聖別、という名のもと幽閉された少女。
彼女を心配し、手を打つ従者や仲間の心配を知る由もなく。
私的には、と少女が一日の終わりを理解し眠りについた宵。
蠢く者達がいた。
『うーん、これ、源泉だね。『彼』の力がたっぷり染み出してる』
大神殿の中枢。
神聖なる『神』の泉は緑に包まれながらも生き物の気配がない。
羽虫一匹、小鳥の一羽さえも近づかない偽りの森。
不自然なまでに透き通った水をペロリ舐めながら、その獣は赤い舌を出し、ひくひくと鼻を動かしてながらそう言って見せた。
存在に気付かれることなく、意識されることなく動くモノ達の。
精霊達の内緒話。
『地面の中は専門外だけど、木々の根を通じて、感じるよ。
ここの真下に、彼の精製炉がある』
『やはりそうか。
ここが落下地点であったのは解っていたが、今はここに気配は無いからな。
故障したか、地面にめりこんで動かせなくなったエネルギー中枢を切り離して、移動したのか……』
『経路は繋がっているから、この精製炉で作られた彼の力を体内に入れられた人間の気力は引っ張られて、彼の所に行く』
『この『水』とやらを煮詰めて濃度を上げたものが子ども達を『不老不死』にした『彼』の力だな?』
『多分ね。でも知らない間に、随分と腕を上げたものだ。昔は、できなかったろう?』
『ああ。それが簡単にできていたらあの当時の『彼』の苦しみは、大半無くなっていただろうに』
『やっぱり、アレかな。『サード』が生まれたから?
どうやって、あの子達を作ったんだろう? 自然に任せるやり方ではどうしても無理だったのに』
『さて……な。『ファースト』である我らにとっては『セカンド』の変化や思いは理解できぬ。その苦しみもな。想像できても変わってやること、助けてやることもできぬのだ』
二匹の獣達を水鏡が映し出す。
そこには人が見る白と灰色の獣の姿ではなく、少年と、青年。
二人の人型の姿があるが、知る者も観る者もここにはいない。
『とにかく、マリカの中に入った力は早々に抜くべきだ。
肌や髪から染み込む力は微々たるものだが、積み重ねられていけば意識をもっていかれかねん』
『そうだね。
不老不死者ならともかく、身体に全く『神』の力が入ってないあの子は今頃、相対する『セカンド』の力を入れられて苦しんでるんじゃないかな……。早く行ってあげないと』
ぱしゃん、と軽い水音が跳ねた。
高台の泉から飛び降りた二匹の獣はそのまま、正しく跳ぶように駈けて奥の扉に向かう。
固く、閉ざされた黒木の扉も、彼等には障害にならない。
まるで遮る物質など何もないように壁を通り抜けた彼らは、そこで、丸い眼を見開きさらに丸くする。
寝台に横たわるマリカの身体が薄青く発光している。
そして、その傍らには不思議な、少女の映像が……。
『星?』
二人の気配に気付いたのだろうか。
マリカに視線を向けていた少女は、くるりと彼らの方を向いた。
そして
『この力の気配は、アーレリオス様とラスサデーニア様ですね。
お久しぶりでございます。
と言っても、私には、残念ながらお二人の姿を拝する事はできないのですが……』
静かに微笑んでいた。
月の光を受けて咲く、花のように。
『まずは、最初に申し上げます。
今、お二人の前に在る『私』はただの記録です。受け答えは致しかねます』
透き通る映像は話かけようとした二人にあっさりと、そう断言する。
『城の守護精霊を通して、自動操縦の端末をマリカに持たせただけ。
いくつかプログラムしておいた機能があって、特定条件下でそれが発動するようになっています。
これは、お二人が『私』のプログラムが発動した時に居合わせた場合のみ再生される自動映像です』
『そういうこと、か……』
『やっぱり、エルフィリーネが言った通り、星を支えるのに手いっぱいで眠る間もないというのは本当なようだな』
二人の呟きを知ってか知らずか、彼女は微笑みを絶やさぬまま、静かに再生を続ける。
『この度は『彼』がご迷惑をおかけして申し訳ありません。
『彼』が一度思い込んだら聞かないのは昔からですが、逸れてからの長旅がそれに拍車をかけて、もう、本当に何を言っても聞いてくれないのです』
『ああ、解っている。貴女のせいではない。
気に病まないで欲しい。『星』』
『そういうこと。僕達が『子ども達の為に』諦めた事を、彼はまだ捨てられないんだ。
それは、解っているよ』
目の前の映像がただの『記録』であるのなら、この励ましは彼女には届いていないだろう。
けれどそれでも二人は紡がずにはいられなかったのだ。
自分達が封印、という闇の中で惰眠を貪っていた間も、悩み苦しみ続けて来たこの少女を思えば。
『新しい代に移るほどに進化、変化を遂げる我々の『力』はマリカとリオンによって新しいステージに切り替わった様に思います。
この子達はもうお気付きかもしれませんが、私達の悲願を叶える力を持つ『サード』なのです。
偶然が、本当に在りえぬ偶然が作り出した奇跡、なのですが』
二人は、頷く。
納得した、いや気付いていたという様に。
『精霊の力だけでは気力が足りない。人間の身体だけでは弱すぎる。
両方を組み合わせて強化を重ねたからこそ生まれた奇跡、という訳か』
『僕らのやり方じゃ時間がかかり過ぎた。気の遠くなるような時間をかけてやっと、足をかけられたのはライオットだけだから、ね』
『この子達がいれば、『彼』の願いがもしかしたら、叶う可能性もあるかもしれません。
ですから、『彼』はおそらく諦めることなく二人を狙ってくることでしょう』
幻影の少女はそっと、眠るマリカの髪に触れる。形の無い手は空を切るだけ。
でも、少女の愛は確かにマリカに触れていた。
『この子達を再び、厳しい宙に送りたくはない。
ようやく見つけ辿り着いたこの地で子ども達を導き、幸せになって欲しい。
そう願いつつも、私が最終的にマリカに望むのは『彼』と形を変えただけで同じ我が儘で、やっとこの子達が見つけた幸せから引き離すもの。
解ってはいるのですが……私にも、もう時間はあまり残されてはいなくて……。
頼りにできるのは、私を超える力を得つつあるマリカしかいなくって……』
『『星』……』
寂しげで、悲し気で、どこか申し訳なさそうな面差しの少女に、彼らはかける言葉を捜すことができなかった。
『マリカに彼への『手紙』を持たせました。
彼が考えを変えてくれればいいのですが、それが出来るくらいならこんな苦労はしていないのですよね』
『そうだね』『まったくだ』
二人の苦笑を知ってか知らずか、少女はもう一度寂しげに微笑むと、顔を上げ二人の方を見つめた。
『マリカの体内に入って来る『彼』の力の排除は私が行います。
お二人におかれましては今まで通り、子ども達とこの子達の援護をお願いできれば幸いです』
『ああ、解っているよ』『任せておけ』
深くお辞儀をした少女の視線は虚空を仰ぐ。
『昏き凶つ星によって滅びた遠き故郷。
あの蒼い星と『先生』の最期の言葉を忘れた日はありませんが、それでも時計の針を止める事は許されず、巻き戻すことはできないのです。
我々を受け入れてくれた、この星こそが我らの故郷。子ども達と私達の生きる場所。
『先生』との約束は『帰還』ではなく『子ども達を護り助ける事』
あの方は、最後まで『保育士』でした。
それを『彼』が思い出してくれるといいのですが……』
薄れていく影。
その瞳は遙か彼方を見つめている。
作業が終わったのか、気が付けば少女の姿は消え、マリカの身体の発光も止まっていた。
寝台に飛び乗り、耳を欹てる必要もなく聞こえるのは健やかな寝息。
生きた『人間』の規則正しい心臓の鼓動。
命の証。
『ああ、約束するさ。私だって、『真理香』との約束を忘れた事は無い』
『うん。その為に僕らはここにいる。
一度、『あの子』にもガツンと言ってやらないとね』
笑みを交し合った二人は、右と左。
眠るマリカの布団にもぐり込み、そのぬくもりでサンドイッチを作り、目を閉じた。
それは、まだ他の誰も知らない。
知る事の無い、精霊達の内緒話。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!