精霊国を飛び出し、戻れなくなり、勇者として魔王討伐の旅をしていたリオンは、当然自分が魔王の転生であることも、魔王が既に討伐されていることも知らなかった。
「魔王が世界を暗黒に染めていた、というのは人工太陽の機能を彼が乗っ取ったから。
この星は地熱によって気温がキープされているから、太陽は本当に灯りの役目だけだったのよ。
私は精霊神様達が封印されてから、この星の機能を守り、回すのが精一杯。
外に出ることはしなかったし、できなかった。そもそも、動けないのよ。
私。端末を作って、その身体を借りるのが精一杯。
本当は彼が帰ってきた時、嬉しくて会って話をしたかったし、彼が勝手を始めた時、止めに行って怒りたかった。でも、本当に動けなかったの」
この星にたどり着いたレルギディオスも本当はステラ、星子ちゃんに会いたかったのだと思う。でも長い放浪の果て、彼は変わっていた。
子ども達を守ることは勿論だけれども、地球に帰ることに執着して、星に根を張ったステラ様と精霊神様達に怒りを露わにした。
自分の思いと怒りに呑み込まれ、感情をコントロールすることができず。
地上に降りてすぐに魔王を世に放ち、精霊神達を封印して『神』としてこの地を掌握しようとしたのは、この星の人々を掌握し、乗っ取ろうとしたからなのかもしれない。
「星のコントロールとナノマシンウイルス精製を邪魔されない為に、私は精霊国の地下で籠っていた。ネットワークからも切り離してあったから、彼も簡単にはアクセスできなかったのね。この土地での基盤を作る必要もあっただろうし。
だから、トロイの木馬のようにあの子を私達の内に入れて、私との経路を繋ごうとしたのだと思う。
そしてそれにあの子も、私達もまんまと乗せられてしまった……」
『『神』が我々との対話を望んでいるようです。どうなさいますか? ステラ様』
『彼がなんでいきなり精霊神様を封印したのか解らないけれど、話はしたいのよね……。
明らかに罠だとは解っているのだけれど。行ってくれる? マリカ?』
『かしこまりました』
『話を聞いてくれれば良し。彼が力を貸してくれればこの大陸はもっと豊かにできるから、まだ眠りについている彼の船の子ども達も解放してあげることができると思うわ
「私はまだ、その時、彼があそこまで歪んでしまっているとは思わなかったの。
その後は貴女も知っての通り。
彼は、私達がこの星に根を下ろし地球に戻る術を捨てたことを怒っていた。
その頃にはもう何百年かの時が過ぎていて、私達が連れてきたオリジナルの地球人類は誰もいなかった。宇宙船は王城や大地に変わり、地球人はアースガイア人になっていた。
彼らはこの星での生活に特化して、生まれながらに皆、新型ナノマシンウイルスのワクチンをもってもいたけれど、ごく一部の王族以外は宇宙への適合力を持たなかった。
文明もまだ中世レベルで星間航行ができるような船を作ることは難しかった。色々な理由があったのだけれど、彼の耳と心には届かなかったの」
『何故! 子ども達の手を離したんだ! 約束を忘れたのか!』
『忘れてなんかいない! 子ども達の為を思ってこそよ』
神殿。
疑似クラウドでの秘密会談は『精霊の貴人』マリカと『神』のもう一人の子。
大神官フェデリクス・アルディクスの身体を借りたステラとレルギディオスの罵り合いとなった。
王族ではあっても人間であるライオットと、騎士団長クラージュさんは中に入れず、立会人は変生という形で精霊の力を身に着けていた魔術師フェイアルとリーテ、それから『神の子』ミオル。そしてアルフィリーガだけ。
『このまま、この星の子ども達が世代を重ねて行ったら、完全に宇宙航行の適性を失ってしまうだろう! そしたら、地球に帰れなくなる!』
『どうして、地球に帰るなんて話になるの! 私達はこの星に根を張った。
この星で子ども達を幸せにして、幸せになるのよ!』
『話にならない! これ以上、子ども達の魂や精神を劣化させるわけにはいかない。
マリク!』
「え?」
その時、おそらくリオンは完全に状況が理解できず、混乱していたようだと聞く。
大切な人が魔王の疑いをかけられているから、その誤解を解くだけだった筈の会談が上位存在同士の舌戦になるとは。
『お前の願いを叶えてやる。人々に劣化しない身体を、不老不死を与えよう。
だがその為には強い力が必要だ。
『精霊の貴人』をその手で殺せ』
「!」
「我らが父なる『神』よ。それはあまりにも……」
『何言っているの! この子は真里香先生の卵子から生まれた……』
「だからこそだ。原初の強い力を持っている。その力を使って人間一人一人に肉体が衰え傷つくことを禁止するシールドを付与すれば、疑似的な不死を全ての人間に与えられる筈だ。後はマリクの力も混ぜて不変を与えれば誰も死ぬことの無い世界が作れる。
これ以上、この星の住人達の魂を劣化させるわけにはいかない!」
『な、何言ってるの? アルフィリーガも死なせるつもり?』
『肉体が失われても、魂さえ無事なら身体など作り直しが効く。お前が証明しただろう!
どうせ、バックアップも取ってある筈だ』
うわっ。
完全に思考が悪い意味での『神』だ。命を弄ぶにも程がある。
「今、思うと本当にお互い、色々麻痺してたのよね。子どもの思いや命の理を完全にバカにしている。
その過ちに私自身も気付いたのは、貴方達が魔王城に戻って来てからのことなのだけれど」
「え? 私達が戻って来てから?」
さりげない自嘲に首を傾げた私の疑問には答えず、困ったような微笑を浮かべたままステラ様は話を続ける。
「最終的にアルフィリーガは、あの人に操られてエルーシュウィンで『精霊の貴人』を刺して機能を停止させた。
私も端末を失ったことで本体に戻されてしまった。
でも、その後、あの子は意外な反応を見せたの」
「意外な反応、ですか?」
「そう。『神』の欠片が体内に入った状態であったのに抵抗して、彼の支配を打ち破ったの」
『だ、ダメだ。マリカ様を、死なせるなんて!!!』
『アルフィリーガ!』
「これには彼も驚いていたわ」
その隙をついて『精霊の貴人』はあの子の魂とエルーシュウィン、そしてシュルーストラムを私の所に転送してくれたの」
『アルフィリーガ。貴方は、私の喜び。私の希望。絶対失わせません』
「マリカ様!」
『神』の行動にどん引いた他の三人の人間達の助力もあって、なんとかアルフィリーガは星の元に帰ってきたけれど、彼らは戻って来なかった。肉体は勿論。魂も。
おそらく神の怒りをかってリオンの代わりに世界変革の素材にされただろう、とステラ様は言う。
それからすぐに、世界の人々全てが不老不死の世界が訪れた。
星に根付いたステラ様の支配権こそ奪われなかったけれど、表層と人間全てに『神』の力が上書きされそれを阻んでくれる筈の精霊神様も封じられ『神』主導の世界が生まれたのだ。
「最低な事にね。彼の言う通り、私はあの子の肉体のバックアップを取ってあったのよ。
保存しておいた細胞と精子のデータを元にクローンを作るように培養復元。
作り直しに時間はかかったけれど、アルフィリーガを再生することはできた。
ただ『精霊の貴人』はどうしようもなかった。肉体も魂も全て奪われてしまったから」
ステラ様の元に残されたのは、最期に託された真理香先生の受精卵のみ。
彼女はこれを目覚めさせることを決意する。
ただ、この子に無事、魂は宿るだろうか、と不安になった時にある事に気が付いてしまったのだという。
「アルフィリーガの成長、進化は驚くべきものだったわ。
特に肉体にナノマシンウイルスが入っている状態なのに上位存在の支配をねじ伏せたことに私も、彼も驚愕したの。
私達、第一、第二世代は肉体をもった状態ではコスモプランダーに逆らえなかったのに」
ナノマシンウイルスは力を与えるけれど、上位者の意思には逆らえない特性がある。
「そうして、私はまた、最低な事を思い着いた。
エルフィリーネが言った通り、精神の力がナノマシンウイルスの操作に重要なのなら。あの子の中に宿った二人分の魂がそれを為す力となったのなら。
真理香先生の子どもも、同じように補佐する魂を宿らせ、二人分の精神力を身に着けさせたら、万が一魂が宿らなくても、生命として成立するのではないだろうか?
もし二人分の魂が融合したのなら、コスモプランダーの支配も跳ねのける新たな進化。第三世代になるんじゃないかって。
丁度、その時、いい素材も見つけてしまったものだから余計に……ね」
「いい素材、ですか。それって、もしかして……」
「そう。とても、とても強い精霊神の血を受け継ぐ王族。
この星で愛され、生まれる筈だった魂。『聖なる乙女』
ライオットとティラトリーツェの子」
「あ……、やっぱり」
アドラクィーレ様の陰謀で流された生まれる前の赤ん坊の魂は、行き場を見失い彷徨っていた。
それを見つけ、拾い上げたステラ様は真里香先生の娘である受精卵と融合させた。
「真理香先生の身体で受精した、地球最期の卵子。
真理香先生の子どもに、生まれることができなかった胎児。
ライオットとティラトリーツェの娘の精神を融合させ、真理香先生の人格データと歴代『精霊の貴人』の記憶をインストールした存在。それが貴方なの。
マリカ。
私の最高傑作。大事な貴女」
全てが明かされた。
私は、やはり自然に生まれた人間ではなく、魂のキメラ。
そうあれと作られた、人型精霊だったのだ。
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