【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 礼大祭の前に 前編

公開日時: 2023年1月22日(日) 10:02
文字数:3,617

 翌日、私達はアルケディウスを出発した。

 目的地は大聖都『ルペア・カディナ』

 神の本拠地で、魔王が『神』の儀式を行うのだ。


「神殿には絶対に気を許すな。何かされたと思ったら儀式など気にせず逃げて来い」


 とお父様は強い眼差しで言って下さり、


「アーヴェントルクの時よりももっと心配な気持ちになるとは思わなかったわ。

 本当に本当に気を付けるのですよ」


 と、何度も何度も告げていた。


「心配のしすぎではありませんか?

 行くのは大聖都 『神』の御膝元ですよ」


 と笑ったのは新しく加入したクレスト君だけ。

 他の随員達はアーヴェントルクでの騒動を覚えているので、真剣な眼差しで頷いている。

 

「事情を知らない者は黙っていなさい」

「は、はい」


 注意しようとしたリオンを制してミュールズさんがクレスト君を諌めてくれた。

 そして、随員を代表して静かにお父様とお母様、そして見送りに出て来た皇王陛下と皇王妃様に頭を下げる。

 他の随員達も全員、従う様に膝をついた。

 勿論、クレスト君も。

 その辺はしっかり躾けられているっぽい。


「アルケディウスの星 希望の光たる『聖なる乙女』をお預かりします。

 我らの命と誇りに賭けて、必ず無事に連れ戻って参ります」

「うむ。頼んだぞ」


 皇王陛下直々の言葉は、聞いている私でさえ、身震いするほどに重い。


「マリカよ。

 其方自身も十分に気を付けろ。

 大神殿に、『神』に隙を見せるな」

「心します」


 


 そうして、皇家の皆に見送られ、国民皆に熱狂で手を振られ、私達はアルケディウス王都 プランテーリアを出たのだった。


 目的地は大聖都 ルペア・カディナ

 毎年行く新年の参賀と同じ場所なので、同じ宿が準備されてる。

 今回はゲシュマック商会は同行できないので、アルは先行したガルフと一緒にもうルペア・カディナに向かったはずだ。

 一応食材は用意してあるけれど、私は大聖都に入ったら直ぐに奥の院に籠る事になっている為、滞在中、随員達の食事はノアールとセリーナに任せる事になる。


「せめて大聖都に入るまでの二日間、食事の準備をさせて下さい!

 潔斎の三日間は、ほぼ余計な事は何もできそうにないので、お願いします!」


 私はそうミュールズさんに泣きついた。

 諸国視察の時、手作りの食事を随員達に振舞うのはいつもの恒例だ。

 できるならお菓子も作り貯めておきたい。

 潔斎中は食事とかも制限される可能性があるけれど、持ち込んでいいのならお菓子は食べたい。

 甘いお菓子は閉鎖環境での心の潤いだ。


「仕方ありませんね。でも、くれぐれも火傷や怪我には御自愛下さい」


 ミュールズさんの許可も下りたので、私はやる気満々で馬車から降りたのだけれど、到着した宿で待っていて下さったのは


「お待ちしておりました。マリカ姫」

「ザーフトラク様?」


 皇王陛下の料理人 ザーフトラク様だったのだ。


「どうしてザーフトラク様がこちらに?」

「皇王陛下より大聖都に入るまでの其方らの食事の面倒と、大聖都での随員達の後見を頼まれてな」

「ということは、大聖都に一緒に来て下さる、と?」

「ああ。大聖都でミュールズが其方と共に潔斎に入ってしまうと残りが手薄になってしまうだろうということでな」


 今回は諸国巡遊ではないので文官長の部下であるモドナック様は付いて来ていない。

 ミュールズさんが外れるとこちらの最高位は下級貴族扱いのミリアソリスと、リオンになる。

 確かに色々と圧力をかけられると困ることになるだろう。


 ちなみにこの世界では貴族は国家公務員扱いの上級職。

 基本一代、当人限りの称号だ。

 その中から大貴族が選ばれ、領地を任されるとその地位を子どもや後継者に受け継がせることができる。

 貴族の子どもは準貴族のような扱いで、貴族区画に居住を許されるけれど、名目上は無位無官。

 自分で地位を勝ち取らなければ生活費も稼ぐことはできない。

 だから不老不死後は成人しても家から出ずニート暮らししている人も多いという。

 上が固く居座って世代交代が無いからずっと上に抑えられるよりは、って思う人の気持ちも解らなくはないけど。


 っと話はずれたけれど、その貴族の中でも皇王陛下の料理人であるザーフトラク様は最上位に位置する。

 これ以上の上は文官長のタートザッヘ様しかいない。

 さらには国の食の管財人として、最近は農業、畜産業、水産業の取りまとめもしているらしいので事実上の農林水産大臣でもある。

 そんな方が同行して下さるなんて……。


「よろしいんですか?

 今、色々と野菜や穀物の収穫シーズンでお忙しいのでは?」

「忙しいは忙しいが、其方の身の安全は国の食を守る上で最重要事項だ。

 本当は皇王陛下も、第三皇子も同行して其方を護りたかっただろうからな。

 代わりに、と頼まれれば異は無い」

「……すみません」

「それに、相手は『大神殿』。

 下手な武力で牽制するのは叛意を疑われ、命取りだが我々には別の武器がある。

 今後の為に根回しを頼まれている」

「あ……、そういう……」


 にやりとした笑みを浮かべるザーフトラク様に私はなんとなく、彼を遣わした皇王陛下の意図を理解した。

 そういう意味なら、この方はうってつけだろう。


「では、私がいない間、使節団の方はよろしくお願いします」

「うむ。全体的な指揮や護衛配置には口を出さぬが、何か困ったことがあればいつでも知らせてくれ」

「ありがとうございます」


 リオンも素直に感謝の礼を捧げる。

 ザーフトラク様は身分を盾に、領域外に嘴を挟むようなことはなさらない。

 リオンの指揮の邪魔にはならないと思う。


「ザーフトラク様がいらっしゃったのであれば、姫様はゆっくりとお休みできますね?」

「えー。料理させて貰えないのですか?

 閉じ込められる前の貴重なストレス発散の場なのに」

「ははは。ミュールズ。

 気持ちは解るが、こちらもせっかくの機会だ。

 マリカ皇女から、新しい食材の扱い方や調理を学びたい。譲ってくれ」

「ミュールズさん。お願いします。火や刃物には十分注意しますから」

「ズルいですわね。そう言われると、私は反論できないではないですか?」

「その代わり、美味しいものをたくさん作りますから!」


 ミュールズさんは少し残念というか、悔しそうだったけれど素直に引いて下さった。

 私はホッとする。

 悪いけれどザーフトラク様と料理をするのも久しぶりだ。

 ここ暫く調理実習も無かったし、お互いに忙しかったし。

 色々とお話もしたいからこの貴重な機会を逃したくはない。


 そうして、私はザーフトラク様と一緒に久しぶりの料理を思う存分楽しんだ。

 今日は早めに宿についたから比較的時間があるけれど、明日はアルケディウスの国境近くまで一気に行くので多分、今日ほどゆっくり料理をしている暇は無いだろう。


「なるほど、リアは色々な料理に合うとは思っていたが、このように味を付けても楽しめるのだな?」

「混ぜて炊いても良し、後から味をつけても良し。

 パスタやパンと同じく可能性が無限の食材です」


 今回はミクルの炊き込みご飯と、自家製ケチャップで作ったチキンライスをメインに、唐揚げ、魚の塩焼き、ベーコンの串焼き、カナッペ、スティックサラダなど、摘んで食べられるものを主にした。

 随員達への振る舞いの時にはこういう軽食の立食形式が面倒が少なくていいと学習している。

 デザートは今が旬のピアンのトーストとコンポートジャム入りパウンドケーキ。


 クッキーやチョコレートも作った。

 これは神殿への持ち込み用だ。

 もしかしたら私は食べられないかもしれないけれど、その時はまあ、別の使い方を。



「噂には聞いていましたが、本当に、姫君手ずから料理をされて、随員に振舞われるのですね」


 夕食の時、少しクレスト君が目を丸くした。

 他の随員の大よそは何度も私の外遊に同行した人ばかりだから、もう慣れっこでむしろ役得と楽しみにしているけれど、彼はそうか。

 初めてだものね。


「新しい料理法や、季節の食材の練習をかねているのです。

 遠慮しないで食べて下さいね」

「ありがとうございます」


 少し苦笑しながら、彼は遠慮がちにおむすびとサラダを少し皿に取る。


「それでは、足りないのではないですか?

 男の子なんですから、もっとたくさん食べて下さい」

「あ、いえ。ちょっと疲れて……食欲がないので……。

 情けない話ですが……」

「?」


 なんとなく歯切れの悪い言葉を残して、下がっていくクレスト君。

 彼の姿が遠ざかったのを確かめるように


「マリカ様」


 カマラがそっと、近付いてきた。

 私はカマラには身分が下だから話しかけてはいけない、なんて言わない。

 公式の場以外では気にしない様に言ってある。

 護衛がそんなことを気にしてたら、困る事も多いし。


「どうしたんです? カマラ」

「先程、少し面白い事があったんです。

 いえ、面白い、というには失礼かもしれませんが、ちょっと溜飲が下がりました」

「なんです?」

「あの生意気な少年が、リオン様に挑んでいって、けちょんけちょんに伸されたんですよ」

「え?」


 どこか嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべたカマラは私の料理中。

 外での護衛士達の騒動を話してくれたのだった。

 

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