一夜明けた夜の日。安息日。
来客用宿泊施設の男子用宅で
「シュウ。慎重に作業して下さい。
部品などを失くすことの無いように」
「うん。気を付ける。スゴイね……コレ。
うわー、この部品、ちっちゃい」
テーブルの上に大きな布を布いて、そこでシュウが慎重に解体作業を行っていた。
解体しているのは私が諸国訪問の時に、お土産にアーヴェントルクから貰った最高級品の機械式時計。
アルケディウスのお城に置く予定のそれを、お願いして少しだけ預からせて貰ったのだ。
国宝、芸術品と言っても可笑しくないアーヴェントルクの最高級時計。
解体する、なんて言ったら皇王陛下は目を剥くだろうから言わなかったけれど、シュウなら分解しても丁寧に戻してくれるだろうし、念の為フェイにもサポートについて貰っている。
最悪でも元に戻せるように。
周りにはけっこうな見物人がいるけれど、気にもならないようで作業に集中してる。
芥子粒のような吹けば飛びそうな小さな部品も、丁寧に一つずつ並べていた。
「素晴らしい腕前の技師ですわね。王宮抱えや専属の者でもなかなか、ああはいきませんわ」
「シュウには採油用の蒸留器とか、この花の香りのペンダントとか色々作ってもらっているんですよ」
シュウは魔王城の子どもの中でもちょっと変わった『能力』をもっている。
機械工学に関して完璧な記憶力と、再現能力をもっていて、一度分解したものは元に戻す事もできるのだ。
かなり複雑なモノでも。
エッセンシャルオイルの蒸留器を作って貰ったし、最近は改良も初めて、つけているといい香りのするペンダントも作ってくれた。
子ども達の作った木の上の家。
あれもシュウが設計したらしい。
子どもらしく正確な約束を守った『設計図』ではないけれど、ここに窓を開けて、ここに釘を打つなどちゃんと考えて書いてあった。
ただ、魔王城にはそう言う技術を教えられる師はいない。
私の木工、彫金は趣味と保育所での実習レベルだ。
とっくに追い越されている。
自学独習だから、せめて最高峰のモノも見せてあげようと思って借りて来たというわけ。
完全分解を終えたシュウはその後、丁寧にまた組み立てていく。
この辺は危なげない。集中力も凄い。
分解完了から一刻も経たないうちに時計は元通りにカチカチと動き始める。
「ふう~~。
これでおわり」
「ご苦労様。頑張ったね。疲れたでしょ」
「部品が、とっても細かくてたいへんだったけれど、すっごく、面白かったよ。
この子、とってもいい子だね」
「いい子? ってこの時計?」
うん。
鮮やかに頷くと愛し気にシュウは時計を撫でる。
「うん。
ドライジーネもそうだけど。この時計も。後、他のたくさんの道具も。
とっても大事に、時間をかけて考えられて。
人の為に役に立つ様にって想いを込めて、丁寧に作られて。
だから、道具もそれに応えようと頑張ってくれる。
それって、とっても素敵だと思うんだ」
シュウの言ってくれていることは実感として共感できるわけではないけれど、理解はできる。
設計理念、とか基本骨子、というものだ。
人に作られた道具というものは、性能その他はさておき、その役割を正しく果たすのが一番大事なことなのだそうだ。
昔、本やゲームで見た。
この世界はそんなに機械と言えるものが多い訳では無いけれど。
望まれて手間をかけられて作られた道具は、きっと言葉を持たなくても創造者の思いに応えようと頑張るのだと思う。
例えば、シュウが最初に作って以来一度も狂ったり、止まったりすることのない時計のように。
勿論、作り手や、使い手の愛情や、メンテナンスとかも必要だけれど。
…………あれ? なんで涙が出て来たんだろ。
そんな泣くような話じゃないのに。
「どうしたの?
マリカ姉。ありがとう。ステキな道具を見せてくれて。
お別れするのは寂しいけど、大事に使ってあげてね」
「うん、そう伝えておく。それから、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「なあに?」
いけないいけない。
そんな場合じゃない。
完全に元の形を取り戻した時計を預かりながら、私はシュウと目を合わせる。
確認しておかなければならないことがある。
「ねえ、シュウ。
外に出て、技術の勉強とかしたいと思ったりする?」
私は気になっていたことを聞いてみた。
前に聞いた時には、魔王城にも色々と機械や道具関連の本があるから行かなくてはいいと言っていたけれど。
シュウの才能も、外の世界で他人と関わる事で輝くタイプだと思う。
「うーん。最近は、ちょっと外に出たいな、と思わなくも無い」
私の質問に、ちょっと目を瞬かせた後、シュウはちゃんと考えて応えてくれた。
「こういう時計とか作る人の所で、勉強したいなあは、ちょっと思う。
ぼくは、部品を組み立てることはできるけど、一から作る事ってできないからさ」
魔王城には、というか世界全体にだけどバーナーとか現代のような便利な金属加工道具は殆どない。
一度鍛冶屋さんに仕事場を見せて貰ったけれど、昔ながらの炉に火を熾して、それに金属を入れた後一気に冷まし加工する感じだった。
あれで良く、あの時計みたいな細かい部品とか『通信鏡』のような特殊細工ができるもんだと感心する。
「……僕も、正直シュウの加工技術が向こうで欲しいな、と思う事はありますね」
私達の話を聞いていたフェイが同意するように頷いた。
通信鏡や他の精霊力アイテム。
それに今後、印刷とかが始まると、シュウの技術と能力は重要性を増すという。
「でも、ポッと出の子どもがそう言う所に弟子入りとかできるかな?
けっこう上下関係とか大変そうな気がする…」
「そうですね。調べてみましょう。
城に出入りする、鉄工、木工加工工房の者などに」
「お願い。住み込みとかはさせられないから」
子どもを低く見ずに、しっかりと技術を教えてくれる技術力の高い人がいるといいな。
そう言う人がいたら、エリセ達と一緒に通勤するような感じで、シュウも外に出せるかもしれない。
魔王城の子ども達の『能力』にもそれぞれ個性や特質がある。
外で出ないでも伸ばせる力もあるけれど、人と関わっていくことで輝く力もあるから。
いつかは魔王城の保育園の子どもが、リグを含めて全員、魔王城の外でも中でも、その存在を認められて愛されて生きられるようになるのが、私の理想。
私の目的。私の役目。
その日まで、色々と考えて準備して行きたいと思う。
「? どうしたんです? リオン?」
「……いや、なんでもない。ちょっと……、ああ、あくびが出ただけだ」
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