【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 披露目の舞踏会

公開日時: 2022年2月21日(月) 08:48
文字数:5,659

 大聖都に私達が到着したのは火の日の夕方の事であった。


 一日、日を空けた今日、空の日に、国王のみが参拝する神殿での儀式があって、その後、顔合わせの晩餐会と夜に随従者同伴の舞踏会が行われる。

 そして安息日を挟んだ翌日から国王会議が開会。期間は五日間。

 国王と腹心が参加する。

 と言っても不老不死世界でそんなに意見交換や話し合う事も例年は無い。

 こまごまとした社交や、昼餐、お茶会などで必要な相手と意見をすり合わせ、最終日風の日に簡単な今後の方針を話し合って閉幕。


 急ぎ戻れば翌週の木の日には国に辿り着く、という感じだろうか。


 国王会議でお披露目をする、と私は連れて来られたけれど、実際の所、私は成人していないので国王会議そのものには入れない。

 神殿への参拝も許可されない。こっちはむしろありがたいけれど。

 だから、メインは初日、今日、これからの舞踏会での披露。

 後はお茶会や昼餐の準備で『新しい食』を印象付けるのが仕事になる。

 個人的には大聖都の葡萄酒がどんな風に作られているか見学して見たかったりもするけれど、そんな時間は多分無いだろうなあ。



「姫様、こちらに手を通して下さいませ」「右手を少し上げて」

 なので私は、ミュールズさんに衣装の着付けを手伝って頂きながら、舞踏会の準備をしていた。

 今頃、皇王陛下と皇王妃様は大聖都が用意した晩餐会に参加している筈だ。


 ここは大聖都の首都 ルペア・カディナの中央宮。

 年に一度の国王会議の為に整えられた一画である。

 部屋数一〇室以上。

 応接室とか、キッチンももちろんある。

 ホテルのスイートルーム一階分くらいの広さがあるエリアがアルケディウス一国に割り当てられている。

 これと同じくらいの広さが、七国全部にあるのだとしたら、凄い広さだ。

 年に一度しか使わないなんてもったいないと思う庶民は多分、私の他にはいないのだろう。


「ティラトリーツェ様から、花の美容液と香料、シャンプーと口紅をお預かりしております。

 本当に素晴らしいお品ばかりですね。これも姫がお考えになられたとか?」

「はい、まあ、一応…」


 お風呂に入って、蜂蜜シャンプーで髪の毛を洗う。

 その後アーモンドのオイルにロッサのエッセンシャルオイルを混ぜたもので手足をマッサージして貰うと文句なしに気持ちいい。

 ふんわりと良いロッサの香りが漂うところに香りを程よく焚き染めた服を来て、口紅を付ければ自分で言うのもなんだけど、可愛いお姫様のできあがりだ。

 今日の服は新年のお披露目の時とは全く違う。

 民族衣装ではなく、ひざ丈のフォーマルドレス。

 白をベースに水色を薄くあしらった布をたっぷりと使ったシフォン風のスカート。

 それにふんわりとさせるパニエを重ね着る。

 上身頃は同じ色のインナーに、白い刺繍で編まれた薔薇のレースのトップスを重ね。ウエストは純白の見事なサテンリボン。

 まるでバレリーナか、発表会、もしくは結婚式の子どもドレスだ。


「アルケディウスでは、国の民族衣装を着るのが正装ですが、今回は舞踏会ということですので各国共通の流行ドレスをご用意させて頂きました」


 とは服を用意してくれたシュライフェ商会の談。

 私はごく普通の一般市民なのでこんないかにもお姫様~なドレスを着たのは初めてだ。

 舞踏会には舞踏会の、儀式には儀式の合わせた衣装があって、付けるアクセサリーにも意味がある。

 お貴族様はめんどくさい。


 で、その意味や準備を考えながら皇王妃様が派遣して下さった女官長、ミュールズさんは衣装を用意して下さっている。


「いいですか? 

 覚える自信がないのなら、一回ごとに衣装やアクセサリーを書き止め、ルペア・カディナ滞在中にドレスや服装が被らないようにすること。

 面会を求める王族の親しさや、関係性を考えて衣装を決めること」

 

 セリーナは随分厳しく指導を受けているようだった。


「ただ、仕事ができるだけ、では上級の女官とは言えません。高貴な方々にお仕えするのですからその魅力を十全に引き出し、目的達成のお力になるのが我々の務めです」



 正しく上級女官の鏡のような人だ。以前、皇王妃様が


「一通りできる。で、満足されてもらっては困る」

 

 と言っていた意味がこの人を見ているとよく解る。

 求められたことを言われた通りにするだけではなく、相手に必要になるであろうことを先読みして準備するセンスは本当に頼もしい。

 セリーナだけでなく、ミーティラ様も色々と思う所があるようで、真剣にミュールズさんの一挙手一投足を見つめている。


「そろそろ、用意はできたかしら? マリカ?」


 別室で先に準備を整え終えたらしい皇王妃様が声をかけて下さる。

 皇王妃様のドレスも民族衣装では無く、華やかなパーティドレスだ。


「はい。お待たせいたしました」

「あら、ステキ。参賀の時よりもまた一段と良くなったのではなくて?」

「ありがとうございます」


 着る人間は変わらないけれど、マッサージや衣服、髪の整え方などが良いとそういうこともあるのかもしれない。

 でも、甘く優しい「お祖母様」の空気はここまでだった。


「マリカ」


 キリリと『皇王妃様』に戻って私と顔を合わせるその表情には、鋭ささえも垣間見える。



「そろそろ皇王陛下がお戻りになるでしょう。

 今日の舞踏会が其方の一番の舞台であり、デビューとなります。

 会場中が其方を見ていると思いなさい。一瞬たりとも気を抜く事の無いように」

「はい」 


 ここからは戦場。

 剣も矢も飛び交うことも無いけれど、それ以上に厳しい戦いの場なのだ。


「戻った…。おお、また愛らしくできているな」


 そんな会話をしているうちに皇王陛下がお戻りになられた。

 背後にリオンとフェイを従えて。

 皇王陛下の来ているのは鳶色の上下に、金糸銀糸で豪奢な刺繍が施されたチュニック。

 濃紺のマントがいかにも王様という風情だ。

 控えるリオンは、黒をベースとしたシャツにズボン。濃紺のチュニックに短剣。

 ファンタジー世界の騎士そのもので、横でいかにも魔術師なローブを纏う魔術師フェイと正反対のようで見事な一対だ。

 見惚れてしまう。


 と、私を褒めて下さった皇王陛下だけれどなんだか、吐き出す息や仕草にお疲れが見える気がする。


「何かお有りになりましたか?」


 気遣う皇王妃様にいいや、と皇王陛下は首を横に振って見せた。


「いや、アルケディウスの料理『新しい食』を食べなれてしまったからな。古い料理が何も考えぬ不味いものだった、と改めて実感させられただけだ」

「今日の晩餐会の差配は大神殿でいらっしゃいますか?」


 これは、私の質問。

 私達に与えられた一画にもキッチンがあったから多少料理などは出せると思ったけれど『神』に仕える人たちも食事をすることはあるのだろうか?

「そうだ。大神殿は基本的に会議には口を出さぬが、会議や我らの動向には目を離してはくれぬ。

 宴席にも監視役として例の勇者の転生が顔を出していた」


 勇者の転生。

 その言葉に室内に中に緊張が走ったのが見えた。

 到着後、リオンが語ってくれた『ライオット皇子からの伝言』を思い出す。


『大聖都の勇者の転生 エリクスは偽物だ。

 しかも読心と思われる能力を有している。

 触られぬ分には感情の波を感じる程度だが、触れられると本人の記憶のかなり深いところまで読まれる可能性があるので注意するように』


 読ませない、という固い決意をもって接すれば読ませない事も可能だが、と皇子はおっしゃったらしいけど確実に読ませない自信がない以上、触れられる事の無いように気を付けた方がいい。

 大聖都が各国の様子や内情を探る為のスパイとして使ってくる可能性が高いから。


 アルケディウスは同行者全員が情報共有して警戒しているけれど、他の国はガバガバだろうなあ。

 と少し心配になる。

 プラーミァくらいは教えておいた方がいいかもしれない。と思ったけれど、その辺の判断は私では無く、皇王陛下がすることだろう。



「では、行くとしようか。

 リオン、頼んだぞ」

「はい。では、姫君…」

「宜しくお願いします。リオン」


 リオンに手を引かれ、私は皇王陛下と皇王妃様の後ろをゆっくりと歩いていく。

 ヒールのある革靴が床を叩く度に響く音が妙に大きく聞こえた。


「あんまり緊張するな。コケるぞ」

「うん、大丈夫」


 ワザと軽い言葉を使って緊張をほぐしてくれたリオンの優しさに感謝しながら、私は大きく深呼吸。

 背筋を伸ばした。


 大広間の扉の前に立つと、取次の侍従が声を上げる。


「アルケディウス皇王陛下、皇王妃様、マリカ様、御入場!」


 両開きの扉が押されるように開くと煌びやかな世界が、目もくらむような光と共に、私達の前に広がっていた。




 煌びやかな大広間はシャンデリアと、金と銀の輝きに溢れている。

 豪奢な建物は魔王城と、アルケディウスの王宮で慣れているつもりだったけれど、ここはそれらとはまた違うベクトルで美しい広間だった。

 純白の壁には白銀で、精巧を極めた彫刻が施された板が貼られている。

 大きな窓と、鏡がぐるりと大広間を取り囲み、煌めくシャンデリアの輝きを華やかに反射させているので、相当に広い室内だけれどさらに広く感じる。

 神殿と共通しているのは絵や神像などのシンボル的彫刻が殆どない事だ。

 華やかさや派手さがその点で薄いけれど、シンプルな中の荘厳さ、美しさが際立っている。

 

 一角には楽師たちが集まり、弦楽や笛で緩やかな古謡を奏でており、壁際に置かれたテーブルや椅子の周辺では何組かが寛ぐように人々が歓談している。

 と思ったのは、私達の入場の瞬間まで。

 扉が開くと同時に視線の全てが集まるのを感じた。

 正直、居心地が悪い。


 会場の中央を突っ切るようにして、広場の壁沿いの一角に陣取る。

 ある程度国ごとに場所も決められているのかもしれないな。と思いながら少し、息を吐き出した。

 勿論、まだ私は座れないし気を緩める事はできないのだけれど。


 こういう舞踏会は段取りが決まっている訳でもないし、開会が宣言される訳でもない。

 終了が告げられるわけでもない。


 それぞれに歓談しながら気になる相手の元に挨拶に行き、話をして交流するという感じだ。

 ただ、一つだけ、私には役目がある。

 と思ったのを見計らったように曲調が変わった。

 今までの音楽が、会話を邪魔しない静かなBGMだったとすれば、新しく始まった曲は華やかで明るい円舞曲だ。


「マリカ」

「はい。お祖父様」


 私は大きく深呼吸して、アルケディウスの一角から進み出る。

 私の役目、それは一番最初の音楽で、ホールの中央に進み出る事。

 そして踊る事。


 そのダンスが、私のお披露目ということになるらしい。



 最初にその話を聞いた時私はもう、盛大に駄々をこねた。


「え? イヤですよ。ダンスなんか踊れません!」

「文句を言わずにやれ! 

 国王会議に行くならダンスは必須だ! パートナーにアルフィリーガをつけてやる。

 付け焼刃でもいいから最低のステップは覚えろ!!」


 フォークダンスや子どものお遊戯ならともかく、ソシアルダンスなんて経験は無かったけれど、貴族の娘としてダンスは必須だと言われれば仕方は無い。

 身長差からリオン以外にはパートナー候補がいないということもあるけれど、リオンがついてくれるなら、なんとか頑張ってみようと思ったのだ。


 横からスッと手を差し伸べてくれるリオン、

 壊れ物を扱うような、大切なものを手に取るような、丁寧で優しい仕草だ。

 彼と一緒に、広間の中央に立つ。

 周囲にもパートナーの手を取りダンスに進み出た人はいるけれど、本当に最高の舞台、その中央は私達の為に開けられていたのだろう。


「行くぞ」

「うん」


 覚悟を決めて主旋律の開始と共に、私達はステップを踏んで踊り始めた。



 実の所、リオンはダンスが踊れる人、であったのだ。

「エルトゥリアで叩きこまれたからな。転生の間に、それが役に立つ事もたまにあった」


 今世ではまったくやったことは無かったけれど、と言っていたけれど、元々抜群の運動能力を持つリオンである。

 思い出せば、正確で危なげない足取りでステップを刻む。

 タタン、タンタン。

 軽快なリズムは、戦闘にも通じるものがあるのかもしれない。


「焦らなくていい。お前を転ばせるような真似はしないから、ゆっくりと音楽を楽しみながら身体を動かせばいい」


 私の腰を細くともしっかりとした手が支えてくれているので、身体がある意味勝手に動く。

 リズムに合わせるように、リオンが動いてくれので、私はそれに合わせればいいのだ。

 くるり、くるり、右に、左に。

 前に一歩、後ろに二歩。


 緊張が解ければ、ダンスそのものは別に苦ではない。

 

 保育士時代、お遊戯会のダンスもまずは自分が覚えて、子ども達に教える為にはまず自分が覚えなければならなかったのだから。

 アニメソングから、ヒップホップ、ワルツや日舞、剣舞までいろんな曲でダンスを踊ったもの。

 あの時に比べれば、自分が踊って、一緒に踊って支えてくれる人がいるダンスは、むしろ気楽で楽しいものかもしれない。


 半分回って、身体を伸ばして。


 強張っていた顔に、笑顔を浮かべる余裕も出て来た。

 周囲に目立ったざわめきが泡のように湧き上がる。

 でも、それは敵意や嘲笑を含んだものではなく、むしろ微笑ましいものを見るような暖かい好意と賛辞を纏っているのが解ってホッとした。


「まあ、可愛らしい事」「あんな微笑ましいダンスを見るのはどのくらいぶりかしら」


 多少のミスがあっても、可愛らしさと笑顔があればリカバリ可能。

 子どもはこういう所が得なのだ。

 うん、私は子ども。それに甘えよう、


 くるんと一回転、それから前に、横に。


 思いっきり楽しそうに、笑顔で踊る。

 くるくる、くるくると、ふんわりスカートを翻して。



 曲の終わり、リオンの手を握ったまま、膝をついてお辞儀をすると会場全体から、割れるような拍手が巻き起こった。

 胸をなでおろす。

 なんとか、失敗せずに役目を果たせたようだ。




 リオンと一緒にゆっくりと中央から離れる私は、ふと、背中に突き刺さる視線を感じて振り返る。


「どうした? マリカ」

「…大丈夫、なんでもない」


 私達と入れ替わり、二曲目のダンスを始める人々。

 広間に舞う花々の隙間を縫うように、真っ直ぐな視線であの少年。


 エリクスが、私を見ていた。 

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