【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 精霊達の内緒話 15

公開日時: 2023年12月14日(木) 08:39
文字数:3,532

 稲光に打たれたような衝撃を受け、子どもは目を開けた。


(「しまった。失敗した!」)


 急いで逃げなければ。彼が最初に思ったことはそれだった。

 おそらく、直ぐに奴がくる。

 窮屈で小さなゆりかごから、最近はこの、ベビーベッドに移された。

 横には女の赤子がすやすやとした寝息を立てている。

 落ちないようにと周囲が高い柵に囲まれているのは業腹だが、このくらいは抜けようと思えば抜け出せる。

 というか、抜け出さねばならない。

 身体を起こそうと必死で力を入れるけれど、動かない。指一本、足一本、髪の毛一筋さえも思い通りにならない。


(「何故だ!」)


 この身体は未成熟で、なかなか自分の思い通りには動いてくれないけれど、それでもここまでだなんて最近は無かった。

 声にならない叫びをあげた時。


「無駄だ」


 闇の中にはっきりと言葉が響いた。


「お前の身体は、当分まともに動かない。能力も暫くの間、使う事は出来ないだろう」

(「アルフィリーガ!」)


 月の夜、窓越しに差し込む光が一人の少年の姿を照らし出す。

 深夜、誰も見ることも聞くこともない。

 精霊達の内緒話。



 自分の身体の変化、そして突然の来訪者。

 戸惑う赤子は少年が、無言で自分のベッドに近づき、柵の上から抱き上げ瞬間移動したのが解っていても何もすることができない。

 微かな身震いさえも今の自分には封じられていた。

 少年が見えない怒りと威圧を放っているのは解っている。自分はそれだけのことをした。

 言葉が出ない……、のは元々この身体が子どもであるから、というのも納得できること。

 未だ、殆ど身動きできないのは何故なのか。

 子どもは、彼はまだ解っていなかった。


 転移した場所は人目に付かない孤児院の裏庭。

 そこで少年は彼を地面に降ろしてくれた。

 でもそれが解放では無い事を、彼はよく解っている。

 足に力も入らない。

 かくん、と膝が折れ、ぺたんと座り込む。

 倒れないようにするのが精一杯だった。


「随分と勝手な事をしでかしてくれたな。レオ。

 良くあんなことをしでかせたものだ。

 忠告したはずだが? マリカや孤児院の者達に手を出したら即座に処理する、と」

『な……どうしてバレた? そもそもどうして止めに来れた?』

「バレないと思う方がどうにかしている。やっぱりお前は箱入りだ。何も解ってない」


 呆れたように肩を竦めて少年は彼を見下ろす。

 手の中に小さな何かを弄んでいる少年。

 思念に言葉で返す少年の黒い瞳には明らかな侮蔑の色が宿っているのが見て取れた。


「『種』を精製できるくらい力が戻っていたのか?

 マリカに『種』を植え付けられていて、力が抜き取られて、それがお前に流れ込んでいれば、誰だってお前が犯人だって直ぐに解るだろう?

 体内に入れられていたら面倒だったが、流石にそれはできなかったようだったな」


 見せつけるように翳された『種』

 人の体内に入り『精霊の力』を食らう洗脳装置はぐしゃり、小さな音を立てて潰された。


『し! 思念防御壁シールドは完璧だった筈だ。事が終わるまで誰にも邪魔されないように彼女の周囲には『種』が起動すると同時、介入を阻止する防御壁シールドを作るよう設定してあったし、外見設定は僕では無く魔王エリクスを模していた!』

「確かにマリカの方からは入りにくそうだったが、力を吸い取る為に繋いでいたこっち、お前の側は手薄だった。あれくらいの防御ならそう苦も無く壊せる。『精霊神』も力を貸してくれたし、力だけなら俺の方が強いしな」

『それだとしても……』

「そもそも、俺がいくら似ていてもお前とエリクスを間違う訳は無いだろう?

 俺を舐めすぎだ。

 あんな……『魔王』を被せられただけの人間哀れな道具と、兄弟とを」

『…………』


 彼は押し黙り、逃げるように視線を反らした。


「あの『魔王』はお前が預かっていたものか?」

『…………』


 返事は返らない。元々少年も、返事を期待していた訳ではないのだろう。

 それ以上の追及を少年はしなかった。

 しなかったのだけれども。


『アレは強すぎる……』

「ん?」


 意外にも彼から答えが返ってきた。


『『魔王の人格』は強すぎる。並の人間の意識なんか簡単に上書きされてしまうだろう』

「そうだな。だがアレを使ってお前が『魔王』になれば俺に、ただ負けるだけでは無かったんじゃないか?」

『いざという時の護り手として、僕が預かっていたものだが、僕がいなくなったからあの子が使ったんだろう。

『魔王』はあくまで汚れ役。手駒にするものだ。

 フェデリクス・アルディクス、大神官としての人格と記憶を失ってまですることじゃない』

「……そうだな。それに、あの時のお前の身体に被せても精神の力に肉体が耐えられなかっただろう。今のお前と同じ破目になってたと思うぞ」

『今のお前?』


 彼は伺うように顔を上げる。まだ解って無かったのか?

 皮肉気な視線を向ける少年は首肯した。


「そうだ。過剰摂取オーバードーズ

 強力な力に肉体が耐えきれず、自壊する一歩手前ってところだ。

 マリカの能力を直に吸い取ろうとしたら、大人の身体でだって耐えられるかどうか解らない。まだ赤ん坊からようやく子どもになったばかりの奴が、調子に乗ればそうなるのは解り切ったことだ」

『……あ、ああ……』


 彼は呻いた。初めて聞いた。知った。というように。

 実際、彼は知らなかったのだろう。

 彼の役割は、人心の掌握。

『魔王』という脅威に慄く人々を纏め、束ね、維持する者。

『神』の直属の意思を受ける彼は、弱い身体であったことも、無理をしたことも、戦ったことさえきっと一度もない。


「力の器は粉々に砕けて使えなくなった筈だ。

 自己修復するにしても、肉体の成長が優先だろうからどんなに短くても数年は『能力』が使えまい。

 まあ身体の方のダメージはそう無いだろうから子どもとして生きるにはあまり不自由ないだろうが」

『子どもの身体で生きること、そのものが不自由だ……』


 吐き出される本音に少年は苦笑する。

 彼の思いはよく解る。誰よりも。でも


「だとしても、それは人間なら、誰でも体験する事だ。

 未熟な身体と、心と向かい合い、周囲の力を借りて成長させたその先にこそ『自分』が生まれる」


 教え、諭すような静かな口調で笑む。

 それは実感の籠った、いや、重く、長い実体験の果てに少年が、少年の姿をしたものが見つけた真理であったのかもしれない。


「子どもだからこそ、許されることがある。子どもの時代にだけ学べることもある。

 俺達が『神の道具アルフィリーガ』であった時にはできなかったことを、今なら、学び知ることができるかもしれない」


 そう言うと、少年は彼を抱き上げた。


『私を、処理するのではなかったのか?』

「レオがいきなり消えると、マリカも保育士達も悲しむ。

 お前の『妹』もな」


 自分に妹はいない。いるのは先行機であるアルフィリーガだけ。

 彼は、そう否定するつもりだったろう。

 けれど、何故か言葉は口から出てこなかった。


「まあ、仕置きはした。数年は力も使えないただの子ども。それがお前には一番辛いだろう。

 目くじらを立てる必要も無い。いつでも処理できる。フェイあたりには甘い、と言われるかもしれないが……」

「アルフィリーガ」

「まあ、二度、三度と繰り返すようならその時は容赦しないぞ。

 いくら兄弟であろうとも」


 冷笑というには優しい笑みを浮かべて、少年は瞬間移動。

 部屋に戻った。

 ベッドの前に進み出て、中に彼をそっと降ろす。

 と……。

 迎えるように伸びた紅葉の掌が、彼の頬を撫でた。


『デイジー』


 発した思念が、目の前の赤ん坊に届いたとは思えない。

 けれど、いつから起きていたか?

 彼女はペタペタと戻ってきた兄の顔を確かめるように数回触れるとそのまま、満足そうにまた目を閉じた。もしかしたら寝ぼけていたのかもしれない。

 そんなことを思っている間に少年は姿を消していた。


(まあ、今回は急ぎすぎたかもしれないしな)


 彼は目を閉じる。

 思っていたより早い力の回復に、つい欲が出たというのが正直なところだ。

 乳母の乳だけ吸っていた時より、最近の離乳食という食事を食べるようになってから、力の回復が早くなった気がする。それで、つい欲が出た。

 封じられていた『食』がここまで力を人に与えるとは。

『神』が恐れていたのも解る。諸刃の剣だ。


(『魔王』を使う程、向こうも追い詰められているのか……。

 でも『魔王』を出したのなら、当分大丈夫だろう。まずは身体を回復させて、情報収集……それから……)


 奴のセリフではないが、神殿にいたころと違って、何もかもが思い通りにならない。

 でも

(「……それも楽しいのかもしれないな」)


 そう思ってしまうのは何故だろう。

 自分の隣で無垢に眠る妹の姿を見ながら、そんな、らしくもないことを考え、彼は目を閉じた。




 それから数日間、彼が全身を襲うとんでもない疲労と痛みに悩まされ、泣きじゃくり、保育士達と妹を困らせたのは皇女も少年も知らない話である。 


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