決意を込めて、皇王陛下に秘密を告白する、と決めたはいいけれど。
まあ、他の皆にしたそれと、実はそんなに大差はない。
私は五百年前の精霊国女王の転生らしい、というだけの話だから。
でも記憶は無いので、精霊国の秘密とかは解らないし、話せない。
「本当に自分がそうである、という実感は無いのです。
先ほどの城の守護精霊、エルフィリーネが私をそうである、というだけで。
『精霊の書物』
不思議な知識は、精霊国女王の記憶なのかも、と言われてはおりますが…特別な能力があるわけで無し…」
私が小首を傾げると、いや、と皇王陛下は頭を振った。
「精霊国女王のお力、というのは…私が知る限りではあるが、そんな目に見えるものでは無かったのだ。
精霊に働きかけ、その力を自在に操る。今で言うなら魔術師に近い。
であるのなら、精霊達に愛され『精霊神』を復活させる力を持つ其方は紛れも無い、あの方の転生であるのだろう」
「プラーミァだけでなく、エルディランドでも儀式を成功させたのは、皇子の娘であるから、ではなく精霊国女王の転生であるからということなのでしょうな」
「うむ。
初めて会った時にマリカに、懐かしい面影を感じたのも間違いでは無かった、ということだ」
タートザッヘ様の言葉に鷹揚に頷く皇王陛下。
その瞳にはなんだか、楽し気なものが宿っている。
えっと…なに?
「マリカよ。
最初に其方に精霊金貨を授けた時の事を覚えているか?」
「えっと…はい。
『目標を高く持ち、彼女のような気高き方を目指せ』と確か」
一番最初に、皇王陛下に給仕と新しい食の説明をした時に精霊金貨を頂いたのだ。
『精霊の貴人』のような女性を目指せ、と。
「今にして思えば、鳥である其方に、鳥を目指して羽ばたけ、と言ったようなものではあるが怠らず励むがいい。
正直、楽しみだ。
我が孫が、あの方の様に輝かしい存在となり、高みに輝く姿をみるのがな…」
なんだか、うっとり視線で私を見る皇王陛下。
「私に、そのような高みに昇る素質があるのでしょうか?」
期待というか、なんというか、重いんですけど!
「あの方と同じ存在になれ、というつもりは無い。
あの方以上の存在を目指せ。
大丈夫。
あの輝かしき守護精霊に見込まれ、教育を受けたのだ。
間違いなく、其方にはその才がある」
「左様。
姫君。私も五百年生きて来て、二人目です。
あのようにはっきりと姿を結ぶ、高位精霊を見たのは。
胸が躍りますな」
皇王陛下だけでなく、タートザッヘ様までなんか目をキラキラさせている気がする。
さっきの会見の時は、落ちついた保護者ムーブだったのに、なんだろう。一体。
「其方らには解らんかもしれんが、我らの世代は不老不死前、子ども時代、最後に『精霊の貴人』と接した者であってな。
『精霊の貴人』はお優しく、美しく、正しく憧れであった。
魔性の襲撃から国を護って頂いた事さえあったのだ。
さっきの守護精霊とは違う、男性の人型精霊を従え、魔性を退ける輝かしき『精霊の貴人』のお姿は今も目に焼き付いている」
「男性の人型精霊? ですか?」
ショミミ。
魔王城にエルフィリーネとシュルーストラム以外にそんな精霊いたっけ?
多分、いない。
時期的にリオンでもない。
しかも、『精霊の貴人』が『魔性を退けた』
神は『精霊の貴人』を『魔王』に仕立て上げていたように思ってたんだけど、魔性が『精霊の貴人』と戦う場もあったのか。
「その後、自国の管理がお忙しくなったのか、何か理由があったのか。
『精霊の貴人』を直接拝する事は殆どなくなった。
…我が父王は、色々な理由もあったのだろうが、『精霊の貴人』を認めながらも信頼していなかったそぶりも見えてな。
歯がゆく思ったものだ」
「自国の皇子が、他国の、しかも人ならざる方を崇敬していれば、父王としては不安にならざるをえないだろうと、今にしてなら理解できるのですがね」
懐かし気に語る皇王陛下にタートザッヘ様が息をつく。
この辺の事情はなんとなく解らなくも無い。
多分、不老不死、長命、人種が違う存在だと思われていた『精霊の貴人』
七王国とは別の隠れ里の長で、精霊の恵みを齎してはくれていたけれど、同時に国の王としては得体のしれない存在に感じていたのかもしれない。
向こうのラノベっぽく言えばハイエルフ?
我が子が目を輝かせて慕えば慕う程、親として王として距離を置きたい、置かせたいと思ったというのは理解できる気がする。
「その後『精霊の貴人』の来訪は無くなり、『精霊国』からの支援は魔術師の死後、後任としてやってきたリーテが最後となった。
魔術師達の多くは精霊国から派遣されてきたが、彼等は口止めの契約により他国で精霊国のことを語ることを禁じられていた。
不老不死世界になってからは『精霊国』は『魔王の国』と同一視もされていたしな。
遠い日の憧れは胸に封じるしかなかった。
魔王城、精霊城は仕える精霊と共に憧れそのままであったが、それ故にこの滅びた街がより一層哀れだ」
外を見やる皇王陛下の眼差しは本当に寂しそうに見える。
でも、それは一瞬。
一度だけ瞬きしてから私を見つめる目には、力が籠っている。
「故に、悪いがマリカよ。
私が本気でお前を育てると決めた」
「はい?」
「アルケディウスの皇王になれ、とは言わぬが、政治、経済を学び国を治める力を身に付けよ。
いつか、この精霊国を蘇らせることができるようにな」
「私も、及ばずながらお力になります。
十一歳でありながら、他国王族と渡り合うのはやはり『精霊の貴人』の素質。
しっかりと育てていけば、必ずや美しく咲き誇る事でしょう」
タートザッヘ様まで?
まあ、いつかこの国を蘇らせたいって気持ちはあるから、それはそれでいいんだけれど…。
「それを表明しちゃったら、アルケディウスが正真正銘『反神国』として睨まれることになりませんか?」
「別に表明する必要は無い。
不老不死世界に生きるが向かない者達や、子ども達もいるからな。
そのような者達とゆっくり、この地に星の恵みを取り戻して行けばいい。
何より、私が見たいのだ」
ぽんぽんと、優しく私の頭を撫でる皇王陛下。
「遠い昔、憧れた麗しの女王陛下の元、精霊と人が共存し幸せに暮らす光の国を。
多くの恵みを与えられながらも、返せなかったあの方への恩を返す機会を与えさせてはくれないか?」
「私、そのような素晴らしい存在になれるのでしょうか?
今もって本当に、自分がそんな存在だとは信じられないのですが」
挨拶やここまでの行動がシンプルだったから気が付かなかったけれど、皇王陛下にとって、本当に『精霊の貴人』という存在が特別だったことが解る。
全く記憶の無い私は、さて、その期待に副う事ができるのだろうか?
「自信を持て。
お前は『精霊の貴人』の転生である以前に、私の孫でありライオットの子なのだ。
お前にならできる。私は信じているぞ」
「努力いたします。
どうかよろしくご指導下さいませ」
膝を付く。
『精霊の貴人』の転生である私ではなく、私自身を信じて下さるというのなら。
その期待に全力で応えたいと思った。
本当はアルケディウスの王家の血を引いていない。どこの誰の子ともしれない孤児だけれど。
嘘つきで魔王な孫だけれど、その気持ちはやはり嘘ではないから。
そういう訳で、私の告白(偽)は終わり。
後は夕刻まで、魔王城の本を見て貰ったり、国やカレドナイト鉱山をご案内しようと思っていたのだけれど。
「暫し待て。いい機会だから問うておきたい」
皇王陛下は首を拒絶に振って、私達の後ろに目を向ける。
私では無く、リオン達ではなく、その視線の先にいるのは私の側近、カマラとノアール。
「問うって、何を、誰にです?」
「そこの、プラーミァの娘。ノアールとか言ったな?」
「え? 私、でございますか?」
「そうだ。即答を許す故、答えよ」
いきなり他国の国王に矛を向けられ、目を瞬かせるノアールにさらに皇王陛下は爆弾を投下する。
「其方、マリカの替り身になる気はないか」
と。
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