元々、帆船の造船技術はこの中世異世界にも存在はしていたらしい。
精霊古語と、イラストで描かれた帆船の設計図があったことを、ここ二年で教えて貰った。
精霊古語は読めないくても、読めないなりに解読を目指し、繰り返し失敗と改良、努力を繰り返し。
不老不死時代前の人達も十数人乗りの外洋帆船を作っていた。
主に漁業と、貿易に使われていたそれを、さらに新しい技術で作り直し、完成したのが今回完成した機帆船だ。
全長20m以上。高さも帆柱を入れれば5mを超える。中型から大型に分類されると思う。
優美でしなやかなフォルム。女性を象ったピークヘッド。
私は向こうの世界で船に乗った事なんて数えるほどしかないし、大型帆船なんて遊園地の乗り物くらいでしか知らないけれど、それでも唖然とするくらいに巨大で美しい船だった。
今は、まだ陸の上。
木の超でっかい滑り台みたいなものの上に置いてある。
ああ、そうか。進水式っていうのは、こういう状況にある船が海に向かって滑り降りていくことを言うんだ。
私の登場を待って開幕した式典。
その最前列で私は帆船、人が技術と思いの粋を結集して作り上げた芸術品を見つめていた。
周囲に集まる各国からの来賓や貴族達、そして船を手掛けた大工さん達もきっと同じ思いで、新しく生まれた可能性を見つめている。
「フォルトゥーナ号。と名付けた。精霊古語で『幸運』を意味する船だ」
今回の式典の主役の一人であり、主催者。
フリュッスカイトの大公メルクーリオ様は式典の開始時、船の前に作られた特設舞台の上で自慢げに胸を張った。
「アルケディウスに残っていた造船知識と技術、そしてフリュッスカイトの知識とマリカ様や精霊神様より頂いたご助言、そして鉄鋼や石油などの新しい素材が融合した。
正しく新時代の技術の結晶と言える船だ」
「一度は技術を封じ、捨て去ったビエイリークの造船の民。
しかし食と新技術に目を見開き、自らが必要とされる喜びを取り戻した彼らの意欲はすさまじく。またフリュッスカイトの技術者にも刺激を受け、共に力を合わせて完成した船は我々の想像を超える出来であると自負しております」
隣に立つのはアルケディウスの大貴族ストウディウム伯爵。
プロの船大工が総力を結集し、二年の歳月をかけて作った船は現代のと遜色ない、とまでは言えないけれど、中世の大型帆船以上の性能は持っていると思う。
この船を作る為にフリュッスカイトは、王都の直ぐ近くの海沿いに新しく造船工場とそれをささえる街を作ってしまったくらいの力の入れようだった。
基本的にはこの世界の船は、船の中で乗員が生活することをあまり想定していない。
全ての文明、生活は大陸内で完結している。
漁に出たとしても大陸が見えない範囲外に向かう必要が無いからだ。
一番遠くまで行ったとして魔王城の島。
後は隣国まで沿岸沿いに行くくらい。
このフォルトゥーナ号も基本的には同じ設計理念でできている。
但し、この船が今までの船とは違うのは船内宿泊が可能な事と、新技術である蒸気式エンジンを搭載していて風に頼らなくても方向やスピードの維持が可能な所。
「現在の第一目標は大陸の地図の地形確認と、魔王城の島への接近、結界の調査です。
いきなり接近し、沈められては元も子もないので、どの辺からが危険海域か、島の形などを調べてみたいと考えております」
「同時に今まで、疑問なく使っていた大陸の地図、その外形を再確認し、この大陸に魔王城の島以外に、人の住む土地はないのか。
魚介類などはどんなものが獲れるのかなどを調べてみる予定である」
この世界には完璧な大陸地図が存在する。
『精霊神』が授けたとされる精密なものが。
今まで、それに従って生活して問題が起きたことは無いから間違いはないのだけれど、大陸以外が記載されていないし、この『星』そのものの正確な形や、他に大陸があるかどうかも解らない。
「今まで気にしたこともありませんでしたが、この大陸の外。
海の彼方には何があるのだろうか? そんな海の民なら一度は考えたことのある疑問にこの船が答えを出してくれるかもしれないと思っております」
大陸の外の世界。
それについては、私も考えたことがある。
この世界は向こうの地球と同じ、球体の惑星だと『精霊から』言質は取れている。
でも、七国全てに春夏秋冬はあるのに南と北では温度変化があるのは不思議だと思う。
赤道と子午線とかどうなっているのだろう。
仮にアルケディウスから北に進路を取って海を行った場合、ぐるりと一周してプラーミァに着くのか?
それとも別の土地があるのか?
全てを知る『精霊神』様は教えて下さらないし、簡単に試せる事では無い。
大陸から本気で離れて外海を航海することになれば、方向を確認する様々な手段。
例えばGPSや灯台なども必要になるだろうけれど。
この船は、未来に繋がる第一歩になるのだから。
式典の始まりの挨拶や説明が終わるとメルクーリオ様が、壇上から私に視線を投げかける。
「では、大陸のこれからを担う新技術に『聖なる乙女』の祝福を賜らん事を」
大公と伯爵が場を譲るように、仮設舞台から降りていかれたので、私は後ろを振り向いて控えるリオンに頷いた。
スッと前に進み出て私の手を取る姿は流れるよう。
彼に手を取られて、私はゆっくりと前に進み出た。
周囲に集まった人々からうっとりとした吐息にも似た歓声が零れる。
うん、解るよ。リオンはカッコいいもんね。
今までで一番長い距離を歩いたことで改めて気付いたのだけれど、リオンの身長、かなり伸びた。私はまだ150cmあるかないかくらいだと思うけれど、頭一つ分以上確実に大きい。170cmくらいにはなったんじゃないかな。
16歳。月齢で言えばもう少し上の高校生くらい。
細いけれど固くて大きな指先、鍛え上げられた無駄のない肉体。
ずっと昔、魔王城の島で、彼に変生の『能力』をかけた時に感じたときめきを思い出す。
本当に完成された『精霊の獣』まできっとあと少しだ。
こうして、並んで歩いてもドキドキする。
「頑張れよ」
「!」
一緒に歩く途中、リオンの静かな声が私の耳、いや心に届く。
いつもと変わらず私を気遣い、欲しい時に必要な支えを与えてくれる優しいリオン。
魔王のエミュレートした形だけのリオンにはこれができない。
「緊張するなよ。お前ならいつも通りにやれば大丈夫だ」
「うん。ありがとう。頑張る」
私の手から熱や鼓動が伝わったのだろうか。
心配してくれるリオンに、私はちょっと嬉しくなって笑み零す。
舞を踊ること自体はもう、あんまり緊張は無いのだ。
リオンに手を取られている時の方がずっと。身体が熱いし、心臓も高鳴る。
会談の下からは一人で。
大丈夫。
何も特別な事はない。心配する必要もない。
いつものように全力を出して舞うだけ。
今日はアレクではなく、フリュッスカイトの楽師さんが演奏を務める。
私は壇上で膝を折り手を胸の前にクロスして目を閉じた。
第一音を待つ。
けれど、代わりに響き、私の耳に届いたのは
「キャアアア!!」
絹を裂くような貴婦人の悲鳴。
眼を開けて、見えたのは
「魔性、いや! 魔王の襲来だ!!!」
「マリカ!」
壇上に駆け寄ってきてくれた、大きな背中だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!