからは女性保護、母親保護も考えていけないかと思う。

 この世界、乱暴や、男性からの一方的な意志によって傷つき、子どもを宿す女性は多分かなり多いと思う。

 蘇った記憶に唇が悪夢を思い出し、私は強く指で擦った。


 知識も無く、愛も無い出産が、母親自身と子どもを不幸にする。

 孤児院を行き場の無い女性の駆け込み寺のようにできればとも思うんだけど。

 それは、これからの課題かな。


「マリカ」

「あ、はい。ミーティラ様」


 ぼんやりと考え事に耽っていた私は顔を覗き込み、右手を掴むミーティラ様に、声をかけられて初めて気が付いた。


「唇を擦り過ぎです。血が出ていますよ」

「え?」


 見れば、本当に指先に血が付いてる。

 …いつの間に。


「ほら、これで拭いて」


 ミーティラ様は真っ白で綺麗なハンカチを惜しげもなく水で濡らして、私に差し出して下さった。


「大丈夫です。ハンカチが汚れます」

「子どもが変な遠慮をしない。ハンカチなどまた買えばいいのです」


 私は首を横に振るけれど、ミーティラ様は気にせず私の口元をスッと拭ってしまった。



「っ…」


 水が唇に染みる。

 本当に随分と荒れていたようだ。


「気にするな、と言っても無理でしょうが、獣に噛まれたと思って忘れなさい。

 あんな男。其方が気にする価値もありません」


「! はい…」


 ミーティラ様に言われて、私は思い出した。

 自分が、逃げていたことを、思い出したのだ。


 そこから先のことは、正直よく覚えてない。

 笑顔でお二人を送り、子ども達を無事に城に戻して寝かしつけられていたのなら、いいのだけれど…。



 


 深夜、私は部屋を出て、二階のバルコニーから外を見ていた。

 今は、なんとなく眠りたくは無かったから。

 寝たら、またあの夢を見そうで怖かった。


 私のファーストキスは、最低最悪の男に奪われてしまった。


 ファーストキスはレモンの味、なんていう古い言葉を信じている訳では無かったけど。 

 私だって一応、転生前も後も性別女を自称している以上、初恋とか、ファーストキスというものに人並みの夢はもっていた。

 残念ながら、向こうでは恋愛するような余裕が、全く、もう、ホントにどうしようもなく無かったからその夢は、夢のままこちらに継続されてしまったのだけれど。

 まさか、初体験があんな、最低最悪のナメクジ味になるなんて…。


 思い出すだけで唇を取り外して投げ捨ててしまいたくなる。

 身体を奪われる可能性さえあったのだから、唇だけで済んだのは僥倖というべきなのだけれど、勿論そんなことは思えない。

 女の唇というのは、心に直結しているのだと思う。

 忘れろと、ミーティラ様には言われたけど、多分、無理だ。


 仕事や、他の事に夢中になっている時には忘れられるけど、ふとした時。

 例えば鏡を見る度、何かを食べる度、話をする度、唇が動く度にあの日の悪夢を思い出す。

 ぬるりとしたナメクジが口内を這い回る。

 本格的に思い出すともう、ダメだ、

 頭もまともに働かない。ドロドロと泥にまみれていく感じで動けなくなる。


「…もう、イヤだよ。誰か、助けて…」


 誰かの顔を思い浮かべて発したS0S、では無かった。

 ただ、本当に押しつぶされそうな苦しみにそんな吐息を溢した時。


「マリカ」

「リオン…」


 私を呼ぶ声に気付いた。振り返るその先にはリオンがいた。

 大祭後の後始末で忙しくて、今日も帰ってこないと言っていたのに。


 リオンは何も言わずに私に向かって歩いて来るとぼんやりしている、私の手首をぎゅっと握った。


「きゃっ」


 と、同時、身体が宙を舞う様にひらりと、リオンの胸元に寄せられる。

 逃がさない、という様に強く抱きすくめられて。

 逃げるつもりは無かったけれど、視線がリオンに固定されてしまう。


 額と額が触れた。

 それほど近い距離で、リオンの漆黒の双眸を覗きこめば、瞳の奥に映っているのは私だけだと、解る。

 逆に言えば私も、リオン以外のものは見えない。

 視線を惑う様に揺らめかせ、ながら、けれども強い意思で私を見つめるリオンの顔がすぐそこにあって、私の身体も、心も、目を離すことを許してくれないのだ。


「マリカ…」


 まだ高さが残る少年のソプラノが私の名を呼ぶ。


「口づけても…いいか?」

「えっ…」

「お前の、意思に沿わないことはしたくない。だから嫌なら断ってくれ」


 あくまで、私を気遣う優しい声。

 私を見つめるリオンの瞳は、今までに見たことも無いような色彩を放つ。

 不安と拒絶への恐怖が、露のような黒い瞳に宿って、いつも強い眼差しで私達を導く兄にして勇者の面影はどこにも感じられない。

 一人の少年がそこにいた。


「ダメだよ。リオン。

 この世界ではどうか解らないけど、キス…口づけは大事な人とするものでしょ」


 チクリ

 自分の発した言葉が、私の胸を刺す。

 奪われた、私の始めて。

 大切な誰かにあげたかった大事なものは、もうない。


「こっちだって同じだ。口づけは最大の信頼と愛の証。

 だからこそ、…俺は、お前とそうしたいんだ。

 お前は、マリカは…嫌なのか?」


 リオンの顔が私に近付く。

 手練手管も無い、真っ直ぐに真っ直ぐで純粋な思いが私の逃げ道を塞ぐ。

 そんな言い方はずるい。


 嫌な筈なんて、ないのだから…。


「嫌じゃないよ。

 でも、私、今、ぐちゃぐちゃなの…。大事なものを盗られて…苦しくて、誰かに縋りつきたくて…汚くて、ぬるぬるしてて…。

 …今、甘えたら綺麗なリオンを汚しちゃう…、だから…!」


 必死に背けた頬に触れた手が、くいと私の顔を引き戻したと同時、



「俺の始めてを…やる」

「ーーっ!」


 リオンは私の唇と、自分のそれを触れ合わせた。


 思わず、見開いた眼に映るリオンの瞳は閉じられて、行動の大胆さとは裏腹に静かだ。

 まるで、神聖な何かを贈る儀式のように神妙な空気を宿している。

 と同時、リオンの唇に触れた自分の唇が、不思議な熱を感じ始めた。

 背中を、ぞくぞくと何かが駈け上がっていく。

 不思議な感覚の正体は解らない。

 初めての時の、ただただ、気持ち悪いだけの悪寒ではない、何か違うモノだとそれだけは解る。


 触れられるだけ、重ねられるだけの優しい口づけ。

 けれど、注ぎ込まれた何かは、甘くまるで身体全体にしみとおるように、私の心と身体を痺れさせた。

 かくん、と崩れた膝がペタンと、地べたにつく。

 衝撃がないのは、リオンが支えてくれたからなのか、それとも一緒にリオンも膝をついたからなのかは解らない。


 私がリオンなのかリオンが私なのか、解らない位に意識が絡み合う。

 頭も身体も溶けてしまいそうなのに不思議な程に、全てがクリアになる。

 周囲の全て、星の全て、空気の全てが身体全体で感じられる。

 私を取り巻く、風の調べ、木々の囁き、月光の歌声まで聞こえてきそうだ。


 どのくらい、そうしていたのか?


「俺は、お前を守ると誓った」


 私が我に返ったのは触れていた筈の唇が静かに離れ、そう静かな決意を紡いだ時だった。

 呆然としていた私の前髪とリオンの前髪が交差する。 


「俺の全てはお前のものだ。お前が汚れるというのならその前に、俺が穢れる。

 だから…」


 そこで私は気付いた。

 リオンはきっと知ったのだ。

 私が誘拐された時、辱められた事。

 身体こそ守ったけれど、唇を奪われた事。

 だから…慰めに、ううん、助けに来てくれたのだ、と。


「………リオン」

「-!」


 リオンの唇に、今度は私が唇を重ねる。

 手をリオンの肩にくるりと回して、抱きしめるように。

 リオンの手が、一瞬、驚きに戦慄いた後、私の背中に回った。


 今度ははっきりと解る。

 重なる心臓の音。

 合わせられた唇から感じる、リオンの想いの味が。

 リオンを思う、私の味が。

 それは、本当に甘くて、どこかほんのり酸っぱいレモンのような爽やかさ。

 ずっと味わっていたくなる様な幸せで、優しい気持ちになれる…味だった。


「ありがとう。リオン」


 その味わいを十分に堪能した私は、手と唇を離しリオンを見つめる。

 大切で、大好きな、私の勇者。

 彼が、私に大切なファーストキスをくれるくらい、心からの信頼の証を贈ってくれるくらい、私を信じてくれるのなら、私も頑張ろうと思える。

 うん、ナメクジなんかにいつまでも想いを盗られてなんかいられない。



「うん、頼りにしてるから。これからも私を守って。私の騎士、私の精霊の獣アルフィリーガ

「ああ、二度とお前を邪悪に触れさせたりしない。

 必ず、絶対に、守ってやるから」


 立ち上がり、私の手を引いて立ち上がらせてくれたリオンが、三度目のキスを頬に落とす。

 ポッ、と急に顔が紅く燃え上がるような熱を帯びた。


 今まで、もっと凄い事をしてたのになんで?



「マリカ?」

「な、なんでもない。行こう! 明日から、また王都に戻れば忙しくなるし」

「そうだな。俺も、直ぐ向こうに戻らないといけないし…」

「ごめんね。忙しいのに心配して来てくれたんだ」

「気にするな。フェイもライオも、お前が無理してないかって気にしてたんだぞ」

「もう、大丈夫」


 熱い熱を宿す頬を両手で隠して、私はリオンと並んで歩いていく。


 口の中残されたのは甘く、酸っぱいリオンの想いとキスの味。

 ナメクジの生臭さは、もう綺麗さっぱり消え失せていた。


 本当に頭も冴えて、元気全開。

 明日から、また頑張ろう!  





『精霊 アルフィリーガ 第三封印、解除…。

 精霊 エルトリンデ 第四封印、解除…。


 例え、強制せずとも、お二人は星の望む道を進んでいくのですね。

 これも、宿命…でございましょうか』 



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