【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 解きほぐされた心

公開日時: 2021年5月10日(月) 09:12
文字数:5,705

 小部屋の中に花の香りが溢れていた。

 

 そして、それにも負けない程に甘やかで、うっとりするような声が部屋の中にいる者達の耳朶を刺激する。


「あん…、そこっ…、いい、…もっと、もっと強く…」


 絶世の美女が快楽を求めて声を上げているのだ。

 快感に目を潤ませ、頬を上気させ…喉から零れる声はまるで小鳥の囀りか音楽のよう。


「ここ、ですか? ここが、気持ちいんですか?」

「そう…、あっ、そんなところが…」

「ここもいいんですが、こっちも…どうです? 気持ちいいでしょう?」

「ああっ! すごい、すごく気持ちいい!!」


 私の指先が、彼女の急所に触れる度、吐息とグレシュールよりも紅い唇から共に甘い嬌声があがる。

 周囲の騎士も、側仕え達も、そしてそれを見つめるリオン達も、聞きほれる程に美しい小鳥のような声を。

 声の主、皇国第二皇子妃 メリーディエーラ様は、周囲の様子を気にする様子もなく、ただ、うっとりと幸せそうに快感に溺れていた。 



 ちょっと、そこの人。

 通報とか無きように。


 ………私はハンドマッサージしているだけですからね!




 第二皇子妃様に王宮に呼ばれて、ローズウォーターの作り方を教える合間。

 私は彼女にハンドバスとハンドマッサージをプレゼントしたのだった。

 500年間の不老不死、身体は衰えないというけれど疲れとか肩こりとか、しないのかなあ。と私は随分前から思っていた。



「肩こり…ですか? よく解りませんが?」

 

 首傾げていたティーナに以前、肩もみマッサージをしてあげたら


「なんでしょう? すごい。まるで目の前が明るくなったようです!」

 

 随分喜んでいたから、多分肩こりそのものはあるのだと思う。

 苦労かけているお詫びに時々、ガルフやリードさんにもやっている。


 私も仕事に疲れた時、時々首のツボを押したり、押して貰ったりしていた。

 現実でも、こっちでも。


 保育士職というのははっきり言って、立仕事、座り仕事。

 パソコン仕事もあり、10kg以上の子どもをおんぶして抱っこして。

 肩こり、頭痛、腰痛は職業病。

 なのでハンドとフットのマッサージは月一回で行って年に一度は整体もしてた。


 それを今回第二皇子妃様にやって差し上げたのだ。

 まずはハンドバス。所謂手湯で指先を温めて、それからマッサージをさせて頂ける様にお願いした。

 肩や身体も凝っていそうだけれど、そっちは専門の知識がないと不都合がおきるかもしれない。

 揉み返しとか怖いので、とりあえずはハンドマッサージだけ。


「皇子妃様の手に触れるなんて!」


 とやっぱり騎士さんも侍女さんも嫌な顔はしたけれど、当の皇子妃さまはハンドバスの快感にハマってしまい


「許します。やってみせなさい。むしろやりなさい」


 と、あれ以上の快感があるのなら、とあっさり手を差し出して下さった。

 ハンドマッサージも正式に勉強した訳でもない。けれど、何度もやって貰っているので手順は解っている。

 魔王城の島で見つけたアーモンドで作ったオイルとロッサの花の精油を混ぜたマッサージオイルを手に付け、親指と人差し指で手のひらを挟み手首から指先に向けて、押し上げる。

 それから指先をしごくようにに、一本一本、指先に向けて二本指で挟んで揉んでいく。

 爪を真上から押して挟み、今度は左右から挟んで押す。


「あ、ああっ!!」


 この辺からメリーディエーラ様の声に甘いものが混じり始めた。


「どうなされましたか?」

「苦痛でも?」

「もう! お前達は黙っていなさい! 気持ちいいのです。邪魔しないで!!」


 で、指のツボ押し、親指の付け根のもみほぐし、指の付け根の挟み押しなどなど。

 やればやるほどに、うっとりとした快感の声を上げる。

 官能的で刺激的で、聞いているこっちが困るくらい。




 …こうして手に触れると解ることがある。

 白くて美しい貴婦人の手。

 でも、揉み押すたびにごりごりと鈍い音を立てるのは、疲労と老廃物が溜まりまくっている証拠だ。

 500年分以上のコリ、ということを差し引いても、これは安らぎの殆どない、緊張とストレスの溜りまくった生活の結果だろう。



「メリーディエーラ様は、下級貴族から第二皇子の元に入り、その後、激しい女同士の争いの中、第二皇子の寵愛によって正妃、第二皇子妃の身分を得られた方です」

「不老不死直後の成婚だった。アルフィリーガ信仰が一番強かった時期でな。

 金髪、緑の瞳というだけで高い地位に上がった者も何人かいた。

 はっきりとした事情は知らんが、平民からその美貌を見込まれ貴族の養女となり、第二皇子の元に上げられたという話を聞いた事がある」


『もしやメリーディエーラ様って、元は身分が低いとか…下手したら平民から、貴族になったとかなんですか?』


 私の問いにお二人はそう教えて下さった。

 何故解ったの、と聞かれたがヒントは第二皇子妃の料理人 マルコさんの言葉。


『あの方にとっては美しい以外の寄る辺が無い』


 ご自身に強い自負と自信をお持ちだという第一皇子妃アドラクィーレ様は聞けば隣国 アーヴェントルクから嫁いできた王女様だというし、第三皇子妃ティラトリーツェ様もプラーミァ王国の王女だ。

 お二人の様に王女だとか、実家が貴族で後見があるとかだったら、ああいう表現にはならないだろうと思った。


 永遠の、とはいえ一応第一王位継承者の第一皇子や、ほぼ完全に臣下に下り独立皇族として仕事に追われながらも好き勝手できる第三皇子と違って、第二皇子という立場が色々と複雑な事は想像がつく。

 王になれる可能性は0であるのに、不老不死世界で、子どもがほぼ生まれたない為、王位継承者として行動は制限される。

 下手に政務に手を出せば、文官達に嫌がられ、やることも殆ど無い。

 武芸は怪物、生きた伝説と崇められる第三皇子には叶わない。 

 

 その辺もあってか、第二皇子は好色で趣味人と悪名高い。

 夫人や妾が王宮に囲われているだけで二桁いるとかいないとか。


 そんな人の第一夫人を実家の後押しなしで張り続けるとすれば、寄る辺が美貌だけになるのも、それに拘る事も理解できなくはない。




 むりやりマッサージに持って行ったのは強引だったと思うけれど、貴族社会。

 下手したら側仕えと、御主人以外とは何百年単位で触れ合う事さえ無かったのではないだろうか、と思う。


 だから、せめて花の香りで、暖かいぬくもりで、人の手で。

 固く固まったこの方の心をほぐしてあげることができたらな、と思ったのだ。



「…そろそろ、抽出も終わるころだと思います。

 長らくお手を拝借し、失礼いたしました」


 私はハンドバスの残り湯に浸しておいた布を絞るとそっと手に付けたオイルを拭きとった。


「…もう終わり? …いいえ、短く感じましたが結構な時間が経っていますね。

 手間を取らせました。小さな手で揉み続けるのはたいへんだったでしょう?

 とても…気持ちよかったわ」

「ありがとうございます。こちらこそ皇子妃様に手を触れる等、身分をわきまえぬご無礼をお許し下さい」



 優しい言葉と、美しい笑顔が私は素直に嬉しかった。

 労って貰えたということは、その言葉に嘘は無いのだと思う。


 喜んでもらえたなら無理を通しても決行したかいはあった。


「では、失礼ですがもう一度厨房へ」


 私は、皆を促してもう厨房に戻った。

 火の様子を見ていて下さったマルコさんにお礼を言って、竈にかけていた鍋と、花びらを浸していた鍋、その両方の蓋を開ける。


「これが…花の香りの水?」

「はい。火をかけて煮出し、氷で冷やして再度液体にしたものの方が、香りは強いかと思います。

 お湯に浸して香りの成分を出した者の方は、若干香りが薄いですが、量が多く採れるので使い分けるといいかと」


 マルコさんに手伝って貰って荒布で花びらを濾すと一リットルくらいのローズウォーターができた。

 蒸留させた方はその三分の一以下の量だけど、香りはこちらの方が強めだ。と思う。


「この花の水を浸した布を、櫛に刺して髪を梳くと花の香りが髪に残ります。

 髪の汚れも取れるので便利です」

「其方が昨日やっていたのはこれですね?」

「はい」

 

 侍女さんに水を渡すと、早速準備を整えて、やってみてくれた。

 実際に、作っている場面を見ていたので毒見とか試しの必要もないだろう。

 美しい金髪に櫛が通るたび、皇子妃様の目が輝いていくのが解る。

 

「ステキね。髪が揺れる度に花の香りが漂ってくるわ」

「あと、この花の水を肌につけるのもお勧めです。柔らかい布に浸して肌に押し当てるようにしてみて下さい」


 試しに侍女さんが最初にやってみると一瞬で目の色が変わった。

 そして注意深くメリーディエーラ様の頬に当てると、彼女もまた目を大きく見開く。

 

「肌の奥に、水が吸い込まれて行くような気分です。これは…一体?

「不老不死でも肌の水分は不足しがちになることがあるということかもしれません。

 夏ですし、時々こうして水気を与えると肌に潤いが出るかと思います」


 多分、化粧水とかそういう風なのも中世だしあんまりなかったのだと思う。

 化粧し慣れない人が化粧水をつけると、その気持ちよさに驚くと聞く。

 ファンデーションは肌に良いとはいえないけれど、化粧水でのお肌ケアは大事。

 うん。


「後は、服の襟元や袖口に付けてみたりとかすると動いた時に香りが周囲に漂うようです。

 ティラトリーツェ様はハンカチに付けたりなさっていました。

 あと、眠る前に枕元に置いたりすると花の香りに包まれ、よく眠れると聞きます」


 作り方は教えた。

 後はそれぞれの好きに使って貰えればいい。

 最悪飲んだっていいのだ。

 マウスウォッシュや体内浄化の効果があるとも聞く。


「あまり長く置くと成分が飛ぶので、作り置きができないのが唯一の欠点ですが一度作れば1~2週間は花の香りが楽しめます。

 …私からは以上ですが…お役に立てましたでしょうか?」



 説明を終えて、跪いた私言葉に、我に返ったようにハッとした顔になったメリーディエーラ様は何も言わず、私の前に立った。


「そなたを買い取り、我が元へ…というのは褒美にはならぬ、でしたね」

「え?」


 私が見上げる視線と、メリーディエーラ様が下された視線がパチンと合う。

 凛とした輝きを宿しながらも、どこかしゅんと寂しげにその瞳は揺れていた。


「こちらの話です。

 そなたの今日の働きは、とても気に入りました。献上された花の香の水も、もみほぐしも。

 これは褒美です。持っておいきなさい」

「メリーディエーラ様?」

 

 私の手元に、投げ渡されるように落とされたそれは、扇子だった。

 貴婦人の必須アイテム。

 ほんの今さっきまでメリーディエーラ様が使っていたものだ。


 でも、それを見ていた侍女さんの顔色が変わる。

 変わるのも道理だ。どう見てもただの日用品じゃない。


 色はベージュと白の美しいレース。扇骨は多分白蝶貝とかそんな感じだ。虹色に輝いている。

 しかもそのレースの緻密さはただ事じゃなくて、息を呑む程に細かくて美しい。

 真っ白なタッセルも艶やかで、きっと貴族専用の工房で作られた最高級品だと解る。

 これ一つで、金貨1枚と言われても全然驚かない。


「これは…」

「其方に乱暴を働いた詫びも込めた働きへの謝礼です。遠慮は不要」

「ですが…」

 

 流石に貰えないと返そうとする私の仕草を拒絶するように、メリーディエーラ様は私に背を向ける。

 

「もし、気になるというのなら…また来なさい」


 静かな声を落として。

 

「えっ?」

「もみほぐしのコツなどを仕える者に教えてくれるなら礼ははずみましょう。

 後は、他の花での花の水の作り方、手湯やもみほぐしの油の詳しい作り方なども知りたいところです」


 私の耳にしか届かないような小さな声は、遠ざかる足音共に夢のように霧散して、間を取り第二皇子妃と平民の距離に戻ってからは、


「ですが、私は、料理の指導があって…」

「一日おきに第三皇子妃の元に通っているのでしょう? その帰りに王宮に寄っても別段問題はないわ」


 無茶ぶり貴族に早変わり、いや早戻りだ。

 いや、問題なくないから。毎回、準備とかけっこう大変なんだから。


「ああ、あと他にも美容に関する知識があるのなら、今度は第三皇子妃に伝える前に私に教えなさい。

 お前の言い値で買い取りましょう。良いですね? 

 ティラトリーツェに教える前に、必ず私に寄越すのですよ」

「ガ、ガルフと相談の上で!」


 頭を下げる私は、だから、ちょっと気付けなかった。


「まあいいわ。お前とは長い付き合いになりそう。

 これからも、私に奉仕なさい。この国最高の美に貢献する栄誉を与えます」


 楽し気で、最初よりなんだかとても元気になったメリーディエーラ様の笑顔に。




 戻ってから、私はライオット皇子と、ティラトリーツェ様に事態を報告したら


「花の水の作り方を教えに行っただけで何故そうなる?」

「貴女はなんで、そう余計な事をするの?

 そんなことをしたらアドラクィーレ様だけでなく、メリーディエーラ様にまで気に入られてしまうでしょう?」


 と怒られた。

 その時は解せぬと思ったのだけれど、ガルフやリードさんにも


「もみほぐしをやってきた? あの、時々我々に賜るあれを、第二皇子妃様に?」

「…言っておくべきでしたか…。

 身体のもみほぐしは他所で見ない技術です。人の心と身体を解く。

 あれを一度知ったら、マリカ様を取り込みたいと思う人間が増えるだけですよ」


 呆れたようにため息をつかれたので、やりすぎだったかなあ、と少し反省した。


「なんでお二人が一緒で止めなかったんですか?」

「だって…なあ?」「マリカですし」

 


 寂しそうな皇子妃さまの心を解きほぐしてあげたいという私の出来心は、どうやら成功したらしい。

 ただ、やりすぎだった、と本気で反省したのは翌日からのこと。



「え? 今日もお二方が昼餐に?」

「ああ、メリーディエーラ様が君と花の水を気にいってな。自分達で作った花の水の出来栄えを見て欲しいと言っていた」

「アドラクィーレ様も、メリーディエーラ様とティラトリーツェ様の両方が花の香りを纏っているのを知って、自分も欲しいと言い出したんだ。

 あれは製法を知るまで煩いぞ」

「ティラトリーツェ様、頭を抱えてたよ。この分だと料理実習の度に二方がやってくるって」

「実は皇王妃様も最近は新しい料理と其方に興味を持っていてな。一度会ってみたいものだと…」

「な、なんで?!」


 そして、話はどんどん大きくなっていくのだった。


 ホント、なんで?



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