「ちょっと待ってください! お父様! それは酷すぎます!」
私はお父様。
アルケディウス皇王国の皇子 ライオットの前にお母様の止める手を振り払い飛び出した。
一方的な弾劾を受けるノアールを背中に庇う形で睨みあう。
まだ、変身は解かれていないので、私が私を庇う不思議仕様だ。
アルケディウスは基本的に身分の高い者の言葉を、身分が低い者は遮ることができないし、直接答えることもマナー違反に当たる。
ただでさえ、王族の命令に逆らえる者もいないし。
だから、この場で一番身分の高いお父様の横暴とも言える宣告に文句を言える者がいるとしたら当事者で娘の私しかいない。
でも、当のお父様と言えば
「余計な嘴を挟むな。これは絶対に譲れぬ話だ」
私の抗議になんて耳を傾ける気は無いと言い放つ。
「ノアールが引き続き、お前に忠誠を誓えばいいだけのこと。今までとなんら変わらん」
「でも、口封じの契約ってアレでしょう?
約束を破ったら不老不死者であろうと心臓が止まるっていう……」
「そうだな。罰則は術者や契約者本人が決めることができるので命を取らないようにすることも可能だが、条件を破らせないためのものだから甘くしては意味が無い」
「そんなものが無くったってノアールは力を悪用したりなんてしませんよ!」
「マリカはああ言っているが、どうだ? ノアール。
お前は絶対に『皇女マリカとそっくりになれる能力』を悪用しないと言い切れるか?
誓えるか?」
「誓います」
という返事はすぐには返ってこなかった。顔を反らし俯いてしまうもう一人の私。
「ノアール?」
「よく考えてみろ。マリカ。
ノアールはお前のようになりたい、と願い、そうなる『能力』を手に入れた。
どういう感情の元にノアールが「お前のようになりたい」と願ったのか?
そしてお前になる力を手に入れた時、どういう事をしたいと思うのか……」
お父様の指摘に、私はノアールの気持ちになって考えてみる。
奴隷だった子どもが、敵だと言われていた存在に救われ、雇われた。
相手は同い年の子どもでありながら恵まれた立場にいる皇女で特別な能力ももっている。
色々な面で気を使ってもらい、良い立場を与えられていても、いや与えられているからこそ
「どうして彼女ばかり?」「自分もああなりたい」
そう思うことはあるかもしれない。
私だって同い年の上司のサポートに回ることになった時、気を使って貰ったり、頼りにされて仕事を任せられるのが嬉しいと思っても。
「どうして私は彼女のようになれないのだろう」
と思ったことはあった。
嫉妬、羨望、渇望。
そんな思いに胸を焦がしたことも。
上司のことが嫌いでは無かったとしても、生まれる感情は好き嫌いの理屈とは別のものだ。
私がもし向こうの世界で上司とそっくりになり、立場に立つことができていたとしたら。
自分ならもっと良くできる。なんて考えてなり替わろうとすることが絶対にない、とは言い切れない気がする。
私の余計なおせっかいが、ノアールの心に闇の種を蒔いてしまったのだろうか?
「で、でも。ノアールはちゃんと、能力検証にも従ったし、逃げ出したりしないでここにいてくれます。
起点はそんな感情からだったかもしれないですけれど、一時の欲や嫉妬に駆られて今の立場や、自分を信じてくれる同僚や、友。居場所を壊すような真似はしないと思います」
「ならば、契約を行っても問題なかろう? ノアールは契約が発動するようなことは、しないのだから」
あうー、やっぱりそこに戻ってきちゃうのか。
今日のお父様は絶対に引かない、という確固たる信念が見える。
「だったら、せめてノアールの気持ちや話を聞いて……」
「最初からそう言っているし、選択権をノアールに与えてもいる。
黙っていろ」
「ノアール……」
論破された私の横をすり抜けてもう一度、お父様はもう一人の私を見据える。
「話を聞いていたな?ノアール。
どうする? マリカにこれからも仕えるか? 仕えることはできるか?」
容赦も猶予もない問いを、噛みしめる様に目を閉じた彼女。
やがて、その紫の瞳が再び意思を湛え煌めいた時、ノアールは立ち上がり、躊躇いなく私達の前に膝を折った。
変身をまだ解いてはいないので、私が私に跪いている形になるけれど
「私の意思の及ばぬこと、とはいえ騒動をおかけし、申し訳ありませんでした。
『能力』を封じ、契約を行うことに異論はありません。
どうか、このまま、マリカ様の元でお仕えさせて下さいませ」
「いいんだな?」
「はい。私はマリカ様の変り身。マリカ様のお役に立つために、この力が目覚めたのでしょう。マリカ様の為にこの力を使うことに異論はございません」
「ノアール……」
同じ容であっても、立ち位置や立場。
いろいろなものが違う私達。決して同じにはなれない。
「私は……マリカ様に与えられた今の生活と自分に満足しております。だから、いいのです」
寂しげな笑みに、もちろん嘘偽りは無いだろうけれどそれだけではない、ということも理解できた。
でも、私達はノアールがきっと胸の内に隠しておきたかったであろう私への思いを暴いてしまった。
これ以上彼女を傷つけたくもない。
心に決めた。
できる限り良い主であろう。と。
彼女の憧れに、思いに応えられる価値のある存在であろうと。
「解りました。これからもよろしくお願いしますね。ノアール」
「『星』と『精霊』の名にかけて。我が主に忠誠を」
私達は微笑みあう。
主と、従者の顔をして。
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