アルケディウスに戻ったついでに、いくつかの面会依頼も熟していくことにする。
まずは、何と言ってもヴァルさんとセリーナだ。
「こちらから大聖都にご挨拶に伺おうと思っていたところでしたのに、申し訳ございません」
王宮の面会室で、私は銀の鎧を身に着け、膝を付くヴァルさんと話をした。
横にはセリーナ。
なんだかこう、一週間前とは違う落ち着きのようなものが感じられるのは気のせいでは無いと思う。
「騎士試験優勝おめでとうございます。これで、念願の騎士貴族ですね」
「はい。子ども上がりでは二人目の快挙であると、ライオット皇子やヴィクス様からもお褒め頂きました。今は、もう子ども上がり、という言葉も意味はあまりないことですが」
「そうですね。全ての人間に、死が戻ってきましたから。これからは、戦い、その意味も色々変わってくるでしょう」
「はい。正直、今年の騎士試験。死者こそ出ませんでしたが重症者はかなり多く、中には戦士としての再起が危ぶまれる者もいました。姫君がおっしゃったとおり、命を賭けて戦う。
その意味をよく理解し、今後もアルケディウスと星の平和を守る騎士として、勤めていきたいと思います」
「期待しています」
大神官モード&皇女としての祝福の後、ヴァルさんはセリーナと視線を合せると大きく深呼吸。
「マリカ様」
「なんでしょうか?」
「ご報告とお願いしたい議がございます」
私にそう呼びかけた。来たな、と思ったけれどとりあえずは知らんふり。
「なんでしょうか?」
ヴァルさんの言葉を待つことにする。
明らかな緊張の面持ちでヴァルさんは、でも戦士らしく俯くことなくはっきりと要件を口にする。
「その……、結婚の許可を頂きたいのです。私と、セリーナの」
「内々には話を聞いていましたが、本気で結婚を望む、ということでいいのですね?」
「はい」
「セリーナは、私の侍女で準貴族。私以外の貴族の後ろ盾は無いので、結婚を許可する権利は私に在ります」
「解っております。ですから、こうしてお願いにあがった次第」
彼の澄み切った瞳に迷いは見られない。
ここからはちょっと本気でいく。
「元平民ですから、王宮の礼儀作法は侍女として身に付いていても、貴婦人としての知識はもっていません。貴族となる貴方の隣に立つ貴婦人としては物足りないものがあるかもしれませんよ」
「私は、騎士貴族と言ってもヴィクス様の元、王都の警備を引き続き行う予定ですので、後ろ盾などはあまり必要としておりません。貴族として社交を行う事も多くは無いと思いますので彼女に負担をかけないように努力いたします」
「セリーナにはまだ幼い妹がいます。彼女の事はどうするおつもりですか?」
「勿論、家族として受け入れます。現在、魔術師として修業中だと聞きました。
新居には、彼女が望むなら同居できるように部屋を用意する予定ですし、もし別の方法がいいなら、彼女の気持ちに寄り添いたいと思います。家族として、兄として認めて貰えるように、全力を尽くします」
魔王城にいる妹ファミーちゃん。
魔術師見習いとして、いずれは外に戻すつもりだけれど、彼女を邪険にするようなことは許したくないと思ったけれど、この答えならまあ、合格かな?
後は、仕事について。
「私は、セリーナに生活の多くを助けて貰っています。彼女が家に入りたいと望むのであれば尊重しますが、できるなら大聖都で引き続き仕事をして欲しいと思っています。
それに関してはどう考えていますか?」
「子ができるまでは、マリカ様にお仕えしたいという本人の意思も聞いております。週末やマリカ様がお戻りになられた時に、共に過ごせれば当面は構いません」
「留守の間、他の女性と浮名を流したりしませんか?」
「そのような事は絶対に。私は、セリーナを生涯、ただ一人の妻として愛するつもりです」
仕事を止めて家に入れ、と言われたら困るのでこっちも合格。
後は、最後。一番、大事なことだ。
「セリーナが、娼館育ちの元娼婦であっても騎士貴族の妻として迎えたいと思いますか?」
「!」
圧迫面接もどき。
セリーナが少し顔を伏せたのが解った。
酷いことを言ってごめんなさいだけど、それを乗り越えてセリーナを守ってくれるか、重要なところだから。
「セリーナは、処女ではありません。娼婦として働いていたこともありますが、シュトルムスルフトで辱められたこともあります。貴方も同行していたから解るでしょう?
今後、社交の場に出ることになった時、そのような人物は騎士貴族の妻には相応しくない、と言う者もいるかもしれませんよ? まして騎士試験を潜り抜けた貴方。今後はもっと良い相手の縁談が来るのではないですか?」
「それは……関係ありません」
「え?」
「彼女の生い立ちや、傷は、私が彼女を妻にしたい。という思いには何の関係も無いと申し上げています!」
基本的に上位者の話を下位の者が遮る事のできないこの世界において、下の者が上の者の言葉に逆らう事には大きなリスクがある。
それでも、怯むことなくヴァルさんは顔を上げ、私にはっきりと意見した。
「いえ、むしろ、その辛い経験こそが今の彼女を作ったのだと思っております。
私は、彼女の優しさ、強さ、勇気、思いやり、気配りなどに惹かれましたが、そのような経験が無かったら今の彼女は無かったでしょう。
傷、経験、後悔、過去。
私は、彼女の全てを受け止めて愛すると誓います。
ですから! どうか、彼女との結婚をお認め下さい!!」
セリーナが、泣いていた。
床に頭を擦り付けるヴァルさんの後ろに座っているから、彼には見えないだろうけれど。
美しい、真珠のような幸福の涙だ。
ヴァルさんの誠実さと愛が伝わってくる。
これが嘘だったら、鬼だね。きっと。
彼ならきっとセリーナを幸せにしてくれる。
そう確信することができたことが嬉しく思う。
「私が皇女として引き取られる前からの友にして、側近。
とても、大切な大切な人物です。セリーナは。彼女を守り、幸せにすると誓ってくれますか?」
「我が、命と誇りの全てを賭けて」
「セリーナ。貴女はどうですか? ヴァルさんの求愛を受けて彼の妻になりたいと望みますか?」
「はい。マリカ様」
私の促しを受けてセリーナが顔を上げた。
騎士試験の応援に行きたいから、休みが欲しい。と申し出てきた時にはまだ微かに見られた迷いや不安。自分のような過去を持つ者が、結婚できるのか。それも貴族階級と。
そんな躊躇が今は全て消えて、晴れやかな雨上がりの青空のように澄み切った、曇りのない瞳をしている。
「私も、ヴァル様を心から尊敬し、敬愛しています。
私のような者を、妻にと望んで下さるのであれば、精一杯応え、共に生きていきたいと願っております」
「二人の気持ちが決まっているのであれば、私が余計な事を言う必要はもうありませんね」
「では!」
期待に目を煌めかせるヴァルさんに私は静かに頷いた。
他に意図や思いもあるかもしれない。
けれど、これだけのことを、皇女の前で言ったのだ。
なら、きっとセリーナを大事にしてくれる。
そう信じる。
「結婚を許可します。さっきも言いましたが、セリーナは私の大事な友です。
幸せにしてあげて、いいえ。二人で幸せになって下さいね」
「はい! 必ずや!」
しっかりと手を握り合う、二人。
これ以上の口出しは馬に蹴られる。
まあ、結婚式については脅かした分、私が後ろ盾についていることを示す為にプロデュースさせて貰うつもりだ。
二人には幸せになって欲しい。不老不死世で苦労してきた子ども上がり同士の結婚。彼らの愛が、後に続く人たちへの道しるべになってくれればいいな。と思っている。
心から。
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