最終的にノアールの変身能力の件は、皇王陛下の元にも報告された。
側近以外を厳重に廃した秘密の謁見にて。
「ほほう。変り身には便利な能力だな。
……その力、努々悪しき企みに使うでないぞ」
皇王陛下は、同じドレスを着て一緒に報告に上がった私とノアールを一瞬で見分けるとノアールに全力の威圧を込めた釘を刺した。
「傍から見てそんなに簡単にお解りになるものなんですか?」
私にとっては鏡を見ているとしか思えないのだけれど、お父様もお母様も見分けはつけられる、という。
「解る。並べば一目瞭然だ」
平然と頷く皇王陛下の言葉を補足するように皇王妃様が教えて下さる。
「似ているけれど、似ていないのですよ。
『人間』を形作るものは外見だけではありませんから」
「立ち姿、立ち居振る舞い、お辞儀、そのどれか一つをとっても今の時点はまだまだ比較にならんな」
「そういうものなのですか?」
「そういうものだ。人間というのは外見が同じでも、中身が違えば全く雰囲気が異なる。
例えば大きくなったお前と『精霊の貴人』。外見はそっくりだったが、言葉遣いや仕草はまるで違うと感じた」
「同じ魂の転生だからか、所々に面影は見られたのですけれどね」
お二人の話を聞くに外見ではない所で見分けがつけられるという。
タートザッヘ様も、ザーフトラク様も同意の頷き。
それは解らなくもない。
向こうの保育士時代、そっくりな双子の見分け、担任していれば割とすぐについたものだし。
成長すればするほどそれまでに、その人物が経てきた生活経験がにじみ出てくる。
「ただ、それは我々のようにお前を『知っている』者だけが吐けるセリフだ。
お前を知らぬ大貴族や貴族、一般市民などには十二分に『聖なる乙女』として通じるだろう。故にノアールよ。
先に言った通り、その力の悪用は決して許さぬ」
「はい。肝に銘じております」
「お父様は、口留めの契約までノアールにかけているんですよ。
悪用なんてできないし、しませんよ」
「愚か者。ライオットの配慮は当然だ」
お父様の横暴を愚痴りたくて呟いた言葉は逆に一蹴されてしまう。
「お前は相変わらず側近に甘いが、相手も人間であることを忘れるな。
信頼することと、常に警戒心を持って接することは相反しない。
子どもだから、側近だからで思考停止することなく相手を疑い、よく見ることを怠ってはならぬ。それが側近を『裏切らせない』為にも重要なのだぞ」
「はい」
お父様や皇王陛下の言っていることが間違っていないのは解っている。
簡単に納得できることではないけれど。
「おそらく、これから其方を狙う者の存在は増えることはあっても減ることは無い。
大貴族達も色々な意味でお前を求めてくるだろう。
ノアールの能力はそれらの対処にかなり役立つ。有効に使っていけ」
「……解りました」
当面は不在のアリバイ対応などを頼みつつ、皇女としての立ち居振る舞いや礼儀作法を教えていく。ある程度、皇女らしく振舞えるようになったら、貴族対応などもさせていくようにというのが皇王陛下の御命令だ。
「色々とノアールには負担が増えるかもしれないけれど、ゴメンね」
「いいえ。私がマリカ様の役に立てるのなら幸いでございます」
報告と会見後、ノアールは私に微笑み、そう答えてくれた。
一通りの対処と報告が終わった後、私はお母様に就寝の挨拶という名の報告に行った。
「今日も色々慌ただしかったけれど、明日の大祭が終了すれば今年の社交期間も終わり。
一区切りつきます。
晩餐会と舞踏会。何事もなく終えられるように気をつけなさい」
無理だと思うけれど。
お母様は諦めたように息を吐きだす。
「今回は大丈夫ですよ。去年のように私が皇女デビューするってわけでもないですし、夏のように神殿長が来るわけでもないですし、何事も起こりませんって」
「本当にそう言い切れますか?」
「……だ、大丈夫、だと思います。騒ぎは、起こしません。起こさないように気を付けます」
「今まで気を付けていなかったの?」
「あうっ……」
気を付けていても、気を付けていてもなぜかトラブルになるのはいつものこと。
でも、明日の舞踏会はメインイベントの劇に大きく時間をとられるから、騒動が起きる可能性は少ない、と思う。
「明日の舞踏会に連れていく側近はミュールズとノアール、カマラ。
ノアールには皇族としての立ち居振る舞い、貴族とのかかわり方を見せて教える様にと陛下から命じられています。
私としてはあの子をあまり重用するのは気が進まないのですけれどね」
「お母様も、ノアールは信用できないとお思いですか?」
お父様、お母様、皇王陛下、皇王妃様。
保護者は皆、口を揃えたかのようにノアールに注意しろという。
「ノアールは『貴女になりたい』と願ってあの『能力』を手にしたのです。
いずれ、貴女に成り代わろうとしているのではないかと、心配するのは当然のことでしょう?」
「皇王陛下もおっしゃっていましたけれど、他人に成り代わるのってそんなに簡単な事ではないように思うんですけれど」
「もちろん、そうよ。
でも、外見だけでも似ていれば騙される存在というのは少なくありません。
外見だけ、立場だけでも手に入れたい、と思う者もね」
「立場だけ?」
「例えば、貴女を強引に誘拐し手籠めにする。そして、結婚したと公表する。
反感は買うけれど、既成事実があれば貴女は自分たちに従うだろうし、貴女の名誉を守る為に皇王家も認めざるを得ないだろう。
去年、貴女が皇子の子として認知、公開された後、いいえ、その前からタシュケント伯爵家のように貴女の確保の為、そんなことを考えた貴族は少なくなかったようですよ」
「え¨?」
ぞわっ。
背筋に怖気が走った。
去年のトラウマ。タシュケント伯爵家の誘拐事件と同じような事がまた起きたら。
一人で無事に切り抜けられる自信は皆無だ。
「今はそんな強硬手段を取ろうとする者は、アルケディウスにはいないと思いますが。
貴女が『精霊神の寵愛を受ける乙女』であることが去年の大祭で知られて、反感を買えば不老不死を奪われるかもしれないと解っていますからね」
「あ、そうですよね」
アルケディウスの大貴族達は、私に対して要望は出してきても強引に何かしようとはあまりしてこない。
それはアルケディウス皇王家が慕われているの同じくらいに『私に何かしたら『精霊神』様の不況をかう』と刻まれているのがきっと大きい。
「でも、外国では解りません。特にシュトルムスルフトは聞いているでしょうけれど一夫多妻制。女性の立場が弱く、社会進出も七国一低い国でもあります」
「あ、そこまでは知りませんでした。一夫多妻制は聞いていましたけれど」
「次の訪問国はそのシュトルムスルフトですからね。
そういう者達からの強引な対応を、変り身は上手く使えば抑制することも可能でしょう。
だからノアールを使用することを反対はしませんが、十分に気を付けなさい、と言っています」
「解りました。注意します。
私の変り身をするのであればノアールにも危険が及びますものね」
「そういうことを言っているのではありませんが……。
……もういいわ。明日以降、ゆっくり話すとしましょう。
今日はもう休みなさい」
「はい。おやすみなさい。お母様」
なんだか、ドッっと疲れた。
ベッドに入った私は気怠い思考を揺り動かしながら考える。
ノアールのこと。自分のこと。
正直、私はノアールに関しては楽天的だ。
契約の呪もかけられたし、彼女は本当の意味で私を裏切ったりはしないと信じている。
でも、私達は『子ども』で、『女』なのだ。
いつの世も、悪い大人の男に狙われる可能性は往々にしてある。
変り身としてノアールを巻き込むならなおのことだ。
「守らないと……、ノアールもセリーナも、カマラも側近達も……」
そんなことを考え私は眠りについた。
すぐそこに迫った大祭最終日の足音を聞きながら……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!