前半 マリカ 後半 アル視点
フェイと話をする前に、私はできる限りの手を打った。
ヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ様と、会談の約束を取り付けたあと、ゲシュマック商会のアルに大神殿に来て貰う。
国境は封鎖。フェイとリオンの館に在る魔王城に繋がる移動式転移陣も、アレクやアーサー、クリスに頼んで使用できないように見張って貰う。
そして、フェイの逃走経路を完全に絶った上で、大神殿に戻りフェイとの面会を願い出た。
大神官からの要請だからね。私達は神官長の執務室に、直ぐに招き入れられる。
「お帰りなさい。リオン。マリカ。皇王陛下との面会はいかがでしたか?」
「問題なし。ちゃんと、婚約の許可をもらったよ。
でね。フェイにお客様がいるの」
「お客様? 誰です?」
「私です。フェイ」
「……ソレルティア? どうして、ここに?」
ソレルティア様にはプロポーズにあたり、ちょっとお化粧を勧めた。
私の最上級の化粧水とか乳液とか、口紅とか、白粉とか。
あと、香水も少しお貸ししてね。
いつも凛として、薔薇の花に例えられるソレルティア様だけど、お化粧のかいもあって、本当に見惚れるくらい美しい。
「なにか、あったのですか?」
「ええ、フェイ。貴方に告げなければならないことがあるのです」
「告げなくては、ならないこと?」
朴念仁のフェイでも彼女の美しさと、纏う決意は解るのだろう。
仕事の手を止め、立ち上がり、そして彼女自身の口から私達と同じ報告を聞く。
「子ども? 僕の……子どもですか?」
「ええ。妊娠四か月頃であろうと、言われました。夏、礼大祭の直後くらいですね」
身に覚えがない、訳では無いのだろう。
フェイの顔からみるみる血の気が引いていく。
「貴方の子です。万難を排しても産みたいと思っています。
前にも言いました。結婚までは望みません。でも、無事に生まれたら認知はして貰えませんか?」
「ソレルティアさ……」
ダメだ、と止めかけた私の身体をリオンの手が遮る。
そうだね。今は、私達が口を出す事じゃない。
フェイを見つめるソレルティア様の眼差しは真摯で、まっすぐで……。
青白い顔で、それをしばらく見つめていたフェイは、ぎゅっと目を閉じ、杖を呼び出すと同時。
「フェイ!」
かき消すように空中に溶けた。転移術で逃げたのだ。
「待っていて下さい。ソレルティア様。今、探してきますから……」
「いや、お前は待ってろ。マリカ」
ぽい、っと。
リオンは私を抱き上げ、ソレルティア様の方に押しやると前に進み出た。
「リオン!」
「今、お前が行くと多分、逆効果だ。
男同士。俺達が話して、連れて戻ってくる」
「そうだな。マリカは子どもとか母親の事になると、目の色変わるだろ?
あんまり責め立てられると、フェイ兄、あれでけっこう弱い所あるからな」
「アル……」
リオンの隣に並び立つアル。
アルの言い分もよく解る。でも…………。
色々な方法や対応を、頭の中でシュミレーションしてみる。
昔、保育士時代によくやったことだけれど。
私が行った場合。行かなかった場合。その他いろいろ。
そして出た結論は………………仕方ない。
「解った。フェイのこと。お願い」
「任せておけ」
二人に任せておくのが一番という結論だった。
そして、フェイの後を追って消えた二人の背中を見送りながら……
「大丈夫ですよ。ソレルティア様。
フェイは、いつまでも逃げたままではいませんから」
「そうですね……。ただマリカ様。私はフェイがどんな結論を出しても受け入れるつもりです。それが、私達よりもお二人を優先させる、であっても」
「ソレルティア様が良くても、そんなこと、私は許しませんから。
今後、後に続く子ども達の為にも、大人になったのならちゃんと、けじめと責任は守って貰いますから」
「ありがとうございます」
強く、その手を握りしめた。
◇◇◇◇◇
どうやら、リオン兄は、最初からフェイ兄の居場所に目星がついていたようだった。
家で、転移魔方陣が使われた形跡が無い事を確かめると、俺を連れて飛翔する。
「わあっ!」
俺は、とっさに身体のバランスを取った。
なぜならそこは、ふきっ晒しの屋上だったから。
少し顔を傾ければ鐘楼が見える。
ルペア・カディナ大聖堂の鐘撞堂か。見晴らしが凄くいい。大聖都が一望できるそこに
「やっぱり、ここにいたか。フェイ」
「リオン、アル」
フェイ兄がいた。
一人、大きな鐘の下。一歩足を前に踏み出せば落ちてしまいそうなそこでフェイ兄は街並みを見下ろしていた。
「勘違い、しないで下さい。僕は、別に逃げ出したわけじゃ、ないですからね」
リオン兄が何か言うより早く、フェイ兄は俺達の視線から逃れるように顔を背ける。
「ソレルティアは大事な人です。僕にとって、師であり唯一無二の女性ですから結婚することも、子どもを認知する事にも躊躇うつもりはありません。
子どもが宿ったことも嬉しいと思っています。本当ですよ」
ペラペラと饒舌に語る言葉に嘘があるとは思わない。リオン兄も否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ黙って頷くだけだ。
その湖水の水面のような静かな眼差しに、やがて空を仰いだフェイ兄は本音を零す
「ただ……。怖くはあるのです。
僕のような、自分の事しか考えていない子どもが『親』になっていいのだろうか。と」
「だから、ここに来たのか?」
「はい。ここで以前、ライオット皇子が意識を失ったマリカに話していた事を思い出していました。
僕は、親を知らず、いらないと考えていました。自分は捨てられ、不要とされた命なのだとずっと思っていましたから。だから、自分を救ってくれたリオンの為に、マリカの為に個の命を使い切る。それでいいと……思っていたのです」
思っていた。
過去形なのは今は、違うという事。
「大人になる、というのはどうことなのでしょうか。
いつ、どこで人は子どもから大人になるのでしょう?」
フェイ兄の戸惑いや思いは少し、解る気がする。
俺達は、大人に迫害されてきた子どもで、大人達を否定し、子どもが自由に生きられる世界を目指して歩いて来た。
その夢は、ほぼ、叶った。
でも、結局子どもは、子ども。
俺達だけでは何もできなかったろうと、解ってもいる。
大人の知識を持つマリカがいて、ライオット皇子やガルフ。たくさんの大人に助けられてここまで来ることができたのだ。
「大人達に逆襲する」
そう偉ぶって見たけれど、自分達だけではきっと最初の最初。
ドルガスタ伯爵の所から逃げ出す事さえできなかっただろう。
「人間であろうと、精霊であろうと関係ない。血のつながりも必要ない。
お前達を守ると言い切ったライオット皇子の話を聞いた時、僕は彼こそが本当の大人である、父親であると思いました。そして、同時に母を守り、命がけで逃がしたという父を思い出したのです」
七国の旅の中でフェイ兄は自分の出生を知った。母親は風国の王女。父はその従者。
二人は命を懸けて我が子を守ったのだと聞いた時、羨ましく思ったことを覚えている。
今は、もう自分も出生の秘密を知ったことで地に足がついたけれど。
そう思うと、親という存在は良くも悪くも子どもの全て。影響を受けずにはいられないものなのだと、そう、思う。
「僕は、彼らのように子どもを無私に守ることができるのか。そもそも彼らのような大人になれるのか?
今も、ソレルティアと子どもという家族ができたにも関わらず、マリカとリオンが一番大事で、どちらかを選べと言われたら、迷いながらも二人を選んでしまうろうと確信できる。
そんな僕が親になっていいのか! ソレルティアと密かに身体を交わし合い、大人になった気分でいて、優越感に浸り、その、あげく現実を突きつけられて狼狽する。
そんな子どもに親になる資格があるのでしょうか?」
だから。
慟哭にも似たフェイ兄の気持ちは解るけれど、答えを見つけてやることはできないと思っていた。
でも、リオン兄は
「あの時と、同じだな……アル」
小さく呟いて、オレを見やる。
「なんだよ。リオン兄」
「あの時と同じく、フェイに気合を入れてやってくれないか? 同じ言葉でいい」
「は? オレ?」
「ああ、俺たちの中でお前が、きっと一番大人だ」
意味が解らず目を瞬かせるオレに、リオン兄は微笑む。
大人のように。
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