美味し楽しいピアンパーティの日の夜。
皆が寝静まった深夜。
リオン達も部屋に戻ったのを確かめて、私は一人自室を抜け出すと、大広間に向かう。
そして誰もいない事を確かめて、中心に立った。
深く、呼吸をして膝をつく。
これは舞の最初の、決して省略してはいけないという振り付けだ。
大いなる存在に、力と祈りを捧げる。
と挨拶する意味合いがあるのだそうだ。
心を込めて胸に両手を当てた後、その手を立ち上がりながら広く、前に伸ばした。
もう、アレクは眠っているから音楽は無い。
何度も聞いて心に覚えた、メロディーに合わせて身体を動かしていく。
この『星』に生きる事に感謝を込めて。
来週には『大神殿』の祭壇の上で多くの人の前で舞う。
その前に、予行練習というか、見て貰おうと思ったのだ。
実際に踊ってみると凄く、踊りやすいと感じる。
今まで何度も『聖域』で舞を舞ってきたけれどいつも、途中で邪魔が入るし力を吸い取られる。
『精霊神』様達にとって舞っていうのは見るものじゃなくって、力を受け取る為の手段で、多分ちゃんと見てはいないのだと思う。
でも、ここでの舞はそんなことは無い。
視線はどことなく感じられるけれど、力を吸い取られることもなく、邪魔をされることもない。
だから、私は踊ることだけに集中していられた。
できるかぎり集中して、今の自分の全身全霊で踊り終えた後、私は肩で息をしながら
「エルフィリーネ!」
虚空に向けて呼びかけた。
誰にも見られない様に気を遣ったつもりだけれども
「何でございましょうか? マリカ様」
魔王城の守護精霊にはバレていると思うし、気付かれている筈だ。
その証拠にほぼ間髪入れることなくエルフィリーネは、私の前にふわり、舞い降りて膝をついた。
「今の舞、見てたでしょ? どう思う?」
「とても流麗で、真心の籠った舞であったと思います。
『星』もご覧になって、きっとマリカ様の成長をお慶びになったに違いありません」
「そう……見ていて下さって、慰みになったのならいいのだけれど……」
今の舞では力を引っ張られたり、抜かれたりした感覚は無かった。
エルフィリーネの言葉がお世辞では無いとしたら、本当に、純粋に舞を楽しんで心安いでくれたのかもしれない。
そうだといいな、と素直に思う。
そして
「今の舞を『大聖都』で『神』の祭壇の上でするの。
もしかしたら、だけどなんか術をかけられて、他の人の力を引っ張るようにされちゃう可能性もある。
大丈夫だと思う?」
ここで舞を舞った理由の本命を問うた。
『精霊の貴人』が敵の本拠で舞を舞う。
その影響の可能性を専門家に聞きたかったのだ。
微かに逡巡するように押し黙った魔王城の守護精霊は
「……『星』と違い、『神』は『力』を集めておられます。
目的を叶える為の『力』を」
「『力』?」
静かに答える。
私の質問の答えではない。でも。
『答え』になるべく近い『答え』を探してくれているように私には思えた。
「『世界中の人間から五百年以上集めてるのに、まだ目的には足りないの?
『神』の目的って何? エルフィリーネは知ってるの?」
「そもそもが実現不可能な『目的』です。
叶う筈の無い遠い願い。『星』の力全てを束ね、集めたとて、とうてい……
でも……それを捨て去る事はあの方にはできないのでしょう……」
あの方。
やっぱり以前『精霊神』様も言っていたけれど『神』は『星』や『精霊神』と同種の、むしろ上司のような存在なのだろうか。
「マリカ様」
「なあに?」
「今回の、『大聖都』での祭礼。
マリカ様の目的は、安全な式典の終わり、で相違ございませんか?
大聖都にて『神』に力を供給するのは避けられないのですね」
「あ、うん。
立場上、どうしても。『神』が直接手を出してくるなら対立や抵抗は避けられないと思うけれど、多分そこまでしてくることはないだろう、ってリオンが」
「そうですね。代行者を奪った、とアルフィリーガから聞きました。
であれば、『神官長』と呼ばれる人間が、どこまでの権能を与えられているかによりますが、まだ直接、世界に介入することはしてこないかと存じます」
リオンやエルフィリーネ曰く
『神』や『星』、『精霊神』はこの星にありながら、少し時空のズレた世界に存在するのだという。
所謂、神の国?
そこから小さな力を使うことはできる。自分の司る場所に力を送り守ることもできる。
でも、外の情報を細かく収集したり、細やかな何かをする為には端末を作らないといけない。
色々と大変だ。
まあ『神様』達に人間世界で好き勝手される方が迷惑なのは、様々な神話、伝説が証明しているのでそれくらいの方がいいかも。
「なら、とりあえず波風立てず、儀式を執り行いたい。
力を送り過ぎて倒れたり、私が皆の力を余計に吸い取り過ぎたりって事は避けたいかなって」
この世界の精霊達の力の元『気力』
私の中に在り、世界に生きる人達全ての中に在る物事を動かす全ての源。
コントロールの練習を始めたけれど、まだまだ付け焼刃だと自覚している。
取られ過ぎないように、取り過ぎないように。
特に初めてやらされることになる『取る』が心配だ。
「解りました。マリカ様。
では、お手をお借りできますか?」
「手?」
言われるまま、私がエルフィリーネの手を取ると、瞬間
バチン!!
「きゃあ!」
青白い火花が私の手元で弾けた。
静電気を凄く大きくしたような感じだ。
痛みとかその他は、無いけれど気が付けば、私の右手の親指が真っ青に染まっていた。
「な、なにこれ?」
純粋で、濃い。
最上級のラピスラズリのような、コーンフラワーブルーのサファイアをそのまま爪に張り付けたような。
前にも似たようなことがあった。
「『星』の護り。
お力の欠片。『気力』と同じ性質を持つ情報です。
『神』の領域で舞を舞い『気力』を奪われるとき、その欠片が肩代わりし、マリカ様の力を奪われ過ぎる事を防いでくれるでしょう。
万が一、変な小細工をされるようなことがあっても『精霊神』様達と共に守ってくれる筈です」
そうだ。
アーヴェントルクで『精霊神』ナハトクルム様が自分の情報を私に刻んだ、という時とよく似ている。
あれと同じ、ということは……
「これを通じて『星』とお話しできたりする? 情報を『神』に渡すことになったりしない?」
「完全に切り離されておりますので。
手紙のようなものだと御理解下さい。そこまでの力はありません」
残念。
要するにお墨付きとか、勅許状みたいな感じかな?
でも『星』がここまでしっかり、私達を守る為に力を貸して下さったのはうっすらとしか記憶に残っていない、力の封印時以来だろうか?
「『神』が一度に吸収できる力にも限界がある筈。
『星』の護りが底上げしてくれるので、必要量は少なくなるでしょう。
民からの『吸収』量も相対的に減る筈ですが、意識して気を付けて下さい」
「うん」
仮にいうなら10リットルの水を『神』が求めているとして『星』の守りがその5リットルを肩代わりしてくれる。
残り5リットルは私が捧げなくてはならないけれど、10リットル私と参列者から集めるよりは断然負担は少なくなるだろう。
「でもこんなマニキュアみたいな爪の色していたら、目立つかな?」
「ご心配なく。目くらましの術をかけておきますので、精霊の力が無い者には普通に見える筈ですわ」
スッとエルフィリーネが私の手の甲を撫でると、あ、本当、ピンクに戻った。
「ありがとう。『星』にお礼を言っておいて」
「曇りなき舞に対する『星』のご褒美ですし、その気持ちはきっと伝わっておりますわ」
「そっか。じゃあ……」
無意識に手を祈りに組んで跪く。
私はどっちかっていると無神論者だったけれど、こっちの世界では少し敬虔な気持ちになる。
確かに人を超えた大いなる存在の暖かな意思を感じるのだ。
「いつも、ありがとうございます。
一生懸命頑張ります。必ず無事に戻ってきますから」
チカッ、と。
目くらましの術を超えて隠した指先が輝いた気がした。
うん、きっと伝わってる。
「戻ってきてからお礼にまた踊ったら『星』は喜ぶかな?」
いつも私達を愛して守ってくれる『星』にお礼や感謝を送る術が今迄は無かった。
私の拙い舞がお礼になるのなら、何度でも踊ろうと思う私に、エルフィリーネは楽し気に微笑む。
「きっとお喜びになると思いますわ。衣装もつけて皆の前で踊れば、子ども達もアルフィリーガも喜ぶのでは?」
「え? リオン? なんでそこにリオンが出てくるの?
それにリオンはいつも、私の奉納舞を見てるし……、今更かなって……」
「ああ、むしろ悔しがるでしょうか? マリカ様の舞を多くの人間に晒すのは。
あの子は結構、独占欲が強いですから」
「エルフィリーネ!」
私は、揶揄うエルフィリーネに気を取られて気が付かなかった。
部屋の隅で様子をうかがっていたリオンが顔を朱に染めた事も、それをフェイが生暖かい目で見つめていた事も。
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