一年も、冬も間もなく終わろうとする星の二月の終わり。
私は魔王城に戻ってきた。今年最後の夜の日は神殿の礼拝に神殿長として出て欲しいと言われている。その翌日の木の日から私は一足先に大聖都に向かうことになっているので、その前に休みを貰ってやってきたのだ。
子ども達と遊んで美味しい料理で一年間の頑張りを思いっきり労って。
お風呂に入ったり、お話を読み聞かせたりと日常を堪能した夜。
私は一人、大広間の中央に立っていた。
リオンとフェイは仕事で戻って来ない。アルはいるけれど、もう寝ている筈。
「エルフィリーネ」
私が虚空に向かって名前を呼べば
「なんでございましょうか? マリカ様。
またマリカ様の舞を観覧に与ることができるのでしょうか?」
銀の精霊がひらりと舞い降り微笑んだ。
舞なんて言葉が出てきたのは私が舞の衣装を身に着けているからだろう。
新しいドレスはもう送ってしまったけれど夏の礼大祭の時に来た服を着てきた。
サークレットはプラーミァのを付けている。
「うん、踊るつもり。でも、その前にお願いしたいことがあって」
「何でございますか?」
「また『星の護り』を頂ける? 新年に、大聖都で『神』と会うことになるんだって。
そこで、もしかしたらまた身体を乗っ取るとかしてくるかもしれないから『星』に力をお借りしたいの」
魔王城に来た一番の目的を話、お願いする。
「夏の礼大祭の時、食べ物や禊の水に『神の欠片』が入っていたんだって。新年のイベントの時も潔斎に入らなきゃいけないと思うしまた、身体の中に何か入れられたりする可能性もあるから……」
「御心配には及びません」
「え?」
「もうマリカ様は『星』と接続された『精霊』の力を身に宿しておられます。
マリカ様が受け入れぬ限り、『神』とはいえそのお身体を奪う事は不可能であると存じます」
私は既に『星』と繋がっている。身体の中に『神の欠片』を入れられたとしても。『神』が直接身体を奪おうとしても、私は常に『星の護り』を持っているような状態なので入ってくる端から浄化される。とエルフィリーネは言う。
「え? いつ、そんなことになってたの……って、あの大祭の後のサークレットを身に着けた時?」
「はい。サークレットを身に着け『星』との経路が繋がったマリカ様はお望みになられるのであれば『星』がもつ力の一部を魔王城でなくても借り受けることができますし、『星』が生み出した精霊達の女王として彼ら全てに命令することが叶います」
「ホントに?」
「はい。全ての精霊がマリカ様の御命令に従うでしょう。ただ、まだ身体が完成しきってはいないので、大きな術を使う事はご負担になるでしょうが」
エルフィリーネに言われて思い出す。
あれやこれや。
事あるごと。何かやらかす度に私は気絶して意識を失うのは、身体が術の力に耐えられずブレーカーが切れてしまうようなものなのだろう。
「ですので、先のように直接、神の影響力が濃い品を頭に着けたり、直接体内に入れられたりすのでなければ、身体の主導権を奪われることは無いと存じます。
マリカ様はこの世でただ一人の『精霊の貴人』
他の誰も自由にすることなど許されませんし、『星』もお許しになりませんから」
「『星』は私の事を怒ったりしていない?」
「はい。いつも、愛し側で見守っていらっしゃいますよ」
「リオンみたいに、『精霊』としての覚悟もなく好き放題しているけれど」
「マリカ様が、広い世界をご覧になる事、人々を愛し守る事。正しいと信じることを為す事。
その全てが『星』が今のマリカ様に望むことでございますから。
一つ一つの積み重ねが、いつかマリカ様が『精霊の貴人』として目覚められた時に必ずやお役に立ちます
どうか、御心のままに……」
「私は、大人になったら『精霊の貴人』になったらどうなるの?」
喉元まで出かかった思いを飲み込んだ。
代わりに聞いてみる。
「私が『精霊の貴人』になるまで。大人になって体が術に耐えられるようになるまで、あとどのくらい?」
慎重に考えながらエルフィリーネは応えてくれた。
「二年、もしくは三年程でしょうか?」
「三年……」
「十五歳になれば、ある程度身体もできて、力に耐えられるようになると存じます」
「十五歳になったら私は『精霊の貴人』になる?」
「マリカ様がご自分で望まれない限り、もしくは『星』の大事ない限り、『星』はマリカ様に『精霊の貴人』を強制致しません」
「私が望まない限り……」
「はい。確かにマリカ様には『精霊の貴人』には使命があり、望まれる役割があります。
ですがもし、仮にマリカ様が成人し『精霊の貴人』の意味を知り、でもその上でその位置に立つことを拒むのであれば『星』は強制なさらないと思います」
「そう。優しいね。『星』は。私のお母さんみたい」
本当に実家の母を思い出した。母は厳しくて、手伝いもやるべきこともきっちりと躾やらせた。
でも、本当に大変な事。金銭関係や周囲のもめ事などには私を巻き込むことはしなかった。
『貴女は心配しなくていいの。自分のやるべきことをしっかりとおやりなさい』
そんな母の優しさを今も覚えている。
「はい。星はマリカ様を愛しておられますから」
エルフィリーネの言葉を噛みしめながら、私は彼女に視線を送る。
考えを察したのだろう。エルフィリーネは静かに後ろに下がって壁沿いに立つ。
その間に、私は大広間の中央に立って膝をついた。
精霊に感謝と力を捧げる、祈りの舞。
音楽は私の頭と心の中に。
私と『星』が繋がっているのなら、思いと力は届くだろうと信じて一生懸命踊る。
踊っているうちに気持ちが研ぎ澄まされて、余計な事を考えていたのがバカバカしくなってきた。
見えないけど、確かに感じる包み込むような気配。
私がどこの誰であろうとも、私である限り認め、愛すると言って下さったティラトリーツェお母様。
そして、私に自分の思い通りに生きていいと。その選択を認めると言って下さる『星』どちらにも母の愛を感じる。
暖かくて、気持ちいい……。以前、私が確かに知っていた。
そして誰かに与えたいと心から思った人の優しさ。
それが確かに伝わってくる。
私が何者でももういいかな、って思えた。
例え、人間でなくっても。お母様が、みんなが受け入れてくれたらそれで。
もし怖がられたり、怯えられたりしたらその時は魔王城に戻ってくればいいんだもんね。
うん。無問題だ。
「……あ」
踊りの終わり、私の周囲にキラキラと光の粉が舞う。
それは私がぼんやりしている間に私の指輪の中に吸い込まれていった。
なんだろう? 今の。
「『星』の精霊力ですわ」
私の思いを読み取ったようにエルフィリーネは微笑む。
「『星』の精霊力?」
「ええ。ありとあらゆる精霊の力の源。それだけで何ができるわけではありませんが……『神』の領域で、孤立した時など何かのお役に立つことがあるやもしれません」
前に『精霊神』様達が言ってたっけ?
『星』が生み出す精霊は無色の力。『精霊神』様達はその力に方向性を与えて精霊を作り出し自然を動かす
私達とリオンの力も透明で、どんな相手にも力を送れるけれど、あくまでそれはある『精霊』に気力を与えられるだけで、精霊を作り出せるわけでは無い。
『星』は、私になんにでも変えられる『精霊』をくれたのかな?
どう使ったらいいのか解らないけれど。例えば完全な敵地で味方になってくれたりするのかもしれない。
「ありがとうございます」
私は『星』の。私達の『母』の思いを胸に抱きしめた。
「じゃあ、エルフィリーネ。行ってくる。留守をお願いね」
「お任せ下さい」
舞の後、後を頼んだエルフィリーネは、私の顔を仰ぎ見て
「マリカ様。一つだけよろしいでしょうか」
「何?」
真面目な声でそう告げた。
「お身体を大事になさって下さい」
「体調? それなら気を付けるけど。今は、私に『神』は憑依するとかできないんでしょ?」
「そうですが……。マリカ様の肉体は今、『星』と繋がっています。
もしマリカ様の身体が何者かに奪われると、その者は『星』の力を手に入れたも同じことになるのです」
「え?」
意味がよく解らず私にエルフィリーネは目を伏せる。
「血液、体液、そしてその身体そのものも『星』に繋がる力。
かつて『神』は『精霊の貴人』と『精霊の獣』の身体を素材にして、世界を作り替えました」
「あ……うん」
「今、マリカ様に内部干渉することはとても難しくなっています。
水に触れたり、物を食べたりすることで影響を受けることはありません。
広義に見て、それはあくまで体の外側に触れているだけですから。
しかしまだ少女であるマリカ様を拉致し、肉体を支配することは物理的には不可能ではないのではないでしょうか?」
「肉体を、支配……」
「身体を切り裂かれ、血肉に直接神の力を手に入れられると、対応が難しくなります。そして、女性としてのマリカ様を支配し、その身を奪った者も……」
「……そう」
ようやく、エルフィリーネが言っている意味が解った。随分と言葉を選んでくれたと思う。
『神』に限らず、私を物理的に手に入れようとする存在に気をつけろ。ということだ。
私は肉体的には弱い11歳の女の子に過ぎない。
力任せに誘拐されれば成す術がないことは、今までも何度か経験してきたから。
『精霊の貴人』は純潔を失ったことは歴史上無いと聞いた。多分、肉体的に支配されると良くないことになるのだ。そもそも、女性の合意なく、そういうことをしようという時点で最悪の存在だけれど、そんな人物に『精霊の貴人』の力が渡ってしまう。
でも
「……大丈夫。エルフィリーネ。私にはカマラやお父様、フェイやアルやみんな。
何よりリオンがいるから」
「そうでございますね。アルフィリーガは必ずマリカ様を守るでしょう。
余計な事を申しました。
ご無事のお帰りを心からお待ちしております」
私の自信満々の笑みに、エルフィリーネも安心したようだ。
優雅にお辞儀して見送ってくれた。
「ありがとう。みんなを、魔王城をよろしくね」
そうして、私達は星の二月、最終週。
アルケディウスを旅立ったのだった。
大聖都で新年を迎える為に。
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