【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 変化と覚悟 …精霊の貴人…

公開日時: 2021年3月8日(月) 08:47
更新日時: 2021年3月9日(火) 08:19
文字数:5,861

 魔王城ではみんなで、ワイワイと冬の終わりカエラ糖の採取をするのが冬の恒例になっている。

 今年は最初に、ちょっとトラブルがあったのだけれども、その後はみんな採取を頑張ってくれて、星の二月の終わり、結果としては去年の五割増し。

 80kg近い砂糖を入手することが出来た。

 直ぐに使うシロップを別にして、だからこの量はなかなかのもの。

 本当に、みんな頑張ってくれたと思う。


 半分はガルフに渡す分と予備として取っておいても、去年と同レベルくらいには甘味を楽しむ事ができそうだ。

 とりあえず、一安心。

 

 最後の樹液を確認して採取し、カエラの木の孔を塞ぐ作業まで完了した後、


「明日は、お休みにしませんか?」


 フェイがそう言ったのは、最後の煮詰め作業中の台所でのことだった。



「休み?」

「ええ、カエラ糖採取時期の終わりは冬の終わり。冬が終われば春。

 いろいろと忙しくなるでしょう?」


 私は考える。

 フェイの言葉は、まったく正しい。

 暦で言えば、今日は星の二月の最後の日。

 明日から、木の月、春に代わる。

 春になって外に出るようになれば広げた麦畑の草むしりに、野菜、果物の捜索と収集とかなり忙しくなる。

 外の世界のカレンダーには安息日があるけれど、魔王城にはないのだし。


「その前に、子ども達にも好きな事を楽しめるお休みを上げたらどうかと思うのですよ」


 お弁当を渡しておき、後は自由。

 城から出ない限りは好きな事をしていい、とする。か。

 確かに城の中にいさえすれば、万が一トラブルがありそうな時はエルフィリーネが知らせてくれるだろう。


「ジャックとリュウは、ティーナがリグと一緒に面倒を見てくれる。

 ギルはヨハンと一緒にヤギを外に出し、クロトリの様子を見て過ごし、オルドクスがついてくれます。

 ジョイはエリセ達の手伝いをして、料理をするそうですよ」


 既に完璧に手配済みらしい。

 私への確認は最後か。


「相変わらず、手際がいいね」

「いえいえ。

 解っていると思いますがマリカに休みを取らせる為のものですからね」

「うん、ありがとう。

 でも、今年はなんだかんだで皆にけっこう迷惑かけちゃったのに」

「そう思うのなら、ちゃんと休息を。

 ガルフが来たら、それどころではなくなるでしょう?」

「そうだね」


 念押しされて私は目を閉じる。

 確かにガルフが来たら、お休みどころでは無くなるし、…かねてからの懸案事項の最後を片付けるにもこれは良い機会かもしれない。


「解った。今日の夕ご飯の時に聞いてみる」


 多分、反対意見は出ないと思うけど。

 私は夕飯とお弁当の準備をしながら、そう応えた。

 心の中で、あることへの覚悟を決めながら。




「そういうわけで、明日は1日お休みにしたいと思います」


 夕食時、そう告げた私の言葉に、みんなから「わぁ!」と歓声が上がる。


「ティーナとエルフィリーネにはあんまりお休みじゃなくなっちゃうけれど…」

「いいえ。お二人と一緒にリグと遊ぶのは私にとっても良い休息ですわ」

「トラブルがあったときにはお呼び頂ければ対処いたしますが、無ければ仕事はありませんので問題はありません」


 気遣う私にそう二人は言ってくれた。

 なら甘えさせてもらうとしよう。


「お弁当のサンドイッチは、用意してあるから。

 時間になっても無理に起きてこなくても大丈夫。少しゆっくり寝ててもいいからね。

 アーサー、クリスは部屋の中であんまり暴れない事。

 アレク、リュートはお外か廊下でね

 ヨハン、地下のクロトリとヤギを出してあげて。ギルはヨハンの言う事をよく聞いてね。

 シュウは工作やるなら怪我をしないように。

 ミルカとエリセはお料理するなら使っていい分の食材出しておくね。備蓄には手を出さないで。

 ジョイは二人と一緒に…」


「…マリカ」

「あ、ごめん…」


 リオンに名前を呼ばれて、私はハッとした。

 まずいまずい。

 なんだか心配になってくどくどになってしまった。


「本当に、過保護が過ぎますよ。

 皆を信じて下さい」

「そうだね。ごめん」


 もう、私が倒れたりなんだので、けっこう自分の事は自分でやってくれているのだから、大丈夫だと信じなきゃ。

 私があんまり関わったらお休みにならない。


「そういうわけだから、明後日の朝までは自由時間ね。

 私は多分、お部屋にいる。調べ物がしたいの。

 どうしてもの時はエルフィリーネを呼んで。直ぐにいくから」

「はーい」「わかった」


 思い思いに返事をした子ども達は、もう明日の予定を話し始める。

 なかなか楽しそうだ。


「リオン、フェイ、アルは?」

「俺達の事は気にするな」

「ええ、やりたいことをやりますから」

「そういうこと。マリカこそ、また変な事をしでかすなよ」 

「ハハハハハ…。私もやりたいことがあるから、部屋でのんびりしてる」


 嘘はついてない。

 嘘は。


 私はメイプルシロップで焼いたソーセージを口に運びながら、ちょっとだけ、…覚悟を決めていた、

 




 その日の夜、片付けも終わり、夜の勉強会を終えた二の六刻。

 私はこっそり部屋に持ち込んだ荷物を枕元に置いて、大きく息を吐き出した。


 さて、覚悟を決めよう。

 鬼が出るか、蛇が出るか。


 

 荷物を解いて『準備』を終えて…、私がエルフィリーネに声をかけようとしたその瞬間。


 トントン。

 ドアを叩くノックの音がした。


「え? だ、だれ?」


 私は慌てて毛布を体の上に羽織って声を上げた。



「俺だ。リオンだ。入るぞ」「僕もいます。失礼しますよ」

「だ、ダメ!! 入らないで!」


 私は止めようとしたけれども、まるで無視して二人は部屋の中に入ってきてしまった。


「あ、おれも勿論いるぜ」

「リオン、フェイ、アル…」


 ベッドの上で、毛布を固く身体に巻き付けた私は、三人を見る。

 何やら荷物を抱えているけれど、三人がそれぞれの目つきで私をじっと見ている。

 正直、身動きができない。


「お、女の子の部屋にダメだ、って言ってるのに入って来るなんてプライバシーの侵害だよ」


 毛布を首元で押さえて、精一杯、抗議するフリをするけれど。

 …ダメだ。

 多分、私の方が分が悪い。

 私の格好、ベッドサイドに用意した姿見。

 言い訳できない現場を押さえられた犯罪者の気分だ。


「やっぱり、思った通りだな」

「罠にかかりましたね。解りやすいのは助かりますが…」

「さすがフェイ兄だな」


 呆れたような三人の口調に、やっぱり、考えを読まれていたのだと気付く。

 うー。

 もしかしたらとは思ったけど、このチャンス逃すわけにはいかなかったんだもん。


「ほら、諦めろ」

「わっ!」


 私の胸元、毛布のはしっこを掴むと引っ張った。

 あさはかな思考ごとリオンはころん、と私を転がしてしまう。


 剥がれた毛布の下。

 薄い、大人用のドレスを着た、私の身体が顕わになった。


「やっぱり、ですね。自分の意志で大人になれるか、試すつもりだったのでしょう?」

「………はい。ごめんなさい」


 ジト目で私を見つめる三人に、私は素直に頭を下げる。

 ここまで読まれていては隠すことはできない。



 私が、降ってわいたお休みにやろうと思った最後の事は、自分のギフトのコントロール訓練。

 具体的には、この間『前世の私』にやられた『成長』を自分の意志でできないか、試してみようと思ったのだ。


「お前、あの時、自分がどんなだったか覚えてないのか?

 とんでもない大騒ぎでのたうち回ってたんだぞ」

「…確かに、とんでも痛かったのは覚えてる。でもあれはいきなりやられたからであって、自分で覚悟を決めてやれば我慢できるかな…って」

「我慢、とかそういう次元の話じゃないんですよ。ミシミシ、バキバキと人間の身体からとても響くものとは思えない音がして…、身体の肉が引き裂かれるような音と共に盛り上がって…」

「キャー、止めて。せっかく覚悟を決めたのに…」



 まるで怪談を語る様なオドロ口調で、自分の変化の状態と苦痛をリアルで語られ思い出されると、正直せっかく決めた覚悟が萎えそうになる。

 でも


「だったら止めろ、と言いたいところだが、止める気はないんだろう?」

「…うん。一度、できるかどうか、ちゃんと試しておきたい」


 問われると腹が据わる。

 これから、外に行った時。

 敵と対峙するとき、今の子どもの姿ではない方がいい時が多分、ある。

 子どもの姿で敵に目を付けられたら、動きづらくなるしガルフや、さらには子ども達にも危険が及ぶかもしれない。

 私が変に動いたせいで、子ども迫害がさらに進んだりしたら、目も当てられないし。


「お前の覚悟は解ってるし、それが必要な事も解ってる。

 勝算は、あるんだな?」

「うん、多分できると思う」

「ならやれ。止めない。俺達が見ててやる」


 椅子をベッドサイドに運んで、リオンは腰を下ろした。

 てっきり、止められると思っていたから、少し驚く。


「いいの?」

「俺達の目の届かない所で、勝手にしでかされるよりマシだ」


 こくりと、リオンの首が縦に動いた。

「俺達が側にいた方が助けられる可能性があるからな」


「エルフィリーネにも、待機して貰っています。

 正直、他人のギフトが動き出したら僕達に何かできることがあるかは解りませんが」

「側にいてやるよ。だから、負けるなよ」

「みんな…。うん、やってみる」


 三人の激励に、私は頷く。

 みんなが見ていてくれるなら、正直心強い。

 髪紐をほどき、ベッドサイドへ。

 下着も含めて大人用の服を着ているから、服が破れる事は無い筈だ。


 私はベッドの上に横になり、みんなの視線を受けつつ、目を閉じた。


 深呼吸し、息を整える。

 自分の全身に、意識を集中。

 身体を流れる血液、骨、筋肉、細胞、全てを感じ、把握してから『スイッチ』を入れる。




 ドクン!


「うっ!」


 思う通り、身体全体が、バシン、とまるで電気ショックを受けたように跳ね上がった。


「ああっ! う、くっ…」

 痛い、痛い、凄く痛い。

 覚悟してたけど、やっぱり、痛い。


 フェイが言う通り、ベキベキ、バキバキ、身体から有りえない音がする。

 骨が音を立てて軋み、肉が膨張していく。

 頭も痛い。痛い。痛いし言葉が浮かばない位、痛い。


「しっかりしろ! 声を我慢しなくていい。身体の力を逃がせ!」


 リオンの手が私の手に触れて、重なった。

 自分以外の何かを感じて強張っていた筋肉が弛緩する。

 スッと、少し痛みが薄くなる様な気がする。

 まだ痛いけど、痛いけど…大丈夫だ。

 …きっと我慢できる。

 

 ドックン!

「がっ、ああっ!」

 

 最後の波だと、感じた。

 身体全体が、弾けるような、全て溶けて、一から作り変えられるような感覚は痛みもだけれども、言葉にならない快感さえ感じる。

 最初の変化の時には無かったものだ。


「マリカ!」


「あ、あああっ!!!」

 

 思わず、喉から声が零れ落ちた。



 と、同時、終わった、と感じる。

 身体から、スーッと、波が引くように衝撃も痛みも消えていく。


「ど、どう?」

「急に身体を、動かすな。無理をするんじゃない」


 身体を横に傾け、起こそうとする私の背をリオンの手が触れた。

 ゆっくりと支え起こされ、私は自分の手を見た。


「あ、大きい…」


 私の記憶の底、前世の北村真理香の時に近い感覚だ。

 なんだか声も少し、低くなっている気がする。


「成功ですよ。見事な変化です。見て見ますか?」


 ベッドサイドに腰を下ろす形で、身体を整え、私はフェイが差し出した姿見を見る。



「うっわ!」


 我が事ながらビックリ。

 艶やかで長い髪、紫水晶をそのままはめ込んだような瞳。

 真っ直ぐな鼻梁、すんなりとした顎。

 小さくて整った口元。


 以前、成長した私は夢の中で出会った前世の私『精霊の貴人』の黒髪、紫目バージョンだとリオンが言っていたけれど、正しくその通り。


 女神か精霊かっていう超絶美女がそこにいる。


「うっそ! こんなになるとは…」


 自分とはまったく思えない。


「中身もマリカだな。精霊の貴人エルトリンデじゃない」

 リオンが笑う。どこかホッとしたような面持ちだ。 


「黙っていれば、美人だよな。大人のマリカ」

「本当の事を言わない!」


 コツンとフェイがアルの頭を小突いたのが解った。

 どっちもどっちの酷い言い草だけど、事実だ。仕方ない。


「身体は、動かせるか?」

「…あ、うん…」


 リオンの手を取り、ゆっくりと、立ち上がってみる。

 うわっ、リオンの顔が私の頭より下にある。

 妙に新鮮、じゃなくって。


 足を地面に付けて前に、一、二、一、二。

 大丈夫だ。普通に動く。


「多分、行けそう」

「ギフトは、どうです? 使えますか?」

「うん」


 地面に落ちた毛布を手に取り、形を変える。

 ふわっ、

 毛布はポンチョに近い形に変わる

 子どもだった時よりも、むしろスピードは速い。


「問題なく、使えるみたいだな」

「むしろ、子どもの時よりもしっかりと使えそう。身体の中から力がどんどん湧いてくる感じ…」

「調子に乗るなよ。多分、今の力は子どもの身体の体力の前借だ。

 下手に使い過ぎると、戻った後反動がドッと来るぞ」



 ぞわっ!

 背筋が泡立った。

 最初の変化の後、丸一日殆ど身体が動かなかったことを思い出す。

 また同じことが起きる可能性を考えて、私は、今日決行したのだから。



「勿体ない気もしますが、早く戻った方がいいでしょう。

 マリカ、元に戻って下さい。多分、今度はそこまでの苦痛は無い筈です」

「解った」


 ベッドに戻り、目を閉じる。

 イメージするのは、いつもの私。

 マリカ。9歳。


 ドクン!


「あっ!!」


 身体が、意識せず跳ね上がる。

 後はもう、一瞬だった。

 シュルシュルシューと音を立てて、身体の余分なものが抜けて空気中に溶けていく感じが気持ちがいい。


 痛みも苦痛も殆どなく、私はマリカに戻っていた。




「良かった。無事戻ったな」


 リオンの手が、身体を起こすと頬や、頭、顔にぺたぺたと、私に触れる。

 私という存在を確かめるみたいに。


「違和感や、痛みはありますか?」

「痛みとかはないけど、凄く疲れた感じ」

 

 身体はだるい。

 全力でマラソンを走った後のような感じで、体力が相当量持っていかれたのを感じる。

 多分、一晩寝たら筋肉痛か、全身疲労で半日起き上がれないような予感。


 あの程度の動きでこれだ。

 調子に乗ってやりすぎると、多分リオンが言った通り、反動が凄い事になりそう。


「変化の時の苦痛と合わせても、多用は禁物ですね。

 使いどころは絞った方がいい。マリカの身体に負担が大きすぎます」

「うん。焦らずちゃんと大きくなるのが本当、ってことだよね」


 これは、どうしてもの時の切り札。

 皮だけ育ててもダメ、ちゃんとこの世界のマリカとして心も身体も育てないと。



 胸に手を当てて自分に言い聞かせる。

 待ってて、大人の私。

 ちゃんとあの力に相応しくなるように頑張るから。




「さて、じゃあ、今度は俺の番だ」

「え?」


 終わったと、気が緩んていた私は、思いがけない言葉に、目を丸くする。


「マリカ。俺に、成長のギフトをかけてくれ」



 リオンが私を、静かに、でも覚悟の籠った眼差しで見据えていた。

世界編に向けてスパート全開中。

前後編

子ども達はお休みを満喫していますが、その裏、というか表で起きていること。


マリカとリオンの覚悟と今後に向けての大事な話になります。

前編はマリカの変化(2回目)です。


今まで形を「変える」だけだったギフトを一時的とはいえ、質量を増やし成長させることができるようになりました。

とんでも苦痛が伴うので、多用はできませんが。


後編はその力が他者に及ぶかどうか、の実験です。

リオンの覚悟にも関わってきます。


この前後編が終わった後は閑話で子ども達のお休み風景を描いたら、ガルフ来訪、ライオットのピンチと転移門のあれこれと、世界編に向けて大きく動き出す予定です。


どうぞよろしくお願いします。

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