王宮魔術師のソレルティア様、という方は子ども上がりだということは解っていた。
基本的に魔術師(本当の所は精霊術士だけれども)は子どもの頃が一番力が強いと言われている。
精霊達は精霊石と同等の力を持つとされる『神』と『神官』の声に逆らえないらしいけれど『星』の手足である精霊石の命令を一番素直に聞くからだろう。
術士になるには精霊石と出会わなくてはならず、さらに精霊石に認められなければならない。
その上で精霊に意思を伝える呪文を正しく覚え、行使できるようにならなければならない。
つまり子どもが唯一成り上がれる手段ではあっても、打ち捨てられることの多い子どもが、魔術師になるというのは運とかなりの努力が必要な険しい道のりだ。
「ソレルティア様は王宮の花よ」
「魔術を生活に使われることを惜しまれないんだ。我々も色々助けて頂いた」
その険しい道のりを勝ち抜き、王宮の魔術師となったソレルティア様は二十五代目。
当代三十年という在位は歴代の魔術師の中でもかなり長い方らしい。
「王宮の花、か…」
第一皇子妃様のサロンのお手伝いをした帰り、私は意識して彼女を探した。
文官エリアで彼女はいつも忙しく仕事をしているらしい。
部屋で文官トップとしてふんぞり返っている訳では無く、出たり入ったり。
だから彼女を見つけるのはそう難しい事では無かった。
周囲の人達と話しながら仕事をする彼女を遠目で見る。
金髪、碧の瞳。
伝説の勇者と同じ色合い、精霊の祝福を得た鮮やかで華やかな容姿とプライド。
そして外見に似合わぬ努力家で、実力者であるという。
彼女はいかにして杖を得て、魔術師になったのかを他者に語ることはしない。
けれど、ただの子どもの準貴族魔術師から始まり、三十年で周囲の信頼と尊敬を勝ち得て、名実ともに王宮の花と呼ばれる王宮魔術師になったのは本当に、彼女の努力の賜物であるのだろう。
その点においては素直に尊敬する。
「おや、お前は…」
あ、見つかった。
周囲の部下に声をかけて、私の方に歩いて来るソレルティア様。
別に隠れて見ていた訳ではないけれど、偶然を装いすれ違ったフリをするにはここは、私の仕事圏から遠い。
バレバレだろう。
「先日は急に話しかけて失礼したわね。
試験も無事に終わり、一次採点を終えた答案は既に皇王様の元に行っています。
私と話をしても、もう不正とか、不利とかの心配はないから安心して」
「恐縮です」
私の心を読んだ様に気さくに話しかけてくれるソレルティア様。
フェイとはとは違うベクトルに本当に頭が良い方なんだなあと思う。
術士の絶対条件の一つは知性だというし。
「其方は仕事終わり? 王宮料理人への調理指導や皇子妃様達の宴席の手伝いをしていると聞きますが」
「はい、少し早く仕事が終わったので散歩、というか城内の見学を…」
我ながら下手なごまかしだと思うけれど、ソレルティア様はクスッと笑って頷いて下さる。
そして…
「…散歩なら、私としませんか? 丁度、休憩をしようかと思っていた所なの」
「え?」
「今は丁度、秋咲のロッサがキレイよ。外の庭園に行きましょう」
「ええっ!」
反論もできないまま、あれよあれよと手を引っ張られて、気が付けば私は本当に王宮の庭園、その東屋に引っ張られていた。
超絶美人のお姉さんと二人。
絵にはならないだろうなあ、と思う。
「どう? 風が気持ちいでしょう?」
「ええ、本当に」
東屋は小さなベンチとテーブルがあるだけだけれども、ソレルティア様の言う通り風が爽やかに通り、秋薔薇の香りを運ぶ。
とてもいい雰囲気だ。
彼女が払った為か、見える範囲で他に人はいない。
私とソレルティア様の二人だけ。
ああ、そうか。と私は思った。
「もし良ければ少し、話をさせて頂戴。
頼みたい伝言もあるの」
彼女も情報が欲しいんだ。
私がフェイの為に彼女のことを知りたいと思ったように、彼女も、自分の後に座るであろうフェイの事を、知りたい…と。
「雑談で…いいのであれば」
「ありがとう」
そうだ。
私はバッグの中から布包みを取り出して、テーブルに広げた。
中から出て来たのは新作のタルトの余り。
「これは?」
「今日の第一皇子妃様のサロンで出されたお茶菓子の残りです。
サフィーレはお嫌いですか?」
「嫌いも何も、物を食したことなど殆どないわ。
最近王宮や、下町で『新しい食』が流行していると聞きますが私達の口に簡単に入る者では無し」
「もし、お嫌でなければゲシュマック商会の扱っている商品なので召し上がって下さい」
毒見代わりに一切れ取って先に食べ、ソレルティア様に残りを押し出す。
「頂くわ」
ピアン…桃…は季節がら終わりになる。
これからはサフィーレ。リンゴのシーズンだ。
パイ生地がまだ試行錯誤中なので今は、もう少し簡単にできるタルト生地でお菓子を作ったらかなり好評だった。
中身を入れ替えればいろいろと応用が効くのもまた楽しい
「…ステキね。目が覚めるような感覚が口の中に広がる。
これが味覚、甘い、ということなのかしら。
精霊の力が身体に流れこんでくるよう。素晴らしいわ」
さくさくと夢中で食するソレルティア様の感想はまさに魔術師と言った表現だ。
「このような素晴らしいモノを其方達は日常に食しているのですか?」
「はい。育て親に教えられて…。それを見込まれて私達はゲシュマック商会に引き取られたのですが…」
「なるほど。このようにして、口から精霊の力を定期的に取り込めばあの子の様に、強い精霊の力を宿すことも可能、ということですか…。
貴方達を育てた隠者は、よほどの知恵者のようですね。最初の師とは大違い」
「ソレルティア様の…師?」
どこか吐き捨てるような言葉に私が小首を傾げたのに気が付いたのだろう。
彼女は、私を見ながら小さく嗤う。
「私の師も、子ども上がりの元魔術師。
魔術師としての力を失って山奥で隠遁していた隠者でした。
私は彼の身の回りの世話をする小間使いで、彼の杖を継いで魔術師になったのです」
ないしょですよ。というように口元に指を立てるソレルティア様。
同じ境遇の子どもだから、零して下さったのだろうか?
「魔術師だったくせに精霊の存在を否定する愚かな方、でしたけれどね。
精霊に愛想を尽かされるのも道理の愚かな人でした」
「ソレルティア様は精霊を信じておられるのですか?」
「勿論ですよ。精霊の存在を信じずにどうして、魔術師が務まります?」
当たり前だ、という彼女の目には確かな信頼と友愛が見える。
「成人してからは見えなくなってしまいましたが、私が子どもだった時代、精霊は身近な友達でした。
花にも、水にも、風にもあらゆるものに精霊が宿っていると私には見えたのです。
声を聴く事はできなかったけれど、彼らが私達を愛してくれている事が私には解りました」
ソレルティア様は、精霊を見る能力を持っていたのかな?
と素直に思う。
金髪、碧の瞳は精霊に愛された者の証とも聞くし。
「中でもこの杖にはとても美しい精霊が宿っていました。
彼の姿を見ると、どんな苦労も耐えられる。そう思ったものです」
横に置いた杖に視線を向け微笑むソレルティア様にふと、私は疑問に思う。
? いました?
過去形表現に聞こえたのは何故?
「今だから、そして其方だから言いますが杖を継いだ、というのは嘘です。
師の悪辣に耐え兼ね杖を盗んで逃げたのです。
その後、行き場の無い所を先代の王宮魔術師に拾って頂き、術と杖の使い方を教えて貰って魔術師になりました。
成人して精霊は見えなくなってしまいましたが、私は精霊の存在を今も信じていますし、彼らは私達を愛してくれていると信じて術を使っています」
ただ、王宮魔術師の寿命は不老不死を得た肉体程に長くはない。
子ども時代が一番力が強く、不老不死を得てからは短くて二~三年。
長くても数十年で精霊石を使っての術が使えなくなる。
そうなる前に、自ら職を辞すのが慣例だそうだ。
王宮魔術師で無くなっても準貴族位と年金は残るから、生活に大きな不自由はない。
望めば文官などとして再就職もできる。
でも、大抵は人生の大半を術士として生きて来た彼らはそれを拒み、表舞台から姿を消すという。
『其方は、精霊に愛されている。
その愛を大切にするがいい』
ソレルティア様を育てた王宮魔術師も、彼女の成長を確かめ地位を譲った後いずこかに消えた。
その後の消息は不明。
だから、彼女はその地位に相応しく在るように努力を続けていた、と。
「でも…私もそろそろ限界なのだと思います。精霊に思いが届かなくなってきています。
杖にいくら呼びかけても、以前と同じように語り掛けているのに応えてくれなくなりました。
第二の師のように、自分の力の衰退を認め、次代に譲るべきだと解ってはいるのですが…なかなか、気持ちの整理は付けられないモノ、ですね」
自嘲するように唇の端を下げると、
「でも、そろそろ覚悟を決めるべきなのでしょう!」
ずっと、食べきらず、手に持っていたタルトの最後の欠片を飲み込んでソレルティア様は立ち上がり私を見下ろした。
「其方の兄の能力、杖、そして試験の解答はとても興味深いものでした。
恐らくは合格発表に先立ち、皇王様からのお呼び出しがあるでしょう。身を整えて待つように、と伝えなさい」
それだけ、本当にそれだけを言い残して、彼女は去って行った。
スタスタと後ろを振り向かず。
フェイの情報を聞きたいのかと思ったのに、そんなことは欠片も聞かず、自分の事だけを話して。
…去り際、彼女の杖がキラリとした光を放ったのを私は見た。
何かを訴えるような小さく、澄んだ光。
それが、私には杖からの願いの様に思えてならなかった。
一枚は皇王陛下より。
文官採用試験受験者 フェイ。
保護者と共に火の曜日、二の水の刻。
王宮に参ぜよとのもの。
そしてもう一枚の差出人は、王宮魔術師 ソレルティア様。
同日、一の火の刻。
皇王陛下の謁見に先立ち、王宮魔術師の元に立ち寄るべしとのもの。
王宮から二枚の書簡がゲシュマック商会 フェイの元に届いたのは、翌日の事だった。
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