懐かしい。
最初に思ったのはその一言だった。
動きやすい女騎士の鎧無し旅装。
剣を帯びて、髪をポニーテールに纏めて。
颯爽と立つ姿は凛々しくも美しい。
かつて。
私が魔王城からアルケディウスに出てきて間もない頃。
初めて、私を『守る』と誓ってくれた優しい人。
女騎士ティラ様。
ホント。懐かしくて涙が出そうだ。
でも、ここはけじめというか、はっきり聞くよ。
「どうしてお父様だけでなく、双子ちゃんやお母様まで?」
「祭りを楽しみに来た、というのも嘘では無いのだけれど。
多分、思っている通りね。貴方達の事を見ていました」
「私達の事を?」
「結婚前の最初で最後のお忍び大祭を楽しませてあげたかったので、こういうトラブルが起きた時は助けようと思っていたの。
カマラ達、セリーナ達、ソレルティア達にも祭りを楽しみつつ、気にかけてやってと頼んで、ね」
「みんなで、私達の事を覗いていたんですか?」
祭りを楽しむ中、時々感じていた視線はやっぱりそうだったのか?
私は精霊獣達だけ。
悪くしてもフェイくらいだろうと思っていたのだけれど、まさかお父様とお母様が双子ちゃんまで連れて出てきていようとは。
「覗きなんて人聞きの悪い。貴方達が祭りを楽しむ笑顔を、私達も祭りと一緒に楽しんでいたの。こんなトラブルが起きなかったら最後まで表に出てくるつもりは無かったわよ。
子ども達も連れてきたし」
「とうさまとかあさま、二人でおまつりにいってくる。って。
マリカねえさまたちをみにいくって。だから、いっしょにいく!ってダダこねた」
「おとうさまと、おかあさまとやくそくしたの。
しーって。マリカねえさまと、リオンにいさまにみつかったらぼうけんはおわりだぞって」
「フォル君、レヴィーナちゃん」
どことなく、自慢げ、というかドヤ顔の二人を私は地面に降ろした。
うーん、光景が目に見えるようだ。
私達を送り出し、子ども達をお昼寝させて。
こっそり二人で祭りに来ようとしたら、見つかって、泣かれて大騒ぎになって、それで約束して連れてきた。
子育てあるある。だ。
「ゲシュマック商会の店の中に入れてもらって食事をして、その後は貴方達の行動を追いかけるようにして広場に来たの。
この子達はお芝居を見るのが初めてだったから大興奮でね。
騒動に気付くのが少し遅れてしまったわ。ごめんなさいね」
「それは、いいです。でもみんなに、バレちゃったし、帰らないといけないと、ですよねっ……うわっ」
私の足の右左に双子ちゃんがしがみ付く。ガシッとね。
う、動けない。、
「えー! やだーー! おまつりもっとみる!!!」
「マリカねえさまのおはなし、さいごまでみるの!!」
「あの劇は私の話ってわけじゃないし、劇が見たいなら……、エンテシウス達をおうちに呼んで……」
と言いかけて、私は口を噤んだ。
「もうすぐ、ねえさま、およめにいっちゃうのに……」
「いっしょのおまつりなんて、もうないのに」
二人のそんな小さな声が聞こえたからだ。
双子ちゃんは劇を見たい、のは勿論だけれど家に呼んで家族だけで見るのと、こうして大舞台でたくさんの人と一緒に見るのは全く違う。
たくさんの人たちと感動を分け合うっていうのが舞台や映画の醍醐味。それを半端に味わって帰るのも嫌だよね。
それに、家族みんなでのおでかけ、なんて考えてみれば魔王城以外ない。お祭りだって普通は絶対に来ることができない。
貴族、皇族なら仕方ないことかもしれないけれど家族みんなで祭りに来るなんてこれが、きっと最初で最後になる。だから……。
ぎゅっと、二人が私の足を掴む細くて小さな腕に力が入る。
振り飛ばすことは、ちょっと私にはできない。
どうしましょう?
目でお父様、お母様に問いかけた。
二人共困り顔、どう説得したものかと思い悩んだ、正にその時だった。
「さて、皆様、ここで我々には選択肢がございます」
「え?」
不思議な沈黙の広がる広場に、声が響いたのは。
「この美しい家族愛と、友愛は皆様に感動を与えたことでしょう。真実は物語よりも奇なり。そして輝かしい。
我らの拙い劇などはその再現、真似事に外なりませぬ。
真実の輝かしき『物語』。ここで終わらせて良いものでしょうか?」
私達は勿論、人々も皆、彼の声に耳を澄ませている。
アルケディウス一の劇団の座長は舞台から、客席に降りても朗々たるセリフ響きを曇らせることは無い。
「もし、この美しき物語の続きが見たいと思し召されるのなら、今、この場で起きたことは秋の夢。一時の幻としてお忘れになるのはいかがでしょう。
なに。精霊ですら訪れるのがアルケディウスの大祭。
それくらいの奇跡はあり寄りのありでございます」
「エンテシウス」
彼は私達に軽いウインクを向けるとさらに大きく手を開く。
「ここにいるのは、皇女でも騎士でも、皇子でもない。祭りを楽しみに来たごく普通のありふれた親子。我らは前を向き、祭りを楽しむのはいかがでしょう? さすればもしかしたら。もしかのよもやではありますが。
方々のお手を取り、舞を賜る事さえできるやもしれません。
あ、いえいえ、ここにおられるのはごく普通の親子ですのでそれは何も特別な事ではありませんが」
小さな笑い声と優しさが炭酸の泡のように弾け、広がっていく。
「さあさあ、どうぞ前を向いて。視線は舞台に。
舞台の上では主人公。マーシャの見せ場が残っております。真実と本物の前ではいささか輝きは落ちるかもしれませんが、なかなかどうして大したものですぞ。
そうして舞台を見た後は、細やかな騒動は忘れて祭りを最後まで皆で楽しみましょう。我らは同じ大陸の民。同じ大祭を楽しむ者なれば!」
パン!
エンテシウスが強く両手を叩いた瞬間、前方、闇に包まれていた舞台が動き出す。まるで一時停止していた映像が再び再生されたかのように。
「さあ、これでもしらを切りとおすのですか! 伯爵!」
ヒロインのマーシャ役の女性がその澄んだ声を舞台上から響かせたのだ。ほんの一瞬、瞬きの間に。こちらを向く者は誰もいなくなった。
本当に一人残らず。
エンテシウスの言葉に人々が従ったのか、それとも舞台に気を引かれたのかは解らないけれど。
皇子、皇女と私達を特別視して膝を付く者はいない。
声をかける者も誰一人として。
「さて、どうするかな?」
腕を組み息を吐くお父様に、一度だけ深く瞬きをした後、私は精一杯の甘えた笑みを向けた。
「せっかくのエンテシウスと、皆さんの好意ですから甘えませんか? みんなで」
「マリカ……」
「だって、お父様、しょっちゅう街にお忍びで来ているでしょう?
お母様だってそうですし、今更ですよ」
「私は皇子のようにそんなに頻繁には出て来てませんよ。たまに孤児院の様子を見に来るくらいで」
「俺だって仕事で来るだけだ。遊びに来ている訳では」
「昔、お一人でよくゲシュマック商会に食事しに来てましたよね。
今でも来てるんじゃないですか?」
「うっ……」
「え? そうなの? とうさま?」
「おかあさまも? あのおいしいのないしょでたべにきてるの?」
この言い方からするに、私達が外でクレープ食べてた時、中を借りて食事をしていたのはお父様達かな?
なんやかや騒いでたのは多分フォル君。
「わ、私はゲシュマック商会にこっそり寄るなんてしてませんよ。たまに新作の味見をさせてもらっているだけで」
「「ずるーい」」
「だったら、もうホントに今更です。
アルケディウスの民を信じて一緒に遊んじゃいましょ。このまま帰っても、遊んでから帰っても正体バレを皇王陛下に怒られるのは同じ。だったら遊んでいかないと損ですよ」
顔を見合わせるお父様とお母様。
あと、もう一押し、かな。
「フォル君、レヴィーナちゃんも一緒にお願いしてくれる?」
私は膝を折り、二人に視線を合せた。
表情を太陽のように輝かせた二人は、私の足から離れお父様とお母様にじゃれつく。
「おねがい。おとうさま」「おかあさま。マリカねえさまといっしょにおまつりしたい!」
「マリカ……」
なんだかんだで、お二人が双子ちゃんのおねだりには弱い事を知っている。危険なこと、やってはいけないこと、 他人に迷惑をかける時にはスパッと切り捨てるけれど、可能な限りは望みを兼ねてやろうとしてくれる理想の『お父さん』と『お母さん』であることも。
でないと、まだ子どもの参加が少ないアルケディウスの大祭に目立つ双子ちゃんを連れて来るなんてことしないものね。
「皇子……」
最後の一押し。
お母様の声音は優しくて、私達の味方をしてくれていると解る。
信じられる。
「……また何かがあったら、直ぐに戻るぞ」
お父様の決定に双子ちゃんの顔に笑顔の花が咲いた。
多分、私も同様に。
「うん!」「はい」「解りました!」
「まったく、俺も偉そうなことは言えんな。子どもに甘すぎる」
『それくらいでいいんだよ。親ってものは』
「精霊神様」
大きく諦めの吐息を吐き出すお父様の肩に飛び乗って精霊獣。
ローシャが笑う。
きっと、自分が口を出すと命令になるからお父様の決断を待って下さったんだね。ピュールの方は……、あ、いた。
スリの親子を詰め所に連れて行って戻ったリオンの肩で、照れたようにそっぽを向いている。
「家族みんなで参加する最初で最後の祭りだ。
二人きりにはならなくなってしまったが、いいか?」
お父様は気遣うようにそう言ってくださるけれど、私もリオンも同じように首を縦に振る。
「はい」「構わない。俺も、家族で祭りを楽しむなんてアルケディウスに来たばかり、マリカ達と一緒の頃以外は、本当に始めてだからな」
二人きりのデートも捨てがたくはあったけれど、これはこれできっと得難い思い出になる。
ここで終わりにするよりは、ずっと。
「解った。もう少し祭りを楽しむとしよう」
「やったあ!」「わーい! ねえさまたちといっしょにおまつり!」
「しーっ。静かに。舞台がそろそろ幕引き、ですよ」
お父様がフォル君を、お母様がレヴィーナちゃんを抱き上げ、指さす先。
舞台ではヒロインマーシャが、事件を無事解き明かし、ことを納め
「これにて、一件落着。
さあ、後は、みんなで楽しみましょう!」
輝くような満面の美しい笑みで、物語を締めくくっているところだった。
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