ふと、気が付いた。
『…リカ、マリカ…』
バトルに夢中になっていて解らなかったけれど、誰かが私を呼んでいる。
声にならない声で。
振り返り、目が合う。
気が付かなかった。
主達に置いて行かれた二本の魔術師の杖。
交差するように壁に立てかけられた、その一本、シュルーストラムが、姿を映し出している事に。
『マリカ』
「こんな人目のあるところで顔を出していいの? シュルーストラム?」
『今、我らの方を見ている者などおらぬだろうさ。
人は払われているし、いても皆、あの二人の方を見ているからな』
眩しいものを見つめるように目を細めた、優しい眼差しを見せるシュルーストラム。
彼は、暫く今なお、真剣バトル中の間魔術師二人の様子を見つめたあと、思い出したという様に顎をしゃくる。
『来い、マリカ。
こいつがお前に礼を言いたいと言っている』
「礼?」
シュルーストラムの視線の先にある、いや、いるのは…
『お初にお目にかかる。今代の精霊の貴人。
今は名乗るが出来ぬ事をお許しあれ。我が思いを聞き取り、長を連れて来て下さったこと、心から感謝申し上げます』
王宮魔術師ソレルティア様が持っていた杖。
その横に一人の青年が立っていた。
シュルーストラムと同じように薄ぼんやりとした立体映像のような姿は彼も精霊であることを表している。
銀がかかった青水色の髪、透明感のある青い瞳。
シュルーストラムとよく似た色合いだけれど、ショートカットで少し若々しく見える。
ソレルティア様がとても美しいと言っていた通り、整った顔立ちの彼はおそらく彼女の杖の精霊、なのだろう。
『名を呼んでやるなよ。お前の言う通りにこいつに力を与えてやったのだ。
これで当面は杖としてまた働く事が出来るし、あの女術師次第ではあるが、名を聞き取れれば正しく契約して、不老不死者の中では少しはマシに術が使えるようになろう』
『長と貴女のおかげで、人で言うなら指も動かせぬ程衰えていた力が、かなり戻って参りました。
本当に、なんとお礼を言えばいいのか…』
「やっぱり、力を失っておられたのですか?」
確か、名前はシュティルクムンド、というのだ。
でも前にエリセの時に聞いた。契約する魔術師以外に契約前に名前を呼ばれると良くない、と。
『ええ。彼女、ソレルティアの手助けをしてもうすぐ40年になります。
類まれなる精神と才能の持ち主なのですが、いかんせん不老不死者なので、力の補給もままならず。
貴女が気付いて下さらなければまた、長い眠りにつくことになっていたでしょう。
これで、もう少し彼女の役に立つことができます』
魔術師の精霊石、っていうのは本当に人間びいきで主の事が大好きなんだなあってこういう時に思う。
『いつも自分の信念を曲げない頑固者。
それでいて自分の事は二の次で他人の心配ばかり。危なっかしくて目が離せません。出来るならもう少し側で手助けしてやりたい。誰かあの子を助けてやって欲しい。そう、願い続けていましたから』
眠りにつかなくていい、ではなく主の役に立てることが嬉しい、というのだから。
自分を見限り、新しい杖を手に入れようとした主だというのに。
『ホントに、難儀な主を選んだものだな』
『長に言われたくはありませんが。
あの少年、扱いの難しさと頑固さにおいては、ソレルティアに勝るとも劣らないと見ます。
これも我らの宿命のようなもの。ですから否はありませんが』
顔を見合わせて笑う二人は同時に、今も熱戦続くバトルフィールドの中央にいるそれぞれの主を見る。
まだ決着はつかないようだ。
でも
フェイとソレルティア様。
こうして改めて見ると、あの二人はよく似ているように思う。
外見がではなく、本質的な所が。
あ、もしかして。
「もしかして、頭が良くて、努力家。
強い意思と決断力を持ち、プライドが高い真面目な子が風の精霊石の好みだったりします?」
ふ、と声にならない笑みがこぼれた。
言葉での返答が帰ってきた訳ではないけれど、顔を見合わせて笑う二人の精霊の顔は、どこからどうみても肯定している。
そっかー。
精霊ごとに好みも違うのかな?
大地の精霊石や、万能属性の精霊石にもいつか聞いてみたいモノ。
『まあ、今後ともよろしくお願いします。シュルーストラム。精霊の貴人。
この感謝は、後ほど主と共に必ずお返しいたしましょう』
「よろしくお願いします。…でも」
優雅にお辞儀をする杖の精霊の言葉に私は首を傾げる。
彼は杖だ。一人でできることは限られている。
杖に力が戻って、術が使えるようになれば、ソレルティア様がフェイの杖に色目を使う事は無くなると思うけど…。
本気でフェイを嫌っているわけでは無いとも知っているけど。
「必ずお返し、って…ソレルティア様は…」
『しっ。話は後だ。戻れ!』
私が問いかけようと思うより早く、聞こえたシュルーストラムの声に、二人の姿は完全に消える。
それと刹那の間も無く。
もしかしたら、見えていたんじゃないかと思うくらいに同時、訓練場に入ってきた影がある。
「え?」
うそ?
なんで?
この方がどうしてこんなところに?
驚く私を尻目に、その方は小さく私に向けて微笑むと横をすり抜けて前に立つ。
きっと皆、バトルに夢中で気が付いていない。
気が付いていたら、この程度ですまないの確定だもん。
目配せする楽しそうな笑みに眼はないしょ、という合図だろうか?
あ、…フェイは、短剣に火を纏わせて牽制し始めた。
ソレルティア様、水魔術使って消してる。
小瓶でも持ち込んでたのかな?
流石の応用力。
風の石に見込まれた二人だから、風の術が得意なのは当然だけど、水や火の術もいけるようだ。
精霊石を介さなければ、苦手という土の術もいけるんじゃないかな?
と、思っている間に、フェイがソレルティア様に押し倒された形になる。
これは、勝負あったかと思った瞬間。
どこから聞こえてくるの振り子時計の時告げのベル。
すう、と聞こえたのは深呼吸。と同時
「それまで!」
放たれた場に響く、重く深い声に誰もが動きを止め、そちらを見やった。
それは勿論、バトルの当事者たる二人も例外ではない。
例えるなら首元を掴まれ、止められた猫の喧嘩の様に身を縮こませて跪いている。
フェイも、ガルフも、勿論ソレルティア様も。
「時間切れだ。良い勝負ではあったがこの戦い、私が預かる!」
そこに現れたのは、あまりにも、驚くべき人、だったから。
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