国王会議が始まった。
「新年と、会議の開始を祝って『聖なる乙女』に舞を賜りたく存じます。
どうか、当日は朝から控えの間においでくださいませ」
マイアさんが自らアルケディウスの宿舎に来て依頼して行った。
大聖堂の舞台の上で、国王陛下達や司祭さんに向けて踊るんだって。
今回も神事ではあるけれど『神』に直接アクセスするものではないので禊はなし。
良かった。
当日、指定時間に私は控室に赴いた。
衣装の着付けは慣れている皆さんにお願いする。
舞衣装を着た後、マイアさんに確認した。
「これで、私の『聖なる乙女』としての仕事は終わりですよね」
「はい。ただ、アンヌティーレ様は稀に他国の国王陛下や、神官長などから要請があった時などに舞を披露されることはあったようですが」
「そんなに頼まれることがあるのですか?」
「それぞれの国の舞姫が舞を見せて欲しいとお願いされていたようです。詳しくは存じませんが」
舞衣装の着付けが終わると、私は控室で待機になる。
側にいるアルケディウスの随員はカマラとミュールズさんだけだ。
他の皆は今日の夜の舞踏会の準備をしてくれている筈。
着替えを伴うのでリオン達は着いて来て貰えなかった。
防音が聞いているから、国王陛下達がどんな会話をしているかは解らないけれど、新年のあいさつとか、しているのかもしれない。
「マリカ様。喉は乾いておられませんか?」
「ありがとうございます」
準備が終わり、呼ばれるのを待つだけの私にマイアさんがお水を持ってきてくれた。
緊張で、喉が渇いたので頂くことにする。
何か混ぜられている……が過ったけど私にはもう『神』の力が悪影響を齎すことはないだろうと言っていたし、神官長もこれから儀式があるのに私に変なものを飲ませたりしないだろうと思った。
念の為、カマラが先に、毒見として飲んでくれたけど異常なしだったし。
「本当に……不思議な感じがいたしますわ」
「え? 何がです」
「姫君のお姿が精霊の色でないことが、でございます。
このお姿は仮のものでは無いかと思われる程にあの時。
『神』との対話の後に金髪を揺らめかせた姫君が美しく、神々しかったものですから」
マイアさんは、水を飲む私の黒髪を見つめながらそう零す。
普段、雑談などめったなことではしない女神官長がこんなことを言うのだから『神殿』の人にとっては『精霊の色』を宿した外見であることは重要なんだと思う。
私にはよく理解できない事だけれど、
「そんなに外見の色が大事ですか?」
「今は、そうは思っておりません。姫君の舞の美しさとお力の前には外見など小さなことだと解りましたので」
今は、ってことは前は思ってたんだ。
とは言わない。
マイアさんはそう私に思われることを承知で告白したんだろうし。
「闇色の髪も、宵闇の瞳も美しくお似合いだとは思うのですが、やはりあの、陽光の化身のようなお姿をもう一度拝見したいと思う気持ちは蓋をすることができません。
お許し下さい」
「別に構いません。ただ、私は自分が金髪、碧の瞳になった自分は他人のようで、ピンとこないのです。だから、この姿の私を認めて欲しいなとは思います」
「外見など、些少なことだとは解っております。マリカ様が『神』に愛される『聖なる乙女』たる所以は外見などではないと承知しておりますので」
金髪、碧瞳を求めるのは単なるセンチメンタルだと。
本人の前で告白する以上、本当に他意は無いのだろうけれど同じように思う人は多そうに感じる。
もし、私の外見がここまで整っていなかったら、多分、もう少し世の中は生きづらかったのだろうし。
「マリカ様。そろそろお出まし頂けないか、ということです」
「解りました。今行きます」
呼び出しの小姓さんに招かれるまま、私はカマラだけ連れて部屋を出る。
そして、大聖堂の中に入った。大聖堂前の祭壇、というか舞台の上で、神官長が待っている。
新年の儀式の時に行われたのと同じような感じで、神官長に挨拶をした後、舞を舞うように言われたから、そうする。
まずは神官長に一礼。それから聖堂の席に座る王族の皆さんに一礼。
この儀式には随伴者は入れないらしいから、本当に席についているのは王族ご夫妻だけだ。
一方で聖堂の両端には神官がずらーり。マイアさんもいる。
豪華な服を着ている人が多いから、きっと神殿のトップクラスの人達なのだろうな。と思う。
皇王陛下がいる。各国の王族の方達もいる。
これは七国を巡ったおかげだね。去年までは殆ど知った顔が無くて怖かったけれど、今年は顔見知りが多くて、その視線が私を応援してくれているのが解ってホッとする。
舞台の中央に膝をつき、楽師さんに目で合図して胸に手を当てた。
目を閉じてタイミングを待つ。
今日の楽師はアレクではないので少しやりづらいけど仕方ない。
ピーン、と。
張り詰めた空気を音にしたような一弦が鳴り響き演奏が始まった。
それに合わせるように私も動き始める。
今回は『精霊神』や『神』に力を捧げる儀式じゃないから、と思って確かにちょっと油断していたのかもしれないけれど……
(えっ?)
舞い始めると直ぐに予想外の事が起こり始めた。
祭壇の中央が、不思議な青い光を発し始めたのだ。
私の足元から光が祭壇全体に広がり、足元に不思議な陣を描いていく。
例えて言うなら転移魔方陣が発動した時のような感じだ。
まさか、どこかに飛ばされる?
と思ったけれど、幸いそれは無かったみたい。
いつもみたいに力が取られる、のかと思ったらそれもない。
むしろ、逆に力が注がれているような気がした。
手足が熱くて、身体の内側から力が湧きだしてくるような感じだ。
なんだろう。これ。初めて。
「!!」
倒れたり気持ちが悪くなるような変化では無いので、とりあえず踊り続けていると何故か客席? の王様達が一様に目を見開いた。
舞そのものはいつもと変わらない筈なのだけれど、なんだろう。
とにかく、最後まで舞わないと、と思っていると、ん?
周囲が明るくなる。
「!」
気が付けば光の精霊がたくさん。
しまった。来ないでって言うの忘れてた。
(「来なくていいから、戻って!」)
心の中で必死に願ったのだけれども精霊達は立ち去る様子が無い。
仕方ないから、そのまま踊り続けると、魔方陣がさらに青い光を帯びた。
力が立ち上がる様子はどう見ても術式発動の雰囲気なので身構えたけれど、幸い何も起こらない。ただ、青い光が周囲に煌めいているだけ。
光の精霊がいることもあって、青と金の光が周囲に散って綺麗だけれど、私としてはそれを悠長に眺めている余裕はなかった。とにかく舞を終わらせないと。
いつもみたいに力が吸い取られることは無かったので、身体的には楽だったのだけれど気持ち的には焦りまくりの冷汗出まくりの状態で、私はなんとか舞を終えた。
音楽の終わり膝をつき、目を閉じると同時。
「嘆賞せよ、諸国の王たちよ」
私の真横から、近づいて来たらしい神官長の声が響く。重厚で良く通る声が「嘆賞せよ」と指示しているのが私の事らしいのは解る。何故?
「これが、大陸に齎された星の奇跡。真なる『聖なる乙女』である」
「へ?」
私が顔を上げ神官長を見ると、なんだか満足げというか、成功した。という表情。
一方で前に向ければ、各国王達が目を輝かせている一方で、皇王陛下が額に手を当て俯いている。困ったことになったという顔だ。
「これより始まる会議にて、諸兄には先ほどの話を真剣に考えて頂きたいものだ。
ありとあらゆる精霊と『精霊神』に愛され、『神』の祝福を受けた真なる『聖なる乙女』。
彼女と『神』と『星』が照らす。大陸と七国に栄光あれ」
何が起きたのかは解らない。
けれど、何か相当にとんでもない事態になったのは解る。
騒めく神官や、諸国王達。
私は祭壇の上から波乱含みの国王会議の始まりを。
まだ光が残る舞台とは正反対。闇が心に忍び寄るような予感と共に見つめていた。
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